3話 変わりゆく日常、違える歩み、変わらぬ心
「羽場先生ヤバくない?」
「宗教ハマッてたんだって?」
「なんか、美術部の人たちヤバいパワーストーンを、先生から配られてたらしいよ」
「うわっ! ヤバ!」
「え……、あたし先生好きだったのにショック……」
「俺も嫌いじゃなかったな……。そんなことしてたなんて信じられない……」
学校では、美術教師・羽場の話題で持ちきりだった。というのも、羽場は美術部での体罰行為と霊感商法まがいの行為を生徒に行ったことが明るみとなり、懲戒解雇処分となったのだ。
当然の報いと切り捨てるものもいれば、逆に衝撃を受ける者もいた。かく言うカイトも、羽場への印象が変わる前ならショックだったかもしれないが、あの光景を目の当たりにしていたので、羽場へは嫌悪感でいっぱいだ。
部活動は当面の間、休止になり、近々保護者説明会が開催されるという。現役教師が宗教にハマり、その宗教団体から高額でパワーストーンを購入し、さらにそれを生徒に配っていたことで、想像以上に大事になってしまった。
(そういえば、カズラは羽場先生が拗らせてるって言ってたっけ……。何か知ってるのか?)
夏休み中、美川の話を聞いたカズラは確かにそう言った。彼にはカイトたちにも見えない何かが見えているのだろうか。
今朝がた、カズラを無理矢理カンナの奇行の調査に引き込んだ。「学校が終わるまで大人しくしていろ」と面倒くさそうに言い残して、どこかへ行ってしまった。
そうしているうちに、時間は過ぎていく。始業式が終わり、新学期最初の授業が始まった。夏休みの宿題が回収され、そこから出題された小テストを解く。続けざまのテストでカイトの頭はパンク寸前になった。
初日の全ての授業が終わり、カズラとの待ち合わせ場所に向かおうとした。
「真山君!」
突然、国語の女性教師に呼び止められた。中年のその女性教師は、赤く染めた唇をワナワナと震わせ、怒りを顕にする。金切り声が特徴で、いわゆる「お局様」タイプの教師だ。生徒からもあまり人気がない。
「何? この読書感想文……」
「か、感想ですけど……?」
ピキッ、と額に青筋を浮かべて教師の顔が歪んだ。
「何が感想よ!! こんなのが感想になるわけないでしょ!?」
ズイッと目前に掲げられたのはカイトが提出した、読書感想文の原稿用紙だ。
たった一行「面白かったです」とだけ書かれていた。
「え? ダメ?」
「ダメに決まってるでしょ!? やり直しなさい!!」
ベチンと原稿用紙を押し付けられ、ファンデーションと香水の匂いを撒き散らしながら、怒って去っていった。
手元に戻ってきた原稿用紙には、先頭の一行が半分も満たさずに埋まっているだけだ。
これをすべて埋めなければならないのかと思うと……。
「あーー、ダル……」
カイトは、面倒くさそうにひとりごちた。
*
国語教師から解放されたカイトは、真っ直ぐカズラとの待ち合わせ場所である、四階の美術室に向かった。
何故この場所が待ち合わせ場所なのかというと、美術部の騒動以降、部活動が休止となり、放課後は誰も足を踏み入れることはないからだ。
カイトたちの学年は三年。その数字通り、三階のフロアに三年生の教室がある。なので、美術室へ続く階段へは容易に行ける。
四階に繋がる階段を目指し、廊下を歩いているとヒロキとすれ違った。
「あ! ヒロキ! ちょっといいか?」
声をかけると、ゆっくりとヒロキが振り向いた。
その目は昏く沈み、鈍く澱んでいた。
彼から醸し出される威圧感に押され、カイトは思わず後ずさんだ。
「あ、あのさ……、実はカンナの様子がおかしいんだ。色々相談したいから、人気のない美術室に今から──」
「うるせえ、黙れ」
ヒロキはいつも、カンナのことを「可愛い」と褒めちぎっていた。だから彼女のことなら他人事にはできないと思って誘ってみたのだが、見事に不発に終わった。
「……それは、さすがに酷くねえか?」
ヒロキは一瞥もせず、去って行ってしまう。すると、カイトの知らない生徒たちがヒロキに駆け寄って行った。ガラが悪く、あまりいい印象が持てない連中だ。ヒロキは笑顔で彼らと下の階へと降りていってしまう。
豹変したヒロキは、まるで別人だった。一体、ヒロキに何があったのだろうか。
そう考えるが、皆目見当もつかない。
思い当たるとすれば、あの「マヨイガの社」での一件だ。あれから、ヒロキとは連絡が取れない。最初はメッセージを送れば既読は付いたが、今は既読すら付かなくなってしまった。
「いや、今はカンナのことが優先だ」
みんなバラバラになって、今までのような関係ではなくなってしまったが、双子の姉のカンナの奇行を止めさせなくてはならない。
ヒロキのことはまた後で考えようと、カイトは思った。
そして、ヒロキがダメならマコトを巻き込もうと、スマホを取り出してメッセージを送った。
*
カイトからメッセージを受け取ったマコトは、下駄箱の前で立ち止まった。
「いや、俺、塾だし……」
カンナのことは気にはなるが、授業料を払って通っている塾をサボるのは、お金を出してくれている両親に申し訳ない。カイトには悪いが、勉強の方を優先させてもらう。
その旨のメッセージを送った直後、大声で騒いでいる集団がやって来た。中心にいるのはヒロキだった。
集団は皆、学校が匙を投げるほどの問題児たちだ。ガラの悪い生徒たちに囲まれたヒロキとすれ違った。関わらないように隅に寄ったが、取り巻きの一人がわざとらしくマコトとぶつかった。
「ぼさっとしてんじゃねえ!! 邪魔だッ!!」
不良特有の「肩をわざとぶつけて喧嘩を吹っ掛ける」習性に巻き込まれてしまった。
道行く人々に肩をぶつけなければ生きていけない悲しい習性だな、とマコトはどこか他人事のように思った。
だが、冷静に分析したところでこの場が収まるわけではない。こういうときにカイトがいてくれたらと思う自分が情けなくなる。
「おい、なんだその目は!!」
じっと見つめていただけだったが、相手は「ガンを飛ばした」と思ったようで、マコトに絡みだした。こういう人間は、自分の鬱憤を他人を痛めつけることでしか発散させることができない。悲しいというか、情けないというか。他にやることはないのだろうか。
「止めろ」
意外にも止めに入ったのは、ヒロキだった。
「行くぞ」
ヒロキはマコトには一瞥もくれずに、因縁をつけてきた不良をマコトから引きはがし、強引に引っ張っていった。
(今、助けてくれた……?)
去っていくヒロキの大きな背中を見つめて、マコトは思った。
既に大人と同じ背丈のヒロキは、まだ成長期の最中にいる他の生徒たちの中で、頭一つ抜けて目立つ。身体を大きく揺らし、のそのそと歩く姿は、子供の頃から変わらない。
(そうだよ。昔から上級生に絡まれたりいじめられたりしたら、ヒロキが駆けつけていつも助けてくれた)
今の行動も、あの頃と変わらぬものなのだ。
(やっぱり、ヒロキはヒロキだ。なのにどうして、あんな奴らと……)
新学期初日の放課後。
夏の湿った風が、立ち尽くすマコトの身体を包み込み、そのまま静かに吹き抜けていった。
次回8月15日(金)19時更新です。




