第2話 殴り合いの香りはパン屋から④
翌日。
同じ三人が葵の部屋に集まっていた。幸いにも日曜日であり双方の都合がついたことから、早速コラボ配信をする運びとなったのだ。
海渡が配信の準備をしていると葵が隣に座った。
「弥栄子ちゃんのお母さんに見られても良いように、こどもの見本になるような配信でないといけない。ちゃんと友達になるんだ。海渡ならきっとできる」
その目と眉には、信頼と圧力がこれでもかと籠っている。
プレッシャーをかけないでおくれ。こちとら初めましての人と初めてのコラボ配信なんだからさ、もっと優しくしてよ。
そんな言葉が喉まで上がってきたが、口を出たのは強がりだった。
「任せておくれよ。配信に絶対はないけれど、俺にはあるんだ」
「うん、任せた」
弥栄子ちゃんが、葵とは反対側の隣に座った。
「ドン様に“友達だね”って言って貰わないとだめだよ」
やっぱりプレッシャーをかけてくる。
まあでも、きっと大丈夫だ。
いざとなれば無理やりにでも「友達だよね」って尋ねれば、きっと肯定してくれる。ちらりと配信を見ただけだけど、ドン様は人としてしっかりしていると分かる。きっと否定はしない。
そんな悪巧みをしていると、弥栄子ちゃんがじとっとした視線を投げてきた。
「無理に友達だって言わせるのはダメだよ。気を使わせるのは友達じゃないもの」
おっと、先手を打たれた。
「大丈夫だよ。俺、失敗しないので」
通話アプリが着信を告げた。ドン様だ。コラボ配信開始予定時間のちょうど30分前。約束どおりだ。どぎまぎしながらマウスを握り、通話開始ボタンを押下する。
安いスピーカーにそぐわない心地よい声が流れ出る。聞くだけでイケメンであると想像できるような、魅力的で蠱惑的な低い声が聞こえてきた。いわゆるイケボだ。うらやましい。
「やあ、初めまして。ドン・キホーテ・シュトルテハイム・ショスタコービッチ3世だよ。気軽にドン様と呼んでくれていいよ」
「初めまして。えーと、タカウジって名前でVTuberやってます。昨日から」
「そのようだね。YouTubeとスマスト5のアカウントプロフィールを見させてもらったよ。どちらも昨日から始めているね」
しっかりこちらの下調べをしている。流石だ。シゴデキ感がある。中の人はきっと立派な社会人だろう。何を言っているんだ、VTuberに中の人などいるわけがないだろ、馬鹿。
「そんなワケの分からない奴からのコラボのお願いを引き受けてくれて、ありがとうございます」
「随分と熱烈なラブコールだったからね。TwitterにDMを送ってくれているし配信のコメント欄にもメッセージをくれているし。こんなにドン様を求めてくれているなんて、とても嬉しいよ。ありがとう」
葵の奴、そんなことまでしていたのか。
流石にマナー違反じゃなかろうか。
「それにドン様も君のことを知っていたんだよ。昨日、Twitterでバズっていたね。スマスト5のプレイ初日に160連勝だって。そんな人と対戦できるなんて、ワクワクするじゃあないか」
「サイヤ人みたいなこと言ってるじゃないですか」
「はは、そうかもしれないね。ドン様はね、尊敬するスマストプレイヤーがいるんだ」
「へえ、誰です?」
「プロゲーマーのk4110選手だよ」
「うお」
急に名前が出たので、思わずうめき声が出た。
葵が胡乱な目でこちらを見ている。やばい、やばい。
「いや~、良い趣味してますね」
「だろう。ドン様はこれで15年くらいは格闘ゲームをやっているのだけれど、k4110選手みたいに華のあるプレイをするゲーマーはなかなかいない。ビジュアルも良いしね。最近は表舞台で見かけなくなって、寂しく思っていたんだ」
そいつ、大炎上の末に消えたらしいっすよ。
「タカウジ君はk4110選手に似ている気がするのだよ。不思議な魅力があって、目が離せなくなる」
「そりゃどうもっす。実はこちらもドン様のことは知っていたんですよ」
「本当に? 嬉しいな」
「実はちょっとしたいきさつがありまして」
