第1話 アルバイト・V⑤
「とりあえず50連勝が目標だ」
「ずいぶん大きく出たな」
「今いるのは、それくらい出来なきゃいけないランク帯なんだよ」
すぐにオンライン対戦のランクマッチ戦にアクセスした。競技人口が多いのだろう。平日でまだ明るいうちなのに、すぐに対戦が始まった。
初戦の相手は白髪赤目のスタイリッシュな男だった。
「誰だ、こいつ」
知らないキャラクターだ。
隣で葵がスマートフォンを操り手早く情報を探し当てる。
「ジェット・クロウ・ファンダム。今作から登場した主人公格のキャラクターの一人だそうだ。氣という不思議なパワーの使い手で、世界的大企業のトップで、映画俳優やモデルもこなすイケメン。女性からの人気がナンバーワンのキャラクターらしい」
「嫌いだわ、そういうやつ」
ジェットが前ステップで距離を詰めて隙の少ないしゃがみながらの弱キックを打って来る。それを見てからガードし、大パンチで差し返した。
そこからキック、パンチ、投げとコンボをつなげて画面端に追い詰め、最後にタカの代名詞的必殺技、神竜拳を放つ。赤く燃え盛る拳を突き出し、敵へと突進するタカ。投げ飛ばされた起き上がったばかりのジェットを捉え、その体力ゲージを削り切った。
一切のダメージを受けないパーフェクト勝利だ。
「強いじゃないか。さすが海渡だ」
「もっと褒めてくれても良いよ」
これくらいは難しくない。動体視力と反射神経の範疇だ。このランク帯なら、あまり難しい事を考えなくても勝てる。今まで培った格闘ゲームの基礎体力だけで勝ててしまう。
ノーダメージで5連勝したところで、ランクが5に上がった。
試合を重ねて、今作のタカの性能が分かってきた。一言でいえば、可もなく不可もなくだ。前作までは攻撃偏重の性能で、動き続けることで主導権を握るタイプだった。
だが今作では、移動速度や攻撃性能は高くない。しっかりとしたダメージを取るには、相手キャラクターの行動パターンを熟知し、正解の選択を進み続けなければならない。やり込めば強いのかもしれないが、しっかりとした実力を身に着けるまではかなり弱い。
逆に、これと言った大きな弱点は無い。ここを攻められると弱いという部分が見当たらない。
攻防のバランスはとれているが、秀でた部分もネックとなる部分も無いのだ。シリーズを通してプレイしてきた玄人向けのキャラクターに仕上がっている。強いて言うならば、強みが無い事が弱みともいえる。
だが決して弱くはない。
「楽しくなってきた」
「海渡が楽しんでくれているなら、何よりだ」
雑談交じりに対戦を続け、さらに10連勝を決めた。
ランクが上がることで、徐々に対戦相手の動きも良くなってくる。が、まだ負ける気はしない。
少しずつ、かつての感覚が戻りつつある。
――格闘ゲームの感覚。
それは1フレーム(0.016秒)を奪い合う闘争だ。次の行動を読み合う戦いだ。
人間の反射神経は、0.1秒が限界とされている。陸上競技では、スタート時にピストル音から0.099秒で反応すればフライング扱いとなる。オリンピックに出場するようなトップ選手層になると、反応速度は0.14秒が良し悪しの基準とされ、0.12秒なら好スタート、0.16秒なら遅いとされるのが相場である。
だがこのスマスト5においては1フレーム=0.016秒を奪い合う。
プロ同士の対戦となれば、1ドットの体力を巡っての駆け引き、1フレームを奪いあっての読み合いが続く。人間の知覚を越えた刹那の攻防が勝敗を分けるのだ。
もちろん極限の反射神経と操作スキルだけでなく、相手の行動を読む理論と感覚が必要だ。理論をもとにした反復練習も欠かせない。
格闘ゲームは、人間としての総合力が求められる究極のスポーツだ。鍛え上げた能力のすべてを注ぎ込む戦いなのだ。
「うっひょー、楽しー!」
