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広沢海渡は画面端からVTuberで逆転する(仮)  作者: 安達ちなお


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第1話 アルバイト・V⑦

「勝った。凄いな」

「うん、まあ今回はね」

「今回は……とは、どういうことだ」

「格闘ゲームは、一度の対戦で優劣が決まるわけじゃないよ」


 大会であれば、1勝しただけで勝敗を付ける方が珍しい。少なくとも、2勝先取で競う2先だろう。3先や5先、10先だってある。


 そして、その大会での勝負が着いたとしても、次の大会でも対戦することはある。そこで結果が入れ替わることも珍しくはない。一度の勝利で上下が固定されるわけじゃあない。個人の努力でどうにでもなるし、あきらめなければ対戦の機会はいくらでもある。


 続けていれば勝つチャンスはある。それだけ努力の甲斐があるともいえる。人生を捧げる価値がある。

 少なくともk4110(カイト)であったころは、そう考えていた。

 チョロ太郎の配信画面からは、「1先で勝ったと思うなでござる。再戦、再戦を所望する!」と聞こえてくるが、対戦申し込みを全て拒否し、再びランクマッチ戦にアクセスした。


「もうやめるのか?」

「うん、勝ち目がないからね。もっと練習しないと。そもそも今回だって、ラグで勝っただけだから」


 今回は偶然、1先を取ることが出来た。けれど今の実力では、もう勝てないだろう。まずは実力をつけるために同ランク帯での武者修行だ。ランクマッチ戦なら、同レベルのプレイヤーとランダムにマッチングするので、気兼ねなく対戦できる。


 99連勝の記録は残っていたので、そこから継続して連勝数を重ねていく。そして連勝数が増えるたびに視聴者数も増えていく。

 そしてコメントも流れ始めた。


 ――チョロ太郎の配信から来ました

 ――プロかよ

 ――初見です、Twitterで見ました

 ――かっけえ


 プロ時代ならコメントとのやり取りもしていたが、どうしようか。悩んでいると、ひとつのコメントが目に留まった。


 ――こんなクソザコのタカが何で勝てるんだよ


 乱暴なコメントだが、笑ってしまった。

 コンボは弱い。技の選択も、戦術も曖昧だ。各対戦キャラクターへの対策も出来ていない。だけど勝ってしまう。そんな状況を的確に言い表している。


「ごめんって。今日始めたばっかりだから。でも勝ってるから、それで良しでしょ」


 ――今日から?!

 ――プレイヤープロフィール見たら本当だった

 ――過去作の経験者ですか?


「前作はプレイしたことがあるけど、5は本当に今日が初めて。パッドでプレイするのもほとんど初めてだし」


 ――アケコンじゃないのか

 ――パッドでこれかよ

 ――アケコン使えば名前のとおり天下統一できる


「そのうち幕府くらいは開いておくつもりなんで、よろしく」


 ――やべー奴だった

 ――その絵はなんだよ

 ――VTuberブイチューバーのつもりか


「そうだよ。スライム系VTuberっす。転生したらこれだったんですよ」


 ――スライムかよ鼻くそかと思った

 ――声若いな

 ――童貞ですか?


