8話 カンナの告白、軛(くびき)の宿命
一学期の終業式の日、帰り際に同じクラスで同じ女子バレー部の子たちに誘われて、この女子トイレにやってきたんだ。
そしたら、突然「コックリさん」をやると言い出して……。先生に見つかったら怒られるから止めたんだけど……。
『なに? カンナ、ビビってんの?』
『そういうわけじゃないけど……』
『やろやろ! どーせ何も起こんないよ!』
(何も起こらないって分かってるのに、なんでやるんだろう……?)
彼女たちは楽しそうにトイレの床に、コックリさんでお馴染みのひらがなや数字、鳥居などが描かれた紙を広げて十円玉を取り出した。中には直に床に座り込む者もいて、汚いなあと思いながらも、私も一緒にしゃがんだ。
彼女たちがなぜ、私をこんな遊びに誘ったのかは大体想像がついた。背丈の低い私がバレー部のレギュラーなのが気に食わないからだ。
きっと、コックリさんをして怖がる私の姿が見たいんだな、と思った。でも、私はそういうものを怖いと思わないから、彼女たちの期待には応えられない。無反応なら早々に諦めるだろうと、私たちはコックリさんを始めた。
参加者全員で、十円玉の上に指を置く。
『この後どうすんの?』
『待て、えーとね……』
参加者の一人がスマホの画面を操作しながら説明を始める。
『これ、唱えるんだって!』
『オッケー』
『じゃあ、いくよ。せーの……!』
『『『コックリさん、コックリさん、おいでください。おいでになりましたら『はい』へお進みください』』』
シーンと、静まり返った。
『なんも起きなくない?』
『つまんなーい』
十円玉から指を離し、口々に文句を言い合う。ベタンと足を伸ばしてトイレの床に直に座る彼女たちは、非常にだらしなかった。そんな彼女たちを、私は冷めた目で見つめていた。
するとその時、それまで閉まっていた奥の個室の扉が「ギイ」と音を立てて、ゆっくりと開いた。
『う、嘘……』
『勝手に開いたんだけど……』
異常な現象が起こり、彼女たちはパニックに陥った。でも私は立ち上がって、その扉を開けて中を覗き込んでみた。
『何もいないよ。立て付けが悪いだけじゃないかな?』
『何だ……』
『マジでビビったんだけど……』
『どうする? 何も起こらないし帰る?』
『そうしよっか』
みんな立ち上がって、制服のスカートに付いた汚れを払い、入り口に向かっていった。
並ぶ個室を一つ一つ通り過ぎていったけれど、そのうちの一つの前を横切ろうとした子が、突然悲鳴を上げた。
『ギャァァァ!!』
『え!?』
『何!?』
『見ちゃった!! 見ちゃったぁっ!!』
その悲鳴に引きずられるようにして、他の子たちもパニックを起こし、我先にとトイレから逃げていった。
何を見たのだろうと、私は問題の個室を覗いてみたけれど、やっぱり誰もいない。
だけどその時、気づいてしまった。刺すような、痛くて冷たい、何者かの視線に……。
(そうだ。普通トイレの個室の扉は空室だと分かるように、開いたままのはず。さっき勝手に開いた扉は、何で閉まっていたんだ?)
