第2話 殴り合いの香りはパン屋から②
葵のパソコンでYouTubeを開いて検索をすると、すぐに見つかった。
「VTuberか」
「ドン様のお城」というチャンネル名をクリックすると、現れたのは金髪碧眼で白皙のイケメンだった。一昔前のアニメに出て来る貴族のような、派手で煌びやかな服を着ている。
名前はドン・キホーテ・シュトルテハイム・ショスタコービッチ3世。VTuberらしく尖ったネーミングだ。
チャンネルの概要を見るに、企業に所属せず個人で配信やチャンネル運営をしているようだ。チャンネル登録者数は1200人だが、再生回数はしっかり回っている。根強いファンがいるのかもしれない。
直近のライブ配信のアーカイブを開くと、低いトーンの格好いい声が流れ出した。
『やあ、ドン様だよ。さて今日も迷える子ウサギちゃんたちとお話をしようかな』
なんだコイツ。
それが第一印象だった。けれど、すぐに評価は変わった。もちろん良い方向に。
視聴者のお悩み相談やゲーム配信のほかに、時には歌ってみたりと色々なことをしているけれど話す内容は常識的だし、何より視聴者のことを考えていることが分かるので、ストレスなく安心して見ていられる。気取った口調で大げさな言葉遣いをするが、人としてしっかりしているのだ。
イケメンと格好いい系ボイスが好きなら、ハマるかもしれない。個人的には、スマスト5もプレイしているところが個人的には高評価だ。しかもきちんとランクが高い。しっかりやり込んでいる証拠だ。
「僕としてはこれくらいの内容なら小学生が見ても問題は無いと思うけれど、海渡はどうだ」
「うん、俺も同感だよ」
「それじゃあ弥栄子ちゃんのお母さんを説得してみよう」
「いや、お母さんの言うことは聞いた方が良いよ」
「えぇっ」
弥栄子ちゃんが泣きそうな声を上げる。でも、仕方ない。インターネットとかテレビとかゲームとか、そういうのは保護者の言うことを聞いた方が良い。近所の高校生が無責任なことを言うべきじゃない。なにより、多少厳しくても、お母さんは大切にすべきだ。
「ともかく、ゲーム事情なんてご家庭次第で違うものだし、お母さんの言うことを聞いてちゃんと学校の勉強でもしたほうがいいよ」
「海渡は学校に来ないし勉強もしていないだろう」
「俺は関係ないでしょ。よそはよそ、ウチはウチってやつだよ。さ、今日も配信しようよ。小銭を稼がなきゃ」
手早く配信準備を整えていく。今日のアバターは、不気味スライムではなく猫のような犬にした。独特な絵柄のせいで表現は難しいけれど、確かに猫っぽい犬なのだ。それがなぜか杵と臼で餅つきをしている。
画像フォルダには50以上のgif画像があったから、毎日アバターを変えてもいいかもしれない。
マリアさんのお店を宣伝するため、りゅうのみちの広告用の画像も、画面の端に配置する。VTuberタカウジにとっての最初のスポンサー様だ。
「そういえば葵のご両親は?」
「早朝から出かけて行った。登山が趣味なんだ」
健康的でございますな。
「じゃあ今日は一日中、ゲーム三昧できる……ってコト?」
「有体に言えば、そうだ」
「わぁ、やったね。それじゃあ今日もハチャメチャに頑張ろう。てっぺん獲るゾ」
「これってゲームの配信をする準備ですか? ドン様みたいに?」
弥栄子ちゃんが手元を覗き込んできた。瞳がキラキラと輝いている。
「うん、そう。俺もドン様みたいにVTuberをやってるんだ。タカウジって名前。カッコいいでしょ」
「えっと、そうですね、強そうな名前ですね」
ちょっと気を使われているのが分かる。でもk4110の名前は使うつもりはないし、本名なんて名乗る気は無い。となれば、スマストのユーザーネームで行くしかない。
「そのうち一獲千金の大金持ちになって毎秒三兆円くらい稼いじゃうよ」
「でもまだチャンネル登録してる人は120人ですね」
「うっ」
駆けだしなんだから、勘弁してほしい。そもそも、たった一日で120人は、結構凄いと思うんだけどな。
「海渡を知ってさえもらえれば、もっともっと伸びる。2000000億人くらいは目じゃないはずだ」
ちょっと計算がおかしくはないかね、葵さんや。
「どうすればもっと多くの人に海渡を見てもらえるだろうか。一度でも見てもらえれば、間違いなく海渡のとりこになるのに。やっぱり突飛なことをしないと、注目されないのか」
「特大のバズを狙って変なことをしてみたところで、大炎上の末に表舞台から消え去る未来しか待っていないよ。コツコツと続けるしか無いさ。大会で少しずつ実績を積み重ねたり、コラボしてみたり……」
「コラボってどんなことをするんだ。注目されるのか」
葵が身を乗り出してくる。
随分とやる気が満ち溢れているな。
「他の人と一緒に配信したりするんだよ。一人じゃあ無理なことも出来るから面白配信になるかもだし、お互いの視聴者が新しい配信者に出会えるし、良いことづくめって寸法さ。とはいえ今の俺じゃあ、お友達もいないし誰かがコラボするメリットなんて無いからなあ」
「閃いた」
葵の眉がくいっと持ち上がる。
「友達とコラボするのではなくて、コラボして友達になるというのはどうだろうか」
「なんだ、それ」
「初めましての人とコラボで仲良くなれば一石二鳥だ。チャンネルも伸びるし、ネットで良い友人ができれば弥栄子ちゃんのお母さんへの説得材料にもなる。インターネットは怖くないと知ってもらうんだ。そうすれば、弥栄子ちゃんも大手を振ってドン様の配信を見られる」
「ネットリテラシーが低いな。インターネットには変な人の方が圧倒的に多いんだよ。初対面の人とのやりとりなんて、俺はやらないからね」
「大丈夫、交渉はすべて僕が引き受けよう。海渡は配信だけに集中してくれ」
「やだよ」
「そこを何とか。人助けだと思ってやってくれないか」
人助け。
そう言われるとむげに断るのも躊躇われる。
「……しかたないにゃあ。いいよ、良さそうな人を探して誘ってみよう。でも上手くいかなくても、あきらめてくれよ」
「さすが海渡。それでこそ僕の見込んだ女だ」
葵の目もきらきらと輝く。
弥栄子ちゃんと並ぶと二人とも似たような表情だ。姉妹みたい。
「それで、どうやって探すんだ。僕にスマストをやっている知り合いはいない」
「実際に見ながら探せばいい。今の世の中は便利なんですよ」
YouTubeを開くと、パソコンの画面にスマスト関連の動画や配信のサムネイルがずらりと表示される。




