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7話 怪異の降霊、神の降臨

 時は少し遡り、一学期終業式の日の夜。

 この時は、カズラが「十五歳のヒナ」としてカンナの前で振る舞っていた頃だ。


 きさらぎ駅へ向かう少し前、現世うつしよでは毎年恒例の花火大会が催されていた。今宵は彼岸と現世の距離が近くなってしまう。カイトたちは、八年もの間、現世と彼岸の間を行き来していた。

 今まではしっかりと線引きができるよう術をかけていたものの、今回はカンナ以外が契約の継続を拒否した。これからは自分たちで「線引き」をしなければならない。

 果たして、彼らにそれができるだろうか。


「まあ、僕の知ったことじゃないな……」


 呟いた後、カズラは神社を出て街中を歩いた。時刻は夜の二十一時。カズラはメッセージアプリでカンナに呼び出されたため、待ち合わせ場所へと向かう。

 眷属としての仕事を抜け出してカンナの元に向かうのは、正直、彼女だけに構っていられない彼としては「面倒くさい」の一言に尽きた。だが、契約である以上は仕方がないと割り切り、ヒナの姿で夜の街を歩いていた。

 しばらく歩くと、一人で街灯の下に佇むカンナの姿があった。

 開催中の花火大会の光が夜空を照らし、その眩しさがカンナの頭上にも降り注いでいた。


「カンナちゃん、お待たせ!」

「あ、ヒナ……」


 ヒナなら浮かべるであろう笑顔をカンナに向けて、カズラは声をかけた。

 ヒナの姿をしたカズラに気が付いたカンナが、顔を上げる。


「ありがとう、来てくれて……。ごめんね、こんな夜に呼び出して……。なんか、一人で抱え込みきれなくなっちゃって……」


 そういえば、昼間に他の女子生徒たちにどこかへ連れて行かれていたな、とカズラは思い出して「あの後、何かあった?」と問いかけてみる。


「あ、うん……、まあ……」


 なんだか歯切れが悪い。あの女子生徒たちに何かされたのだろうか、と思い「もしかして、あの子たちと喧嘩でもしたの?」と聞いたが、それには首を横に振って違うと答えた。


「あれは、あの子たちの遊びに少し付き合っただけ。何も起こらなかったよ」


 どこか青い顔色のカンナは、力のない笑みを浮かべてそう言った。

 何も起こらなかった、という言葉に引っかかりを覚えたが、この時のカズラはあえてそれ以上追及しなかった。


「実はあの後、お母さんと病院に行ったんだ……。そしたら、病気かもしれないって……」

「病気?」

「うん……、身長が伸びない病気かもって。この年齢で伸びないのはおかしいって言われて……。だから、検査したんだ……」


 身長は、カンナのコンプレックスだ。必要以上に気にしており、「小さい」という単語を向けた者は、その瞬間に彼女の敵として認定されてしまう。


「私、ターナー症候群かもしれないって言われたんだ……」


 何だそれは、という疑問符だけがカズラの頭の中に浮かび上がる。


「そう……。もう診断は出てるの?」

「ううん……、これから色んな検査をして、それから診断が出るんだって……」


 ターナー症候群とやらがどんなものか、カズラには分からなかった。だが、カンナの落ち込みようを見る限り、かなり重いやまいなのだろうと思った。


「そう……。でも、どんな診断が出たって、私にとつまてはカンナちゃんはカンナちゃんだよ。今のカンナちゃんが一番好き!」


 ヒナが言いそうな言葉を選んで、カンナを励ました。その言葉に、カンナは力のない笑みを返す。

 その後は「もう遅いから」とそれぞれ帰宅した。カズラは帰る途中でスマホを取り出し、ターナー症候群について検索してみた。

 画面につらつらと書かれている記事を読んで、小さく「そうか……」と呟く。


 夜空を見上げると、花火の灯りで空はまだ明るかった。





 まさか、あの後カイトがきさらぎ駅に迷い込んでいるとは思わなかったな。

 蠢く澱みからマコトを庇いながら、一人考えていた。

 きさらぎ駅でのカイトが抱える悩みを聞いたが、やはり自分には分からなかった。その時、カンナのやまいについてカイトに話しそうになったが、出過ぎたことをするのは野暮だと考え直して、口を閉ざすことにした。


