第1話 アルバイト・V②
葵に連れて来られたのは、JR尾道駅からほど近い住宅街にある小さなお店だった。手作りっぽい木製の看板には「ホビーショップりゅうのみち」と書かれている。
「僕の知り合いのお店だ。雑貨とか本とかゲームを売っている」
「おしゃれな雰囲気だね」
葵について店内に足を踏み入れると、お高いカフェにでも来たんじゃないかと錯覚しそうになった。木製の本棚には、おしゃれな洋書や流行りの小説が並んでいる。申し訳程度に置かれたゲームの攻略本は、隅に押しやられている。テレビゲームのパッケージが並ぶ棚もあったけれど、売れ筋のタイトルが少し置かれているだけで、観葉植物の方がスペースを取っているくらいだ。
「マリアさん」
「いらっしゃい、葵ちゃん。待っていたわ」
出てきたのは清潔感のあるお姉さまだった。30代半ばだろう。薄い色の緩めのデニムに、洗いざらしたような麻のシャツを着けている。素朴な空気感を漂わせているが、センスとお財布の余裕が垣間見える。
「どうぞ、掛けて」
店内には、これまたおしゃれな木製のテーブルと、一つ一つデザインの違う椅子が置かれている。ボードゲームやカードゲーム用みたいだけれど、どう見ても古民家カフェの一角だ。
「コーヒーで良いかしら」
「僕はブラックで」
「俺はビールで」
葵にすねを蹴られた。
「……砂糖とミルクたっぷりでお願いします」
マリアさんの手による自家焙煎で、ふくいくたる香りを漂わせるコーヒーに砂糖とミルクをぶち込みながら、葵と並んで座った。
「マリアさんはここの店長だ。僕は小さいころからお世話になっているんだ。町内会の行事とか子供会のイベントとかでよく面倒を見てもらっている」
おっと、縁のない言葉が出てきた。ピンとこないのでわかったようなふりをして頷いておく。
「私こそ、いつも葵ちゃんには助けてもらっているのよ。最近はどこの町内会も若者不足の人手不足なんだけど、うちの町会は葵ちゃんが声をかけてくれるから、町内運動会も防災訓練も大盛況よ」
「住民自治は生活の基本だし、互助は人として当たり前のことだ。いざという時のために住民間のコミュニケーションを図り、持続可能な地域を目指すのは、とても大事だ。海渡もそう思うだろう」
「うん、全くそのとおりだね。ところで本題はまだかな」
このまま話を聞いていたら居眠りをしてしまう。
「実は、マリアさんのお店で困ったことが起きたんだ」
「そうなの。私はもともと、広島の方でカフェと雑貨屋をやっていたの。このお店は主人の実家のゲームショップで、義理の両親の引退に合わせて引っ越してきたのよ」
「へえ」
なるほど、だからこんなちぐはぐな店構えになっているのか。
「主人がゲーム好きで、ゲームとかトレーディングカードの扱いもして欲しいっていうから続けていたんだけど、ちょっと失敗しちゃって。ほら」
マリアさんは眉を寄せて壁際を指さした。
さっきから気にはなっていた。壁を覆い隠すほどにいくつもの段ボール箱が積まれている。落ち着いた店内には、明らかに不釣り合いだ。
「テレビゲームの発注に失敗しちゃったのよ。売れ筋の有名タイトルを3本だけ仕入れようと思ったら、300本届いちゃったの」
こういうときの0は、簡単に増えるんだよね。
「そんなに大きいお店じゃないから、このままだと資金がショートしちゃいそうなの。だから少しでも売っていきたいんだけど……」
「そこで僕らの出番だ。宣伝役を引き受けようと思う」
「それが、葵がVTuberにならなくちゃいけないっていう、やんごとなき事情ってこと?」
海渡の問いかけに、マリアさんが質問を重ねた。
「ブイチューバーって何かしら?」
今時、VTuberを知らない人がいるのか。いや、インターネットにあまり触れない人なら詳しくなくてもおかしくないのかもしれない。
VTuber。バーチャルYouTuberの俗称で、簡単に言うなら、動画プラットフォームであるYouTubeなどで、アバターを使って活動する人のことだ。
「こういうものだよ」
スマホでインターネットブラウザを起動し、YouTubeを開いた。画面に表示されるものの中から適当に一つを選び、タップする。途端に、賑やかで可愛らしい声が響いた。
