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広沢海渡は画面端からVTuberで逆転する(仮)  作者: 安達ちなお


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第1話 アルバイト・V③

 葵の暮らす佐藤家は、駅にほど近い一軒家だった。

 周りにも新しい戸建てが並んでいる清潔感のある住宅街が、葵のイメージにしっくりとくる。


「構わず上がってくれ。父も母もまだ仕事だ」

「それじゃ遠慮なく」


 高校生になってから初めて友達の家に遊びに来たかもしれない。少し緊張しながら玄関に入ると、かすかに芳香剤の爽やかな匂いがした。


 両親はともに公務員だと聞いたことがある。きっと立派でまじめな一家なのだろう。一方こちらは父の顔も知らないし、母さんも亡くしている。そのうえ小学校の低学年から不登校を続けていた。

 劣等感とまでは言わないまでも、どこか気後れを感じてしまう。だけどビビったら負けだ。


「お邪魔しまーす」


 なるべくそっけなく言いながら、脱いだ靴は丁寧に揃えて置いた。

 葵の部屋に入ってまず目に飛び込んできたのは、壁一面を埋め尽くす賞状とトロフィーの山だった。幅広の棚には、大小さまざまなカップや盾、メダルが飾られている。そして額に入れられた賞状たちが整然と並んでいる。


「小学生水泳大会、長距離走の県大会、ビブリオバトル、カルタ大会、ピアノ発表会、バイオリンにマウンテンバイク……すごいね」

「別にすごくない。小さいころからやりたいことがいっぱいあったんだ。それで、片っ端からやってみた。ある程度で満足して次に移るから、親からは飽き性だと呆れられた。けれど、どれも楽しかった」


 ある程度なんて言っているが、どれもちゃんとした大会の優勝の賞状やトロフィーだ。一番規模の小さいものでも、市の大会で優勝している。県大会や山陽地方大会、南アジア大会なんていうのもある。

 すごい。


「いろんなジャンルで結果を出してるね。天才かよ」

「才能なんて関係ない。簡単なコツがあるんだ」

「コツ?」

「出来るようになるまで、やる。それだけだ」


 うん、真理だ。

 できないことでも、練習を重ねて身に着ける。口で言うのは簡単だけど、それを何度も繰り返すことが出来るのは、やっぱり素質なんだと思う。加えて、出来るようになるまで習い事を続けられる環境があったのだ。


「俺、習い事なんてしたことないよ」

「そうなのか」


 学校すらあんまり行っていないのだから、塾やお稽古なんて、まったく縁が無い。


「でもこっちは出来るのだろう?」


 葵が指さす先には、机に置かれたパソコンとモニタがあった。飾り気のないビジネスモデルだが、白と黒と茶色ばかりの武骨な葵の部屋には、かえって似合っている。モニタには、SоRS5のタイトル画面が映っている。


「ゲームをプレイして、それをネット上で配信する行為は、今、大流行しているんだろう? 僕も前から挑戦してみたいと思っていたんだ」

「配信なんて、流行っているというより、今じゃあ当たり前のことでしょ。一つの文化だよ」


 なるべく平静を装ったが、鼓動は自然と早くなる。


 葵は高校に入ってから知り合った友人だ。k4110(カイト)という名前の中学生プロゲーマーのことなんて、知らないはずだ。それにゲームや配信の界隈についてもあまり詳しくはなさそうだ。だからきっと、何の衒いも無いのだろう。


 それでも、このタイトルはクリティカルだった。

 スマッシュ・オブ・ライトストレート――通称スマストは、ストリートファイターやバーチャファイター、鉄拳などとともに格闘ゲームブームを牽引したビッグタイトルだ。邪悪な魔王が、史上最強・完全無欠の拳を手に入れるため、右ストレートで時空の壁を破壊した。時と場所を越えて最強の戦士たちが集う……というふざけた世界観の2D格闘ゲームだが、システムは丁寧に設計されており、初心者から上級者までが楽しめる。


 かつて“k4110(カイト)”がプロゲーマーとして主戦場にしていたシリーズでもある。


 世界大会に優勝したときのナンバリングは「4」であったが、現在の最新作は、今目の前で煌びやかなロゴを輝かせている「5」だ。プロ活動の最前線を離れてからは、意識的に情報に触れないようにしていたが、それでもスマスト5が大ヒットしていることは知っていた。さらに洗練されたグラフィックと親しみやすくも奥深いシステムは、世界中でファンを増やしているらしい。


「実は前作の4を少し知っていたんだ。だから最新作の5が大人気になったこのタイミングで、格闘ゲームとインターネット配信に取り組んでみようと思っていたんだ。そこでマリアさんのお店に買いに行ったら、このスマスト5の誤発注を知ったんだ」

「なるほどね」


 スマホを取り出し「スマスト5」でインターネット検索してみると、プレイ動画やライブ配信がずらりと出てきた。人気は健在だ。それどころか、今まで以上に盛り上がっているようにさえ見える。


 そんな中にさっきの「天真爛漫清浄院チョロ太郎チャンネルTV」を見つけた。クリックすると、同じようににぎやかな声が聞こえてくる。ちょうど今、ライブ配信をしているらしい。


『ブンブンハロー、チョロ太郎でござる。今日もスマスト5をやっていくでござるよ』


 すぐにスマスト5のオンライン対戦が始まった。試合展開が動くたびに、猫のような鼠のような奇妙なバーチャルの生き物が絶叫や歓喜の声を上げる。けれどちゃんと強い。完膚なきまでに相手を叩きのめしている。