「カイト、大丈夫かな……」


 澱みの向こうに消えてしまった友人を心配して、マコトは呟いた。


「ここにいたって同じことだ。マコト、もうお前は家に帰れ」

「え……」

「僕はともかく、美川の数珠にすら憑かれてしまった君では、これに飲まれるぞ」

「けど……!!」


 こういう時の反応はカイトとそっくりだな、と思う。性格も正反対のカイトとマコトは、根っこの部分でよく似ている。

 正義感は二人揃って強い。マコトは引っ込み思案な性格の割に、カイトに引っ張られると行動的だ。


「大人しく言うことを聞け。ここまで澱みが酷いとは思わなかったんだ。普通、この時刻にこれほど澱みが溜まることはないのだがな……」

「それ……、どういう?」

「鬼門とは何か知っているか?」

「陰陽道において、邪気がやってくる方角が北東、つまり丑寅の方角のことだよな。それが裏鬼門、南西に流れていく」

「そのとおり。流れていくのは、溜め込まないためだ。丑の刻にこうなるのは仕方が無いが、普通は流れていくもの。だから、これほど溜まることはないのだがな」

「何かが塞き止めてる、とか?」

「かもしれんな……。だが、塞き止められるようなものは、この学校には……」


 あるはずがない、と言いかけたところで、人間には嗅ぎ取れない微かな臭いをカズラの鼻が嗅ぎ取った。


「この臭いは……!」


 カズラは臭いのする方を見たが、澱みが壁のようにひしめき合っていて、その先を見ることはできない。

 それはカズラにとって、馴染みの臭いだった。

 それに意識が向いた瞬間、凄まじい霊力の衝撃波がカズラの白衣はくえを掠めていった。


「な、何だ!? 今の!!」


 一瞬のうちに澱みは消え去り、当たりには見慣れた校舎が姿を現した。

 驚いて腰を抜かしそうになっているマコトを支えて、衝撃波が放たれた方向を見た。

 そこには、灯りの灯った女子トイレがあった。


『来い、もう一人の小童こわっぱに、化け狐の小僧』


 声は、女子トイレから聞こえてきた。

 カズラは迷うことなく、女子トイレに足を動かした。





 女子トイレに逃げ込んだマコトとカズラは、赤い吊りスカートをはいた、おかっぱ頭の女の子と対面した。


(トイレの花子さんだ……!!)


 都市伝説の「トイレの花子さん」と直に会ってしまったことで、有頂天になっている。


「花子さんサインください!!」

「そういう状況じゃねーだろ……」


 どこから取り出したのかサイン色紙を花子さんにつきだして、マコトはサインを強請ねだった。黙ってそれを受け取り、油性ペンでサラサラとサインをしてくれる花子さん。


「「いや、サインするんかい!!」」


 カズラとカイトが鋭いツッコミを入れた。


『何をうておる。わらわを信仰する者に恩恵を与えるのは当然のことではないか』

「信仰って、何だよ!!」


 マコトを信者扱いする花子さんに、喧嘩腰に詰め寄った。その疑問に答えたのはカズラだった。彼はいつも通り気怠げに答える。


「この方は埴山姫神ハニヤマヒメノカミさまだ」

「え?」


「トイレの花子さん」だと思っているカイトが聞き返した。そんなカイトに開設したのはマコトだった。相変わらず、こんな時でもオタク精神を隠す気はないらしい。


「昔、かわや信仰っていうのが日本にはあって、トイレの花子さんはその神様だって説があるんだよ」


 カイトへ解説し終わると、「握手してください!」と目を輝かせて、花子さんと握手を交わしている。


「そんな神様が何でうちの学校の女子トイレにいんだよ……! なんか、カンナと顔見知りみたいだけど、カンナに変なことをしたんじゃないだろうな!!」

「違う! 花ちゃんは……」


 花子さんを庇うように、カンナが前に出た。すると、カズラと目が合い、気不味そうに視線を反らした。


「……確かに。普通、神が人前に容易に姿を現すことはございません。埴山姫さまはなぜここに?」


 カンナの視線に気が付きながらも、気づかないふりをして、カズラは自分の主たちと同格の神である彼女に対し、失礼のないように最低限の丁寧な言葉を使って問う。

 だが、その態度は礼を尽くしているとは言いがたかった。まるで、稲荷大名が守る地で勝手に何をしているのか、と言いたげだった。


『妾とて、好きでここにいるわけではない。呼ばれたからここにいるに過ぎん』

「呼ばれた?」

『そうだ。カンナにな……』


 花子さんはその鋭い瞳をカンナに向けた。


「どういうことだよ?」


 カイトが険しい表情になってカンナに問う。しっかり者の双子の姉がトラブルを起こすとは思っておらず、驚きが隠せない。


「別に、呼ぶなんてこと、するつもりはなかった……。けど……」

『カンナはここで降霊術を行なったのだ。数人の女子生徒たちに誘われてな……』

「こ、降霊術!?」

「コックリさんだよ。終業式の日にやろうって誘われて……」

「コックリさん??」


 カズラは最後にカンナの前でヒナとして振る舞った時を思い出した。


(あの時か……)

「コックリさんってあれ? 机にひらがなとか書いた紙を置いて、十円玉使ってやるやつ?」

「そう、それ……」


 オカルトの知識のないカイトでも知っている、有名な降霊術。昭和の時代にはこれが子供たちの間で大流行し、さまざまな社会現象を巻き起こした「遊び」だ。


「けど、あれって科学的に証明されてたはずだ」


 降霊術といっても、その実態は「無意識の筋肉運動(オートマティスム・イディオモーター効果)」によるものだ。参加者の「動かしたい」という意図や期待が、無意識に指に力を入れさせて十円玉を動かし、あたかも霊的な何かが動かしているかのように思い込んでしまう現象なのである。


「問題は、それを『儀式』として行うまでしまったのが良くないんだ」

『左様……』


 マコトはコックリさんは科学的に証明されていて、霊的なものではないと主張したが、カズラはそれに異を唱えた。花子さんも同意を示す。


『カンナ、この際だ。話してみてはどうだ? ずっと悩んでいたのだろう?』


 花子さんの促され、気不味そうにカンナは一歩前に出て、ことのあらましを語りだした。


「わ、私、思い出したんだ。あのマヨイガのことを……、友達とここでコックリさんやったら、突然……」


 それは、カズラがカンナにかけた「ヒナの死を忘れる術」が解けた時の記憶だった。

次回8月19日(水)更新です

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