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4話 数珠の檻、拒絶する囚人(めしゅうど)

暴力はありませんが、教師の生徒への体罰表現があります。ご注意ください。

(き、気になる……っ)


 カイトとマコトは学校の図書館のテーブルで、問題集を開いていた。だが、先ほどの美術部の話が頭から離れず、全く勉強が手につかない。


「な、なあ……。ちょっと美術部、見に行ってみねーか?」

「バカ言え。こんな真っ白な問題集を前にして、よくそんなことが言えるな」

「ほら、読書感想文の課題図書も借りたしさ。ちょっとした息抜きだよ」

「普通、課題図書は休みに入る前に借りてるもんだろ!! 本を借りただけで満足するな!」


 マコトは、怒りの籠もった小声でカイトをピシャリと叱る。


「まあ、気にならないと言えば嘘になるが……。あーいうのは専門家に任せたほうがいいんじゃないのか。カズラにも、あまり関わるなって釘を刺されてるんだろ?」

「それは、まあ……」


 稲荷神社の神主を始め、きさらぎ駅でもカズラ本人から似たような忠告を受けている。

 だが、気になるものは、どうしても気になってしまう。


「なあ、昼休みになったらこっそり覗きに行こうぜ」

「はあ?」

「だってマコト、お前この後また塾で美川と会うんだろ? あんな得体の知れないものに、また憑かれたらマジでヤバいって」


 マコトが迷うように考え込む。ここぞとばかりに、カイトは一畳み掛けた。


「それにさ、リアルに除霊が見れるかもしれないぜ? 本物の人外によるやつを!」


 オカルト好きのマコトにとって、これ以上に魅力的な誘い文句はなかった。


「……昼休みになったら、だぞ」

「っしゃあ、決まりだ!」


 二人の間で、昼休みに美術部を覗きに行くことが決定した。

 その直後、図書館を管理する司書が、カイトたちの座るテーブルへと音もなく忍び寄ってきた。険しい表情で、二人を冷たく見下ろしている。


「うるさいですよ。静かにできないのなら、今すぐ出ていきなさい!」


 辺りを見渡せば、怪訝な表情でカイトたちを睨みつける他の生徒たちでいっぱいだった。


「「す、すみません……」」


 平謝りしたものの、結局昼休みを待たずして、二人は図書館から追い出されてしまった。

 彼らが向かったのは四階の美術室だった。





「来ちゃった」

「な!? なぜ来た、君たち……!」


 美術室のある四階に現れたカイトとマコトの姿を捉え、カズラは驚きを隠せずにいた。


「ここには来るなと言っただろう。また『あちら』へ引っ張られてしまうぞ」

「いや、そうは言うけどさ、どうしても気になっちゃって……」

「君というやつは……」

「それはそうと、あのおかしなものの元凶は、美術部で間違いないのか?」

「覗いてみろ。……そっとな」


 カイトたちの行動に呆れながらも、クイッと顎で『第一美術室』という表札のある教室を指した。


「あまりマジマジと見るんじゃないぞ」


 忠告を受けながら、二人はこっそりと引き戸の窓から中を覗き込んだ。


 そこには机を並べて黙々と筆を動かす数人の生徒と、死角になる壁際に押し込められ、正座をさせられている十数人の生徒がいた。普通に活動している生徒より、正座をしている生徒の方が圧倒的に多い。その中に、美川の姿もあった。


「なんだよ、あれ……!」


 窓から離れた二人は、声を潜めてカズラに詰め寄った。


「知らん。僕がここに来た時には、既にあの状態だった」

「え……、ずっとか?」

「俺たちと別れてからってことは、二時間はあのままだぞ」

 正座を続ける美術部員たちは、一様に俯いて暗い表情を浮かべている。もし、部活開始時からこの状態なのだとしたら、かなり長い時間ずっとこのままだということになる。


「あの『正座』という座り方は、今の人間界では『体罰』というものに該当すると聞いたぞ。禁止されているはずの行為だ。……あの顧問の女教師、少しでも姿勢が崩れると罵倒を浴びせ、あの状態を長引かせている」

羽場はば先生が!?」


 カイトは驚きを隠せなかった。思わず大きな声が出そうになり、慌てて口を抑える。


「冗談だろ? すごく面白い先生なのに……」


 カイトたちにとって、羽場先生はユーモアたっぷりの陽気な教師という印象しかない。だからこそ、部活動でのこの仕打ちが信じられなかった。


「普段がどうかは知らん。だが、あの女は、些細な理由を見つけては生徒たちを罵倒し続けている」


 羽場の声は、まだ廊下までは届かない。カズラの主張は、カイトたちにはまだ半信半疑だった。

 だが、その疑念を破壊する怒声が、突如として響き渡った。


『お前たち、自分がなぜ部活に参加させてもらえないか、分かっているのか!?』


 到底、女性のものとは思えないほどに乱暴な、ドスの利いた声。


『答えろッ!!』


 怒号が、四階のフロアを震わせる。


『わ、分かりません……』


 生徒の一人が、消え入りそうな声で答えた。


『だからだよッ!! そ、れ、が、分からないからッ!! 私はお前たちを部活に参加させないんだ!! それくらい自分で考えろッ!!』


((いや、俺たちも意味分かんないです))


『頼むから、こんな仕打ちをこれ以上、私にさせないでくれ……っ』


((なら、今すぐやめればいいのでは??))


