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6話 因果と応報、かりそめの望み

「その呼び出し方でいいのですか? 埴山姫ハニヤマヒメさま……」

『カンナが、これが最もポピュラーで、覚えやすいというのでな』

「それで()()ですか……」


 呆れるというより、だいぶ引きながらカズラは埴山姫ハニヤマヒメに視線を向けた。


「アタイだっているぞ!!」

「ケモ耳可愛い!!」

「相変わらずお前はそれか……」


 カイトが叫ぶ横でツッコミを入れたのはマコトだ。そして現れたもう一人に視線を移す。

 女子トイレの出入口で仁王立ちしているのは、ハクだ。二つの獣耳を頭の上に乗せている人型の狐で、小学生ほどの少女だった。服装は相変わらず、白衣はくえと、スカートのように短い紫色の袴を身に着けている。


「まだ現世うつしよにいたのか……」

「うるさい!! あの小娘どもがいつまでも降霊術を終わらせないから、ずっとこのままなのだ!! アタイのせいじゃない!!」


 ハクは終業式の日に、カンナを誘ってコックリさんを行った女子生徒たちによって現世うつしよに埴山姫と共に降ろされた、カズラと同じ稲荷大明神の眷属の狐だ。正しく降霊術を終わらせなかったことで帰れなくなってしまったのだ。


「まだ降霊術を終わりにしていないのですか?」

『うむ、あの小娘どもはあれ以降、寄り付きもせんな』


 カズラの問いに答えた埴山姫は、忌々しげに答えた。子供の姿であるにもかかわらず、その表情は鬼のようだ。


『あまりにも不躾なので、毎晩夢に化けて出てやっておる』

「怪談でよく聞くな……。幽霊に取り憑かれた人が夜な夜な悪夢にうなされるっていう……」

「幽霊じゃなくて神様だから、祟りじゃね?」


 埴山姫の発言を聞いたカイトとマコトは、内心で祟られている女子生徒たちを不憫に思った。


『してカンナ、わらわを呼び出して何用なにようか?』

「うん、実は私たちの幼馴染のヒロキって男の子が、行方不明になってるんだ。学校の中でいなくなったみたいなんだけど、花ちゃん何か知らない?」

『さあな、小娘どもを祟るのに夢中だったゆえ、露ほども知らんな』


 夢中だったんかい、というツッコミは誰もしなかった。


「お前も知らんのか?」

「ふん! 知るはずもなかろう!」


 カズラがハクに詰め寄ったが不発に終わる。


「二人が降霊された時に一緒に降ろされた、人間の女童めわらわの魂が何かしているようなのです」


 小さなため息をつきながら、カズラはそう言うとスマホを取り出して、神主が撮影した動画を見せた。


「そこに映っている小僧どもが、次々と行方をくらましているのです」

「なんと不愉快な……。アタイなら放っとくね!」

『このままでよいのではないか? この小僧どもの自業自得だ』


 埴山姫もハクも映像に映るヒロキをはじめとした、不良少年たちに憤りを覚えている。


「そんな! 学校じゃ大騒ぎになってるんですよ!?」

「ヒロキは幼馴染なんだ。花ちゃんの力で、何とかならない?」

『そんな次元の問題ではない。本来礼儀を怠って神々や死者を祀る場でこのような愚行をなした者に手を出すべきでない。無論、こやつらに差し伸べる手もな。これはこの小僧どもの罪の問題だ』


 神である埴山姫は、どこまでも冷淡だ。

 因果応報、自業自得は当事者本人の問題として、切り捨てろ、と彼女は諭しているのだ。


『カンナ、ヒロキという友のことは忘れろ』


 これがダメ押し。カンナの表情が歪む。今にも泣きそうになるカンナの横で、マコトも表情が険しくなっている。

 ヒロキを諦めさせられる決断を迫られる中、カイトだけは違った。


「ヤダ!! 俺はヒロキを諦めない!!」

「聞いていなかったのか? ヒロキは触れてはならないものに触れ、自ら彼岸に渡った。因果応報だ。これ以上首を突っ込むな」

「バケツ蹴ったのが引き金になったんだろ!? ヒロキはその場にいただけだ! バケツ蹴ったのは竹本だ!」

「いや、そういう問題じゃなくてだな……」


 カイトの子供の駄々が始まり、カズラはげんなりする。マヨイガ社ではこの「駄々こね」で術のかけ直しが出来なかった。

 今の問題もそれに起因するのだが、ここでそれを議論しても仕方がないので、カズラは言葉を飲み込んだ。

 引き金になったのは紛れもなく竹本がバケツを蹴ったからだ。だが、その場にヒロキがいたのが問題だった。

 ヒロキは八年もの間、カズラの術にかかっていた。カイト、マコト、カンナと同様に肉体も精神も、魂すら彼岸に近い場所にある。そんなヒロキが不敬を働いたとヒナにみなされ、ヒナのいる側へ連れて行かれてしまったのだ。

 ヒロキは手遅れだ。何とかそれをカイトに分からせなければならない。でなければ、カイトの性格上、首を突っ込んでまた彼岸を渡ろうとするだろう。

 今度ばかりは「きさらぎ駅」の時のようにはいかないかもしれない。


「カイト、言うことを聞け!」

「ヤダ!! ヒロキを連れ戻すんだ!!」

「今度ばかりはきさらぎ駅の時のようにはいかないぞ!!」

「それでもヤダ!!」

「いい加減にしろ!! ヒロキは生きたまま彼岸へ渡ってしまったんだ!! ヒナだけは強引に常世とこよに送ることもできるが、ヒナに魅入られた者たちをこちらに返すことは難しいんだ!!」

