1話 深夜の学校、双子の異変
学校の怪異編スタートです。
「学校の怪談」や「学校の七不思議」──。
学校は閉鎖的になりがちな施設だ。そのコミュニティに放り込まれた子供たちの間で、古くから数多くの都市伝説が語り継がれてきた。その起源は、実に江戸時代まで遡ることとなる。
それらの大半は、時代の移り変わりとともに科学的に解明されていった。
だが、「学校」という場所が「いわく付き」の存在として今日まで語り継がれてきたのも、紛れもない事実。
未だにそこには、得体の知れない「ナニカ」が潜んでいるのだ。
*
夏休みが、明日で明けてしまう。マコトと美川のお陰で問題集は全て終わった。だが一つ、やり忘れたものがあった。それが今、カイトの目の前に広がる真っ白な原稿用紙だ。
これが何かというと、読書感想文の宿題である。
マコトが休み中、本を借りるのに付き合ってくれたというのに、借りたことで満足してしまい、読まずに放ったらかしてしまっていたのだ。
時、既に遅し、である。
「うわーーーー、やべーーー、どうしよーーーっ!」
一人自室で頭を抱え、ベッドでのたうち回る。
助けを求めようと、慌ててスマホを取り出した。焦るあまり手が滑りそうになりながらも、どうにかメッセージアプリを開いて、目的の人物にSOSを送る。
『マコト! 読書感想文やり忘れた! 助けて!』
直ぐに既読が付き、秒で返信が届いた。
『自分でやれ、バカ』
「バカは酷くない!?」
スマホの画面に向かって叫びながらも、ここで引き下がるわけにはいかない。しつこくメッセージを送りまくる。しかし、やがて既読すらつかなくなり、カイトは自分が完全に見捨てられたことを悟った。
「こーなったら……!」
カイトは自室を飛び出し、隣にある姉のカンナの部屋のドアを勢いよく開け放った。
──が、運悪く、そこには正に着替え中のカンナがいた。
「出てけ!! バカ愚弟!!」
「ぶふぉっ!?」
猛烈な勢いで投げつけられた枕が顔面にクリーンヒットする。そのまま無理矢理部屋の外へと押し出され、目の前でドアを激しく閉められた。
「待ってカンナ!! 読書感想文手伝ってほしいんだよ!!」
「知るか!!」
頑丈な鍵の閉まる音が廊下に虚しく響く。
以降、夕食の時間になるまで、カンナが部屋から出てくることはなかった。
*
「くっそーー、マコトもカンナも冷たすぎね?」
夕食後、読書感想文が終わっていないことを母親にこっぴどく叱られ、逃げるように自室に駆け込んだ。机の上で睨みつけているのは、夏休み中に図書館で借りた一冊の本だ。長すぎると読むのが辛いと泣き言を言ったカイトに、美川が選んでくれたのは一冊の短編集だった。「一冊を丸々読む必要はないから」という理由での親切なチョイスだった。
だが、「短いならいつでも読める」と高を括り続けた結果が、このザマである。
「こーなったら……」
カイトはスマホを取り出すと、検索エンジンに小説のタイトルと「あらすじ」というワードを打ち込んだ。
「あ、出てくんじゃーん」
とあるサイトに掲載されていた、大まかなあらすじと結末を斜め読みし、さも自分が読んだかのような感想を原稿用紙に書き殴っていく。
※良い子は真似しないでください。
「出来た出来た!」
文字で埋まった原稿用紙を見て満足気に頷き、それをスクールバッグの中へと放り込む。
明日から新学期だ。夏休み中にすっかり夜型になってしまったせいで、早起きできる自信がまるでない。形だけでも寝る努力はしようと、ベッドに潜り込んだ。電気を消して目を瞑るが、皮肉なほどに脳が冴え渡っていく。
「寝れねえ……」
一向に眠気は訪れず、静まり返った部屋には壁掛け時計の秒針の音だけが、やけに大きく響き渡る。一度意識してしまうと、チクタクという規則正しい音が耳障りでなおさら眠れない。
ゴロゴロと寝返りを打って身体の向きを変えてみるが、どうにもしっくりくる姿勢が見つからなかった。
暗闇の中でチラリと時計の文字盤を見ると、針は既に日付を跨いでいる。
「ヤバい……、さすがにヤバい……」
明日の朝のことを考えるほど、焦りで心臓の鼓動が速くなる。もし寝坊して遅刻でもしたら、母とカンナの怒りの雷が落ちることは確実だ。父は何も言わずに苦笑いするだけだろうが、それもまた気まずい。
何とかして眠らなければと、目を瞑って羊の数を数え始める。だが、暗闇の中で思考だけが空回りする。そんな悪循環を繰り返していた、その時だった。
部屋の外の廊下で、微かな物音がした。
(カンナ……?)
