3話 鬼の通り道、花火の慰霊
「おい、何をしている」
「お前こそ、どうしてここに……えーと、カツラ?」
「カズラだ!!」
そこにいたのは、先日の社で因縁のあった神の眷属──カズラだった。ホームの縁に立ち、見下ろしてくる赤い瞳。名前を間違えられたことに、つり目をさらに吊り上げて憤慨している。
カラスのように艶やかな黒髪が、風になびく。そういえばこいつは、体の動きに合わせて髪が生き物のように揺れるのだと、カイトは場違いなことを思い出した。
服装もあの時と同じ、巫女装束を彷彿とさせる白衣に紫の袴を合わせた装いだ。
「質問に答えろ。なぜ君がここにいる」
心底不機嫌そうな態度で詰め寄られ、カイトは反論したい気持ちを抑えて答えた。
「俺が聞きてえよ……。花火大会から帰るために電車に乗ったら、いつの間にかここにいたんだ」
「花火大会だと?」
「そうだよ。何だよ、俺が祭りに行っちゃ悪いのかよ」
ふう、と大仰に肩を落とし、呆れ返るカズラ。その態度がカイトの導火線に火をつけた。
「またテメエの仕業か!? こんなことすんのは……!」
「あん?」
「ふざけんなよ! こっちはいい迷惑なんだ。こう何度も変な空間に閉じ込めやがって! テメエが責任取ってどうにかしやがれ!!」
吠えるカイトに対し、カズラは怒るのを通り越して、憐れむような目をして口を開いた。
「……確かに、君が異界に迷い込みやすくなった原因の一端は、僕にある」
「は!? やっぱりテメエじゃねえか!!」
「最後まで聞け。今、君がここにいるのは、君自身に要因があるんだ」
「あ? どういうことだよ」
「カイト、今の君は肉体も、魂も、意識も──『彼岸』に持っていかれやすい状態にある」
「意味わかんねえよ……」
「……契約を拒んだからだ」
ザワ……と、二人の間を風が吹き抜けた。カズラの黒髪が着物とともに大きく舞う。
カズラはスッと、カイトの前に右手を差し出した。
「ホームに上がれ。一人で登るには高すぎるだろう」
「……何かする気じゃねえだろうな。俺は線路を伝って帰るんだよ!」
「線路を? ほう、なるほどな……」
カズラはカイトの主張に鼻で笑うような反応を見せたが、その瞳は笑っていなかった。
「心配しなくても何もしない。とにかく一度上がれ。君がこの世界に来てしまった本当の理由を教えてやる」
その真剣な表情に押され、カイトは渋々、差し出されたその手を取った。
*
グイッと力強く引っ張り上げられ、カイトはすんなりとホームに登ることができた。華奢に見えるカズラだが、その腕力は予想を遥かに超えており、カイトは思わず面食らう。
見た目こそ自分たちと変わらないが、やはりこいつは「人外」なのだ。八年もの間、自分はこれと「友人ごっこ」をしていたのかと、冷酷な現実を突きつけられたような気分だった。
「それで? 何で俺がここに来ちまったんだよ」
問いかけるが、カズラは答えず踵を返した。そのまま無人駅の隅にある古びた掃除用具入れへ向かうと、扉を開けて中から箒を取り出し、カイトに放り投げてきた。
「なんだよこれ!!」
「見ればわかるだろ、箒だ」
「だから、なんで俺が箒なんて持たなきゃいけねえんだよ!」
「手伝え」
「は?」
「掃除当番なんだ。いいから動け」
「当番!?」
あまりに世俗的な単語が飛び出し、カイトは度肝を抜かれた。
「何を驚いている。形あるものは、すべて手入れを怠れば劣化が進むだろうが」
カズラは至極当然といった顔で、手慣れた様子で箒を動かし始める。
「いや、そうだけどさ……。この駅、管理されてんのかよ」
「当たり前だ。ここは単なる現世と彼岸の境ではない。……『鬼の通り道』だ」
淡々と塵を掃き出すカズラに、カイトは箒を握ったまま疑問をぶつける。
「……鬼? あの、頭に角が生えてるっていう?」
