1話 喧騒の境内、轟く悲鳴
マヨイガの社・再顕編スタートです
深夜、稲荷神社の境内に、数人の影が忍び込んだ。
神主の一ノ瀬ワタルは、その気配に気づいて目を覚ました。畳に敷いた布団から起き上がると、窓際へ音を立てずに近づき、そっと外を覗き込む。
部屋は二階にあるため、境内が一望できた。
枕元の時計に目をやると、間もなく日付が変わる頃。そんな真夜中に神社へとやってきたのは、ガラの悪い若者が五、六人ほどだった。しかし、よく見ればその顔つきにはまだ幼さが残っている。おそらく、中高生くらいの子どもたちだろう。
その中に、一ノ瀬の知る人物がいた。
深沢ヒロキだ。
真山カイト、その姉のカンナ、阿久津マコトの幼馴染であり、四人の中で最も体格の良い少年だった。
彼が今より小さかった頃、よくこの神社の境内で遊んでいたという。当時、学生だった一ノ瀬は、その姿を直接目にしたことはなかったが、噂には聞いていた。
その彼が、こんな時間に神社へやってきた。しかも、いつもの幼馴染ではなく、見慣れない顔ぶれを連れている。見るからに、悪さを企んでいる不穏な雰囲気だった。
(何か悪さをしでかすのではないか……)
一ノ瀬は息を潜め、じっと様子を窺う。
少年たちは作法などお構いなしにズカズカと境内へ入り込み、賽銭箱を覗き込んだり、社に土足で上がり込んだりし始めた。
(罰当たりな……)
眉をひそめながら、一ノ瀬は枕元で充電中だったスマートフォンを手に取った。カメラを起動し、レンズを窓の外へ向ける。
器物破損や賽銭泥棒でもされたら堪らない。証拠を残すため、動画の撮影を開始した。
ゲラゲラという下品な笑い声が境内に響く。
しばらく境内をうろついていた不良たちは、雑草が生い茂る古い井戸に目を留めた。その前には、バケツに生けられた花が供えられている。一人がそれを指さすと、別の不良が嘲笑うようにバケツを蹴っ飛ばした。
一ノ瀬の視界が、怒りで真っ赤に染まった。
あれは昼間、カイトたちが八年前に命を落とした友人の少女のために供えた花だ。それを無残にも蹴り飛ばすなど、言語道断。
せめてもの救いは、バケツを蹴ったのがヒロキではなく、別の少年だったことくらいだろうか。
──その瞬間、瞬きをする間に、少年たちの姿が消えた。
スマホの画面から視線を外し、窓から直接外を凝視するが、やはり誰もいない。
二階から境内を隅々まで見渡しても、人影は完全に掻き消えていた。
幻でも見たのかと驚き、目を擦ったその時。
けたたましい悲鳴が夜の静寂を切り裂き、唐突に少年たちが元の場所に現れた。そして、何かに怯えるように、一目散に逃げ出していった。
*
翌朝のことだ。カズラはヒナに手向けるための白い菊の花束を手に、境内を訪れた。しかし、すでに先客がいることに気づき、咄嗟に物陰へと身を隠す。
水色の半袖シャツに濃紺の耐刃防護衣を身にまとった警察官が二人、一ノ瀬と話をしていた。よく見ると、雑草に覆われた井戸の近くに置かれていたはずのバケツが倒れ、供えられていた花が無残に地面へ散らばっている。
何か事件が起きたのだと察したカズラは、花束を抱えたまま、クンクンと鼻を動かして辺りの匂いを嗅いだ。
やはり、覚えのある匂いが残っている。カイトたちが通う中学校の、あの不良たちの匂いだ。授業態度も素行も悪く、カズラ自身もあまり良い印象は持っていない。
あまりにも彼らの行動の度が過ぎるため、何度か脅かして面白がったこともある連中だ。
だが、そんなことよりも気になったのは、カイトたちの幼馴染である深沢ヒロキの匂いが、混ざっていることだった。
あの不良たちとつるんでいるのは知っていたが、まさか、共に育ったヒナの事故現場で悪さをしでかすとは思いもしなかった。
そのヒナの魂は、今やどこかへと消え去っている。この不敬な騒動のせいで、何か良からぬことが起きなければいいが、とカズラは胸騒ぎを覚えた。
手にした花束が、冷たい風に吹かれて不穏に揺れていた。
2話目は今夜19時更新です。