ギィ、と静かにドアが開閉する音。音源は間違いなく、隣にあるカンナの部屋だ。続いて、トタトタと床を揺らす軽い足音が聞こえてくる。
(トイレか……?)
寝ぼけ眼でそう結論づけようとしたが、足音は二階のトイレの前を通り過ぎ、そのまま階段を下りていってしまった。
──バタン。
一階から、小さく玄関の扉が閉まる音が響いた。
(外!?)
驚きのあまり、カイトはベッドから跳ね起きた。時計の針は午前二時を回っている。草木も眠る丑三つ時だ。こんな時間、マコト以上に真面目な姉が外へ出かけるなどあり得ない。
居ても立ってもいられなくなり、カイトは部屋着のまま自室を飛び出し、階段を駆け下りた。
一階の薄暗い玄関へ行き、タイルが敷かれた三和土へ視線を落とす。
──カンナの靴だけが、忽然と消えていた。間違いなく外に出ている。
カイトも自分のスニーカーに足を滑り込ませ、玄関の扉を押し開けた。鍵は掛かっていなかった。
勢いよく夜の空気の中に飛び出したはいいが、外は街灯が点々と光るだけの深い闇だ。カンナがどちらへ向かったのか見当もつかない。
「クソッ! どこ行ったんだよ!!」
キョロキョロと辺りを見渡すが、人っ子一人いない。不気味な静けさに怯み、大人しく家に戻ろうかと考えかけたその時、カイトの脳裏に、数日前の記憶が蘇った。
──そういえばこの間、昼間に妙な様子で歩いているカンナを見かけたことがあった。あの一瞬の隙に見失ってしまった時、彼女が歩いていた方向は……。
「確か、学校の方に向かってたような……」
嫌な予感が胸を過る。カイトは意を決すると、深夜の通学路に向かって一気に駆け出した。
*
夜の通学路は、昼間の賑やかさが嘘のように静まり返っていた。だが、思いの外、幹線道路を行き交う車通りはある。こんな時間に子供が一人で走っていれば、嫌でも目立つだろう。もしかしたらカンナはすでに見つかって、警察に補導されているかもしれない。そんな考えが頭を過るが、今はとにかく真っ直ぐ学校に向かって走るしかなかった。
幸いにも誰に声をかけられることもなく学校に辿り着くと、カイトは息を呑んだ。
暗い校門の向こう──昇降口へ向かって、ふらふらと歩いていくカンナの後ろ姿を見つけたのだ。
「カンナーーッ!!」
声を限りに呼びかけるが、届いていないのか、彼女は一度も振り返らない。
連れ戻そうと駆け寄るが、カイトの前には頑丈な校門が立ち塞がっていた。当然、夜間の門はしっかりと閉ざされていて、びくともしない。
「あいつ、どうやって入ったんだ……?」
そこそこ体格のあるカイトなら、門をよじ登って飛び越えるなど造作もない。だが、小柄なカンナでは、そんな芸当は難しいはずだった。
胸を突く不気味な違和感を振り払うように、カイトは門に手をかけ、一気に飛び越えた。着地の衝撃も構わず、カンナを追いかけて真っ直ぐ昇降口へとひた走る。
しかし、一足遅かった。
カイトが辿り着いたときには、すでに彼女の姿はどこにもなかった。
「嘘だろ……っ!?」
慌てて昇降口のガラス扉に手をかけ、激しく引く。だが、無情な金属音を立てるだけで、昇降口の扉には固く施錠されており、開かない。
鍵は閉まっている。なのに、カンナは確かにこの昇降口の方向に消えた。
カイトは誰もいない真っ暗な昇降口の前で、言葉を失ったまま、ただ立ち尽くすしかなかった。
2話目は今夜19時に更新します。




