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5話 告白と羨望、人の心

 カズラは足を止め、カイトの腕を掴んだまま、静かに彼の方へ体を向けた。

 カイトの黒い瞳と、カズラの赤い瞳に互いが映り込んだ。

 カズラの表情は、いつになく真剣だった。口元は一文字に固く引き結ばれ、人間を見下すようなあの不敵な笑みは消え失せている。


 後ろを振り返るその横顔が、一瞬だけ、ヒナの面影と重なった。


 それをきっかけにするように、カイトは胸の奥に(おり)のように溜まっていた「迷い」を、ぽつりぽつりと吐き出した。


「俺、勉強もからっきしで、部活もパッとしない。……いつもカンナと比べられてきたんだ」


 語りだしたカイトを、カズラは黙って見つめている。腕を掴むその手には、確かな力がこもっていた。


「カンナは身体こそ小さいけど、運動神経もいいし勉強もできる。レギュラーじゃない時だって、みんなに期待されてた。でも、弟の俺は双子なのに全然ダメで……。みんな、俺の至らないところばかりを、寄ってたかって突くんだ」


 カイトの肩が震え出す。ずずっと鼻をすする音が、無人駅の静寂に混じった。


「マコトだってそうだ。成績優秀でサッカー部のレギュラー。おまけにイケメンだから女子にも人気がある。俺なんて、部活を転々とした挙句、結局どこでも中途半端だ。あいつを見てると、自分が空っぽだってことを、突きつけられている気分になる」


 この駅に迷い込んだ時、真っ先に頼ったのはマコトだった。本当は親身になってくれた彼に感謝すべきだとわかっているのに、一度溢れ出した言葉はもう止まらなかった。


「ヒロキだって、今は目立たないけど、少年野球の頃はヒーローだった。誰よりも才能があって、ホームランを連発して。……俺もあんな風に恵まれた体格だったら、レギュラーになれたのかな」


 カイトは今までひた隠しにしてきたものを、初めて(さら)け出した。


「いいよなあ、みんな……。俺が持ってないものをたくさん持ってて。どうして俺だけ、こんなに中途半端なんだろうな……」


 それが、カイトの心の最深部に根を張る「闇」の正体だった。

 カイトの「闇」を聞いたカズラは、ゆっくりと目を閉じた。カイトは気づかず、震える声で告白を続ける。


「お前が、ヒナに化けて家に来た時、正直怖かったんだ。ヒナじゃないって、すぐにわかったから。……あの時のお前も、偽物だと気づかないカンナも怖かったけど、何よりそれに気づいてしまった自分が一番怖かった。……俺、何もできなくて。どうすればいいか全然わからなくてさ。……俺、この先大丈夫かな。このままでいいのかな……」


 カズラはしばらく目を閉じていたが、やがて瞼を上げ、カイトをまっすぐに見据えた。


「──すまん。やはり僕には、人間の心は分からないようだ。君の闇を受け止めたところで、何かをしてやれるわけではない」


 らしくない、自信なさげな響きだった。カズラは長い睫毛(まつげ)を伏せ、どこか儚げな憂いを帯びた表情を浮かべている。


「僕はあの時、まだ『夢』を終わりにするのは早いと思った。身も心も未熟な君たちに、現実を突きつけるのはあまりに残酷だと考えたんだ」


 カイトは社でのカズラの言葉を思い出した。おそらくカズラは、彼らに「猶予」を与えようとしていたのだろう。

 人の心がわからないと自嘲する割に、その配慮はあまりに人間に寄り添っているようで、カイトは矛盾を感じずにはいられなかった。


「人間は、現実を生きるにはあまりに脆い。特にこの国では、折れない心が美徳とされる傾向があるから……」


 カズラは「そんなものは存在しないのに」と、独り言のように目を逸らした。


「君たちにとって、あの『夢』は一種の防波堤だったんだ。夢の中で心を癒し、修復する。そうして成長したら再び現実へ向かう。それが許されていると知ることは、生きていく上で重要なことだ……」


