終話 トカゲの尻尾、狐につままれる
「幸福の石編」最終話です
店仕舞いをしていると、突然、来客を知らせるドアベルが鳴り響いた。不審に思って入り口を見ると、中学生くらいの少女が立っている。
「申し訳ありません。本日はもう閉店したのですが……」
入り口の鍵は確かに閉めたはずだった。なのに、目の前の子供は平然と店内に佇み、興味深そうに中をキョロキョロと見渡している。
店主の中年女性は、その不審な来店客を観察した。
カラスのように黒く艶のある長い髪。前髪は眉の上で綺麗に切り揃えられている。服装は巫女のような出で立ちだが、一般的な巫女と違う点があるとすれば、纏っている袴の色が鮮やかな紫色という点だろう。
(コスプレ……?)
エプロンの上からでも分かる小太りな腹をさすりながら、店長は呆れたように息を吐いた。
彼女がそう思うのも無理はなかった。この年齢でこんな格好をしているのは、今時のコスプレイヤーくらいのものだ。カラーコンタクトだろうか、瞳の色も赤くギラリと怪しく光っている。
「石は、本物のようだな……」
「え?」
独り言のように呟かれた低い声に、店長は首を傾げた。
どうにも不気味な客だ、早く追い出さねば。そう考えて、店長は威圧するように少女の前に立ちはだかった。
「もう閉店しています。どうぞお帰りください」
「このカードの商品は、ここの店で販売しているものだな」
店長の警告を無視して突き付けられたのは、「幸福の石」と書かれた一枚の小さなカードだった。
「商品についての御用でしたら、明日にしてください!」
小太りの店長はパタパタと入り口まで歩くと、扉を大きく開け放って「お帰りください!」と強い口調で促した。
「店長、どうしたんですか?」
店の奥で片付けをしていた若い女性店員が、ただならぬ騒ぎを聞きつけてやってきた。不安げに店長に声をかける。
「警察を呼んで! 不法侵入よ!」
店長はカズラを指差して声を荒らげた。店員は「えっ!?」と驚いた声を上げ、店長が指し示す先へと視線を向けた。
「……あの、誰もいませんけど」
「え!?」
店長は目の前の子供を凝視した。確かに、自分の目にはその姿がはっきりと映っている。
そこでようやく、店長は気づいた。目の前にいる存在が、決して生身の人間ではないということに。
「やっと気がついたか。……勘が良いくせに、随分と鈍いな、お前」
その不審な子供、もとい「カズラ」は呆れ顔で店長を見つめていた。
「あ、あなたは……っ」
戸惑いながら目の前の存在に正体を問う。しかし、何も見えていない店員の目には、店長が何もない空間に向かって、一人でブツブツと独り言を言っているようにしか見えなかった。
「お前に名乗る名などない。要件だけを言うぞ。大元はどこにいる?」
「お、大元……?」
「とぼけるな、時間がないんだ。この石ころの卸業者はどこだと聞いている」
カズラは店内にズラリと陳列されているパワーストーンたちを指差した。
店長はガタガタと震え上がった。目の前の子供は明らかにこの世の者ではない。だが、卸業者の名前を出せば、今度は「あの方」に消される。
「し、知らないわよ! うちは正規の手続きで入手して……っ」
「店長、本当に何を叫んでいるんですか!?」
本気で様子のおかしい店長に不信感を抱き、店員が強い口調で問い質してきた。
「……あなたはもう帰りなさい! 後の片付けはやっておくから!」
「で、でも……」
「いいから早く行きなさい!!」
店長の凄まじい剣幕に気圧され、店員は小さく「お疲れ様でした……」と呟くと、訝しげに店長を見つめながら帰っていった。
二人きりになった店内で、店長は震える声で虚像のような存在のカズラに向かって問いかけた。
「それで……私に何の用よ」
「何度も言わせるな。石の卸業者を知りたいんだ。……僕の、旧知の者かもしれないのでな」
「な、何の話よ……」
「悪いようにはしない。石の出元さえ分かれば、お前に危害を加えるつもりはないぞ」
店長は固く口を閉ざし、冷や汗を流しながら視線を彷徨わせた。得体の知れない怪異と、裏に潜む組織。その板挟みになり、まともな思考が奪われていく。
業を煮やしたカズラは、冷酷な笑みを深めてさらに脅しをかけることにした。
「石の引き取り手数料……未成年を相手に、随分と水増しして請求したそうだな?」
「……それは請求して当然よ! これはただの石じゃない、『幸福の石』よ! 持っているだけで幸せになれる特別なものなの! それを手放すなんて罰当たりなことをするんだから、当然の報いよ! 言いがかりは言わないで!」
ふん、とカズラは鼻で笑うと、冷ややかに語り継いだ。
「『幸福の石』ねえ……。元来、それはパワーストーンの総称に過ぎん。国内のどこの専門店でも同じような名前で販売されている。この店の石が特別なわけではない。お前にそれをそう吹き込んだ奴のことを吐け。僕はその者に用があるんだ。……早くしろ、警察が来るぞ」
「警察? 何を言っているの……私は何もしていないわ!」
「それは警察に言うんだな。どうせお前はトカゲの尻尾のようなものだ。切られる前に吐いた方が身のためだぞ」
「な、あの方がそんなこと……するわけ……っ」
言いかけて、店長はハッと息を呑んだ。自分の「後ろ」にいる人物の存在を匂わせてしまった。それを聞いたカズラは、口角をさらに吊り上げる。
「やはり、上がいたな」
自分が完全に誘導尋問に引っかかったことを、店長は悟った。不味いと思った時には、もう手遅れだった。
