7話 祀りの真実、心の隙間
ちょびっと残酷描写があります。お読みになる際ご注意を。
暗いトンネルの中を進む。
向かう先には、外の光を放つ出口が見えていた。そこを目指して歩いているはずなのに、なぜか一向に距離が縮まらない。
「距離が縮まらないな」
同じことを感じていたのか、カズラが出口を見つめたままポツリと呟いた。
「こ、これ……どうすればいいんだ?」
不安げに問いかけるカイトに、カズラは視線を向けずに返した。
「カイト。お前、まだ何か抱え込んでいる悩みがあるのか?」
「え……」
また同じことを訊かれ、カイトは一瞬言葉を失った。
「……さっき、言いかけただろ」
「さっき?」
「おじいさんが出てくる前にさ! カンナのことで、何か言いかけただろ!」
「ああ……あれか」
今の今まで忘れていた、という風にカズラは軽く受け流す。そして真っ直ぐ前を見据えたまま、短く言った。
「言わない」
「はあ!?」
カイトは思わず声を荒らげた。
「なんでだよ!?」
「それは、カンナから直接聞け。僕の口から軽々しく言えることじゃない」
「な、なんで突然……」
「あれは……カンナにとって、触れてほしくない傷になった。それを他人が勝手に晒すのは……な」
「『他人』って……お前、そもそも人じゃないだろ」
「うるさい。とにかく、この話は現世に戻るまで持っていけ」
カズラの拒絶は固かった。カイトは食い下がるのを諦め、別の疑問をぶつけた。
「じゃあ、あの社は?『祭り』をやってるって言ってただろ。あれは一体、何の祭りだったんだ?」
花火大会が、元来「慰霊」を目的とした祭りであることは教わった。ならば、あの「マヨイガ」で毎年行われていた行事は何を目的とし、何をしていたのか。
「言っただろう。『まつり』だ」
「だから、何の祭りなのかって聞いてるんだよ!」
「ヒナの慰霊だよ」
「──ッ!!」
予想していたはずの答えが、重く心にのしかかる。
「『祭り』の由来は『祀る』や『奉る』。神々や死者の霊を慰めるための儀式を指す」
「それって……」
「そう。あの日の『まつり』は『祀り』だ。ヒナの霊魂を弔い、慰めるためのな……」
一瞬の沈黙を挟んで、カズラは淡々と続けた。
「死んだ人間が霊魂となった後も、命日の行動を永遠に繰り返すことがある。あの『マヨイガ』は、ヒナが死んだ日、彼女自身が無意識に作り出した空間だ。彼女の魂は、ずっとあの空間で彷徨い続けている。……子供の姿のまま。君たちが遊びに来るのを、ずっと待ち続けている」
カズラの赤い瞳が、暗闇の中でわずかに揺れた。
「君たちは年に一度、あの場所で。……本物のヒナと、再会していたんだよ」
*
本物のヒナと、再会していた。
その記憶は、無い。
だが先日、カイトたちはカズラの契約継続を拒否した。即ち、ヒナとの再会を拒否したことになる。
カズラが言った「現実を見るのは早い」というのは、カイトたちの精神面を守るためだった、と思っていたが、それだけではなかった。
そう思い至った途端、トンネルの出口が近づいてきた。
心境は複雑だったが、一先ず胸を撫で下ろすことができた。
そしてついに、トンネルの外へと出る。相変わらず、昼なのか夜なのか分からない空だ。ここがまだ異界であることを実感する。自分が行くべき世界へと帰るには、まだ遠い。
「どうかしましたか?」
遠くから声をかけられた。線路の先に人影がある。
(あ……、あれって……)
カイトは知っている。トンネルを出た先に出くわすという人物を。詳細は分からないが、どこかへ連れ去ろうとする、得体のしれない人物のはずだ。
「こんなところでどうしたんですか?」
近づいてきたのは成人した男だった。カズラは男からカイトを隠すように盾になった。その後ろからカイトは男を覗き見る。ワイシャツを着込んだ、清潔感のあるサラリーマン風の男だ。一見、怪しそうには一切見えない。
「君たち中学生? どうしたの? 迷子?」
矢継ぎ早に質問してくる男に返事はしない。けれど、カイトの中では先ほどの老人とのやり取りが、今も残っている。話せば分かり合えるのではないか、という小さな希望が芽生えた。
「こんな夜中に危ないよ。家まで送るから乗って」
「必要ない。去ね」
優しく微笑み手を差し伸べてくる。人当たりよく、警戒心が薄れていくのが分かった。
カズラはピシャリと断るが、カイトには迷いがふつふつと湧き上がってきた。
