閑話 弔いの花
「花、これでよかったかな?」
薄紫と白のトルコキキョウを手に、カンナが言った。これは先日カイトが買った花と同じものだ。その時はカイトが一人で全額払ったが、今日は三人での割り勘である。
三人が向かっているのは、ヒナが事故死した稲荷神社の枯井戸だ。以前、カイトがヒナの生家に赴いたところ門前払いされてしまったため、今回も神社へ足を運ぶことにしたのだった。
炎天下の中、徒歩で神社に向かう。時刻は午前十時。最も気温の上がる午後を避けたつもりだったが、既に気温は午後に引けを取らないほどにまで上昇していた。
「あ゙あああっちいい!!」
やっとの思いで神社の鳥居まで辿り着き、三人はたまらず石段に座り込んだ。
「少し休もう。落ち着いたら上に上がろう」
マコトが汗だくになりながら提言した。眼鏡を外し、汗で濡れたレンズをハンカチで拭いている。
いい加減コンタクトにすればいいのに……、とカイトは思ったが、余計なお世話なので口に出すのは止めておいた。
「こら、そんなところで座り込むんじゃない」
すると、頭の上から声が降ってきた。見上げると、石段の一番上に神主が箒を持ってこちらを見下ろしていた。
もともと強面の顔をさらに険しくし、こちらを睨みつけている。
「上がってきなさい。こっちで休むといい」
そう言い残すと、神主は踵を返して行った。
*
「神社の中って涼しいなあ」
石段をやっとの思いで登りきった三人は、境内にあるベンチに腰掛けた。
手を団扇のようにパタパタと扇ぎ、僅かに起きた風を首筋に当てる。
「あ……、お花が萎れそう……」
先ほど買ったばかりの生花が、どことなく元気をなくしていた。炎天下の中、水を与えずに持ち歩いていたのと、カンナがぎゅっと握り締めていたからだろう。
「もうお花、供えちゃおうか」
マコトの一声で、三人は立ち上がった。
真っ直ぐ井戸に向かうと、以前カイトが来た時よりもさらに雑草が伸びて、鬱蒼とした佇まいを見せている。
献花のために用意されているバケツには、真新しい白い菊の花束が一束、既に供えられていた。水も替えたばかりのようで、透き通った水がバケツの中にたっぷりと溜まっている。
「いいかお前ら。ここは神社だけど、亡くなった人を弔うんだから、手を叩いちゃダメ──」
「「知ってるよ、それくらい」」
カイトは前回、この場所で神主に注意された知識をドヤ顔で披露しようとしたが、二人揃ってあっさりと遮られてしまった。
ふてくされるカイトをよそに、カンナはしゃがんで花束をバケツに差し入れた。そして静かに目を瞑り、手を合わせる。マコトも同じように隣にしゃがんで手を合わせた。遅れてカイトも、諦めて同じようにしゃがんで手を合わせる。
暫くの間、三人は井戸に向かって静かに祈りを捧げた。
やがて立ち上がり、帰ろうとしたその時──「君たち」と後ろから声をかけられた。
いつの間にか、神主が背後に立っていた。
「暑かっただろう。上がっていきなさい。お茶をご馳走しよう」
「え? マジすか!? やった──」
「いえ、お構いなく」
カイトがお言葉に甘えようとした瞬間、それを遮るようにマコトが神主の申し出を断ってしまった。
「私たちは、昔亡くなった友達にお花を供えに来ただけですので……」
カンナもやんわりとそれに同意する。二人の頑なな空気を察して、カイトは空気を読んで、バツが悪そうに口を閉ざした。
「子供がそう遠慮するんじゃない。大したものは出せないが、上がっていきなさい。──少し、聞きたいこともあるんでね」
一体何のことだろう。三人は顔を見合わせ、首を傾げつつも、とりあえずお言葉に甘えて上がらせてもらうことにした。
*
「すまないね。子供が喜びそうな茶菓子もないのに呼び止めてしまって……」
