第1話 アルバイト・V④
スマホでYouTubeを開いてみると、確かに配信が始まっている。スマスト5のタイトル画面が大きく表示されており、右下の隅には蠢く不気味なスライムがいる。
チャンネルの名称は「あ」だった。仮の名前にしても、適当が過ぎる。
「すごい、本当に始まっているぞ」
葵の嬉しそうな声が、スマホからも聞こえてきた。
「僕の声も入ってしまうのか。気を付けよう」
「まだ誰も見ていないから大丈夫だよ」
チャンネル登録者数は、身内を除けば0人なのだから、何の気兼ねも無い。
プロ時代は同時接続者数が5千人に上ることもあった。k4110のプレイを見るために、k4110の声を聴くために、多くの人が時間を割いてくれていたのだ。k4110の一言にコメント欄が湧き、プレイで魅せるたびに視聴者数が増えた。
けれど今は0人。まあ、そんなもんだ。
誰かに見てもらうには、目を引くようなことをしなくてはならない。そのツールとしてのゲームなのだ。
さっそくスマスト5のオンライン対戦を選択すると、ユーザー名の入力を求められた。
「名前、何にする?」
「僕は何でも構わない。好きに決めてもらって良い」
「そうだな……」
海渡という名は、母がつけてくれた。瀬戸内海を渡るしまなみ海道の向島。生まれた土地にちなんでつけてくれた名前なのだ。せっかくなら、そういうのが良い。
「地元っぽい名前にしようよ。村上海賊にちなんでルフィとかにしておく?」
「駄目」
葵が眉を吊り上げた。
「じゃあ何かアイデアをおくれよ」
「この土地の歴史にちなんだものか。菅原道真由来の天満宮とか加藤清正を祀るお寺とか、足利尊氏ゆかりのお寺もあったかな」
「よし、アシカガ……いや、タカウジでいこう」
「ずいぶん強そうだな」
「幕府くらい作れそうでしょ」
「うん、僕は良いと思う」
名前を確定すると、次に現れたのはキャラクターの選択画面だ。前作のスマスト4では追加キャラを含め約50人のキャラクターがいた。今作ではまだ20人くらいしかいないが、おそらく今後追加されていくのだろう。
さて、どのキャラクターにしようか。
少し迷った。けれどすぐに初代からの人気キャラクターであるタカ・リュウザキに決めた。
タカはシリーズを通しての主人公で、プロ時代にはメインで使っていた。性能はピーキーながらも、常に一線を画した人気キャラ……のはずだった。
だがカーソルを合わせると、そこにいたのは煤けたおっさんだった。無精ひげを生やし、こちらに背中を向け、世をひねたような目でそっぽを見ている。
初登場時は高校生だったタカは以降の作品で年齢を重ね、4では20歳を超えていたけれど、もっと若々しくて溌溂としていた。なのに、なんでこうなった。
「そのキャラクターはあまり使えないらしい」
「マジ?」
「今作から主人公が交代して、性能も微妙になったと言われている。ネット上での評価は“産業廃棄物”だそうだ」
「そんな……」
格闘ゲームにおいて使用キャラクターの選択は、勝率に直結する重い要素だ。キャラクターごとに性能が違うため、どのキャラクターを選ぶかによって著しく不公平が生じる。勝利を追及する以上は、避けて通れない選択の場面でもある。大きな大会では、強いキャラばかりがエントリーするものだった。
他の競技でも同じことがいえる。競馬や競艇が分かりやすい。強い馬に乗れば、勝率は上がる。早い艇を獲得できれば、勝利が近づく。野球でも、より良いバットやグローブを選ぶんじゃないだろうか。サッカーだって、スパイクに頓着しないプロ選手なんていないはずだ。
どんな競技であっても、貪欲に性能を求めるものなのだ。
けれども一方で、性能とは違った選び方がある。キャラクターへの愛着だ。格闘ゲームで実力を付けようとすると、毎日10時間以上を練習に費やすことになる。その間、ずっと共に戦い続ける友人であり分身となるのが、使用キャラクターなのだ。
タカはかつて、押しも押されもせぬ不動の主人公だった。誰よりも強く、人気があり、輝いていた。だが今は、地に落ちたのか。
俺と同じだ。俺だって大炎上して表舞台から姿を消したのだ。以前の「k4110」ではいられない。
「一緒に這い上がろうぜ」
不思議な共感を胸にタカを選択し、ゲームをスタートした。
まずはCPU戦がスタートする。ここで実力を測られ、適切なランクを与えられてオンライン対戦に参加することになる。そこで同ランク帯の人と戦い、勝てばポイントが増えてさらに強い人と当たる。負ければポイントが奪われ、ランクは落ちていく。簡単な仕組みだ。
「あ、やっべ」
つい勢いのままに始めてしまったが、何の準備も出来ていなかった。
格闘ゲーム自体が久しぶりだ。思考が追い付かないし、指も動かない。
それに本作でのタカの性能を知らない。どんなコマンドを入力すると、どんな技が出るのか。何が得意で何が不得手なのか。
さらには、いつもはアケコンを使っていたが、今はゲームパッドだ。操作感は全く違う。
不利な要素しかない。
「うわぁ? うおぉぉ!?」
敵の動きにほとんど対応できず、まともに技を当てることも出来ない。一部は前作と同様の操作もあるので、あとは人間性能――動体視力と反射神経――で乗り切るしかない。
「ふう、ぼろぼろにされたぜ」
CPUを相手に5戦して3勝だった。ランクは 4(フォー)を与えられた。トランプを模したランク付けで、一番下は2から始まる。つまり4は下から3番目だ。
はっきり言って微妙である。間違いなく弱い部類に選別された。だが半分がボロ負けだったから、仕方がない。
「いいじゃねえか、ここからやってやんよ」
ふつふつと闘志が沸き上がって来る。そうだ、この感覚だ。目の前に困難があれば、攻略したくなる。決まりきったことをやっても面白くない。工夫し、思考を重ね、練習を繰り返す。そこにこそ、楽しさがある。




