閑話 過去・スラミ 1/3
アタシがイチバン強いはずだった。
けれど、目の前には不愉快な現実が突き付けられている。
「スラミ選手、惜しくも届かず。敗北だ」
実況の美声が今は憎い。画面ではアタシが操っていたキャラクターが、無様に倒れ伏している。当然、体力ゲージは空っぽだ。
eスポーツの世界大会であるハイペリオングランプリ。目ん玉が飛び出るような高額の賞金が付き、世界中からハイレベルなトッププレイヤーが揃う超ビッグイベントだ。数万人が会場を訪れ、配信は百万人が視聴する。ボルテージが最高潮に達しようとしているその決勝大会の熱狂の中で、アタシの戦いは終わった。体が芯から冷えていく。
威勢よく「アタシがイチバン強えってとこ、見せてやるからな!」なんて吠えたばっかりなのに。今日まで、人生を捧げて練習を重ねて来たのに。
なのに、負けた。
許せない。絶対に許せない。
他でもない、アタシ自身を許せない。
アタシは、いつだって自分のやりたいことを押し通してきた。我儘を曲げずに生きてきた。それも、他人に無理を押し付けないようにだ。
道理を通しながら我儘に生きるって、どうすればいいのか。
そんなの簡単だ。アタシが無茶をすれば良い。
スマスト4で格闘ゲームにハマってすぐに、プロゲーマーを目指した。地味な練習を毎日何時間も繰り返した。オンライン対戦の海に飛び込んで、何万試合も戦った。
中学生のころから大会に参加したし、高校生になるころにはゲーマーとしての収入を得られるようになっていた。だから当然、プロゲーマーになるものだと決めていた。
そんな時に、ママからとんでもないことを言われた。
「あなたももう大人になるんだから、ゲームなんて卒業しなさい。きちんと勉強して、大学に行って、将来を考えないと。ママを安心させてちょうだい」
ふざけんなって思った。
努力を積み重ねて、必死の思いで力をつけたんだ。いくつもの戦いを勝ち抜いたプライドもある。もう格闘ゲームはアタシの一部だ。それを「ゲームなんて」の一言で片づけられてたまるか。
でもそれを口で言ってもしょうがない。だからアタシは高校三年生の夏から必死で受験勉強をはじめた。格闘ゲームを手放さずに、大学に入ってやる。そう決めたから、やった。
一日の三分の一でゲームをして、三分の一で勉強をして、三分の一で食事と睡眠を済ませた。それ以外は何もしなかった。
最初は色々と口うるさかったママとパパも、どんどん上がる模試の点数を見て、最後には全力で応援してくれた。合格発表を見たときは、じぃじやばぁばも含めて家族みんなで飛び上がって喜んだ。
大学は、幾つか合格した中から、私立の文系だけど偏差値が60を越えているところを選んだ。もちろん合格して終わりじゃない。単位を一つも落とすことなく、二年次を終えた。このままなら、来年は楽をできる。四年次には数コマの授業を取るだけで卒業できるはずだ。
大学に通いながら、スマストも全力で取り組んだ。参加資格のある大会は軒並み挑戦した。結果を出せば知名度が上がるし、コネも広がる。その内に色々なイベントにも呼んでもらえるようになった。
ハイペリオングランプリだってそうだ。招待してもらえそうな気配があったので、必死にk4110とメガの二人を口説いてチームを組んだ。アタシが優勝させてやるからって、息巻いて練習を重ねた。そうしてこの決勝まで駆け上がった。
なのに、このざまだ。
悔しさに視界がゆがむ。でも涙の一滴だってこぼしてやるもんか。震える足を何とか動かしてステージを降りた。それが限界だった。
悔しくて悲しくて、情けなくて歩けなかった。必死に歯を食いしばっていると、細い手が伸びて来て優しく肩に触れた。
「大丈夫だよ、スラミ。俺、勝つから」
振り返ると、k4110が微笑んでいた。
