第2話 殴り合いの香りはパン屋から⑦
「それで、その後どうして弥栄子ちゃんとお母さんは、仲良く二人でドン様の配信を見るようになったの?」
マリアさんがコーヒーを置きながら、向かいに座った。ミルクと砂糖を入れながら「簡単なことですよ」と少し勿体つけていった。
「もう一度ドン様にお願いして、弥栄子ちゃんとお母さんあての動画を撮ったんだ。それを見てもらったら、和解したんですよ」
「どういうこと?」
「ごく簡単な推理です」
そもそも、弥栄子ちゃんが最初にドン様を見たのは、YouTubeのお勧め欄に出てきたからだ。それまでは格闘ゲームもVTuberも見ていなかったらしい。
YouTubeでは、過去の視聴履歴から類似の動画などがおすすめされやすい。それならばもしかすると、家族の誰かがドン様を見ていたのではないかと想像できる。
それならばきっとお母さんに違いない。お母さんは、VTuberを見ていることを娘に知られるのが恥ずかしくて、意固地になってしまったのだ。
想像がそこまでたどり着けば、あとは簡単だ。
ドン様の手練手管なら、お母さんの心を解きほぐすための言葉を紡ぐことなんてお茶の子さいさいだった。普段視聴していてくれることの感謝から始まり、二人のために親子そろって見られるような配信を心掛けることを誓いながら、弥栄子ちゃんとお母さんの名前をあのイケボで呼ぶのだ。
きっと心とろかされたことだろう。
「さすが海渡ちゃんね」
「ちょっとここが良かっただけですよ」
こめかみを人差し指でトントンと叩く。
「僕も気付かなかった。海渡の洞察力には脱帽だ」
葵がコーヒーを啜りながら素直に誉めてくれる。あなや嬉し。
「でも、話を聞いていると何だか詐欺師の手口みたいね」
「いえ、きっと大丈夫ですよ。ドン様は確かに外連味たっぷりな感じですけど、根は本当にいい人です」
「それは本当にそうよね。海渡ちゃんのお願いに、無償で何度も応じてくれるんだもの」
「それが、さすがに対価は払うことになりました」
「え、お金?」
「ちゃいます。お願いを聞いてもらう代わりに、ドン様を弟子にすることになりました。最近はちょくちょくスマスト5を教えてます」
「それって、結局仲の良い友達ってことじゃないの」
そうともいう。
「今回もお疲れ様。バイト代、用意するわね」
そう言ってマリアさんが立ち上がった。
「また売れたんですか?」
「ええ、ネットも含めて何本か。なんと佐々木さんも買って行ったわよ」
「弥栄子ちゃんちが?」
「そう。ご近所さんなの。小学生にスマスト5は難しい気もするけれどね」
「大丈夫ですよ。別に対人戦で結果を出したいわけじゃないでしょうし。好きな配信者がやってるゲームを家族でやるだけなら、そんなにピリピリしなくても楽しめると思います」
「それもそうね」
マリアさんは手早くバイト代を封筒に入れると、明細を付けてテーブルの上に置いた。
「はい、今日の分。このペースなら本当に完売できちゃうかもね」
「これ、また預かってもらっていても良いですか。そのうちためたお金でアケコンでも買おうかなって。本当はスマスト5を買って家で練習したいと思ったんだけど……」
「スマストは僕の家にある。練習したければうちに来ればいい」
「毎回葵の部屋におじゃましちゃあ、迷惑だろ」
「いや、ちっとも」
太い眉と長いまつげがこっちをまっすぐ見ている。
歓迎してくれるのは嬉しいけど、ちょいと照れる。照れ隠しに鼻の頭をこすりながら、マリアさんを見た。
「というわけで預かっていてくれませんか。家にお金を置いておけないんですよ。守銭奴に取られちゃう」
「お兄さんのことか」
「あら、お兄さんがいるの? どんな人」
「引きこもり。守銭奴」
二人から目を逸らして、なるべく素っ気なく言った。
「俺も小学校とか中学校はあんまり行かなかったけど、兄貴はマジで全然行ってないよ。中学なんて登校ゼロかも。今も部屋に籠ってるから、友達もいないだろうし」
それでも毎月お金を求められるので、身を粉にしてせっせとバイトしているのだ。
「税金の支払いもあるし生活費も必要だし、もっと稼がなきゃ」
「僕も協力する。まずは収益化を目指してチャンネルを伸ばそう」
「葵さんや、次は何に挑戦しようかね」
「コラボOKの連絡が他にも来ているぞ。海渡のスマストをたくさんの人に見てもらおう。見てさえもらえれば、きっとファンが増えるに違いないのだから」
「ちょっと大げさじゃない」
「大げさなんてことはない。ファン第一号の僕が言うのだから、間違いない」
広沢海渡という人間をこれほどまでに信じてくれる人がほかにいるだろうか。見てくれる人のためならばと、弥栄子ちゃんたちのために行動してくれたドン様の気持ちが、少し分かる。
「よし頑張ろう」