「バキバキ童貞です」


 そんな風にやり取りをしていると、葵に肩を叩かれた。その手にはスマスト5のパッケージがあった。

 危ない。マリアさんのことを忘れるところだった。


「せっかく人がいっぱいいるから、宣伝させてよ」


 ホビーショップりゅうのみちでの誤発注の顛末を語り、ぜひスマスト5を買って欲しいと宣伝した。


 ――もう持ってる

 ――もうやってる


 反応は芳しくない。

 そりゃそうだ。今時のゲームはダウンロード版がほとんどだし、スマスト5の配信を見る奴なんて、既に買っている人がほとんどだろう。


「この配信を見たって言えば、サービスしてくれるかもよ」


 ――サインしてくれたら買うでござるよ


 チョロ太郎がコメントしてきた。チャンネル登録者数が4人になっている。お前か。


「もしよければ、スマスト5買ってね、やってね。あとチャンネル登録と高評価、低評価もよろしく」


 ――低評価すすめんな


 久しぶりの格闘ゲームは、染み入るほどに楽しかった。気が付けば連勝数は160に達している。


「そろそろ休んだ方が良いんじゃないか」

「え?」


 葵の言葉に、顔を上げると外は暗くなっていた。思わず夢中で戦い続けてしまっていた。チャンネル登録者数と視聴者数は、三桁を越えている。

 慌てて配信を切って頭を下げた。


「ごめん、すっかりのめり込んじゃった。ご両親も帰ってきてるよね」


 はじめて上がり込んだ家で深夜まで格闘ゲームをやっているなんて、非常識だ。これでも常識はあると自負しているのだ。


「いや、大丈夫。最近は残業で夜遅いんだ。それに友達が来ているとは言ってある。これくらいでは心配されない程度には、親から信頼されているつもりだ」

「そっか。あ、そういえば葵も配信をしてみたいんだったよね。それなのに、俺ばっかりがやっちゃって……」

「構わない。それよりマリアさんからLINEが来ているんだ。行ってみないか」


 夜道を歩いてりゅうのみちに戻ると、笑顔のマリアさんが待っていた。


「早速、ネットから注文が入ったの。タカウジの配信で宣伝を見たっていうのよ。3本も売れちゃった」


 そういえばタカウジって名前にしてたな。

 そんなことよりも気になることがあった。謎解き編といこうじゃないか。


「マリアさん、ちょっといいですか」

「何かしら」

「俺の気のせいじゃなければ、誤発注って嘘じゃないですか?」

「……どうしてそう思うの?」

「簡単なことですよ」


 マリアさんの言葉にはいくつか嘘がある。


 まず、ゲームに詳しくないと言っていた。でもこのりゅうのみちは、ゲームを取り扱う割合こそ少ないが、ラインナップは完璧だ。売れ筋の商品を的確に選んでいる。ゲームの流行や新商品の発売情報に詳しくなければ出来ない。


 それに誤発注もきっと嘘だ。発注数を間違えたとしても支払いの時に気付くはずだ。仮に掛け売りだとしても、代金の通知くらいはあるはずだ。普通ならそこで誤発注が発覚するし、キャンセルくらい出来るはずだ。


「わざと300本も仕入れたんじゃないですか?」


 気づいた点を挙げながらそう指摘すると、マリアさんは感心したように手を打った。


「凄いわね。簡単に見破られちゃったわ」

「やっぱり。でもどうしてこんなことをしたんですか」

「旦那を困らせようと思って」


 マリアさんは、照れたように笑ったと思ったら、すぐに頬を膨らませた。


「だってあの人ったら、本当にゲームが好きなんだもの。私をほったらかして、最近はもうずっぽりとスマスト5にはまってるの。週末のたびに、自分で友達を集めて大会を開いたりしてるのよ」

「はあ」

「大体、私はテレビゲームはあんまり遊ばないのよね。どうしてあそこまで熱中できるのかしら。ボードゲームやテーブルゲームならまだわかるんだけど」

「えっと、つまり……」

「マリアさんは、好きな人の気を惹きたくてわざと誤発注をしたということだ。恋心は、時に人を無謀にするものだ」


 葵のフォローで、なんとなく合点がいった。好きな人――旦那さんに構って欲しかったのか。


「これで結構お店は繁盛しているから、本当はつぶれる心配なんて無いの。ごめんね、嘘ついちゃって。それで旦那に誤発注のことを話したら、葵ちゃんを頼ることになったのよ」