社務所に通された三人は、使い古された小さなローテーブルを囲むように腰掛けた。神主は冷えた麦茶と、市販のカップ羊羹を三人に出してくれた。
「っかーー!! 冷てえ!!」
麦茶をイッキ飲みし、すぐさまおかわりを要求するカイトを、カンナとマコトはジト目で見つめる。
「それで、聞きたいことって何ですか?」
新たに注がれた麦茶をまたグビグビと飲み干していくカイトの横で、マコトは神主が自分たちを呼び止めた理由を尋ねた。
「君たちは、彼とまだ交流があるのか?」
「彼って、誰のことっすか?」
「……昔、あの井戸で亡くなった女の子の姿をした、彼だよ」
三人の脳裏をよぎったのは、八年間「ヒナを生き返らせて」という願いを叶えるために、死んだ彼女に成りすましていた神の眷属──カズラだ。
カズラのことが神主の口から飛び出してくるとは思ってもみなかった三人は、酷く驚いた。カイトにいたっては、口に含んでいた麦茶を勢いよく吹き出した。
マコトが努めて冷静に、神主に尋ねる。
「あの……、あいつのこと、知ってるんですか?」
「それなりにね……。私としては、彼とあまり深く関わるべきじゃないと思っている。君たちとの契約も、もう終わっているんだろ?」
「契約」──この単語が神主の口から出るということは、カズラの正体だけでなく、自分たちの願いの内容まで知られているということだ。
「どうして……、それを?」
恐る恐る、カンナが尋ねた。
全員の表情が硬い。さっきまでの猛暑が嘘のように、身体が冷えていく感覚があった。
「あの女の子が井戸に落ちた時、消防や警察を呼んだのは私の父だ。色々話は聞いていたし、私は一族の中でもとりわけ勘が鋭かったからね。彼の姿は昔からよく見かけていたよ」
つまり、昔馴染みだと言いたいのだろう。
だが、こういう話の着地点は、大体決まっている。
「悪いことは言わないから、彼とこれ以上関わるのは止めなさい」
「……別に、好きでつるんでるわけじゃないです。こっちにも色々都合があるんですよ」
案の定の言葉に、反発心の強いカイトが神主に食ってかかった。
予想していたとはいえ、素直に「はい」とは言えかねる。ヒナが現世に顕現し、幼馴染のヒロキに何かをしようとしているのだ。それを阻止するためには、どうしてもカズラの協力が必要だった。
「彼は、この世の存在じゃない。かといって、彼岸より向こう側にも行けない。あまり距離が近すぎると、君たちまであちら側に引っ張られてしまうよ」
「それなら、俺はもう行ってる!! こうして無事に帰って来れたんだ!! カズラのお陰で帰って来れたんだ!! 俺たちがあいつとどう付き合おうが、俺たちの勝手だろ!! あんたには関係ない!!」
「二人とも、行こうぜ」と、カイトは無理矢理マコトとカンナの腕を引っ張るようにして、社務所を飛び出した。
バタンと激しく閉まり、彼らが出て行った後の扉をじっと見つめながら、神主は深いため息をついた。
「彼と君たちとでは、生きる世界も時間も違う。ずっと一緒には居られないんだよ……」
その寂しげな呟きが、カイトたちに届くことはなかった。
神主──一ノ瀬は、社務所の窓から外に視線を移した。彼らが手向けた花とは別に、もう一束、白い菊の花束が供えられている。
それは今朝、カズラが供えたものだった。
彼は毎日、欠かさず井戸のバケツの水を変え、どこからか週に一度は、新しい白い菊の花を持ってきては供えているのだ。
白い菊の花言葉には、死者への弔いや、冥福を祈るという意味がある。
カズラはただ、ずっと、ヒナの冥福を祈り続けている。
次回「マヨイガの社・再顕編」開幕。8月22日(土)更新します。
1話 朝7時更新。
2話 夜19時更新。




