8話 不燃の石、燃やしにゆく狐
「え!? じゃあ、俺があの時、きさらぎ駅から電話しちゃったから、マコトは眠れなくなっちまったのか!?」
「まあ……、結果的にはそうなるかな」
元サッカー部員とのいざこざがあった翌日。この日もカイトは、マコト、そして美川と一緒に夏休みの宿題を進めるため学校に来ていた。図書館が開館している間は毎日勉強するとマコトと約束しているのだ。ちなみに、美川はまだ到着していない。
カイトは今、改めて昨日の揉め事の詳しい経緯をマコトから聞いたところだった。
まさか、あの異界の駅に迷い込んだ時に助けを求めたせいで、マコトが深刻な寝不足に陥り、それが試合当日の不調を招いていたとは。
あの場所では時間の感覚が現実とは異なっていた。カイトの感覚では、マコトに連絡を入れたのは電車に乗ってから一時間ほどのことだと思い込んでいたのだが、現実世界ではとうに深夜を過ぎていたというのが真相だった。
「なんか、……マジで悪い」
「別にいいよ。試合の結果なんて、俺にはどうでもよかったし」
「そうなの?」
「うん。サッカーは特別好きってわけじゃないしね。正直、昨日のあいつらの方がよっぽど上手いんだよ。自分たちより下手な俺がレギュラーに選ばれたこと自体、あいつらにとっては気に食わなかったんじゃないかな」
「それは監督やコーチの采配だろ。なんでマコトに当たるんだよ……」
「そんなの、俺に言われても分かんないよ」
どこか固い表情で、マコトは言った。このままでは変な空気になってしまうと察し、カイトは少し話題を変えることにした。
「でも、意外だな。マコトがサッカー好きじゃないなんて。中学からずっと続けてるから、てっきり好きなのかと思ってたよ」
「俺はサッカーよりオカルトの方が好きだ。それはずっと変わらないだろ?」
「それはそうだけどさ。好きでもないことを続けるのって、なかなか出来ることじゃないぜ」
「本当はオカルト研究会みたいな部活を作りたかったんだけど、学校が認めてくれなくてさ。仕方なく、そこそこ得意だったサッカー部に入っただけなんだ」
「それでもレギュラーになれるなんてスゲーじゃん。俺はいつも中途半端でさ……。勉強も部活も最後までやり遂げられるマコトが、俺は羨ましいよ」
「そうかな……。俺は、カイトが羨ましいけどな」
「えっ!?」
突然の告白に、カイトは目を丸くした。成績優秀、サッカー部でもレギュラー。何でもこなす優等生の代名詞のようなマコトが、まさか自分に憧れているなど思いもよらなかった。
「だってカイトは、いつだって即断即決で俺たちのことを引っ張っていってくれるだろ。俺にはそんなリーダーシップ、逆立ちしたって真似できない。だから、羨ましいよ」
それは、カイトにしても同じ想いだった。
「俺は……マコトが羨ましい。勉強もできるし、スポーツ万能で、女の子にも人気があって。俺が持ってないもの、全部持ってるお前が羨ましいんだ」
「なんだ。お互いに無い物ねだりをしてたんだな」
はにかむように笑ったマコトの表情は、どこか憑きものが落ちたようにスッキリとしていた。
*
その後、図書館に美川が到着した。早々と挨拶を交わすと、彼はカイトたちにあることを切り出した。
「カズミさんに、会えないかな?」
「カズミ……?」
一瞬、誰のことか分からず首を傾げた。だが、ヒナの姿に化けていたカズラのことだと気づくと、カイトとマコトは一斉に慌て出した。
「あ、あああいつに!?」
「会いたいって、一体なんで……!?」
「実は、数珠のことで相談したくて。彼女、そういうことに詳しそうだったから」
美川に他意はなさそうだが、なにぶんヒナは美少女だ。その姿のカズラに気があるのではと勘ぐってしまうのは無理からぬことだった。
「き、聞いてはみるけど、話を聞いてくれるかは賭けだぞ?」
「うん、それでいいよ」
美川の了承を得ると、カイトはマコトの肩を組んで美川に背を向け、小声で囁き合った。
「『聞いてみる』って、どうやって聞くんだよ!?」
「この流れで断るのは不自然だろうが!」
カズラはずっとヒナとして自分たちに接していた。幸い、カズラへの連絡手段としてメッセージアプリのアカウントは生きている。ここにメッセージを送れば、カズラと連絡が取れる。
いざカズラにメッセージを送るとなると、やはり勇気がいる。躊躇いもあり、まずは美川に詳しい事情を聞くことにした。
「それで、あいつに相談って? 数珠に何かあったのか?」
「大したことじゃないんだけど、数珠を処分しようと思ってさ。でも、どうやって捨てればいいか分からなくて。カズミさんなら知恵を貸してくれるかなって思ったんだ」
