第一章第九話『或る光』
「ねぇ、もっと急げないの!?」
「しょうがねーだろ美美、もともとこいつは二人用なんだ。お前がちっこいからどうにか三人乗れてるだけで……」
「まぁ、火は消されたみたいですしね。そう急がなくても僕と赤虎さんがいれば、放火犯だってきっと捕まるでしょう」
地國の常闇の世界に咲く、夜桜並木の上空を滑る一機の小型艇。通称・オンボロ号は、大切な仲間の姿を探して懸命に機体を走らせていた。
オンボロ号の小さな操縦席には、大柄な体に黒髪を頭頂部で括った男と、彼にしがみつく小柄な女性と、その女性を支えるようにして半ば無理やり乗り込んでいる三人の姿がある。
相模唯一の空賊団の頭領・赤虎と、その子分にあたる美美、そして銀だ。
「放火……なのかしら。あたし、炎が上がる前に大きな爆発音を聞いたの。もし戦争がまた始まったんだとしたら……」
「そのときは、僕たちの商売が潤うだけですよ。大量のジャンク品が天國から落ちてきて、僕たちはそれを軍や傭兵に売って、金を稼ぎながら戦えるんですから」
「銀、おめーは本当に冷静で助かるぜ!だが空気は読めよな!」
ガハハ、と雑に笑いながらも、赤虎の目はけっして仲間の捜索を怠らなかった。桜並木の隙間を縫うように視線を凝らしながら、地上にいるはずの猜とミリアの姿をくまなく探し続けている。
その横顔をお守りのようにして、美美もまた不安をぐっと堪えながら仲間の姿を追おうとした。
「あの子、まだ義肢に体が馴染んでいなかった。あのまま逃げ遅れていたら……もしも天國の兵士が降りてきていたら……」
「仮にそうだとしても、猜がついてんだから大丈夫だろ」
「でも赤虎!ミリアは女の子なのよ。殺されはしなくたって、その……」
「ん?美美さんは『守られるだけのか弱い女ほどダサいものはない』って、僕によく言ってるじゃないですか」
「うっ……そ、そうね。その通りよ」
「そのミリアさん?も、きっと大丈夫です。手足がなくなっても笑っていられるような強い女性なんでしょう?」
銀の冷静な一言に論破された美美は、そのまま視線を下げて黙りこむ。空賊団で最年少のはずの彼は、いつも誰よりも冷静だ。美美がアジトに助けを求めに行った際、真っ先に気がついてくれたのも銀である。
小型艇から見下ろすいつもの街並みが、戦時中と見間違えるほどの混乱の中にある。
延々と続く桜並木の終着点となる南のほうには、火の手が上がった形跡もあった。慣れ親しんだはずの街が荒らされ、消火後の煙が濛々と立ちこめる風景に美美は胸を痛める。
ミリアとファッションショーを楽しんでいたつい先程の時間が、美美にとって今では白昼夢のようにさえ思えるほどだった。
「!!美美、銀、伏せろ!!!」
不意に感じた殺気を感知した赤虎が、小型艇を操縦しながら二人の頭を屈めさせる。
ぐい、と頭を押さえこまれるように伏せた二人が視界の隅に見たものは、〝地面から突然、赤い光の柱が迫り上がってくる〟異常な光景だった。
「なんだァ?新手の爆弾か?」
「赤虎さん、下に人がいます。女性のほうからあの光が……」
「ミリアだわ!!!猜も見える……た、倒れてる?!」
赤虎は高度を一気に下げて、オンボロ号を一本の頽れた桜の横に着陸させた。ふわ、と風が舞い上がって、焦げた桜の甘い香りが漂う。しかし三人が目にした光景は、甘さとはほど遠い死の香りに満ちた光景だった。
ミリアの左腕を突き破るようにして生えた、生き物のように蠢く赤い石。
それは腕にも似た形を形成しながら、赤い光を放ち続けている様子が窺える。明らかに普通の状態ではない。
さらには漫ろな様子で蠢くその〝腕らしきもの〟に顎を掴まれて、軍服を着た銀髪の男が地面に抑えつけられている姿も確認できた。
赤虎だけが、その軍服が天國の特別な地位を示すものだとすぐに理解し、刀に触れながら警戒を強める。
「オイ美美、あれがその……猜が作ったっていう義肢か?馴染んでないとかいう次元じゃねーけど……」
ミリアは、三人の存在にまったく気がついていない様子で男を押さえつけている。赤虎の野暮な物言いを意に介さず、無抵抗の男の首を再び締め上げた。
