8話 狐の窓、白球の夢
「君たち、ヒロキと最近仲のいい……」
少年たちは、社のすぐ脇で隠れるように身を潜めていた。マコトは怯える彼らに話しかけた。
学校では態度の大きな少年たちだが、今は見る影もなく弱々しい。
「お前ら……、人間か?」
少年たちの一人が恐る恐るマコトに問う。
「うん、そうだよ。同じ学校に通ってるけど知らない?」
カンナが優しく語りかけ、「何があったか教えて?」と聞いた。
「俺たちだって、分かんねえよ……」
「普通に学校にいたら、突然霧に包まれて、気がついたらここにいたんだ」
「俺も……、学校から帰る途中に急に霧が立ち込めてきて、気づいたら……」
「俺は家で……」
少年たちは全員で四人だった。口々に突然霧に包まれてここに来てしまったと語る。
だが、ヒロキともう一人、ヒナに手向けた花を蹴った竹本という少年がいない。
「なあ、ヒロキは?」
カイトがマコトとカンナを押しのけて問う。それを抑えながらカンナが「竹本ってやつもいるだろ?」と聞く。
すると少年たちはたちまち怯えだした。
「ふ、深沢のことは知らない……」
「ここには来てない……」
「え、でもヒロキだって行方が……」
「知らねえって言ってんだろ!? ……けど、竹本は……」
一人の少年が、ある一点に一瞬だけ視線を向けた。すぐにそらしてしまったが、何かあると、カイトたちはその方向を見た。
それは、井戸から十メートルほど離れた、そこそこ伸びた叢の中にあった。
人骨だった。
「キャアアッ!!」
短い悲鳴がカンナから発せられる。カイトも恐怖で動けなくなり、マコトは尻もちをついた。
臆せず人骨に歩み寄っていったのはカズラだった。
「人間の骨だな。服装から見て、真っ先に消えた小僧のようだ……」
「真っ先に消えた小僧」つまり、この不良グループのリーダー格の竹本だというのだ。
「おい、小僧ども! こいつは何故こうなった」
ぶっきらぼうにカズラは少年たちに尋ねた。随分な態度ではあるが、そんなカズラに反抗する気力がないのか、素直に答える。
「し、知らない……。俺たちがここに来た時には、もう……」
物言わぬ骸と成り果てた友から目をそらしながら、少年の一人がそう答えた。
「で、でもこいつが行方不明になってから一週間くらいしか経ってないぜ?」
「こんな短時間で白骨化までするか?」
カイトとマコトが怯えながらもカズラに尋ねた。
「ヒナの仕業だな……」
「ひ、ヒナが!?」
「こいつは自分に対して供えてあった花を蹴り飛ばした……。最もヒナの怒りを買っているだろうからな……」
「……ヒロキは大丈夫なのか?」
「さあな……、だが、こいつらがここにいるならどこかにいるとは思うがな……」
そしてまた、社を見渡す。
何かを感じ取ったのか、ハクの耳がピクピクと動いた。
「何か聞こえる」
「え?」
「金属音のようだ」
ハクがその大きな獣の耳を動かして、どこから聞こえるか探る。
カキーンッ!!