美しい顔に不気味な笑みを浮かべ、カズラは嬉しそうに微笑みながら、その場で煙のように姿を晦ました。
誰もいなくなった店内に、突如として赤色灯の光とパトカーのサイレンが鳴り響く。
現実感を持てないまま、店長はぼんやりと店に入ってきた警察官たちを眺めていた。「入り口の鍵を閉め直していなかったな」と、まるで他人事のように目の前の光景を受け止めている。
両手首に手錠をかけられ、金属特有の冷たさが肌を襲ったが、それでもまだ実感が湧かなかった。
狐に包まれたとは、まさにこのことだろうか。
*
「『天上顕聖』……ねえ」
パワーストーンショップの店長を化かして店内の事務所を物色したカズラは、首尾よく目当てのものを探し出していた。
カズラが指先で弄んでいるのは、「九重真理会」の会長の名刺だ。
懐からスマホを取り出すと、検索アプリの入力欄に「天上顕聖」と打ち込む。画面につらつらと情報が表示されていった。
ショップの表には大勢の警察官が押し寄せ、現場は騒然としている。生徒の保護者から事前に被害届が出ていたのだろう。被害者が多くの未成年者ということもあって、警察の出動は非常に迅速だった。眼下の喧騒を高みの見物と決め込みながら、カズラは画面をスクロールしていく。
やがて、天上顕聖その人の顔写真を発見すると、カズラはその画面をまじまじと見つめた。
「ほーん……。今は、こんな顔をしているのか」
そこに写っていたのは、いかにも穏和そうで優しい笑みを浮かべた、白髪交じりの初老の男性だった。
「世界平和だの、人類の救済だの……。言っていることは、昔と何も変わらないな……」
忌々しげに写真の男を睨みつけていたカズラだったが、ふと、やり忘れたことを一つ思い出し、動きを止めた。
「あ、あの店、燃やすの忘れてた」
*
「それじゃあ、お母さんが学校に直接連絡を入れたんだ」
「うん、そう言ってた」
部活動が休止となったこの日、カイト、マコト、美川の三人は市内の公立図書館に集まっていた。学校の図書館の開放期間が終わってしまったため、こちらに場所を移して勉強することにしたのだ。
現在、三人は昼食を取るために図書館の食堂にいる。そこで、美術部で起きたあの一件の顛末を、ようやく美川の口から聞いているところだった。
「けど、意外だよな。学校って言えばちゃんと動くもんなんだな」
「だよなー……」
「お母さんが言うには、当時の状況を詳しく話して『脅』したみたいなんだ」
((今、絶対に『脅し』を『お願い』って言い換えなかったか……!?))
お母さんが学校側に何を突きつけたのか、非常に気にはなったが、これ以上は聞いてはいけない領域な気がした。
「さてと。昼飯も食ったし、俺たちはそろそろ塾に行くか」
「そうだね」
「お前ら、本当によくやるよなあ……」
カイトが勉強をしなさすぎるだけなのだが、もうこのやり取りは幾度となく繰り返してきたので、マコトたちもあえて突っ込まない。
「そうだ美川、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「何?」
「お前、ヒロキとクラス一緒だろ? あいつ最近どうしてるか、何か知らないか?」
美川がヒロキと同じクラスだったことを思い出し、カイトはずっと連絡の取れない幼馴染のことを尋ねてみた。
「ふ、深沢君のこと?」
深沢は、ヒロキの名字だ。
その名前を口にした瞬間、美川の表情があからさまに強張った。
「あいつと俺たち、幼馴染なんだ。最近全然連絡が取れなくてさ。学校での様子とか、何か分かれば教えてほしいんだけど……」
「……ごめん。僕は深沢君とは、そんなに親しくないんだ。学校も来たり来なかったりだし……。どうしているかは、よく分からないな」
美川は「ごめんね」とだけ言い残すと、心なしか引き攣った顔で、マコトを置いてそそくさと塾の方へ歩き出してしまった。
その不自然な様子を不思議に思いながらも、マコトもカイトに軽く手を振って美川の後を追っていく。
一人残されたカイトは、ここにいても仕方がないので帰路につくことにした。
「ヒロキの奴、今頃何やってるんだろ……」
同世代よりも頭一つ体格がよく、小学校の頃はみんなのヒーローだったヒロキの姿を思い浮かべながら、トボトボと道を歩く。
「いや、ヒロキだけじゃない。カンナも様子がおかしいままだ……」
マヨイガの社で、「ヒナが生きている夢を見たい」と願っていたカンナ。最近、そのカンナに避けられている気がする。
カズラは以前、「やがてカンナも夢から覚める」と言っていた。そして、カンナには人に言えない秘密があるらしいとも。その真相を、カイトはいまだに知らないままだ。
そんな考えに耽りながら歩いていると、ふと、反対側の歩道を歩く見覚えのある影が目に留まった。
「カンナ……?」
向かい側の歩道とカイトがいる歩道の間には、二車線の道路が通っている。日中の行き交う車が、カンナの姿を激しく遮った。
目の前を通り過ぎる車の列が、一瞬だけ途切れる。
だが、そのわずかな隙間に、もうカンナの姿はなかった。
「あれ……?」
どこへ行ったのかと目を凝らして周囲を見回すが、彼女の姿はどこにも見当たらない。
「あいつ、どこへ……」
カンナが進んでいこうとしていた方向には、カイトたちが通う中学校がある。
「……学校は、もう閉まってるのに」
すでに生徒の登校日は過ぎている。もう、校舎の中には入れないはずだった。
──楽しかったはずの夏休みが、残り二週間となった頃の出来事だった。
今夜19時に閑話投稿します。