 カイトとマコトは、心からのツッコミを漏らさないよう口元を両手で覆い、精一杯の無言を貫き通した。

 暫くそのまま様子を伺っていたが、顧問の羽場による意味不明な罵詈雑言が響くばかりで、それ以上の変化は起こらなかった。

 結局、数珠の正体については、外から見ているだけでは何も掴めなかった。


「拉致があかないな……。このままでは何も分からないままだ。強行突破するか?」

「待て待て、早まるなよ。大事おおごとになるって!」


 苛立ち始めたカズラが物騒な提案をしたのを、マコトが冷静に制止した。


「だったらさ、美川を個別に呼び出そうぜ」

「呼び出すだと?」

「今日は平日だから昼休みになれば、今日の部活はもう終わりになるだろ? 一緒に飯を食おうって誘えば、自然に引き離せると思う。事情を聞くだけなら、全員を相手にする必要はないしさ」

「ふむ、一理あるな……」

「でも、いきなり行って不審に思われないか? 君たちは美川と面識がないだろう」

「そこはほら……。同じ塾に行ってるマコトの出番ってことで」


 カイトの提案に、マコトは実に渋々といった体で了承した。





「みーかーわーくーん! ごはんたーべよっ!!」


 昼を告げるチャイムと同時に、カイトとマコトは勢いよく第一美術室の引き戸を開け放った。


「え……?」


 唐突に名を呼ばれた美川は、面食らったように驚きの表情を浮かべた。おどおどとして、なかなか立ち上がろうとしない。


「ほら早く行こうぜ、腹減った! それに急がないと、塾に遅刻するぞ」


 適当な理由をつけて急かすと、美川は慌てて腰を浮かせた。


「どうしたんだ、君たち」


 そこへ、美術部顧問の羽場が立ちはだかった。赤いジャージのズボンに紺色のTシャツを合わせた、体育会系の風貌。化粧気はないが、切り揃えられた長い前髪が特徴的な「ワンレン」の髪型は、どことなく一昔前のヤンキーを彷彿とさせる。

 羽場は、いつものとっつきやすい声色と笑みを浮かべて語りかけてきた。


「美川を迎えに来たんですよ。俺たち、同じ塾なんで」


 お前は通ってないだろう、と言いたげな視線をマコトはカイトに向けた。マコトに呼び出すよう仕向けておきながら、いざとなれば真っ先にしゃしゃり出てくるのがカイトという人間なのだ。


「けど、美術部はこの後も活動があるんだよ」

「それはおかしいですね」


 次に羽場の前に踏み出したのは、ヒナの姿をしたカズラだった。声も、完璧にヒナのものへと作り替えられている。


「夏休み中の部活動は、熱中症対策のために午前中までと決まっていますよね? どうして午後も続けるんですか?」

「…………コンクールが近いからだよ」

「でも、そこに座らされている人たちは、コンクールに作品を出品しませんよね。……ずっと、座っているだけなんですから」


 羽場の表情から笑みが消え、苦虫を噛み潰したような顔で「ヒナ」を睨みつけた。だが、人外であるカズラが、人間ひとりの迫力などに屈するはずもない。二人はしばし、火花が散るような沈黙の中で睨み合った。

 やがて、カズラはふんと鼻で笑うと、美川の元へ歩み寄った。そして、数珠の着いていない方の右腕を掴んで強引に立ち上がらせ、教室の外へと促す。


「ま、待ってくれ! に、荷物を……!」


 美川が教室の奥にある棚を指差した。カズラは彼がスクールバッグを取りに戻るのを待ってから、連れ去るようにして美術室を後にした。





「うす。俺、真山まやまカイト。こっちは友達の阿久津あくつマコト。同じ塾だから、マコトのことは知ってるだろ?」

「あ、うん……」


 突然連れ出された美川は、まだ状況が飲み込めていないようで、どこか落ち着きがない。まずは初対面のカイトが自己紹介をすることになった。

 体育館裏に隠れるようにして移動した四人は、それぞれ持参した弁当を広げ、昼食を取りながら話をすることになった。


「それで、えっと……。こっちの女の子は……」


 カイトは言いかけて、どう説明すべきか迷った。


「カズミ! 友達のカズミだ」


 一瞬、カズラという本名を言いそうになり、慌てて「カズミ」と口にした。どうしても「ヒナ」という名で呼ぶことだけはしたくなかった。


「よ、よろしく……。美川アユム、です」

「よろー。で、さっそくだんだけどさ。教えてほしいんだけど、その数珠、何なんだ?」

「え……? これ?」

「そう。なんで美術部のみんな、それを着けてるんだよ」


 戸惑う美川を置いて、カイトは遠慮なしに踏み込んでいく。


「その数珠、パワーストーンだよな? こいつ、霊感があるからさ。その辺の事情、見れば分かると思うんだよ」

「霊感?」


 カイトがヒナの姿をしたカズラを指差すと、美川の表情から温度が消えた。


「……遠慮しとくよ」


 美川は結局、事情を何一つ話さないまま、機械的な動作で弁当をさっさと平らげてしまった。そして、無機質にゴミを片付けて立ち上がる。


「僕、そういう非科学的なものは信じてないから」


 それだけ言い残すと、美川は一度も振り返ることなく、その場を立ち去ってしまった。

次回は8月8日(土)19時更新です

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