9話 カンナの秘密、新たな怪異
「身長が伸びないというお話でしたが、いつごろからでしょうか?」
「えーっと……、一年生の夏頃から身長が伸びなくなりました」
終業式の日、コックリさんをした後、急いで家に帰って母と一緒に専門医のいる病院に赴いた。
医師は、パソコン画面に映し出されているカルテに、カタカタとキーボードを打ちながらカンナの症状を書き込んでいく。
カンナの身長は百四十センチに満たないほどだ。元々伸びが遅く、学校の制服を着ていなければ、まず中学生とは思われない。
「カンナさんは、ターナー症候群の疑いがあります」
「ターナー症候群」という聞き慣れない病名を耳にして、思考が止まった。
「何ですか? それ」
一緒に病院に来た母が、目の前の医師に疑問を投げた。あまり深刻そうに捉えていなさそうな声音は、カンナの不安をさらに煽る。
「先天性の染色体疾患です」
言いながら、医師はスケッチブックを取り出して何かを書き込んでいく。
ペンを止め、キャップを締めてペン立てに戻すと、くるりと反転して手書きの図を見せた。
男の子と書かれた文字の上に「XY」、女の子と書かれた文字の上に「XX」という、シンプルな図が描かれていた。
カンナはこの図の意味を、一目では理解できなかった。ただ、胸騒ぎがして表情が強張っていく。
「これは、染色体における性別を表すものです。この右側の部分、Yがあれば男の子、Xだけであれば女の子となるんですが、カンナさんはこの一部が欠落し、『XO』になっている可能性があります」
「え……」
「欠落」という単語に、一気に背筋が凍った。それが自分の身体にどんな影響を及ぼしているのか、想像がつかない。
身体が無意識に震え出す。手のひらはじっとりと汗ばんできた。
「それ、何か問題あるんですか?」
ことの重大さに気がついていないのか、母はとぼけたような声で医師に問いかけた。
「大いにあります。ターナー症候群は染色体の異常による疾患です。低身長はもちろん、将来的に不妊症になる可能性も非常に高いのです」
医師は母親へ強い調子で説明したが、母にはあまり響いていない様子だ。
「カンナさんは双子さんということですが、もう一人のご姉妹の方は……?」
「いえ、この子には双子の弟がいます。一卵性ですが男女の双子だったんですよ。珍しいって助産師さんに言われました!」
無邪気に答える母に、医師の表情が変わった。
「おそらく、カンナさんは元々男の子として生まれてくるはずでしたが、胎児の頃にY染色体が欠落し、女の子として生まれてしまったのです。将来的に多くのハンデを負うことになりかねないので、早急に精密検査と治療を行いましょう」
「ふぅん」と、母は興味なさそうに鼻で息を吐いた。それが耳に届いた瞬間、カンナは全身の体温が失われていく感覚に襲われた。
(お母さんは、私に興味がない……)
なんだかんだ言ってカイトには口うるさくする母だが、双子の姉であるカンナには無関心だった。それは幼少期からで、カンナの身体の異変など、学校からの通知があるまで見向きもしなかった。
あれよあれよという間に検査を受け、結果を待つ身となったカンナは、ヒナの死と自分の身体の病という二重の苦悩を抱えることになったのだ。
*
「カイトはいいな……。男でさ……」
カイトがきさらぎ駅に迷い込んだあの日、カンナ自身にも不可解な出来事が起こり、そして身体の秘密を知ってしまった。自分の身に起きたことと重なるように怪異が起こっていた事実に驚きつつも、カイトはカンナの口から漏れ出る呪詛を、黙って受け止めていた。
「私が、本当は『男として生まれてくるはずだった』って知った時、どう思ったと思う?」
その問いに、カイトは答えられなかった。
一卵性なのに男女で生まれた珍しい双子なんだとだけ、以前、母から出生について聞いたことはあったが、まさか、それがカンナに大きなハンデを背負わせるほどの意味を持っていたなんて、思いもしなかった。
カイトはただ、黙ってカンナの話の続きを聴くことしかできない。
「カイトを見るたびに、自分の姿がどんどん曖昧になっていくんだ……。鏡に映る私は確かに女なのに、本当は男だったって突きつけられるみたいで……。心の奥底から、何か醜くて、汚いものが湧き上がってくる……」
カンナは拳を握りしめた。力を入れすぎて、皮膚の色が白っぽくなっている。
「お母さんは私に無関心で、病院に行く時も面倒くさそう。お父さんはそもそも子供に興味ないみたいだし、私の存在って何なんだろうってずっと思ってた……。私が男だったら、こんな思いしなかったのかな……?」
この問いにも、カイトは答えられなかった。自分よりもはるかに優れていると思っていたカンナが、こんな闇を抱えていたなんて、今の今まで気づきもしなかった。
「私は、カイトが羨ましい……。私にないものを持ってて、ヒナが死んじゃったことも乗り越えられて、私にできないことができるんだもん……」
消え入りそうな弱々しいカンナの声は、微かに震えていた。
こんな姉の姿を見るのは初めてだった。戸惑って、何も言えない。かける言葉が見つからない。
今まで、自分はカンナの何を見ていたのだろうか。
カイトが立ち尽くしていると、マコトが一歩前に出て、口を開いた。
