7話 異界への途(みち)、帰還の鍵
「待て! カイト!!」
暗くなった国道沿いを走っていると、後方から呼び止められた。聞き馴染んだ幼馴染のマコトの声だ。
「マコト! それにカンナも!」
マコトの後ろをついてきていた双子の姉のカンナにも気がついた。
さすが二人とも、現役でサッカー部と女子バレー部のレギュラーを張っていただけのことはある。足が速い。
「闇雲に飛び出していくな」
「何だよ……! 止めに来たのかよ。お前らヒロキが心配じゃないのかよ!!」
カンナにたしなめられたカイトは目くじらを立てて反論した。どうしてもヒロキを見捨てることが出来ない。それを止めに来たであろう二人にも反発的だ。
「誰が止めに来たって?」
意外にもカンナはカイトの行動を止めなかった。呆れつつも、ヒロキを救うことに協力的な様子だ。
思わず「え?」と聞き返すと、マコトもため息交じりに語り出す。
「お前が無策に飛び出して行ったから、追いかけてきたんだよ」
「どうやってヒロキを連れ戻すか、考えてるのか?」
「う……」
カンナに痛いところを突かれ、思わず目を逸らしてしまう。「やっぱりな」とカンナはジロリとカイトを見た。
こういう時のカンナは母に似ていて少し嫌だ。
「……お前ら、止めに来たんじゃないのか?」
「当たり前だろ。私たちだって、ヒロキを見捨てるつもりはないよ」
「無謀に突っ込んでいくお前を、一旦冷静にしないとさ」
「こういう時、カイトとヒロキは後先考えないで突っ走って、痛い目に遭うだろ?」
そんな風に諭されてしまえば、カイトは冷静にならざるを得ない。改めてカイトは二人と向き合い、「考えがあるのか?」と問う。
「これだよ」
カンナがポケットから取り出したのは、一枚の十円玉だった。
*
「………本当にやるの?」
「当然!」
「何だよ。突っ走っていったくせに怖いのか?」
現在、三人は稲荷神社にいる。ちょうど雑草に覆われた井戸のすぐ真横で、ノートを広げてしゃがみ込む。
カンナがノートにボールペンで書き込んだのは、中央上に鳥居、その両隣に「はい」「いいえ」の文字。そして五十音順のひらがなと数字を書いていく。
そう、三人はこの場所で「コックリさん」を執り行い、ヒナの霊魂を呼び出すつもりなのだ。
「ま、マジでやんの?」
「しつこいぞ。ヒロキがどうなってもいいのか?」
怖気づくカイトとは正反対にカンナはやる気満々だ。それと同じくマコトもその気で、スマホでやり方を調べている。
こういう時、この二人は恐ろしいほど頼もしい。
「よし、書けた」
カンナはノートを地面で開いたたまま、十円玉を鳥居の絵の上に置いて、その上に指を置いた。続いて、マコトも指を置く。
「カイト、早く置け」
ゴクリと喉を鳴らす。堂々と十円玉に指を置く二人を交互に見たあと、カイトは恐る恐る指を十円玉の上に置こうと、しゃがみながら腕を伸ばした。
「おい!」
「ギギャアアアアッ!!!」
突然背後から威嚇するような鋭い声が刺さる。空を切り裂くほどの悲鳴を上げて、カイトは飛び上がった。
「カズラ……!」
マコトが呼んだ名前の主は、稲荷大明神の眷属であるカズラと、同じく眷属のハクだった。
驚きに口をパクパクと動かすだけになってしまっているカイトを置いて、話が進んでいく。
「どうしてここが……? まさか、俺たちを追いかけてきたのか?」
「どう解釈しようが勝手にしろ。僕は主さま方からヒナを連れ戻すよう、命を受けている。お前たちがヒナを呼び出せるのであれば、そのまま連れ戻すまでだ」
あくまでも都合がいいからだ、という言い分ではあるが、これまでのカズラとの関わりを振り返ると、それだけでないと思うのはカイトたちが人間だからだろうか。
「アタイはどさくさに紛れて、主さまたちのおられる高天原に帰る算段なだけだ」
ハクは無い胸を張って自信満々に宣言した。
「そこに帰れないお前とは違ってな!!」
ビシッとカズラに向かって指をさすハク。カズラは躊躇なくその指を力強く握って、グギッと別の方向に向けた。