 そういえば町内会だかの知り合いらしいから、葵は旦那さんとも面識があるのか。その結果、葵がVTuberを目指しそうになったという顛末らしい。


「そういえば、本当は葵が配信する予定だったんだよね。ごめん、俺が全部やっちゃった」

「いや、構わない。むしろ自分でやるよりずっと楽しい。それで、配信は収入になりそうかな」

「あれ、そういう話だったっけ」


 そういえば、お金が無いと相談したのが発端だった。スマスト5に夢中で、すっかり忘れていた。


「お金を稼ぐなんて、全然だよ。収益化も、すぐには無理でしょ」

「じゃあ、諦めるのか」

「う~ん、どうしよ」


 難しいことほど燃える。攻略したくなる。これはもう、性分だ。広沢海渡という人間の、正体だ。根っこの部分が、そういう風にできている。


 最後には、チャンネル登録者が120人になっていた。視聴者も、最後には100人を超えていた。収益を得るには、全然足りない。でも、ゼロから始めたにしては上等だ。大躍進だ。


 隣を見れば、山積みの段ボールからスマスト5のパッケージが覗いている。前作までは輝いていたタカだが、今は無精ひげを生やして口をひん曲げ、そっぽを向いている。けれど、すすけた背中には自信が滲んでいるように見えた。


「よし。いっちょ、ここから大儲けしてみるか」


 言葉にすると、俄然、やる気が湧いてくる。ここからもう一度、這い上がってみるか。そんな気持ちが胸の奥から、腹の底から、吹き上げて来る。


「協力させてもらう。最初に誘ったのは僕だから、手伝わねばならない。義務がある」


 固い口調で固いことをいう葵は、太い眉で凛々しくこちらを見ている。その信頼に満ちた目には見覚えがある。

 仲間だ。互いに背中を預け、運命を共にすることが出来る友人だけが持つ、信頼の眼差しだ。もう二度と手に入らないと思っていたものが、そこにある。


「やる、俺はやるぞ!」


 なんだか楽しくなってきて、一人でタカの物まねで神竜拳や竜昇閃、天翔竜破のポーズをしていたら、カシャリと音がした。振り向くと、葵がこちらにスマートフォンを向けていた。


「何?」

「海渡のスカートが捲れていたから、つい」


 つい、じゃねーよ。


「やめてくれる? 変人、変態。葵のことは真面目な人だと思っていたけど、考え直さなきゃだわ。女なのに僕っていう変な一人称だし」

「海渡だって女なのに俺と言っているから、お互い様だろう」

「え?! 女で一人称が俺って、変?」

「変ではないと思う」

「でしょ? あーびっくりしたー」


 ほっと胸をなでおろしていると、葵がじっとりとした湿度のある目でこちらを睨んで来る。


「僕は海渡のことは変じゃないと思う。なのに海渡は、僕のことを変だというのか?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど……」

「それならば、二人とも変じゃないということで。異論はないだろう?」

「……うん」

「よし、ではそういうことで」


 こくりと頷くと、葵はからりと笑った。


「女の子同士、仲が良いわね」


 マリアさんが微笑んでいる。


「二人に今日の分のお給料、払うわね。明細も作らなきゃ。ミトちゃん、フルネームは何ていうの?」

「広沢海渡。海を渡ると書いて、“みと”だよ。可愛いでしょ」

「見た目どおりの可愛い名前ね」

「可愛いなんて、始めて言われた」


 プロゲーマー時代は、海渡をもじってk4110の名前で活動していたから、男と間違われることも多かった。


「自信を持っていいわよ。海渡ちゃんならその気になればあっという間に三人くらいひっかけられるわよ」

「いやあ、そんな、照れますね」

「鼻の下が伸びているぞ」


 葵にじろりと睨まれた。

 その太い眉を見ていると、ふと、もう一つの謎が浮かんできた。


 配信の最中に、葵は一度だけ「カイト」と口にした。今の高校では、過去を秘密にしている。海渡みととしか名乗ったことはない。では何故、葵はその名前を口にしたのか。


 余計な詮索は、夜に影を探すようなものだ。

 真実は、聞かないでおこう。


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