嫌な汗が流れ、頬を伝っていった。
その視線に誘われるように、ゆっくりと振り向いた。
そこに立っていたのは──赤い吊りスカートをはいた、おかっぱ頭の女の子。トイレの花子さん、その人だったんだ。
*
「それじゃあ、コックリさんをここでやったら、花子さんが来ちゃったってこと?」
カンナの話を聞き終えると、真っ先に疑問をぶつけたのはカイトだった。カンナの話はいかにもオカルトめいていて、普通なら背筋が凍るような内容だ。だが、カイトは物怖じせず、あっけらかんとしている。
『その通りだ。カンナは現世にいながら、意識は彼岸に近い場所にいる。まあ、その理由は今しがた分かったのだがな……』
花子さんこと埴山姫は、チラリとカズラを見た。
「どうりで術が解けたわけだ。埴山姫さまが、僕がカンナにかけた術を解いたのですね」
『うむ。妾を呼び出すほどの術者が一体何者かと思えば、年端もいかぬ小娘でな……。事情を聞けば、同級生とやらが遊び半分で降霊術の真似事をしたというではないか』
心底不愉快そうに、埴山姫は言った。そして、カンナに視線を移し、続きを語り始める。
『正直に話したカンナに免じて、特別にそのおかしな術を解いてやったのだ。そうしたら、幼馴染の友人を死に追いやってしまった過去を思い出してしまい、パニックになってしまってなあ。ここで色々と話を聞いていたのだ』
「こいつが言ってるの、本当か?」
疑いの目を埴山姫に向け、カイトは唸った。傍らでカズラは、自分の術を「おかしな術」と揶揄されて、機嫌悪そうに表情を歪ませている。
「花ちゃんには何もされてないよ。でも、夜中になるといつの間にか学校に来るようになっちゃって、花ちゃんに匿ってもらってたんだ」
『とはいえ、カンナをこのままというわけにもいかぬ。だが、降霊術を行ったあの小娘どもがおらぬので、儀式が終了せぬままこの状態というわけだ』
「それ、俺たちでやっちゃダメなの?」
今度はオカルトオタクのマコトが問いかけた。降霊術の儀式が終わっていないのが原因なら、ここにいるメンバーで終わらせればいいのではないか、と言いたいのだ。
「普通は、儀式を執り行った者が責任を持って終わらせるのが習わしだ」
カズラが腕を組んでマコトの質問に答えた。心なしか彼の表情は硬い。いたずら半分でコックリさんを行った女子生徒たちに、思うところがあるのだろう。
現状維持のまま、どうしようもないという結論だった。だが、このままというわけにもいかないと、眼鏡を直しながらマコトが口を開く。
「じゃあ、どうすればいいんだ? この学校の異変もコックリさんをやったせいなんだろ? 夜中になると学校に来ちゃうって、相当ヤバいだろ」
「……そんなこと、私が知るわけないだろ」
カンナは少し反発的な態度を見せた。
マコトの意見は正論だが、解決の糸口には程遠い。
問題解決の話を進めようとしている一同に反し、カイトが厳しい口調で話し合いに割って入った。
「カンナ、肝心なこと話してないだろ!?」
「え……?」
心底驚いたように、カンナはカイトを凝視する。
「お前、何か俺に隠し事してんだろ! 態度に出てんだよ!」
「それは……」
カンナは俯いて、カイトから視線を逸らした。カズラもそれに目を逸らす。
何のことか分からないマコトは、カイトとカンナを交互に見て戸惑いを隠せずにいる。
『カンナ、この際だ。話してみてはどうだ?』
埴山姫がカンナに語りかけた。見た目は幼い少女の姿だが、投げかける言葉は、小さな子供に話しかけるような優しい声音だ。
「で、でも……」
『身内である以上、いつまでも話さないわけにもいかないだろう』
「………」
そんなふうに諭されてしまえば、頷くしかない。カンナは目を泳がせ、言いにくそうにしながらも、カイトに向かって語り出した。
「私、病気なんだって……」
「病気? 何の?」
「生まれつき、身長が伸びない病気」
「は?」
「他にも色々あるけど、簡単に言えばそういう病気……」
「どういうことだよ……」
「私、『ターナー症候群』なんだって……」
カンナは、自身が誰にも打ち明けられずにいた秘密を告白する。
「私たちは男女の双子だけど、一卵性の双子なんだ。お母さんのお腹の中にいるころに、私だけ女の子になっちゃったんだって……」
トイレの外では、まだ澱みが蠢いていた。
カンナの心に巣食っていた「澱み」が今、明らかになる。
次回8月20日(木)更新です。




