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終話 マヨイガの社、再び

「学校の怪異編」最終話です。

「リアルケモ耳超可愛いッ!!」

「女子トイレのド真ん中で何を叫んでんだよ……」


 叫ぶカイトにマコトがツッコミを入れた。ただでさえ、女子トイレに男の自分たちがいるのは抵抗があるというのに、無駄に叫ぶなど恥ずかしいにもほどがある。

 トイレの個室から現れたのは、頭の上に尖った耳が乗っかった少女だった。カイトのようなオタクが見たら、舞い上がって喜ぶような容姿をしている。カイト本人も鼻息を荒くし、少女から目を離さない。


『知り合いか?』


 カズラと少女のやり取りを黙って眺めていた埴山姫が口を開いた。


「ええ……、名はハク。同僚です。というか、分からなかったのですか……こんなに近くにいて……」

『小物の有象無象など知らん。害意がなかったから放っておいただけだ』

「眷属ってことは、稲荷神社の神様の……?」


 埴山姫の横で、カンナが伺うようにカズラに尋ねた。カズラは頷くと、「主さま方にお仕えする眷属の一柱ひとりだ」と答えた。


「おい、なぜお前がここにいる?」

「うるさい! そこの小娘に召喚されたんだ!!」


 少女──ハクはカンナを指さして叫んだ。


「なら、この学校で何が起こっているか答えろ」

「ふんッ! 答える義務などない!」


 生意気な態度のハクに、カズラはピクリと不機嫌に眉を動かした。


「おーおー、偉そうだな小物の分際で……」

「いててて!!」


 カズラはハクの頭の上にあるケモ耳を引っ張った。それを止めに入ったのはカイトだった。


「何すんだよ!! ケモ耳ちゃんが痛がってるだろ!?」

「そうだぞ!! 何をするカズラ!!」

「ふんッ、人に化けきれん落ちこぼれを折檻してるだけだ」

「落ちこぼれなんて失礼だ!! こんなに可愛いのに!!」

「何を言っている……。変化へんげが中途半端だから、頭の上に耳が残ったままなんだ。僕を見ろ。見事な人の姿だろう?」


 フワッと髪を靡かせて、カズラは自らの耳を見せびらかす。紛うことなき人間の耳だ。


「うるさい! ケモ耳の女の子は可愛いんだ!! お前は可愛いくない!!」

「言ったなカイト! これでどうだ!!」


 何を張り合っているのか、カズラは頭の上にケモ耳を出現させた。


「うわ……」

「何が『うわ……』だ!!」


 カズラのケモ耳姿を目の当たりにしたカイトはドン引きした。


『そんなことより、聞くことがあるのではないのか?』


 話が逸れているので埴山姫が割ってはいる。


「ハクよ。御託はいい。あったことを全て話せ。さもなくば折檻を続けるぞ」

「黙れ!! お前なんぞ、眷属の分際で神と偽った罪人ではないかッ!!」

(罪人?)


 三人は「罪人」という言葉に反応した。

 カズラは、神社の境内でヒナを死なせてしまった罪で、カイトたちの願いをできるだけ叶えるという罰を受けている。それ以外にも、何か罪があるというのだろうか。


(こいつ、結構な問題児なんじゃ……)