 伏せていた目を、再びカイトへと向ける。


「君たちには、この先の人生がある。ヒナとは違うんだ」


 その一言で、カイトの脳裏にあの社でのヒナの呪詛が蘇った。


「ヒナは……俺たちのことを恨んでるのか?」

「さあな。死人となったヒナの奥底にある闇を知る術はない。僕に人の心はわからないから」


 かつての残酷なまでの冷徹さは、今のカズラには微塵もなかった。


「君が懸念しているのはカンナのことだろう。カンナの中では『ヒナは生きている』ことになっている。君は、死人の姿で現れた僕との関係性にも悩んでいる。……違うか?」


 その問いかけに、カイトは力なく頷いた。

 やはりな、という顔でカズラは小さく息を吐く。


「気休めにもならないだろうが、一つ教えておく。カンナにかけた術は、じきに終わりを迎える」

「えっ!? どうして……」

「君たちが双子だからだ」


 思いもよらない回答に、カイトは言葉を失った。

 双子だからなんだというのか。カズラまで、自分とカンナを「セット」でしか見ていないのか。

 そんな憤りが胸をかすめる。


「お前まで、双子がどうのって理由をつけるのかよ!」

「そうではない」


 ピシャリと、カズラはカイトの主張を否定した。


「君たちは男女の双子だ。だが、普通の双子とは決定的な違いがある。そこに要因があるのだ。それは──」


 カズラが核心に触れようとした、その時。カイトの後方から、場違いなほど穏やかな声が響いた。



「おーーい! 危ないから線路の上を歩いちゃ駄目だよ!」



 カイトのわずか十メートルほど後方。

 そこには、片足で立つ一人の老人が佇んでいた。


「で、出たーーーーーッ!!」





「カイトのやつ……、大丈夫かな……」


 遠征先の宿泊施設。マコトは与えられた部屋で頭から布団を被り、充電ケーブルの繋がったスマホを凝視していた。

 時刻は深夜二時。草木も眠る丑三つ時だ。

 カイトから最初の連絡があったのが二十二時。既に四時間が経過している。スマホのバッテリーを気にして「電源を切れ」と助言したのは自分だが、いざ連絡が途絶えると状況が分からず、落ち着かない。

 メッセージアプリを開き、カイトとのトーク画面を表示する。そして、彼が送ってきた画像をタップした。古びた無人駅のホームが、画面いっぱいに広がる。


「でへへ……」


 締まりのない表情で、おかしな笑いが漏れた。

 そこには『きさらぎ駅』と書かれた、あの有名な駅名標が写っていた。


「あー……いいなあ。カイトのやつ、本物の『きさらぎ駅』に行けるなんて……」


 今この瞬間、異界からの脱出を懸けて奮闘しているはずの親友を、マコトは心の底から羨んでいた。カイトが撮影した別の写真も、指でなぞるようにスクロールする。


「くっそー。動画も送れって言ったのに、約束破りやがって……」


 届くはずのない悪態を、青白く光るスマホに向かってぶつける。


「こういう時は、いっつもカイトがいいとこ取りするんだよな……」


 果たしてこれが「いいとこ取り」と言える状況なのかはさておき、マコトの嫉妬は止まらない。


「クレーンゲームで誰も取れなかった景品を一発で取ったり、ビンゴをやれば大抵一番に上がったり。……そういえば、トランプでもあいつには勝てなかったっけ」


 昔のことを思い出しながら、マコトは布団の中で独りごちた。


「あいつは、理屈じゃなくて『運』を味方につける。だから、どんな窮地でも最後にはやってのけてまう」


 先日のマヨイガでの出来事も、カイトの感情的な思いつきが突破口になったようなものだ。マコトはその直感に、後から論理的な理屈をこじつけたに過ぎない。


「昔から、あいつがいつもみんなを引っ張っていく。……ああいうリーダーシップ、俺にはないからな。本当に羨ましいよ」


 誰も聞いていないことをいいことに、マコトは親友への秘めたる羨望を口にした。


「おい……、まだ起きてんのかよ……」


 不意に、同室の部員に声をかけられた。慌ててスマホの画面を消し、布団から顔を出す。


「わ、悪い。……うるさかったか?」

「気色悪い声で笑うなよ。ブツブツ何か言ってるし、寝られねえだろ」

「悪い悪い、つい……」

「で? 何見てたんだよ」

「何って……」

「だーかーら、エロ見てたんだろ? 正直に教えれば、監督には黙っててやるよ」

「そんなの見てないって」

「嘘つけ! いいから見せろ!」


 強引に奪い取られたスマホの画面を、部員が覗き込む。


「なんだ……。駅の写真かよ」


 部員は心底興味なさそうにスマホをマコトへ返し、再び布団に潜り込んだ。


「明日は試合なんだぞ。早く寝ろ」


 そう言い残すと、彼はすぐに規則正しい寝息を立て始めた。

 ホッと胸を撫で下ろしたマコトが、再びスマホを点灯させた、その時。

 通知音とともに、カイトから新しい画像が送られてきた。


「な、なんだこれ!?」


 そこには、こちらに向かって屈託のないピースサインを送るカイトと、その隣で同じくピースサインをして微笑む「片足の老人」が写っていた。

次回更新は6月26日(金)19時更新です。

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