「俺、カンナちゃんの気持ち分かるよ。カイトはさ、俺たちのことを羨ましいって言うけど、俺たちにできないことをカイトはできるから、それが羨ましいよ」
「いや、そんなことは……」
「前にも話したろ? 俺たち、お互いにないものねだりしてたんだよ」
美術部の件が一段落した後、そんな会話をマコトと交わしたことを思い出した。
そして、カイトは改めてカンナを見据えた。青白い顔で俯く彼女は、いつもの凛々しい姿とは程遠い。
カンナの心に届くかは分からない。けれど、カイトは自分の思いを真っ直ぐに伝えることにした。
「俺は、カンナが羨ましいと思ってた」
微かに、カンナが顔を上げた。カイトは視線を逸らさずに続ける。
「勉強も部活もできて、俺みたいに中途半端じゃない。何でもできるカンナが羨ましかったし、疎ましかったよ。同じ双子なのにって、いつも比較されてさ……」
思い出すのは、テストで平均点以上を取れず、母に叱責される記憶ばかりだ。そのたびにカンナと比較されて落ち込む日々。部活もこれといって活躍したことはなく、女子バレー部のレギュラーとして輝くカンナが眩しかった。
「俺は、同じ双子なのに何でもできるカンナが羨ましかったよ」
一瞬、驚いたような表情になったカンナは、目元を赤くし、小さく笑った。
「……何でもなんて、出来るわけないだろ。お前は単にアニメばかり見てるから勉強できないだけだ」
「はあっ!?」
突然始まったいつもの毒舌に、カイトはおかしな声を上げた。しかし、カンナの表情にはいつの間にか、いつもの生気が戻っている。
「うっせー!! アニメをバカにすんなよ!! アニメを見るからバカになるんじゃねえ!! アニメばっか見て勉強しないからバカになるんだ!!」
「だから、さっきから私はそう言ってるだろ」
双子のいつもの言い合いを眺めて、マコトはホッと息を吐いた。
「良かった。いつもの二人だ……」
『解決したようだな』
「そうですね」
しばらく傍観していたカズラと埴山姫も、一件落着とばかりに伸びをした。
「それはそうと、埴山姫はこの後どうするので?」
『ふむ……、今しばらくはこの場に留まろう。カンナのこともまだ気がかりだし、何より……、あの小娘どもを祟ってやるのも一興なのでな……』
カズラの問いに対し、花子さんは低く不気味な声音で、コックリさんに誘った女子生徒たちへの呪詛を吐いた。その後、彼女たちがどうなったかは定かではない。
『そういう貴様こそどうするのだ? カンナとの契約は終わったのだろう?』
「僕はまだしばらく現世に留まります。野暮用があるので……」
主たちの命令がまだ遂行途中だ。それが終わるまでは帰らない、とカズラは言った。
「ですが、もう彼らの前には現れませんよ」
「え……」
カイトたちの前にはもう現れないという宣言に、カンナが不安げな目をカズラに向けた。
「行っちゃうの?」
「……そりゃあ、契約は終わりだからね。その方が君も心穏やかでいられるだろ」
カズラなりの気遣いだったが、今のカンナには寂しさが勝ったようだ。
「ずっと、一緒だったのに?」
「まあ……、僕はヒナではないからね」
ヒナは、八年前に死んでしまった。本物の彼女の霊魂は、未だあの社を彷徨っているはずだ。
沈黙するカンナに、カイトが語りかける。
「話し中、悪いんだけどさ。俺、ヒナが死んだ井戸に花を手向けてきたんだ。マコトもカンナも行ってないだろ? 帰ったら一緒に行こうぜ」
本当はヒナの仏前に線香でもと思ったんだけど、ヒナのお母さんに拒否られちゃってさ……、とカイトが付け加える。マコトとカンナは顔を見合わせ、静かに頷いた。
「分かった。俺も行くよ」
「私も……ちゃんとヒナにお別れを言いに行く」
話がまとまったところで、どうやってこの異空間から外に出るかという相談に移る。
「そのことだが、一つ確認したいことがある」
カズラが言った。真っ直ぐ入り口近くの個室の前に行くと、そこで足を止める。
「カンナ、君がこの場所でコックリさんをした時、一緒にいた女子生徒たちはこの扉の中を見て逃げたそうだな」
「うん……そうだけど。あれって、花ちゃんを見て驚いたんじゃ……」
『妾はその個室には入っておらんぞ』
「うそ……」
「ふむ……」
カズラはまじまじと個室を眺め、一度パタンと扉を閉めた。
そして、ゴンゴンッと激しく扉を叩き始める。
「おい! いるのは分かっているぞ!! 出てこい!!」
閉ざされた個室に向かってカズラが叫ぶ。わけが分からず、カイトたちはただ呆然とするだけだった。
『う、うるさい……。アタイだって好きでここにいるんじゃないよ……!』
個室の中から、愛らしい子供の声が響いた。
「なんかいる!?」
カイトたち三人は驚いて埴山姫の後ろに隠れた。埴山姫は怯える彼らを庇うように前に出る。
すると、キィという音を立てて、勝手に扉が開いた。
小さい身体を震わせて、恐る恐る姿を現す。
顔を出したのは、頭に尖った耳を乗せた、小学生ほどの少女だった。
黒というより茶色に近いセミロングのボブに、カズラとよく似た白衣と、スカートのように短い紫色の袴を身に着けている。
アニメによくいる、動物の耳が付いたキャラクターそのものだ。
「リアルケモ耳超可愛いッ!!」
女子トイレの中央で、カイトは叫んだ。
次回「学校の怪異編」最終話
8月21日(金)朝7時 更新。
閑話 同日夜19時更新。