『ブンブンハロー、チョロ太郎でござる。今日も配信をやっていくでござるよ』
画面の端で、可愛らしい猫のような鼠のような謎のアニメ調キャラクターがしゃべりだした。チャンネル名を見れば、「天真爛漫清浄院チョロ太郎チャンネルTV」とある。名前がうるさい。めちゃくちゃ渋滞している。挨拶もパクりだし。
何やらごちゃごちゃとしたアクションゲームが始まり、謎の生き物が「ぎゃー」とか「ぎょー」とか叫びながらも、楽しそうにプレイしている。
「こんな風にアバターを使って配信とかをする人だよ。このチャンネルではこの、何だ、鼠のような猫のような不思議な生き物がチャンネルの主でしょ。これがVTuberだよ」
「つまりこの絵のことだな」
葵が物知り顔で補足してくる。
「違う違う。わけわからんこと言わないでくれる?」
絵とか言うな。
「つまり葵ちゃんは、こんな風に配信をするつもりなのね」
マリアさんは感心したように画面に見入っている。
「うん、そうだ。物を売るには、宣伝をするに限る。宣伝をするには、インターネットが安価で簡単だ。そしてVTuberならゲームを宣伝するのに、うってつけだろう」
葵の声は自信にあふれている。だが見通しが甘い。カヌレよりもチュロスよりも甘い。
そもそもVTuberだろうと何であろうと、何の作戦も無くゼロから始めても注目されるはずがない。宣伝効果なんて、これっぽっちも期待できない。
それに近頃のゲームはデータをダウンロードする形式が一般的だ。パッケージ版がポンポン売れたのは平成とかの大昔の時代だろう。このお店を名指しして宣伝したとしても、どれほど売り上げに貢献できることやら。
「でも、やってみなければ分からないし、そもそも着手しなければ何にもならないだろう」
葵が眉をキリリと持ち上げる。
「それはそうなんだけど、それにしても随分突飛な発想だよ。俺が言うのもなんだけれど、もう少し地に足を着けた方が良いと思う」
「じゃあ海渡はどうすればいいと思う?」
「うーん……マリアさんの旦那さんはどう考えているんですか?」
「さあ、どう考えているのかしらね」
拗ねたように口を尖らしている。
「あの人ったら、自分は勤めに出ているくせに私にゲーム屋のまねごとをさせて、それでいて自分はテレビゲームに夢中なのよ。最近も人気シリーズの新作が発売されたからって、週末はゲーム三昧なの。せっかくの休みならデートとかしたいと思うでしょ?」
「そりゃあ、そうですね」
「なんだ、海渡はデートしたいのか。僕が付き合ってあげようか?」
馬鹿言ってんじゃないよ。
「つまりマリアさんは孤立無援でこの不良在庫の山と戦うことになりそうで、そこに葵が一肌脱ぐ流れになったということか」
「うん。この夏を配信に捧げるくらいの覚悟はできている」
「そりゃ大層なご覚悟で。せいぜい頑張っておくれ」
葵のやる気と熱気と眉毛から目を逸らしていると、マリアさんが微笑んだ。
「もしいっぱい売れたら、アルバイト代をはずむからね」
胸の内でゴトリと音がした。
「そうだね、やってみようよ。確かに何事も、やってみなくちゃあ分からないしね。俺も手伝うよ。当たり前だろう、友達の知り合いが困っているんだから」
「現金だな」
「さあ、現金のために始めるぞ。といっても、どこから始めよう?」
腕まくりをしてみたものの、何から手を着ければいいんだろう。その辺りのあれこれには詳しくはない。
鼻をかきながら天井を見あげていると、隣で葵が眉をキリリと持ち上げた。自信に満ちた頼もしい顔だ。
「僕の方で準備をしてある」
「さっすが葵だ。じゃあさっそく……」
言いかけて、ふと気づいた疑問を口にした。
「そういえば誤発注したゲームって、何ですか?」
「これよ。有名なゲームらしいんだけど、知っているかしら」
マリアさんが段ボール箱からパッケージを一つ取り出した。
色鮮やかなイラストと馴染みのキャラクターたち、そして見慣れたロゴが躍っている。
SоRS5(スマッシュ・オブ・ライトストレート5)。かつて俺が主戦場としていたスマスト4の次世代作にして、最新作だった。