投げ技が主体のキャラクターを相手に、投げ倒して勝つ。トリッキーな動きを得意とするキャラクターを相手に接近戦に持ち込み、読み合いで完封する。
煽っているように受け取られてしまうかもしれないが、対人戦の攻防が楽しくて、ついそんな対戦をしてしまった。本作のタカは、クセが無い作りなので、相手に合わせて柔軟に動きを変えられる。それが一層楽しさを大きくする。
ジェットは本当に人気らしい。5回に1回は当たる。ことごとく、そのきれいな顔を神竜拳で吹っ飛ばして倒した。
99連勝したところで、ランクはJに到達した。
「50連勝なんて言っていたが、冗談じゃなかったんだな」
「俺、生まれてから一度も冗談なんて言ったことないっすよ」
絵札ランクは、実力の上位10%ほどがひしめく高難易度帯だ。だが、まだまだ負けない。腕まくりをしてゲームパッドを握ったところで、ピロンと通知音が鳴った。
「お?」
画面にポップアップで表示されたのは、対戦申し込みだ。
それもひとつではない。見る間に5件、6件と増えていく。
スマスト5におけるランクマッチ戦では、同じランク帯のプレイヤーとランダムで対戦する。一方、ランクの変動しない通常のオンライン対戦では、プレイヤーのIDが分かっていれば対戦を申し込んだりルームを作成したりすることが出来る。
つまりこの通知の送り主たちは、何かで海渡の――正確には葵の――IDを知って、わざわざ対戦を申し込んできたのだ。
YouTubeの画面を確認すると、視聴者数が10人になっている。見ている間にも、11人、12人と増えていく。
「なんだなんだ? どっかで晒されたか?」
99連戦もしているのだ。途中で有名なプレイヤーにでも当たった可能性はある。そして連勝数に目を着けられれば、人目を引くに違いない。そこで小さな炎上状態になったのだろうか。
冷たい汗が背を伝う。こちらに非が無かろうと、炎上するときはするものなのだ。
「対戦申し込みだ。受けるのか?」
葵には心配する素振りすら無い。ネットリテラシーはどこに行った。
「ヤダヤダヤダ。フレンドでもない相手に対戦申し込みをする輩なんて、治安が悪い界隈の住人に決まってる」
「でもこちらだってフレンド以外の対戦申し込みも可能の設定にしているのだから、ダメで元々、申請をしてみる人もいるのじゃないかな」
それはそうだ。けど、不安はぬぐえない。
もちろん無視することも可能だ。さて、どうしようか。悩みながら画面を眺めていると、対戦申し込みの中のひとつの名前が目を引いた。
「チョロ太郎……さっきの不思議動物系VTuberか」
先ほどの甲高くて可愛らしい声が思い出された。
閲覧履歴を辿って、「天真爛漫清浄院チョロ太郎チャンネルTV」を開く。すると、名前が渋滞している猫のような鼠のような謎のキャラクターが、相変わらず賑やかにおしゃべりしながら動き回っている。
『ツイッターで見かけた99連勝のタカウジって人に対戦を申し込んでみたでござるよ。もし断られたら、拙者が100連勝したということにして良いでござろうもんかな』
明るい声でふざけたことを言うと、コメント欄が盛り上がる。
――さすがに言いすぎ
――暴君が過ぎる
――対戦受けてくれるといいな
本当に楽しそうなチャンネルだ。このVTuberも、きっと心底から配信を楽しんでいるんだろう。
だがスマストの腕前は、確かなものだった。いや、圧倒的だった。エンターテイメントを意識してのおしゃべりをしつつも、きっちりと見せ場を作って勝ち切るっていたのだ。きっと発売当初から練習を続けているのだろう。
かつての記憶がよみがえる。全身全霊で闘い挑む時の得も言われぬ興奮と快感が、海渡の体を包む。血が滾って来る。
「やってやんよ!」
チョロ太郎からの対戦申し込みの承諾ボタンを、押下した。