「あだだだだだだ!!!」
先ほどのカイトの悲鳴に負けぬほどの痛ましい悲鳴が境内に響いた。
「静かにしろ! ワタルにバレるぞ!」
「もうバレてます」
カズラを見下ろすように、彼の背後に立っていたのは、神社の神主、一ノ瀬ワタルだった。
「全く……、騒がしいから来てみれば、こんな時間に子供たちを連れて、何をしているんですか」
「うるさい! 人間には関係ない! 口を挟むな!」
「既にこの子たちを巻き込んでいるじゃありませんか」
ピシャリとカズラにツッコんだ一ノ瀬に、臆した様子はない。
「違う! 首を突っ込んでいるのはむしろこいつらだ!!」
「だったら何故止めないんですか! こんなに暗くなっているのに、未成年を家にも帰さないで!!」
こっちでも喧嘩が始まってしまった。
終わりそうもないので、カイトは今のうちにと「コックリさん」を始めようと、改めて十円玉の上に指を置く。
「待ちなさい。君たちはこんなところで何をしようとしているんだ」
隙を与えず、一ノ瀬はカイトに詰め寄った。
「ヒロキがいなくなっちゃったんだ。神主さん、知ってるんだろ? 不良たちがここでヒナに供えた花蹴ったの! 罰当たりだし、ヒロキたちが悪いのは分かってるけど、このままにできねえよ! ヒロキのお母さんも心配してるんだ! 事情知ってるの俺らだけだから、俺たちで連れて帰るんだ!」
「……警察が、動いているんじゃないのか?」
「こんなこと警察にどうにかできるわけねーよ!!」
睨み合う、一ノ瀬とカイト。
数分の睨み合いの末、大きなため息が一ノ瀬から出た。
「……帰り方は分かっているのか?」
「それは……」
言いかけて、黙り込んだ。その策は何も考えていなかったのだ。一ノ瀬は二度目のため息をついた後、カイトたちに語り出す。
「……少しだけ、助言しよう。君たちはこれからこの世と異界を繋げようとしている。そして、そこに行こうとしているね」
「はい……」
「であれば、あちら側へ行ったら、絶対にその世界の食べ物は口にしてはいけないよ。『同じ釜の飯を食う』というように、異界でその世界の食べ物を口にすると、その世界の仲間になることと同義だから帰れなくなる。そして、帰る時になったら、絶対に振り向かないこと! いいね」
「はい!」
強い口調で言われて、三人は固まったまま、コクコクと頷いた。
「阿久津君、この間のお守りは持っているね?」
「はい」
「絶対に落とさないようにね」
「はい!」
そう言うと、一ノ瀬は数メートル離れた位置まで後退した。
それを合図と取った三人は、再び十円玉の上に指を置いた。
「コックリさん、コックリさん、どうぞおいでください。もしおいでになられましたら『はい』へお進みください」
三人は揃って、呪文を唱えた。
すると、スススと十円玉は「はい」に移動した。
動揺して、この後どうしようと戸惑っていると、周囲はたちまち霧に囲まれてしまった。
「開けたな」
呟いたのはカズラだ。隣にはハクがいるが、神主の一ノ瀬の姿がない。
キョロキョロと辺りを見渡すと、夜の境内から、薄暗いが、どこか明るい境内に変化していた。
霧は、自分たちの周りから遠ざかり、神社の周囲を囲んでいる林に立ち込めていた。
気づけば、雑草に包まれ見えなくなっていた井戸が、その姿を現していた。掲示板のポスターも黄色い鹿のキャラクターが印刷されたものに変わっている。
ここには来たことがある。夏休み前に自分たちが誘われた、八年前のまま時が止まった「マヨイガの社」だ。
怯えながらも立ち上がり、辺りを観察する。
しばし、その場で立ち止まっていると、ハクが「何者かがいる」と言い出した。
彼女がある一点を指さす。そちらに視線を向けると、こちらを酷く怯えた表情で睨みつける者たちがいた。
「あいつら、最近ヒロキとつるんでる……」
ポツリと呟いたのはマコトだ。カイトとカンナにも見覚えがあった。
教師たちが舌を巻くほど手を焼いている、同じ中学に通っている少年たちだ。
次回8月28日(金)更新です。