「『難しい』ってだけで、できないんじゃないんだな?」


 憤るカズラの一言に、カイトは反論した。しまったと思ったときにはすでに遅く、カイトは屁理屈でカズラをまくし立てる。


「何が『ヒロキを諦めろ』だよ!! 要は難しいことやりたくねえだけじゃねえか!! 一方的に『出来ない』なんて言いやがって……。お前も他の奴らとおんなじだ!! 人にはあーだこーだと自分の都合で人をコントロールしようとするくせに、こっちの言い分は全然聞きやしねえ!!」


 カイトの主張は、母親や学校の教師たちから頭ごなしに勉強や部活について口煩く言われていることへの不満だ。カイトが「勉強が難しくて出来ない」「部活が続けられない」と主張しても、頭ごなしに否定されるだけだ。

 その根底にある、悩みや葛藤には目もくれない。

 その不満が今、ここで爆発した。


「俺はヒロキを諦めない!! 絶対に連れ戻す!!」

「あッ!!」


 カイトは言い捨てると五人の元から、地団駄じだんだを踏んで走り去ってしまった。

 すると、カンナとマコトも二人で頷き合い、カイトの後を追うように駆け去っていく。


「君たち待て!!」


 カズラは制止するが振り向くことなく三人は公園を後にした。

 一連のやりとりを見ていたハクは「全く……、こっちの親切を無下にしおって」と肩を竦めた。


『どうするつもりだ?』

「どーもこーも、もう付き合ってられませんよ。僕はこれ以上、あの子らに構っている暇はありません」

『そうか……』


 埴山姫はカズラに尋ねたが、カズラは三人を見捨てると冷たく言い捨てた。

 本心ではカンナだけは見捨てられない埴山姫は、ポツリとカズラに助言した。


『貴様は確か、ヒナという娘の魂を探していたな』

「よくお分かりで……」

『それは貴様のあるじの命か?』

「だったら何ですか?」

『いやな……、あのカイトとかいう小僧はともかく、カンナとマコトは頭が回る。だから自力で答えに辿り着くのではないかと思うてな……』

「は?」


 意味がわからない、とカズラは怪訝な表情をその美しい顔に浮かべた。


『ヒナという娘はカンナに降ろされて現世うつしよに顕現し、今はヒロキという小僧をとりことしたのだろう? 妾があの子らなら、降霊術を再び執り行うがな』

「なんですって? そんなこと、一体どこで?」

『あの映像とやらに映っていた場所だ。あの花を生けてあった入れ物を蹴り飛ばしたことがきっかけであれば、あの場で降霊術をすれば、現れるであろうな』

「!!?」


 見限ったはずの子供たちだったが、主の命令は絶対だ。それを完遂できる絶好のチャンスが、目の前にあった。





 耳元で、ヒナの声がした気がした。そらからどれくらい経ったのか分からない。その場で蹲り、身動きすら出来なくなっていた。

 どうしてこんな目に遭うのか。怒りに任せて叫んだ言葉だったが、ここに至るまでの経緯を冷静に思い出してみれば、非は自分にあった。


「そもそも竹本が、神社で肝試ししようなんて言うから……!!」


 ヒロキを含めた不良グループが稲荷神社にやってきたのは、リーダー格の竹本が「肝試しをしよう」と言い出したのがきっかけだった。

 竹本は、八年前に死んだ少女の霊が神社に現れると言って誘ってきた。ヒロキには、その霊がヒナのことであるのはすぐに分かった。

 いくらなんでも、幼馴染のヒナの死を冒涜するようなことはしたくなかったので断ろうかと思ったが、「怖いのか」と挑発してきた竹本に対する反発心が勝ってしまった。


(何も起こるわけない)


 自分にそう言い聞かせて神社に足を踏み入れた。

 だが、ヒロキの不安とは裏腹に、竹本は境内で暴挙に出た。

 鬱蒼うっそうと草木が生い茂り、見えなくなっている井戸の傍らで、花が生けてあるバケツを発見すると、竹本は笑いながらそれを蹴り飛ばした。


 ヒナのために誰かが供えた花だということは、明らかだった。


 その瞬間から、ヒロキはここにいる。


「……ヒナ、ごめん……!! 悪かったよ!! 謝るから、ここから出してくれ!!」


 後悔と罪悪感に苛まれたヒロキは、暗闇の中で叫んだ。

 嗚咽が響く空間を切り裂くように、ヒロキの後ろ側から声がした。


『俺を選ばなかったからだ』


 振り向くとそこには、先日の「マヨイガの社」で、霧の中にいた「ユニフォーム姿のヒロキ」が立っていた。


『言ったろ? あの時、戻っていれば、あの頃に戻れたんだ。それをしなかったのはお前だ』


 ビシッと真っ直ぐ右手の人差し指を立てて、ヒロキを見据えるユニフォーム姿の自分。その暗い瞳に射貫かれ、嫌な汗が流れた。


(こいつは俺に何をするつもりだ?)


 肝試しに来た他の仲間たちの姿はない。当然、幼い頃から見知った幼馴染たちもいない。

 ヒロキを諭してくれる者は、誰もいない。


『俺の手を取れ。お前の望む「夢」を見せてやる』


 ヒロキが望む夢、それは輝かしかった小学生の時のような、野球で活躍している自分だ。

 野球をしている理想の自分と、野球を辞めた虚しい現実、どちらを選べという選択に聞こえた。

 それなら、とヒロキは迷わずユニフォーム姿の自分の手を掴んだ。

次回8月27日(木)19時更新です。

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