「相変わらずすごいね、こいつは」

「海渡はそういう絵が好みなのか」

「違う違う、そうじゃない。っていうかさ、VTuberはそういうものじゃないんだよ。絵とか何のことを言っているか分からないんだけど」


 一生懸命に否定したが、葵は気にせずフォルダをあさり始めた。


「絵ならいくつも用意してある。僕の高いネットリテラシーが、素顔を出すのは止めておけと言っている。けれど自分を表すアバターがあった方が良いと思ったんだ。ちゃんと動くぞ」

「まじかよ」

「うん。ほら、これなどはとても上手くできていると思う」


 葵がマウスをカチカチっとクリックすると、ウネウネと動く粘土のようなものが表示された。


「gif画像かよ」

「そうだ。きちんと動いているだろう。背景を透過しているから、便利に使えるぞ」


 そういうレベルの話じゃない。


「何これ、鼻くそ?」

「スライムだ。世界的に愛されている有名なモンスターのはずだけれど」


 なるほど、言われてみればスライムだ。でもドラゴンクエストのスライムのような愛らしいモンスターではなく、海外のゲームで猛威を振るうタイプの粘液の化け物だった。防具破壊とかしてくる系統の敵だ。


「葵が描いたの?」

「そうだ。我ながら良く描けている」


 自信満々に答えられてしまった。そういえば賞状やトロフィーの中には絵画コンクールのものが無かった。なるほど、謎は全て解けた。


「配信をしながらゲームをしようと思ったんだが、いかんせん僕はまだ下手なんだ。そこで海渡にプレイしてもらえたらと思っている。やってもらえないか」

「俺がやるの?」

「うん。サポートは僕、プレイするのは海渡という分担でどうだろう」

「いきなり配信なんて、無理無理。それに手本って言ったって、俺そんなに詳しくはないよ」


 口では否定的な雰囲気をにおわせたが、実際のところ手本を見せるくらいなら、問題ない。詳しくないというのは本当だけれど、経験はあるのだ。プロ時代も練習の傍ら、対戦の様子などを配信したことは何度もある。

 パソコンの画面を見れば、配信用のソフトはインストールされている。


「少なくとも僕よりは詳しそうだ。知っている範囲でいいから、やって見せてほしい。海渡は器用だから、案外上手にこなしてしまうんじゃないだろうか」

「でもコントローラーも無いし。配信をするならマイクも必要じゃないかな」

「それは抜かりない」


 葵が机の下から自信満々にゲームコントローラーを取り出した。マイクもある。けれどコントローラーはパッドだし、マイクは簡素なつくりの安物だ。両方とも量販店の底値で手に入れたんだろう。


「さすがにアケコンはないよね」

「アケコンとはなんだ?」

「アーケードコントローラーだよ。格闘ゲーマーが良く使うんだ」


 対戦型の格闘ゲームといえば、昔はゲームセンターでよくプレイされていたそうだ。俺は実際のゲームセンターというものを知らないけれど、知識はある。

 ゲームセンターの筐体に備え付けられた操作キーは、8方向に動くレバーと3個から6個程度のボタンで操作をする形式が主流だったらしい。

 その操作感を家庭用ゲームで再現するために、ゲームセンターの筐体を模したコントローラーが、アーケードコントローラーだ。それに対して、いわゆる家庭用ゲーム機に付属しているコントローラーをゲームパッドと呼ぶことが多い。


「まあパッドで戦うプロもいるし、やってみれば何とかなるかな」


 コントローラーを握って画面の前に座ると、プロゲーマー時代の記憶がよみがえる。

 ほんの一年前のことなのに、どこか遠く懐かしい記憶だ。コツコツとした練習を積み重ねた仲間との日々。試合の勝敗にみんなと一喜一憂した。勝てばうれしくてさらにプレイを重ねたし、負ければ悔しくてやっぱり練習に没頭した。


 小さな大会で実績を重ね、少しずつステップアップしていった。個人戦の大会では友達ともしのぎを削ったし、チーム戦の試合では多くの友人が出来た。すべてがキラキラとした宝物のような思い出だ。二度と戻らない日々だと思っていた。戻れないとも思っていたし、戻ってはいけないとも思い込んでいた。


 でも目の前には思いもかけずその扉が開かれていた。建付けの悪い急造の扉だけど、潜ることはできる。あとは決断するだけだ。


 先ほどの名前の渋滞したVTuberの配信画面が思い出される。初めて目にしたスマスト5の画面は、新鮮ながらもどこか見慣れたものだった。見知ったキャラクターが賑やかに動き回る様子は、懐かしさすら感じた。


「そんなに気負わなくてもいい。気楽にやって見せてくれないか」


 葵がいつものように太い眉と凛々しい顔でこちらを見ている。顔の圧が強い。何となく背中を押されているような気がした。


「よし、いっちょやってみっか」


 YouTubeには葵のアカウントでログインされている。チャンネル登録者数は3だ。


「これって……」

「それはマリアさんと父と母だ。応援してくれるらしい」

「このまま使っていいの?」

「うん、もちろんだ。配信ソフトウェアはもう設定してある」

「へえ、すごいじゃん」


 マウス片手に一つずつ確認していくが、どこも問題なさそうだ。配信ソフトの設定は済んでいるし、ゲームもマイクも接続されている。謎のアバターも表示できる状態だ。本当に配信開始ボタンを押すだけでよさそうだ。


「全部、準備できてるね。俺がいなくても配信できるんじゃない?」

「道具が揃っているだけだ。ゲーム配信に限らず、物事はそういうものじゃないのだろう」


 確かにそのとおりだ。けれど、そんなに難しく考えなくても良いと思う。やるか、やらないか。それだけだ。


「じゃあ、始めるよ」


 配信開始のボタンを押下した。


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