弥栄子ちゃんとお母さんの事情を、かいつまんで説明した。名前とか地名は伏せつつ、ドン様の大ファンの女の子が困っていることを伝えると、ドン様は朗らかに笑い飛ばしてくれた。
「ドン様の配信見られないなんて、さぞつらかっただろう。ドン様と過ごすひと時は、世界で最も価値のある時間の一つだからね。でも大丈夫だよ、子ウサギちゃん!」
スピーカーの向こうで、マイクに近づく気配があった。
「ドン様に任せておけば、全部上手くいく。今日のタカウジ君との楽しいひと時を母君に見ていただければ、ドン様のお城が何よりも安心安全快適無双のチャンネルであると知っていただける。これは願望ではないよ。既に決定している事実なのだから」
いい声で自信満々に断言されると、確かに安心感がある。
惚れこむリスナーが多いのも頷ける。弥栄子ちゃんと言えば、隣で目を太陽のように輝かせている。大好きなVTuberが自分のために一肌脱いでくれるとなれば、こうなるのだろうか。
「おっと、そろそろ時間だ。子ウサギちゃんたちのために、さっそく配信を始めよう。こうして通話をしながらお互いに配信をするということで良いかな」
「うん、それでお願いしやす」
「それではドン様は、配信を始めて子ウサギちゃんたちに君のことを説明しよう。良きところで呼ぶから、入って来てくれるかな。その後の流れは、事前の打ち合わせのとおりで」
「りょっす」
細かなところは、葵がやり取りをしておいてくれている。海渡としては、一緒に配信するだけの簡単なお仕事なのだ。
通話は消音にして、こちらの声がドン様へ届かないようにしながら自分の方でも配信を開始した。
ドン様の配信開始を待ちながらしばらくスマスト5でランクマッチ戦をしていると、視聴者数が1人、2人と増えていく。連勝数はリセットされているけれど、それでも見に来てくれるってことは、昨日も視聴してくれた人たちかもしれない。
同時接続者数は5人で安定した。
「うっす、今日も配信していきますわよ」
――昨日のスライムはどこ行ったんだよ
早速コメントが書き込まれる。
レスポンスが良い視聴者がいてくれて助かる。一人孤独にしゃべり続けるのはつまらないしね。
「奴は死んだよ」
――殺すな
――じゃあお前は誰だよ
「今日はこの猫のような犬がタカウジ様です。有難く視界に入れなさい」
――これ生き物なのか
――三日目の生ごみかと思った
「うるせ、黙って見な。俺の配信を見ることは、男にとって納税より大切な義務なんだよ。それに今日はこのあと、お楽しみがあるんだ」
そんなやり取りをしながら、スマストを続けた。昨日よりはるかに動きは良くなっているが、それでも当然に練度は足りない。勝ったり負けたりをしながら、ランクはなんとかQにたどり着いた。
途中、チョロ太郎からスマスト5の対戦申し込みがあったけれど、無視した。『タカウジ殿にギャンされてから、拙者のハートは大絶賛ブレイク中でござるよ。貴殿をぼっこぼこのタコにしなければ生きていけぬ』とか抜かしている。
気持ちは分かるが、再戦をするとしても今じゃない。
「そろそろかな」
ドン様の配信が始まった。画面では、イケメンのアバターがにこにことしゃべっている。きっと視聴者にいきさつを説明しているのだろう。そのうちお呼びがかかるはずだ。こちらも説明しておこう。
「俺、今日は初めましての人とスマスト5で対戦するんだ。ドン様っていうイケメンだよ。もう少しで合流する。友達になれると良いな」
――どうせボコして喧嘩しちゃうだろ
――手加減とかできるの?
「いや、相手もちゃんと強いと思うから大丈夫だよ。ていうか接待プレイするもんなの? 友達相手でも?」
――ケースバイケース
――バッドマナーじゃなければOKでしょ
いろんな意見が出ている。もしかすると勝ちすぎるとダメかな。サラリーマンのお父さんが取引先のお偉いさんとゴルフする感覚じゃないとダメなのかな。
急に不安が湧いてくるが、悩んでいる暇はなかった。
『それじゃあタカウジ君、始めようか』
ドン様の配信から、海渡を呼ぶ声が聞こえた。
慌てて消音を解除した。