たったそれだけのことだった。引き攣った笑みを浮かべながら、カイトはスマホを取り出してトークルームを表示させた。狐のイラストが描かれたヒナのアイコンを凝視する。思えば、このイラストこそが、ヒナの正体を暗示していたのかもしれない。
意を決して、カイトは端的に要件だけを打ち込んだ。
『美川がお前に数珠のことで相談したいって言ってる。処分したいらしい』
瞬く間に『既読』がつき、すぐさま返信が届いた。
『神社に行け』
たった一言、それだけだった。あまりに素っ気ない返事に、カイトとマコトは拍子抜けしてしまう。
「じ、神社に行けって返事が来たぞ……」
非科学的なものを信じない美川が納得するか不安だったが、とりあえずそのまま伝えた。
「それって……除霊してもらえってこと?」
「いや、ただ『神社に行け』とだけ……」
心底嫌そうな顔をする美川に、マコトが幼子を諭すように語りかけた。
「と、とりあえず行ってみないか? 神社ならお守りやお札を奉納するし、パワーストーンも引き受けてくれるかもしれないから」
物腰柔らかなマコトの説得に、美川は不本意ながらも納得した。
学校も塾もない土曜日、三人は連れ立って稲荷神社へ向かい、神主に事情を話した。だが───。
「パワーストーンはお引き取りできません」
にべもなく、そう断られてしまった。
「なんでだよ! 神社ならお焚き上げとかできるだろ!」
「何でも何も、石は燃えないゴミだからお焚き上げはできんよ」
「お焚き上げできるかどうかって、ゴミの分別の話なの!?」
「何を言っている。お焚き上げは火を焚く儀式だ。燃え残るものは引き受けられないよ。自治体のゴミ処分ルールに則って処分しなさい」
ぐぬぬ、と不満げに神主を睨むカイト。その後ろで、マコトと美川は「仕方ないな」と諦め顔だった。美川の手にある件の数珠は、依然として禍々しいオーラを放っている。
それが視界に入った神主は、美川に向かって言った。
「パワーストーンなら、購入した店に問い合わせて引き取ってもらえばいい」
「……実は」
美川は、一枚の小さなカードを取り出した。
「この数珠を販売している店の説明カードなんですけど、なんだか怪しくて……」
差し出されたカードには「手にした者に幸運を授ける『幸福の石』」と書かれており、使用されている鉱石の能書きが並んでいた。
そして一番下にある、販売元と思われる団体名を見た瞬間、神主の目が鋭く光った。
「……なんて読むんだ、これ?」
カイトもカードを覗き込むが、その漢字は難解で読むことができなかった。カードには『九重真理会』と記されている。
「きゅう……く? くえ……真理会?」
「確かに、怪しいな……」
「でしょ? 美術部の部長は数珠以外にも色々もらっていて、この店に引き取りを相談したら、ものすごい代金を請求されたらしいんです」
「マジかよ、詐欺か?」
「たぶん……」
「それで、カズミさんに相談したかったんだな」
美川は深く頷いた。すると、神主は表情を崩さぬまま口を開いた。
「すまないが、パワーストーンの類はうちでは預かれない。だが、その数珠は装飾品でもある。リサイクルショップにでも買い取ってもらえばいいんじゃないか?」
「確かに……売れるなら、それが一番いいかもしれません」
美川はその提案に、ようやく納得の色を見せた。
「けど……」
だが、カイトとマコトは難色を示した。あの黒ずんだ不気味なオーラを放つ数珠を、何も知らない誰かの手に渡るリサイクルショップへ売却していいものだろうか。
「売る前に、水洗いをしておきなさい。汚れていると査定に響くかもしれないからな」
「そうですね、ありがとうございます!」
納得した美川は、神主に丁寧に感謝を伝えた。神主は販売元を詳しく調べたいと言い、例のカードは神社で預かることになった。
*
カイトたちが帰宅した後、神主の一ノ瀬は一人、社務所へと戻った。
そこには、既に先客がいた。白衣に紫の袴を纏った、中性的な容姿の子供だ。
一ノ瀬が入ってきたことに気づくと、その子供はゆっくりと視線を向けた。赤く鋭い瞳が一ノ瀬を射抜く。身体をわずかに動かすたび、癖のない黒く美しい髪がしなやかに揺れた。
「手がかりはあったか?」
「……これを」
一ノ瀬が差し出したのは、先ほど美川から預かったあのカードだ。
「九重真理会……。今の根城はここか」
カズラはポツリと呟くと、カードを手に取って社務所の勝手口へと歩き出した。
「どちらへ?」
「燃やしてくる」
カズラは不敵に、そしてどこか不気味に口角を吊り上げた。
そのまま、音もなく夜の暗闇の中へと消えていった。
次回「幸福の石編」最終話 朝7時更新。
閑話 夜19時に投稿します。




