第2話 殴り合いの香りはパン屋から③
「なるほど、YouTubeで探すのか」
「配信の様子を見れば、実力も性格もそれなりには分かるんじゃないかなって」
何度か見たせいか、チョロ太郎の配信が最上段のおすすめに出ている。
開いてみると、チョロ太郎が画面の中を転げまわっている。スマストの画面とその笑い声に、どこか懐かしさすら覚える。相変わらず全力で楽しんでいるようだ。
『昨日の配信でタカウジっていうVTuberに試合を吹っ掛けた件、事務所のスタッフさんに怒られたでござるよ。辻斬みたいに挑戦するのも悪態吐くのもマナー違反だそうでござる。負けたのはこっちなのに、トホホでござるよ』
ふと思いついて、チョロ太郎のチャンネルを開き、人気順で配信アーカイブを並び替えてみた。謝罪動画が三つ並んだ。何回謝罪してるんだ、こいつ。
「こいつは放っておこう」
チャンネル登録者数は10万人だった。雲の上の数字だ。事務所にも所属しているし、きっと売れっ子なんだろう。関わるつもりはないし、それ以前にそもそも相手にもされないだろう。
「もっと規模感と雰囲気が近い人が良い。チャンネル登録者が多すぎず、少なすぎず、スマスト5をやっていて治安が悪くない人」
「なるほど。登録者数1万人以下のチャンネルに絞るぞ」
「いや、まだ多すぎる。5000人……いや、3000人以下で。サムネイルにスマストの要素が入っている配信を順に見ていこう」
「本当にそれでいいのか? 海渡なら潜在能力的に登録者数7兆人くらいいるはずなのに」
「葵って時々バチボコに頭がアレするよね」
最初に開いた配信は、スマストのランクマッチ戦をプレイしていた。黙々と対戦を繰り返している。
「この配信者どうなんだ?」
「やめとこ」
ほとんど無言だから性格はよく分からない。でも追い詰めた対戦相手に向けて、しゃがむ動作を繰り返していた。いわゆる屈伸と呼ばれる煽りの動作だ。仲の良い相手なら許されるだろうけど、見知らぬ相手にはバッドマナーである。
次に開いた配信はVTuberだった。
『はわわぁ。めく、負けちゃうヨ~☆』
桃色の髪の少女が、鼻にかかったような、舌足らずな声でくねくね動きながらスマスト5をプレイしている。チャンネル名称は「芽来めくちゃんのチャンネルだヨ(⋈◍>◡<◍)。✧♡」とある。
「すげえ、ブリブリバリバリの女の子だ」
「可愛いね、この子」
弥栄子ちゃんも興味津々に見ている。
「海渡の方が可愛いだろう」
葵は黙っていて欲しい。
使用キャラクターは、本人同様にかわいらしさ満載のミユミユだ。魔法少女にあこがれている少女という設定で、薄い本を厚くしてきた人気キャラだ。プレイヤーと使用キャラクターがばっちり合っている。だがプレイをよく見ていると、一見した雰囲気とは違うことに気づく。
「こいつ、強いな」
ミユミユはテクニカルなキャラだ。コンボの難易度が高く選択肢も多いのが特徴で、的確な選択とプレイイングスキルが求められる。可愛さ目当てで使う人はいるものの、ガチンコでプレイするなら、その難易度の高さから避けられがちだ。
だが可愛らしい少女は、そんなミユミユを使いこなしている。
『いくヨ~♪』
中足でヒット確認をしてから14連打を当てる激むずコンボを披露している。間違いなくやり込んでいる。チャンネル登録者数は2900人もいる。可愛くて強ければ当たり前か。そんな思いでコメント欄に目を向けると、思いもよらぬ文字列が並んでいた。
――かわいい
――えらい
――つよい
――かわいい
賞賛の嵐だけれど、果たして何人がこいつの実力に気づいているのだろうか。
「めく。こいつは良い」
高評価ボタンを押して、次の配信に画面を切り替える。
画面に現れたのは、ドン様だった。ちょうど今、ライブ配信をやっているようだ。
「わあ、ドン様だ!」
弥栄子ちゃんが華やいだ声を上げる。
画面の中のイケメンは、スマスト5をプレイしながら、魅力的な声でコメント欄とのトークに花を咲かせている。
『おっと、かなり追い込まれてしまったね。でも大丈夫。みんなが応援してくれるなら、どんな窮地も跳ね返してみせるよ』
使用キャラは顔面最強で女性ファンの多いイケメン騎士のジョー・クインだ。圧倒的な体力差にもかかわらず、果敢に前に出て、華麗に剣の攻撃を当てていく。みるみる劣勢を挽回する様子に、コメント欄が盛り上がっている。
――ドン様がんばって!
――すごい!かっこいい!
同時接続者数は100人ちかくいる。チャンネル登録者数が1200人であることを考えると、週末とはいえ、すごい数字だ。
ドン様の操るジョー・クインは、リスナーの応援コメントを力に変えて、そのまま勝ち切った。試合の展開を乱さない正攻法で、正々堂々とした戦い方だった。
「やっぱりドン様もいいね」
高評価ボタンを押して、次の配信に画面を切り替えた。
そうして昼までかけて100以上のチャンネルを見て回った。
「どうだ、よさそうな相手はいたのか」
葵がお昼ご飯のおにぎりを乗せたお盆を手に聞いてきた。手作りおにぎりは海渡と弥栄子ちゃんの分も用意されている。具は焼き鮭で、海苔はパリパリだ。アサリの味噌汁も付いている。葵の手作りらしい。
「うん、とりあえず目星をつけた人は高評価をしておいた。この中から何人かを選んで連絡してみるのもいいかなと思うけど……」
だけど、今すぐに声をかけるのは現実的ではない。
一番の問題は自分自身だ。まだ一度しか配信をしておらず、チャンネル登録者数も120人。一方で、良さそうに見えた人たちは、チャンネル登録者数が1000人以上の人ばかり。ちょっと差がありすぎて、声をかけるには躊躇われる。
もう少し数字を伸ばしつつ、名刺代わりに出せる配信や動画も無い。
「となれば、まずはスマストの練習をしながら、チャンネル登録者数を増やすか」
おにぎりを味噌汁で流し込むと、マウスに手を伸ばした。
配信ソフトの起動ボタンを押下しようとしたその時、今まで俯いていた葵がおもむろに顔を上げた。
「連絡とれたぞ」
「え?」
「海渡が選んだ人達に連絡してみたら、さっそく返信があったから、コラボの約束を取り付けた。ああ、大丈夫。段取りは僕に任せてくれ」
「え?」
「なんと最初に返事をくれたのは、ドン・キホーテ・シュトルテハイム・ショスタコービッチ3世。ドン様だ」
「え?」
「明日、時間を作ってくれるそうだ。楽しみだな」
この女の行動力を忘れていた。いや、舐めていた。
野太い眉毛が、にこにこの笑顔で海渡を見つめていた。




