2話 友の異変、消えた子供たち
「あら……、今日は竹本君はお休みかしら……」
朝のホームルームで担任が呟いた。出欠を取るために一人一人名前を呼ばれていたが、クラスメイトの一人が、返事をしなかった。
美川アユムがチラリと相手の席を見ると空席になっていた。その席の主の生徒「竹本」は、表のルールでは経済を回せない世界に生きる人間の子供だ。
刺激の少ない表のルール下にある学校では退屈のようで、度々こうして学校をサボるのだ。
家が家なので、学校も強く言えない。
だが、以外にも彼の友人である深沢ヒロキが学校にいるのが、美川は以外に思った。
体格も良く、強面の彼は目立つ。喧嘩も強いので、ヒロキが不良グループを牛耳るリーダー格だと思っている者が多いが、実際は違う。
竹本が、影でヒロキをコントロールして、自分は手を出さず都合のいいように動かしているに過ぎない。
だからてっきり、ヒロキは竹本と一緒に行動しているものと、美川は思っていた。
それから一週間、竹本が登校することはなかった。
*
生徒が一週間も行方不明。それは警察が動くには十分な理由だが、今回はそれが叶わなかった。
なぜなら、その生徒の実家は警察と非常に折り合いが悪い。下手をすれば身内が疑われかねないため、それを恐れて通報できないのだろう。
学校側もそれを分かった上で、「問題児がいなくなった」とあえて放置を決め込んでいた。
先日、現職の教職員が不祥事を起こして懲戒免職になったばかりだ。学校としては、これ以上世間の耳目を集める問題を起こしたくないはずだった。
つまり、学校はこの事態を隠蔽しようとしているのだ。
だが、行方不明になった生徒は彼一人では終わらなかった。
竹本が行方不明になってからというもの、一人、また一人と生徒が忽然と姿を消していった。
消えたのはすべて学校の問題児たち──ヒロキと行動を共にしていた不良グループのメンバーだった。
登下校中に、家の中で、あるいは学校内でさえも姿を暗ます子どもたちに、学校側もようやく重い腰を上げた。
臨時休校となり、自宅待機を命じられた生徒たちは、事の重大さとは裏腹に、明けたばかりの夏休みがまたやってきたとばかりに歓喜した。
そんな中、カイトが下駄箱で靴を履き替えていると、背後から強く衝撃を受け、ガクンと体勢を崩した。
「わっと……!」
驚いて下駄箱の棚にしがみつく。
「おい! 危ねえだろっ!! ……って、ヒロキ?」
誰かにぶつかられたと、頭に血が上ったカイトは振り返って怒鳴りつけた。だが、その相手は、なんとヒロキだった。
どこか虚ろな目で、あらぬ方向を見つめている。
「なんでメッセージを無視するんだ」とか、「今までどこで何をしてたんだ」とか、一言言ってやりたいことは山ほどあった。なのに、その暗くくすんだヒロキの瞳を見た瞬間、言葉が喉の奥に張り付いて動かなくなった。
「ヒロキ……、お前……」
何かがおかしい。
そういえば、次々と行方不明になっているのは、皆ヒロキとつるんでいた不良たちだ。
ヒロキはのそのそとした足取りで、カイトの横を通り過ぎていく。その生気のない歩き方は、まるで、あの深夜の学校に誘い出されていた姉のカンナのようだった。
『カンナちゃんが来ないなら──ヒロキくんを連れて行く……!』
唐突に、あの夜の学校で聞いた、ヒナの言葉が脳裏に蘇った。
(まさか、もう……!?)
カイトは、昇降口から出ていくヒロキの後を慌てて追いかけた。
下校する生徒たちで混み合う昇降口。必死に彼を追うが、人混みに阻まれて距離が縮まらない。対するヒロキは、まるで障害物など見えていないかのように、真っ直ぐ人垣を割って進んでいく。
「ヒロキッ!!」
カイトは声を限りにヒロキの名を叫んだが、その声が彼に届いたかどうかは、分からなかった。
*
カズラは、バケツの水を新しく入れ替えた。昨日まで瑞々しかった薄紫と白のトルコキキョウは、無残にも萎れてしまっている。現世の夏は何年も猛暑が続いていた。この異常な暑さのせいで、生花はすぐに駄目になってしまうのだ。
新たに持参した白い菊を取り出し、萎れた花と取り換える。トルコキキョウは名残惜しかったが、処分することにした。
「今日も来られていたのですか」
背後に神主の一ノ瀬が立っていた。きっちりと白衣と浅黄色の袴を身に纏っている。
「僕にとって、ヒナにしてやれるのはこれくらいさ。まあ、それはあの子らも同じだが……」
カズラは手の中にある、無残に萎れたトルコキキョウに視線を落とし、悲しげにそれを見つめた。
「……それはそうと、今朝は何があった?」
花から視線を外し、カズラはすっと立ち上がった。朝の騒動について一ノ瀬を問いただした。
「これを……」
短く答えた一ノ瀬は、スマートフォンを取り出して画面をカズラに向けた。
そこには、夜の境内を高い位置から撮影した動画が映し出されていた。
「昨夜の映像です。子どもたちが夜中に忍び込んだようで、証拠を残すために撮影しました」
五、六人の中高生らしき少年たちが、作法もお構いなしに夜の神社へと入り込んでくる。そして、境内をうろうろと徘徊し始めた。
その中に、一際目立つ大柄な少年が目を引いた。ヒロキだ。
彼らはやがて、ヒナが命を落とした井戸の側までやってくると、供えられていた花をバケツごと蹴り飛ばした。
ゴンッという鈍い音の後、ベジャッと水が地面にぶちまけられる。飛び散る水を避けるように、少年たちが大げさに飛び退いた。
彼らはゲラゲラと笑いながら、足でバケツを転がしている。花を踏みつけ、わざとらしくその上でジャンプする少年までいた。
そして、ヒロキも同じように、転がるバケツと踏みにじられる花を見て嘲笑っていた。
いつもなら彼らを小馬鹿にする立場のカズラでさえ、不快感に表情を曇らせるほどの悪質さだった。
だが次の瞬間、少年たちの姿が画面からかき消えた。
「!?」
驚いてカズラが画面を凝視する。そのわずか数秒後、少年たちは悲鳴を上げて一目散に逃げ出していった。
「どう思いますか?」
「………どう、と言われてもな。バケツを蹴り飛ばしたことで、彼女へ何らかの影響を与えてしまった、としか言えん」
「あなたでもそれしか分かりませんか……。警察に通報して映像を見てもらいましたが、映像自体が合成か何かの悪質なイタズラだと思われて、まともに取り合ってもらえませんでした……」
「確かに、常識的に見れば作り物のフェイク映像にしか見えないからな……。だが、何かが起こったのは間違いない。子供が一人減っている」
「え?」
「見ろ。一瞬消える前と後では、人数が違う」
カズラはスマホの画面を奪うように操作して、動画を少年たちが消える直前まで巻き戻し、再び現れた箇所で停止させた。
「消える前は六人だったのに、消えて戻ってきた時は五人になっている」
「本当だ……。この子はどこへ……?」
「……消えた奴が映っている箇所をよく見せろ」
一ノ瀬はカズラの指示に従い、彼らが消える前の映像を拡大する。
「……こいつだ。バケツを最初に蹴った奴がいない……!」
画面の奥で消え失せた少年──それは、ヒロキのクラスメイトである竹本だった。
彼が行方不明になったことを皮切りに、次々と少年たちが忽然と姿を消していく怪事件が発生していることを、カズラが身をもって知るのは、一週間後のことである。
次回8月23日(日)19時更新です。