 ハクの耳を容赦なく引っ張るカズラを眺めながら、カイトは内心で思った。因みに、不評だったケモ耳をカズラは消している。


「そんなことは今はどうでもいい! この学校がこうなった理由わけを話せ! 召喚されたなら何か見てるだろ! まさか、お前が何かしたんじゃないだろうな!?」

「するわけないだろう! そいつも召喚されたんだ!!」

「そいつ? 何だ?」


問い詰められたハクは、ビシッとカンナを指さして語りだした。


「その小娘が降霊術で召喚したのは、アタイと埴山姫だけじゃない!! とんでもないものまで降ろしたのだ!!」

「とんでもないものだと?」

「お前が八年前に死なせた、人間の娘だッ!!」


 八年前にカズラが死なせた人間の娘──間違いなく、ヒナだ。

 カイトたち三人の間に激震が走る。

 ヒナは成仏できずに、あの「マヨイガの社」を彷徨っているはず。そのヒナが、なぜここにいるのか。


「どういう……?」


 呆然とした呟きは、カンナのものだった。


「事情は分かった。行ってくる」


 カズラは迷うことなく女子トイレの扉を開け、澱みの渦の中に足を踏み入れた。





 カズラは澱みがうごめき、せめぎ合う校舎の中を一人進んでいく。

 空気が悪い。

 間もなく丑の刻を過ぎようというのに、澱みが一向に薄まる気配がない。

 通常であれば、澱みは一箇所に溜まるのではなく、ただ通過していくものだ。それは蛇口から流れた水が、下水道を通って流れていくようなもの。それが今、この校舎の中に留まっている。それは即ち、出口が塞がれているということを意味していた。


(塞き止めているのがヒナだとして、姿を見ていない……。気配もなかった……。一体どこにいる……?)


 腕を顔の前にかざし、白衣はくえで澱みから顔を庇いながら進む。視界が最悪で、自分がどこを歩いているのかさえ定かではない。


(ここまで澱みが溜まっているとなると、裏鬼門の方角で異変が起こっている……。だが、校舎のどこにもその方角に水回りは配置されていなかったはずだ……。いったいなぜ、こんなに……?)

「カズラ!!」


 背後から自分の名前を呼ばれた。澱みの渦の中、なんとか振り返ると、こちらにカイトたち三人が駆け寄って来るところだった。


「き、君たち! どうして……!」

「花子さんに結界を張ってもらって来たんだ」

「俺たちも行くよ! カズラだけの責任じゃないだろ?」

「私だって、ヒナのことちゃんと向き合いたいんだ」


 驚きを隠せず慌てるカズラの言葉に、真っ先に答えたのはカイトだった。その後にマコト、カンナと続く。


(あのチビ女神め……、僕にはそんな結界など施さなかったくせに……)


 幼い少女の姿で顕現した神を、カズラは恨めしく思った。この学校は、自分が仕える二人の神の膝下に位置する場所だ。そこに無断でズカズカと入り込んできたのは埴山姫の方ではないか。その分際で、主たちの氏子うじこであるカイトたちを庇護するなど、腹立たしいにもほどがある。