気負いも緊張も感じられない絶対的な自信が見える。その姿を見ているだけで、圧倒的な安心感に包まれる。五歳も年下だっていうのに。こっちは大学生で、あっちは中学生なのに。
k4110は、大きな大会ではいつも見かけた。戦って勝ったこともあるし、負けたこともある。どちらかと言えば負けることの方が多かった。k4110の使うタカは、主人公キャラとはいえプロに選ばれることは少ない。強みの多いキャラは他にたくさんいる。タカを使うのはせいぜい過去作のファンくらいだ。そしてそんな輩は例外なくおっさんだ。
だから余計に目立った。
若い女の子が、おっさん好みのキャラを使って、勝ちまくる。しかもタカを使うプロ選手はk4110くらいしかいない。でもk4110はどこの大会に行っても勝ち残っている。
だからみんながk4110と戦うためにタカ対策の練習を重ねることになる。いやがうえにも意識させる。それがk4110の存在感をさらに強める。そして、そんな中でk4110はしっかりと勝つのだ。
k4110なら何かを起こしてくれる。
そんな期待が生まれる。誰もが、そんな風に考えている。だから今回の大会でもチームに誘った。
「さあ、早くも大将の登場だ。この劣勢を挽回できるのか、k4110選手!」
実況に煽られて、海渡がステージに上がる。と同時に、歓声が沸き起こる。
そうだ、アタシにはまだやることがある。コイツを信じて見守るんだ。応援するんだ。
乱高下するメンタルの首根っこを摑まえて、無理矢理高い位置に括り付けると、
「いけ! ぶっつぶせ!」
拳を振り上げて叫んだ。
敵は何人ものレジェンド級eスポーツ選手を擁する超有名企業の率いるチームだ。
だけど、k4110なら絶対に勝つ。アイツはいつもそうだった。アタシが無理だって思うことも、必ず攻略してきた。
「決勝の最終戦、両者に後はない。勝っても負けてもこれが最後。さあ、試合開始だ!」
実況の叫び声とともに、試合が始まった。
このレベルの戦いとなると、ドット単位で体力を削り合う。コンマ以下の刹那の変化を見極めて防ぎ、打ち、出て、下がり、飛ぶ。一瞬の遅滞が敗因となり、光速の反応が勝利への懸け橋にもなる。
だが決して人間としての性能――反射神経や動体視力――だけが重要になるわけではない。
一つの技の派生から、何につなげるか。どう防ぎ、どう攻めるのか。将棋のように定石がある。無数にあるルートの中から、相手の動きに対応する必要がある。
一方で、格闘ゲームの展開は画一ではない。変化は一瞬だ。長考している暇など無い。選択を間違えようとも、早く動いた者が勝つこともある。どれだけ素早く動こうとも、確たる計算の上で組み立てられた戦術に完敗する場合もある。
最も有利な技を選択しようとすると、当然にその動きを待たれる。対策される。すると次善の技が最善になる場合がある。不利な技こそが刺さるケースが生まれる。
その読み合い、試合展開の組み立て、反射神経。人間の能力のすべてを注ぎ込む戦いなのだ。
最高峰の能力を持つ人間同士の戦いが生み出すドラマを、誰もが食い入るように見つめている。
「頑張れ、k4110!」
思わず叫んでいた。
まるで声援に応えるかのように、k4110の操るタカが躍動した。
会場が大音声の歓声を送る。最後の1ラウンドが決着する。白く細い腕が、握りこぶしを突き上げる。その姿が、操作キャラのガッツポーズと重なる。
k4110が世界を獲った瞬間だ。
「やった! アイツ、やりやがった!」
これからの格闘ゲームは……いや、eスポーツという世界は、きっとk4110を中心に回っていくに違いない。ずっと共に歩んでいこう。そう心に刻んだ。
けれどそんな決意は、叶わぬものになる。
k4110はこの直後、大炎上の末に、姿を消した。
他でもない、アタシを守るために。




