第2話 殴り合いの香りはパン屋から⑥
「ドン様、反射神経が死んでますね。もしかして大層お年を召されていらっしゃいまする?」
「タカウジ君の方が幼いのは確かだろうね。心身ともに、ね。ドン様は佇まいから大人の風格が溢れてしまうのがなんとも悩ましいところさ」
「およよ~もしかしなくても前世紀生まれです? 20世紀? まさか昭和生まれの歴史上のお方? 教科書に載ってる?」
「おや、ひょっとするとタカウジ君は、人生の大半を令和で過ごしている、お子様ランチが主食の民かい?」
「いや、反射神経に自信のない人に上下裏表の択をかけまくって飯食ってるよ」
「昨日始めたにしては随分慣れているね。格ゲーで義務教育を終えたのかな」
「前作までの経験値でしのいでるだけだね。本当に強い人には勝てないんだ」
「つまり君に押されているドン様は弱いと」
「おっと口が滑った」
口撃の応酬を重ねながらも、攻撃の手を緩めない。効率やパターンを無視して、反射神経を酷使させるような選択をひたすら重ねる。
ジャンプして相手の後ろに回り込み、捲り技でさらに背後を取る。中段と下段の攻撃を交互に重ねる。極めつけは小足連打、小足連打、小足連打。
反応が鈍い時も多いが、狡い攻めには意外と対応してくる。
「君の様な小汚い戦い方は、ゲームセンターで良く遭遇したよ。この手のやり口は、反射神経に頼らずとも予測できるものなのさ」
「ゲーセンで対人戦をやっていたとなると、古の格闘ゲーマー世代じゃないっすか。もしかしてドン様って三十路……」
「ドン様は19歳だよ。ペイライエウス王国出身で“金の勇者”の異名を持ち、聖神剣を自在に操る高貴なる近衛騎士。剣術、忍術、弓術、魔術の全てを操る戦闘のエキスパート。ただ強いだけでなく決してやさしさを忘れない。常に周囲を気に掛けるが、自身の過去を語ることはない」
「急に設定を語りだしたな」
そんな葵の呟きを聞き捨てるわけにはいかなかった。
「設定とか訳の分からないことをいうなよ。これが真実なんだよ。俺は信じるよ。変なことを言うなあ、キミは。まったく。設定とはいったい何のことだろう」
その後、ドン様とあおり愛合戦を繰り広げながらも、ものの30分で決着がついた。
「オワです」
気づいたら口でもゲームでもドン様をボコしていた。10対1だ。完勝してしまった。
こんなありさまで友達になれるわけがない。
――えっぐ
――どこが友達になりたい奴のムーブだよ
――親友だったとしても縁切るレベル
コメント欄を読み進めるほどに血の気が引いていく。
「俺、なんかやっちまいました?」
――自覚無いのこっわ
――心神喪失か
――名前が付いてないだけで普通に犯罪
――主文は後回しにされるレベル
隣に座る葵のジト目と太眉が、恐ろしいほどにプレッシャーを増している。弥栄子ちゃんの冷ややかな視線は、空を裂いて刺さるほどの鋭く、気化を通り越して冷凍されそうなほどだ。
そんなお通夜状態の空気を吹き飛ばしたのは、他ならぬドン様だった。
「ブラボー、ブラボー。流石タカウジ君だ」
スピーカーからは拍手まで聞こえてくる。
ずいぶんご機嫌そうだ。
恐る恐るドン様の配信のコメント欄を覗いてみると、
――ドン様楽しそう
――ご機嫌なドン様見れて嬉しい
――ハイテンションなドン様珍しかった
意外にも歓迎されている気配だ。
「楽しかったよ。コテンパンにされてしまったのは悔しいけれど、全力で戦って負けるというのは、実に爽快だ」
「そりゃよかった。俺ばっかり楽しんじゃったかと思った」
「そんなことない。スマストをしながらバチボコに言い合うのも楽しい。こういう友達はいなかったからね」
「ト・モ・ダ・チ?」
「そうとも。拳を交えた君とドン様は、好敵手と書いて友と読める仲だ。腹蔵なくおしゃべりをしたからには、ハッピーなフレンド、いわゆるハピフレさ」
金色の髪を揺らしたドン様が、輝く笑顔で語りかけてくる。
「格闘ゲームは良いね。配信というものはすごく良いね。初めておしゃべりする君とも、こうしてこんなに仲良くなれた。皆がスマストをやれば、きっと世界は平和になるだろうね。ぜひまた一緒に遊ぼう」
これはミッションクリアだ。
どうだ、やったぜ。
葵と弥栄子ちゃんを振り返ると、二人は満面の笑みだった。太眉女が満足そうに親指を上げている。弥栄子ちゃんに至っては、言葉も無いほどに感激して目を潤ませている。
「さて、少し早いけれど今日はここまでにしようか。タカウジ君、さよならの挨拶を一緒にしよう」
「いいよ、どうすればいいの? おつドン~とか言うの?」
「いや、違う。“これにて今日のドン活はお終い。また会おう。アデュー”で締めるのさ」
「それ平気で言ってるの?」
「どういう意味かな」
「いや、すごいなって」
「何ならもう一度10先をやって、今度こそバチボコに序列を決めても良いのだけれど」
「いや、勘弁。また会おう、アデュー」
「コラ、勝手に締めないで貰おう。じゃあ子ウサギちゃんたち、アデューだよ」
ドン様に合わせて配信を終了すると、大きく息を吐いた。
「ありがとう、ドン様。お陰で大成功だよ」
「それは良かった。君たちの力になれたのならば、なによりの喜びさ。こちらこそありがとうだよ」
神様かってくらいカッコいい。事情を説明していたとはいえ、こんなに広い懐でいてくれるなんて、人としての格の違いを見せつけられた。
ふいに袖を引かれた。弥栄子ちゃんがこちらを見ている。
「ねえドン様、アンタのファンがお礼を言いたいそうなんだけど、お話しても良いかな」
「もちろんさ。ドン様は全ての子ウサギちゃんのためにある存在だからね」
ほんとにこの人、心がデカすぎんだろ。こんな野良の神配信者がいるのか。いて良いのか。良いに決まってるだろ。
「あの、私、佐々木弥栄子っていいます。かっこよくて優しいドン様が好きでいつも見てました」
「ありがとう。ドン様はとっても嬉しいよ。きっとお母さんが、また見てもいいよって言ってくれるはずさ。何せこのドン様が一肌脱いだのだから」
「うん。ありがとう、ドン様!」
こうしてVTuberタカウジの初コラボ配信は大成功に終わった。
その翌日、葵は弥栄子ちゃんと一緒にお母さんと話しに行った。インターネットであっても、友達が出来る。格闘ゲームがあれば、初めましてでも仲良くなれる。そんな材料で説得してみることにしたのだ。
結果、お母さんは感情的なまでの拒絶反応を示し、YouTubeは禁止されたままになった。