「それより、ヒナは……?」


 恐る恐るカンナが尋ねた。


「これだけ視界が悪いと分からんよ」


 文字通りの八方塞がり。回答したカズラに、今度はカイトが尋ねる。


「ヒナの居場所の目星もつかないのか?」

「なくはないが、方向が分からないから行きようが……」

「それはどこだ?」


 間髪入れずにマコトが訊く。オタク知識を総動員して、ヒナの居場所を見つけるつもりだ。


「いるとすれば『裏鬼門』……南西だ」

「南西なら、一年の教室がある」

「そんなことは分かっている! だが、これだけ視界が悪いと方向が……」

「こっちだ!」


 カイトは迷わずカズラの手を掴んだ。きさらぎ駅の時とは逆の構図だ。


「どうするつもりだ?」

「俺たちが何年この学校に通ってると思ってるんだ? 通ってるフリをしてるお前と一緒にするな!」


 カイトが自信に満ちた笑顔を向けた。するとマコトも後ろからカズラの背中を押して断言する。


「視界が悪くたって、どこに何があるかは大体分かるよ」


 カズラが呆気に取られていると、隣にカンナもやってきた。


「こっちだよ!」


 カンナが指差す方を見る。澱みの向こうに、チラチラと点滅する赤い光が見えた。非常灯の異常を知らせる警告ランプだ。


「あれは一階の非常灯だ。この学校、こういうのの点検に手ぇ抜くから、警告のランプがずっとそのままなんだよ」

「あれがあるのは一年生の教室のすぐ近くだ」


 マコトとカンナがカズラに、この学校の異常なまでの適当さを教えた。


「分かったろ? 一人で行くなよ。これに飲まれたら帰れなくなるのは、お前もなんだろ?」

「……!」

「それだと後味が悪いから、俺たちも手伝ってやる」


 意外にも協力を申し出たカイトに驚きつつも、カズラは三人と共に、澱みが蠢く校舎の中を進み始めた。





 澱みの渦は、薄れるどころか増すばかりだ。その中をなんとか四人は進む。

 すると、澱みの渦が荒れ狂う海のように四人に襲いかかった。


「うっ……!」


 誰かの呻き声がした。

 真っ暗で何も見えない。前方からの風圧に耐えるだけで精一杯だ。

 押し戻される──そう思った瞬間、ふっと景色が開けた。

 そこは、ヒナが死んだあの日を思い出した、あの「マヨイガの社」だった。

 誰もが動揺を隠せない。なぜ今ここにいるのか、理解が追いつかないのだ。


「え……、ここってあの時の……?」


 澱みの風圧でずれた眼鏡を直しながら、マコトは怯えた様子で周囲を見渡した。

 夜なのにどこか明るく、だが日差しの中よりは暗い、現世うつしよから断絶された空間「マヨイガ」そのものだった。


『カンナちゃん……、こっち……』

「ヒナ!?」


 マヨイガの中に木霊こだましたのは、八年前に死んだ本物のヒナの声だった。その声が発せられた方向を見ると、彼女が転落死したあの枯井戸がある。

 四人の背中に、嫌な汗がじわりと流れた。


「ヒナ……」

『こっちだよ……。一緒に遊ぼう?』


 呼ばれているのはカンナだ。

 一歩、カンナは前に出た。


「カンナ!!」


 ヒナの元にカンナが行ってしまう、と思ったカイトは、慌ててカンナの服を掴んで引き止めた。


「大丈夫……」


 弱々しく呟くと、枯井戸に向かってカンナは声を絞り出した。


「ヒナ、ごめん! 私は、一緒に行けない!」


 グスッと、鼻を鳴らした。カンナは泣いていた。次から次へと涙が溢れ出す。

 これまでカンナは色んなものを胸の奥に抑え込んできた。それが今、決壊したのだ。


「私、病気なの。この先ずっとそれと向き合わなきゃならないんだ。だから、ヒナの居るところには行けない……! だけど、私はずっと、ヒナの親友だからね……!」


 これで、カンナも本当の意味でヒナに別れを告げることができた、はずだった。

 ところが───。


『ダメ。カンナちゃんは、行っちゃダメ』


 ヒナは、カンナの決別を拒絶した。その愛らしい声色とは裏腹に、どす黒い呪詛を吐き出す。


『カンナちゃんが、私を呼んだの……。だからここにいるの』


 ズルズルと井戸の中から何かが蠢いている。それがムクリと盛り上がり、人型へと変わる。

 白いワンピースを着た髪の長い少女。紛れもなくヒナだ。だが、死んだ当時の七歳の彼女ではない。カズラが化けていた、十五歳の姿のヒナだった。

 その両の目は、ポッカリと穴が空いたような闇が詰まっていた。

 ヒナは腕をカンナに向けて伸ばした。捕まったらまずいとカンナは後ずさり、それに合わせてカイトたちも後ずさる。

 彼らを庇うように、カズラが前に出た。


「ヒナ! 待つんだ。カンナが君を呼んだのは不可抗力だ……わざとじゃない。もう夜も遅い、僕と一緒に帰ろう」

『嫌だッ! 嫌だッ! 嫌だッ!』


 悲鳴にも似たヒナの絶決は、マヨイガの中に激しく轟いた。


『カンナちゃんが来ないなら──ヒロキくんを連れて行く……!』


 声を出す間もなく、ヒナはマヨイガの空間ごと、かき消えるように消えた。

 気がつけば、そこには闇夜に包まれた元の校舎が現れていた。澱みの渦も消え去っていて、澄んだ夜の空気がただ静かに校舎を包んでいた。


 四人は、言葉を失ったまま、ただ呆然とそこに突っ立っていた。

閑話を今夜19時に更新します。

次回から新章「マヨイガの社・再顕編」スタートです。

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