美美はそれを止めようと駆け寄り、名前を必死に呼ぶ。
「ミリア!!!このままじゃ殺しちゃう!」
「……」
「あたし、美美だよ!わかる?ねぇ、しっかりして!」
何度名を呼んでも、腕を必死に男から剥がそうとしても、ミリアはぴくりとも反応しない。目の照準が定まっておらず、瞳孔が開ききっているような状態に美美は恐怖を覚えた。
言葉を伝えても、必死に想いを伝えても、何一つ受けとってくれない相手。まるで敵のようでさえあり、ミリアという人格とは別のもののように思えるほど異質だ。
猜はそんな二人の背後で、ミリアに守られるようにして伏している。顔色が悪い。命の危機に瀕していることは明らかだ。
一瞬で皆が悟った。ミリアはきっと、彼をこんな目にあわせた男を殺そうとしたのだと。
「どうしよう、赤虎……」
「美美、どいてな」
小柄な美美ではらちが開かないと判断し、赤虎は咄嗟に刀を抜いた。もちろんミリアを傷つけるためではなく、目を覚まさせるために。
切先がミリアの腕らしき石を掠めた結果、彼女はわずかに痛みを感じたらしい。急に我に返ったかのような目つきのままに、ミリアは男から離れた。
「あ……」
「大丈夫かぁ?一週間ぶりだな、ミリア!」
「せ、赤虎……美美も……?」
我に返ると同時に、〝今、自分が人を殺めようとしていた事実〟があまりにも大きくのしかかったのか、ミリアはその場にストンと座り込んでしまった。
銀がそんなミリアを抱える側で、美美は猜の救助を開始する。
「あなたは……?」
「僕は銀、〝日々変わり続けろ〟という意味の名です。赤虎さんの子分として以後お見知り置きを」
赤虎の明るい様子と淡々とした銀の挨拶に拍子抜けして、ミリアは肩の力が抜けたのだろう。男の首を力強く締め上げていたときとは、まったく違う表情をしている。
桜並木の炎は鎮火された。猜もこのまま一命を取り留める可能性が高い。ミリアも平常心を取り戻そうとしている今、事態は収束に向かいつつある。
…とあらば、頭領たる赤虎の役目はただ一つ。
敵の尋問と、仲間を逃す隙を作ることだ。
「さて、そこの天國人さんよ」
「……僕を殺すのか?」
「結論を焦んなってば。オレは赤虎。〝日々強く在れ〟って意味だ。よろしくな」
「……」
表情こそ明るいが、光のない目で赤虎は淡々と自己紹介をする。美美と銀は自らの作業の手を止めずに、黙って彼の声を聞いていた。
「見りゃわかると思うが、オレはそこそこ戦える。後ろの銀って奴も、子供に見えるがまぁまぁ強いぜ。なんてったって、最前線を生き抜いた兵士だからな。おたくら天國人の首をいくつも飛ばして、腑を引き裂いて、死体の山を焼いてきた身だ。まぁ、されたことをお返ししただけだが」
「…………」
「要するにだ、ミリアにもやられてたようなお前に、勝ち目はないってこと!わかったら正直に答えな」
銀髪の男……シンは、初対面にも関わらず、敵というより古い友に語りかけるような赤虎の悠々とした姿に、肩透かしを食らった気分にさせられた。奇妙な男、それがシンから赤虎にたいする第一印象だ。
「まずひとつ目の質問。この桜並木を燃やしたのはお前か?」
「……天穴を無理やり開けるために爆破したところ、地面にまで延焼しただけだ。燃やすつもりはなかった。すまない」
「ふーん……。まぁいいや信じてやろう」
長年空賊の頭領として生き、仲間を守り、街の人々と密な交友を続けてきた赤虎は人を見る目があると自負している。この銀髪の天國人が嘘を言っていないことを直感した、そんな自分自身を彼は信じていた。
「そいじゃふたつ目の質問な。お前、天國人だろ?」
「……あぁ」
「そんでその軍服……お前が一介の軍人じゃない証拠だ。お偉いさんなんだろう?そんなエリートが、終戦後の地國の、しかも相模に何の用がある?」
「……答えられない」
「あ、そう。じゃあいいよ。みっつ目の質問な。なぜ猜は死にかけてる?」
「僕の銃剣から毒を食らった。だがそいつは毒なんかじゃ死なない。ただの足止めだ、明日にはピンピンしてるだろうよ。醜い罪人だ」