カイトたちの耳にもその金属音が届いた。
「これ、バットでボールを打つ音だ……」
「野球でもやってるみたいだ……」
それは、幼馴染のヒロキが幼少期からずっと愛している、金属バットが白球を打つ音だった。
*
バットが白球を打つその音は、霧の中から聞こえてきた。
「ヒロキ……、もしかして、霧の中に?」
「そういえば、この間マヨイガに迷い込んだときも、ヒロキは霧の中に突っ込んでいったよな……」
何かを思い出そうとしているのか、マコトは指で顎に触れながら自分の考えを語る。
「あの時、ヒロキに『霧の中で何かあったか』って聞いたけど、『何もない』って答えたんだよな。あれ、なんか怪しかったんだよな……」
「確かに、何か隠してるみたいだったよな……」
「行ってみる? 霧の中……」
緊張した面持ちでカンナは林を包む霧を指さした。
三人はお互いの顔を見合わせると、覚悟を決めて、霧の中へと足を踏み入れた。カズラとハクもその後に続いた。
*
白い空間の中を進む。確かに聞こえてくる金属音を頼りに進むが、時折、樹木の黒い影がぼうっと浮き上がり、それを避けていると方向が分からなくなる。
これは惑わされている。
そう確信する。
「止まれ。闇雲に歩くな」
これ以上動き回るのは危険だと判断したカズラは、全員に止まるように指示を出した。
「どうしたんだよ……?」
「何か気がついたのか?」
カズラの後ろについて歩いていただけの三人は、不安げにカズラに尋ねる。
「どうやらヒナは、是が非でもヒロキを返したくないようだ」
「まだ見つけてもいないのに何でわかるんだよ」
「僕はこの霧の抜け道を知っているんだが、どうも道が見つからない」
「……え、この霧って抜けられるの?」
「今それどうでもよくないか?」
てっきり霧は現世と断絶するために立ち込めているとばかり思っていたが、見えない出口があるようだ。
ヒロキが霧の中に突っ込んでいった時のことがあるので、カイトは霧の中にも出口があるという事実に驚きを隠せない。しかし、今はそれはどうでもいいとハクに話を切られてしまった。
その事実に驚く三人を放置し、カズラは両手で特徴的な形を作った。
「狐?」
その手を覗き込んだカンナが呟いた。
中指、薬指、親指の三本をくっつけ、人差し指と小指を立てて「狐の耳」にする。手影絵の狐をカズラは手で二つ作ったのだ。
「『狐の窓』!」
「え? 何?」
この段階でマコトはカズラが何をしようとしているのかを理解した。それが何を示すのか分からないカイトとカンナは首を傾げるばかりだ。
「『狐の窓』は、人に化けた妖怪とか怪異の正体を見破る呪術だ。それでこの霧の本当の姿を見ようっていうんだな?」
「手で狐作ると見えんの?」
「素人が無闇に覗くな」
カイトがカズラを真似して手で狐を作ると、ピシャリとカズラに手を軽く叩かれた。
「いってぇ、何すんだよ!」
「愚か者! 最近見えるようになったばかりのくせに、窓から無闇に覗くのではない! 目が合った怪異が襲ってくるかもしれないのだぞ!」
今度はハクもぴょんぴょん跳ねながら抗議する。眷属の狐二匹が揃って制止するということは、それだけ危険な呪術なのか、とカイトは不貞腐れながらも手を引っ込めた。
カイトが大人しくなると、カズラは「狐の窓」の呪術を再開する。
向かい合う狐の耳(人差し指と小指)同士を重ね合わせる。続いて、狐の顔を作っていた残りの三本の指を交差させ、隙間を縫うように折り込んだ。
左右の指が複雑に絡み合い、中央に小さな穴が完成した。これが「狐の窓」である。
カズラは迷うことなく、窓を覗き込んだ。
「視えた」
一言をはっきり呟くと、カズラは霧の中のある位置で、手の甲を内側に合わせ、両手で押し広げるように勢いよく左右へ払った。
たちまち霧は晴れ、視界が開けた。
そこは、地元に唯一ある野球場だった。
*
ヒロキは中学の野球部のユニフォームを着て、バッターボックスに立ち、バットを構えている。その目は真剣そのもので、真っ直ぐ相手チームの投手を睨んでいる。
投手が右腕を大きく振りかぶって、ボールを投げた。
向かってくるボールをヒロキは迷いなくバットを振って打ち返した。白球は青い空へ高々と上がり、綺麗な放物線を描きながら、観客席へ落ちていった。
見事なホームランだ。
ワッと歓声が上がり、バッターボックスに立っていたヒロキは、右手を高々と掲げてガッツポーズをしながら、一塁、二塁と駆けていく。
「……この光景、見たことあるな」
「うん……、小学生の頃の最後の大会にそっくりだ」
「ヒロキ……、やっぱり野球、辞めたくなかったんだな……」
夢か幻か、ヒロキが本当に望んだものがそこには広がっていた。
幻であるはずなのに、夏の暑さも球場の熱気も、あまりにリアルで、ここが現実なのではないかと疑うほどだ。
そして、確信してしまう。
ヒロキは、ここにいたいのだと。この夢から覚めたくないのだと。
次回8月29日(土)2話連続投稿。
9話 朝7時更新。
最終話 夜19時更新です。




