6話 弔いと慰め、トンネルの灯
「で、出たーーーーーッ!!」
時は少し遡り、異界の線路の上。
カイトは背後に現れた片足の老人を目の当たりにして叫んだ。老人はなぜか杖もつかず、事もなげに片足立ちをしている。
(ちっ……。こいつが来る前にトンネルまで行きたかったのに……)
カイトの腕を握る手に力がこもる。カズラは眼前の老人を鋭く睨みつけた。
「一緒に写真撮ってもらってもいいですか!?」
「!!?」
カズラの切迫した心情など露知らず、カイトはマコトの言いつけ通り、電源を切っていたスマホを取り出した。強引にカズラの手を振りほどき、電源を入れ始める。
「おい、待て!」
カイトを引き戻そうとカズラが手を伸ばしたが、カイトはその手に自分のスマホを押し付けた。
「カツラ! 写真撮って、撮って!」
「カズラだ!!」
流れるような動作で老人の隣に並び、肩を組む勢いでピースサインを向けるカイト。名前を間違えられた怒りと状況への困惑で、カズラは憤慨する。
(さっきまでべそかいてたくせに……!)
カズラは美しい顔を歪ませ、内心で毒づいた。進路や友人関係に震えていたはずのカイトは、老人の登場でコロリと態度を変えていた。まさに「泣いたカラスがもう笑った」状態だ。
カズラの視線の先には、満面の笑みでピースを作るカイトと、なぜかそのノリに合わせて控えめにピースサインを作る老人の姿。
ヒクヒクと頬を痙攣させながら、カズラは平静を装って問い詰めた。
「……何をしている」
「何って、写真だよ。きさらぎ駅の名物『片足の老人』だぞ?」
「何が名物だ! ホイホイ近づくな、帰れなくなるぞ!」
カズラはたまらずツッコミを入れた。
そうだ、こいつは幼少期からすぐに知らない大人について行ってしまう。そんな危なっかしい過去を思い出し、カズラの眉間の皺が深まった。
カイトは昔から異様なコミュニケーション能力を持っていた。クラスの問題児だろうが、一癖ある教師だろうが、いつの間にか懐に入り込んで打ち解けてしまう。よもや、異界の亡者にまでそれを発揮するとは。
「だって、記念に残さなきゃもったいないじゃん」
「もったいないって君ね……!」
強引に引き離そうと、カズラの細い指がカイトの服を掴む。
「なーなーおじいさん、なんでここにいんの? 片足でどうやって立ってんの?」
「構うな! 行くぞ!」
カズラが引っ張るが、カイトはテコでも動かない。
「君たちこそ何をしているんだ。線路の上を歩いていたら危ないよ」
「しゃべった!」
「貴様こそここで何をしている。こいつに構うな!」
カズラはカイトの前に立ちふさがり、老人を威嚇した。
「何って……見回りだよ。たまに現世の人間が迷い込んでな。元の世界に戻ろうとして、不定期に走る電車に跳ねられてしまうことがある。危ないから見張っておるんだよ」
至極真っ当な、人道的な意見だった。あまりに「いい人(霊?)」な回答に、二人は思わず面食らう。
「じゃあ、杖もないのに片足で立ってられるのは?」
「気合だよ」
「気合かよ」
予想外の精神論に、さらに拍子抜けした。
「おじいさん親切だね。名前は?」
(いつまで続けるつもりだ……)
カズラはカイトの袖を力強く握りしめ、それ以上近づかせまいと警戒を解かない。
「わしに名前はないよ。忘れてしまったからね」
「記憶喪失?」
「当たらずも遠からずだ。随分昔にここに迷い込んで、そのまま……ずっとここにいる」
「……出ようとは思わなかったの?」
「思ったさ。だが、ここにいるうちに色んなことを忘れてしまった。自分の名前も、暮らしていた場所も、家族のことも……何もかもだ」
カイトは絶句した。ネットの記事やマコトの考察で語られていた「老人」の真相を本人から聞かされ、一気に異様な恐怖が肌を刺した。
「坊や。君も何か『迷い』があってここに来たのだろう?」
「え……どうして」
図星を突かれ、カイトがたじろぐ。
「ここへ来る者は、大抵何かに迷っておる。それを断ち切れれば、ここから出られるよ」
「……そうかな。結構、難しいと思うけど」
「もしや、誰か『死んで』いるのかい?」
その一言で、カイトは凍りついた。
幼馴染のヒナ。八年前に亡くなっていた彼女のことを、自分たちは今の今まで忘れていた。
沈黙したカイトの心情を察したのか、老人は遠くを見つめて語りだした。
「墓参りには、行ったか?」
「……え? いや……」
カイトが首を横に振ると、老人もさもあらんという風に首を振った。
「行きなさい」
老人はきっぱりと言い切った。
「弔いとは、死者の冥福を祈ることだけではない。生きている者が死者を偲び、正しく別れを告げるための大切な儀式だ。仏壇に線香を上げるだけでもいい。しっかり、別れを告げなさい。……わしには、そんなことをしてくれる者は、おそらくいなかった。だから、こうしてここにいる」