「現世ではそのように伝わっているな。だが元来、『鬼』とは邪気そのものを指す。人間の力では到底抗えない、恐ろしい力の奔流だ。丑寅の方角を不吉として『鬼門』と呼ぶだろう? その力はそこから流れ込んでくる。お前たちが連想する姿形は、それを擬人化したものに過ぎない」
「じゃあ、ここはその『鬼門』の通り道なのか……?」
「一言で言えばな。だから力の流れが滞らないよう、こうして手入れをしているんだ。……さあ、君も手を動かせ。ここに来てしまったということは、何かに迷っていたんだろう?」
図星を突かれ、カイトは大人しく箒を動かし始めた。成績のこと、部活のこと。自分の生きる現実にうまく馴染めない焦燥感があるのは事実だ。
「……けど、俺の悩みとここに来ちまったのと、何の関係があるんだよ」
「言っただろう。今の君は肉体も魂も、意識さえも『彼岸』に引き寄せられやすい状態にある。……それは、一年に一度あの社で八年間、『まつり』をしていたからだ。特に今年は記憶を消さずに現世へ戻った。意図せずとも、君は常に境界のすぐそばに立っているようなものなんだ」
「それだけで!? じゃあ、俺はこれからも、しょっちゅうここに来ちまうってことか!?」
カイトは思わず手を止めた。こんな場所に何度も迷い込むなど、御免被りたい。
「落ち着け。それだけでここに来ることはない」
「じゃあ、なんで今日は……」
「花火大会に行ったと言ったな。お前、花火の由来を知っているか?」
「由来……?」
そういうことは、マコトの方が詳しい。勉強嫌いのカイトには答えが出ず、唸るしかない。
「慰霊だ」
「え……」
咎める様子もなく、カズラは淡々と答えを継いだ。
「花火は盆の迎え火や送り火と同じく、魂を供養する意味合いが強い。つまり、今夜は現世と彼岸の距離が、縮まっている時なんだ」
一呼吸置いて、カズラは説明を続ける。
「花火大会が川辺で開催されるのには、環境的な要因もある。だが、川を渡るという行為は『境界を跨ぐ』ことと同義だ。……カイト、君は会場で川を渡っただろう」
屋台を回る際、橋を渡ったことを思い出す。カズラはその反応を見逃さなかった。
「心当たりがあるようだな。彼岸に引き寄せられやすいお前が、境界の曖昧になっている夜に、自ら川を渡った。だから、ここに迷い込んだ。……そして、君の心に巣食う『負の感情』が、その足取りを決定づけたんだ」
そのまま、箒で塵を払う手を止めることなくカズラは続けた。
「迷う奴はな、悩み、迷いやすい。道に迷う、進路に悩む。それは誰にでもあることだ。だが、そこから抜け出せなくなるほど深く迷うのは良くない。……君は、相当溜め込んでいたようだな?」
「そりゃまあ……受験生、だし……」
成績も部活も中途半端な自分が「受験生」を名乗ることに、微かな気恥ずかしさを感じながら、カイトは吐き出した。
「なるほどな。その澱んだ感情に飲まれて、ここまで引きずり込まれたわけだ」
納得したように呟くカズラ。だがカイトには、どうしても納得いかないことが一つあった。
「それは分かった。……分かったけど、なんで掃除まで俺がやらなきゃいけねえんだよ」
「…………」
カズラが、あからさまに目を逸らした。
「テメエ!! 一人で掃除するのが嫌で俺を巻き込んだな!!」
「うっさいな! 君だって部活サボっただろうが!」
「なんでそれを知ってんだよ!!」
「同じ学校に通ってるんだから当たり前だろ!」
「はあ!? 通ってんの!? なんで!?」
「カンナは『ヒナが生きている』と思っているんだぞ。その認識に矛盾があったら、契約に綻びが出るだろうが」
「いやいや、生徒としてどうやって通ってんだよ! 戸籍とか、いろいろ必要だろ!!」
カズラは不敵に、フッと笑った。
「笑って誤魔化すんじゃねえーーーッ!!」
カイトの絶叫が、異界の無人駅に虚しく響き渡った。
だが、その絶叫は「ドーンッ」という巨大な破裂音によって、唐突に遮られた。
次回は6月12日19時更新です。