回答に迷っていると、本当に優しげに語りかけてきた。
「もしかして、帰りたくない?」
如何にも、家出した中学生を気遣っている、そんな態度で優しく話しかけてくる。
この言葉に、カイトの警戒心が最大まで跳ね上がった。カズラも更にカイトを男から守るように、背中に隠す。
カイトの脳内では、以前受けた警察官による防犯教室の内容が、今ここで湯水の如く再生されていった。
『昨今、君たちと同じ年の子供たちが誘拐や性被害などの犯罪に巻き込まれています。今日は皆さんにそのことを伝え、防犯意識を高めてもらおうと思い、警察署からやってきました』
警察官は年配の太った男だった。女子生徒から「汚い」と小声で罵倒されていたのをよく覚えている。その声は警察官には届かなかったようで、彼は気にせず話を続けた。
『「不審者」の手口は、単なる「怪しい人」ではなく、親切心を装って皆さんの心の隙間に入り込む人です。家や学校で居場所がない、孤独を感じている人に漬け込んきます。過剰な親切心を利用して、断ることへの罪悪感を持たせて誘い出すこともあります。生活の中でどれだけ辛くても、優しく声をかけて衣食住を提供するなどと言ってくる大人には、絶対に誘いに乗らないでください』
他人事にぼんやりとしか聞いていない生徒だらけの中、キッパリと言い切る警察官。
『それは、あなたを心配して言っているのではありません。あなたを都合よく利用するために、あなたにとって都合のいい言葉を並べているだけの、悪い大人なのです』
リフレインされる警察官の言葉と、男の言葉が重なった。
「大丈夫、警察や学校には連絡しないよ。親にバレることはない。さあ、車に乗って」
いつの間にか、男の後ろに乗用車が現れた。窓自体が黒っぽくなっていて、車内がよく見えない。その異様さが更にカイトの警戒心を煽っていく。
「いいです! 行きません!」
男を前に「さっきの片足の老人相手にはこんな事を思わなかったのに何故?」と疑問も止まらない。だが、目の前にいる男への警戒心がそれを上回っていく。
「どうして……? 君、帰りたくないんだろ?」
「違います! 俺はただ迷子になっただけです!」
「なら、なおさら放っておけないよ。さあおいで」
人好きする笑みを浮かべてカイトたちを誘う。
「いらんと言っている。構うな。去ね!」
最初より強い口調でカズラが男に言い放つ。だが男は構わず食い下がる。
「親切で言っているんだよ?」
男の優しい笑顔と、あの太った警察官の警告が重なった。
カイトは意を決してカズラの前に出た。
「それ、親切じゃない。マジで親切な人はそんなことしない!! 警察に連絡してくれる!! あんたは、マトモじゃない!! なんかそういうヤバい人だ!!」
男はその場で固まった。するとブツブツと何かをつぶやき始める。
「いい子だ、いい子だね……。家には何もない、ここには何でもある。おじさんと行こう、おじさんと……。あっちの家はダメだ、こっちの家がいい……」
支離滅裂な意味不明な言葉を呟く男。その姿にカイトの身体から冷たい嫌な汗が噴き出す。
(ヤッベーッ!! 煽っちゃった。どうしよう。何か身体から出てるし……!)
もくもくと煙のように男の身体から、黒い靄が湧き上がってきた。
(え、え、え、え!? ヤバ!! マジでヤバい!! えーと、アニメだとこういう時どうするんだっけ!?)
パニックを起こすカイト。するとずいっとカズラが再びカイトの前に出た。
「去ね」
ただ一言、冷徹に放たれた言葉と同時に男の身体が青い炎に包まれた。
「あ゙あぁアアアアアアアアアアアア!!」
耳を切り裂くほどの絶叫を上げながら、男の身体が燃え上がっていく。
異臭が鼻を刺激する。思わずカイトは顔を背け、耳を塞いだ。
(なんだこの臭い……! スゲー嫌な臭い……!)
徐々に小さくなっていく声。臭いも薄くなっていき、そこで漸くカイトは振り返ることができた。
男が立っていた場所には、黒い炭のような砂が溜まっていた。風が吹いて、それを吹き飛ばしていく。
「こ、殺したのか……?」
恐る恐る、カズラに尋ねた。
「いや……、殺した、とは言えない。あれは生きてはいないからな……」
呟いた後、カズラは振り向いて、真っ直ぐカイトを見据えた。
「邪魔者はいなくなった。これから君を現世に帰す儀式を始める」
次回更新は7月10日(金)19時です。