老人は、自らの消えゆく存在を慈しむように、悲しげな微笑を浮かべてそう締めくくった。
「……はい!」
カイトは胸に迫るものを感じながら、力強く頷いた。そして別れ際、一緒にピースサインで写真を撮ってもらった。シャッターを押したのは、カズラだった。カズラの機嫌が悪くなったのは言うまでもない。
*
再びカイトはカズラに腕を掴まれ、歩き出した。先ほどの老人の忠告を守り、線路の上ではなく、バラストが敷き詰められたレールの外側を歩く。
会話は途絶えていた。相変わらず花火の音が轟き、二人の間の沈黙を埋めるように空間を支配している。
カイトは「気まずいな」と思いながら、引かれるままに足を動かした。見た目こそ美しいが、相手は人ではない。これが本物の人間の中学生の女の子だったら、どんなに良かったか……。そんな不届きな落胆を胸に、カズラの後を追った。
すると突然カズラが立ち止まり、その背中にカイトは顔をぶつけた。
「いってぇ……。いきなり止まるなよ!」
「そっちこそぼさっとするな。前を見て歩け。着いたぞ」
「え……?」
見上げると、そこには古びたトンネルが口を開けていた。銘板には「伊佐貫トンネル」と刻まれている。
「うわ……、本当にあった」
呟くと同時に、もはや流れ作業のようにスマホで写真を撮る。
「おい、いつまでやっている……」
呆れ顔のカズラを余所に、カイトは操作を続けた。
「マコトに写真を送るって約束してんだよ」
「……」
心底呆れたという風に肩をすくめ、カズラは無言でカイトを引きずり、トンネルの闇へと踏み込んだ。
カイトはスマホのライトを起動し、光源を確保する。マコトからは「バッテリーを節約しろ」ときつく言われていたが、背に腹は代えられない。
進むにつれ、入り口の光は遠ざかり、重苦しい暗闇が二人を包み込んでいく。スマホ一台のライトでは、あまりにも心許なかった。
だが、そんな闇の中でもカズラはスタスタと迷いなく歩いていく。その速度に、カイトは次第に追いつけなくなった。
「もっとゆっくり歩けよ! 暗くて足元が見えねえんだから!」
「え?」
カイトの減らず口に、カズラが振り返った。その目を見た瞬間、カイトはぎょっと息を呑んだ。
暗闇の中で、カズラの瞳が赤く、鋭く、獣のように発光していたのだ。
「……そんなに暗いか?」
キョトンとした様子のカズラ。
(そうだ。見た目が人間だから忘れてた。こいつは狐だ。暗闇でも普通に見えるんだ)
夜行性動物特有の光る眼を突きつけられ、思わず気圧される。だが、カズラはカイトの戸惑いなど気にも留めず「仕方がないな」と呟いた。
カイトを掴んでいない方の手を、白衣の懐へ突っ込み、あるものを取り出す。
「は?」
それは、カイトにとっても見慣れた物体だった。
「お前、スマホ持ってんの!?」
カズラが手にしていたのは、現代人の生活に欠かせない最新のスマートフォンだった。
「当たり前だ。今や必須アイテムだろう」
カズラは慣れた手つきで画面を操作し、ライトを起動して周囲を照らした。二つの光源を得たことで、カイトの心もわずかに明るくなる。勢いづいた彼は、矢継ぎ早に質問をぶつけた。
「何のために使うんだよ!? お前に必要なのか?」
「僕は『ヒナ』に扮しているんだぞ。今どきの中学生が一人だけ持っていなかったら不自然だろう」
ぐうの音も出ない正論に、カイトは押し黙る。だが、すぐに次の疑問が溢れ出した。
「どこで買ったんだよ。っていうか、買えるのか?」
「現世のショップで普通に買った。どうやって買ったかは……」
そこで言葉を切り、カズラはフッと不敵に笑った。
「化かしたな!? 店員を化かして買ったな! 金はどうしたんだよ!」
その追及にも、カズラはただ笑みを浮かべるだけだった。
「この野郎……。俺はスマホ買ってもらうのに、死ぬほど苦労したのに!」
「そういえば、成績を上げないと買ってもらえないとぼやいていたな」
カズラがヒナとして接していた時の記憶だ。偽物だったとはいえ、共有した時間は本物なのだと思い知らされる。
「っていうか、異界で使えるのか? 圏外だろ普通」
「使える。君だってさっきからネット検索をしていただろう」
「あッ! そうだった! なんで使えるんだよ!?」
「基地局があるからだ」
「基地局あるの!?」
カイトは慌てて辺りを見渡すが、見えるのはトンネルの湿った壁だけだ。
「トンネルの中なんだから見えるわけないだろう」
「……なんでそんな異界で人間の道具を使うんだよ。もっと神さまが使ってるような道具とかあるんじゃねえの? お前眷属なんだから、そういうの使えばいいだろ」
「人間が作った道具の方が便利だからだ」
「神さまたちの道具より秀でてんのかよ。スマホ、すげぇな……!」
人外の存在にまで重宝されるスマートフォンの万能性に、カイトは戦慄と感銘を隠せなかった。
次回更新は7月3日19時です。