「なんか急に饒舌でキモいんだけど……」
猜、という名を出した瞬間に、男の目に怒りと憎しみがこめられるようになったことは明らかだった。
当の本人は、美美の介抱によってやや苦痛が和らいでいる様子。銃剣で刺された箇所から、美美が必死に毒を吸い出したおかげだろう。
オンボロ号に最低限の医療機器を積んでいたことが功を奏した。
一方のミリアも、精神的にも安定しつつあることが伺える。強い光を放っていた、あるはずのない左腕からも徐々に力が抜けている。
もう十分に隙を作ることができたと確信し、赤虎はいよいよ本題に入った。
「んじゃ最後の質問。お前、このままオレに捕まる気はあるか?それとも、逃げたいか?」
「……僕に、選択する権利があると?」
違和感のある質問に、シンは怪訝な顔をして答える。
視界の隅に捉えたミリアが、自分のほうを見ているような気がしていた。
「うーん。仮にお前が天國のお偉いさんなら、オレがここで個人的にどうこうすんのは国際問題になんのよ。目的もわからんし。せっかく戦争が終わったんだ。ここでオレがお前を見逃すことで、平和が守られるならそうしたい」
「……」
「逆にね、オレがお前を見逃した結果とんでもないことになるんなら、オレはお前をここで殺すよ。例えばさ、お前が仲間を連れてまた乗り込んでくるとか、なんらかの目的で戦争を再開したがるとかね。んで、もしそんなつもりならこのまま殺して、そこらへんの桜の木の下に埋めてやるってこと!オレにはどっちがマシかわからんから聞いてるわけよ。お前、お偉いさんだもんな?」
ポリポリと頭を掻きながらニコニコと答える赤虎の姿に、シンは警戒心を強めた。一見気さくで明るく見えるこの男は、あまりにも合理的な思考回路をもっている。そして、仲間の安全と街の平和を何よりも最優先に考えている……おそらくは、シンが現国王であることも察していると推測された。
(もしも僕が正直に、「逃してくれ」なんて言っても……「五体満足で逃すなんて言ってない」と返されるかもしれない。会話が円滑なことと、話が通じることは別だ)
シンは冷静にそう分析し、第三の選択肢を提示した。
即決。即断。即行動。天國人は、戦いの中でそう行動するように作られている。
「答えはどれも〝否〟だ」
「うぇ?!!」
懐から閃光弾を取り出すと、シンはすぐさま前方へと投げつける。目の前にいた赤虎は咄嗟に後方へと下がり、仲間たちに覆い被さるようにして地面に倒れ込んだ。
暗闇の中で生活している地國人は天國人よりも目が弱く、太陽のような強い光を苦手としている。
そして天國人はその習性を利用して、戦時中に対・地國人専用の強力な閃光弾を大量に生産した。地國人の目を潰して、白兵戦を有利に進めるためだ。
戦時中ならゴーグルで対策されてしまうところだったが、終戦後の今は効果覿面。剣術に長けていようと、戦闘能力が高かろうと、目を塞がれてしまってはどうしようもないのだろう。
隙をついて、シンは天穴のほうへと全速力で駆け出す。王が自ら単身地國に乗り込んだと聞いて、今頃きっと上は大騒ぎのはずだ。
おそらく天穴の周辺では厳戒態勢が敷かれ、彼の身を案じた軍部の者たちが転移装置を準備している可能性が高い。彼らに梯子を下ろしてさえもらえれば、一瞬で国に帰ることができるかもしれない。
だが……
(ミリア……)
胸を締めつけられるような感覚におそわれて、彼は後ろを振り返ってしまった。
赤虎、猜、銀、美美の四人のそばに倒れ込んでいるミリアが、遠ざかるシンの背中を目で追っている。
まるで遠くの空を飛ぶ鳥でも見ているかのように、ミリアがぼーっと虚ろな眼差しでシンを見つめるその姿が、穏やかな春の或る日、彼が見ていた寝姿にも似ていた。
もう戻れない、穏やかで優しい光の中の記憶。シンとミリアが、心を通わせたときの懐かしい思い出だ。
(悔しいが、そこの罪人……猜は、君を守ろうとしていた。それだけは認めよう。ミリアの命を、しばらくはお前に預けてやる)
(だからミリア……どうか、生きていてくれ。必ずまた、迎えに来るよ)




