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第一章第十話『出立前夜』

挿絵(By みてみん)

「では、状況を整理しましょうか」


 薄暗いアジトに灯るオイルランプが、負傷した面々の疲れた表情を照らしている。しろがねは彼らの顔を一人一人確認するようにして、髪をくるくるといじりつつ朗らかな声を発した。


美美みみさんがアジトに助けを求めにきたのは、ちょうど赤虎せきとらさんにミリアさんの話を聞いていたときでした。〝手足のない巨乳の美人が空から落ちてきて、さいさんが彼女を工房に連れ込んだ。何やら怪しい手術をずっとしている〟とのことで……」

「待て待て、語弊がある」

「猜さんは静かにしてくださいね。まだ毒が抜けきっていないでしょう」

「……」


 にこりと微笑む銀の表情が、猜は以前から少し苦手だった。彼は子供らしからぬ子供だけが持つ、毒のある正義を塗りたくったような顔つきをしている。


 赤虎が幼い銀を拾ってきた当時と今を比べると、猜にとって、ずいぶん銀は大人になったような感覚があった。彼がここ数日アジトを留守にしていたのも、いつしか一人でジャンク狩りに出掛けては、アジトの資金になりそうなものを集められるほど立派に成長したからだ。


 昔のことを思い出そうとするたびに、猜はどうにも眼帯の下の左目が痛んでならない。とくにあの男に刺されて毒が回ってからは、脳にずっとモヤがかかったような不快感に襲われていた。

 ミリアはそんな猜の隣にピッタリと寄り添って、心配そうに彼の横顔を見つめている。


「では、話を続けます。ミリアさん、体は大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。ありがとう、銀くん」


 赤い鉱石のような、正体不明の生き物のような、艶かしくも恐ろしい雰囲気を纏っていたはずのミリアの左腕。それはいつしか、まるで〝もともとそこに生えていたかのような、ごく自然な形の左腕〟を再生していた。


 お世辞にも美しいとは言い難かった、グロテスクな左腕は見る影もない。成人男性の首を片手で締め上げていたとは思えないほどの「普通」の状態へと変化して、ミリアの左半身に収まっていた。

 本人は女性として思うところがあるのだろう、ギプスの包帯をそのまま腕に巻きつけて、まるで新しく生えた腕を隠そうとしているようだった。


「えぇと……その後地下工房でのミリアさんの手術が終わって、地上に出てきた直後の爆発だったと。美美さんは天國あまつくにとの戦争再開の可能性をふまえ、アジトに助けを求めにきた。僕が鉢合わせたのはこのタイミングですね」

「おぅ。美美が赤ん坊みたいな顔して半泣きで『桜並木が爆撃されてるのよぉおお〜』なんて言うもんだからよ。オレはてっきり、どこかのガキがロケット花火でもやってんのかと思ったぜ」

「赤虎さん、茶化さないでくださいね」


 赤虎は大きな声で笑いながら、アジト内で唯一の上等なソファにドカっと腰を下ろしている。

 深いワインレッドの色をした革張りのソファは、戦時中に天國から落ちてきたとおぼしきジャンク品だ。それはまだ若かった頃の赤虎が、空賊業に生活の手段を見出したきっかけの逸品でもある。

 〝このソファだけはどんなに金がなくとも絶対に売らない、オレの覚悟の証だ〟と言いながらも、金銭苦に喘いだ結果何度も手放しかけたのはまた別の話。


「まぁそんなわけで、オレたちは猜とミリアを助けるためにオンボロ号に乗り込んだ」

「空中からは火の出所がよく見えたわ。相模の上空にある唯一の天穴てんけつ……終戦で塞がれたはずの爆撃ルートが出火元ね。火の粉や燃え滓が落ちてきた結果、相模が火事になったってところかしら」


 赤虎の隣で忙しなく手を動かしながら美美が答えた。

 各々が自由な時間を過ごせるアジト内においても、美美はつねにどこかを掃除したり、皆の食事を調達したり、ときにはジャンク品を買いに来た客の対応をしていた。空賊団の良心、といっても過言ではない。


 戦いの手段を持たない美美にとって、それは空賊団に自分の居場所を作るための努力そのものでもある。今この場に至っては、負傷した猜やミリア、体を張った赤虎やファシリテーターの銀に合わせて、自分も何かしたいという想いに駆られていることの表れでもあった。


「あぁ……ミリアさんには記憶がないということで、一応ご説明しますね。天穴というのは、天國人が地國ちのくにに爆弾を放り投げたり、地上戦のために兵士を送り込んだりするために作られた穴です。地國の大地を覆うようにして天國の大地は空を漂っていますから、こういった穴をわざわざ作ってまでルートを確保して、彼らは空襲やらなんやらをしていたんですよ」

「……ひどい……」

「まぁ、戦いというのはそういうものです。僕たち地國人も、たくさんの天國人を殺しましたからね。もちろん、これは天國出身であろうミリアさんへの嫌味でもありません。僕たちは皆、あくまでも戦争に巻き込まれた側の人間でしょう」


 銀は相変わらずの笑顔でそう語る。ミリアは自身が天國人であることへの負い目と、傷ついた地國人を思う胸の痛みとで、複雑な表情を浮かべていた。


「天國人といえば……猜さん、あなたを銃剣で刺した男は何者だったんでしょうか?ミリアさんにシメられてすごすご逃げ帰ったようですが」

「言い方」


 銀の容赦ない物言いに、猜は思わずツッコミを入れる。しかしその心の中は、ドロドロとした感情でいっぱいだった。


「そうだな……あの天國人の男は、俺の過去を知っているようだった。お前らにさえ言ってない、俺自身も忘れているような過去の話だ。お前らを信用していないわけじゃない。空賊団は、俺にとって家族そのものだ。だが俺自身がわからないことについては、何も言いようがない。すまない」

「猜、あの人は……」

「大丈夫だ、ミリア。俺が説明する」

「え?」


 ミリアは忘れていない。

 あの男がミリアにたいして、〝僕の妻になるはずだった女性〟と称したことを。

 おそらく彼が地國にやってきた理由の大半はそれに関係しているのだろう。しかし彼がそう口にしたとき、毒を食らった猜自身は地に伏して倒れていたはずだ。


 それでもミリアには、猜の視線と目配せがこう言っているように感じていた。〝黙っていたほうがいい〟と。

 ミリアがこの地國で誰よりも信じる猜のまなざしが、〝言うな〟と伝えているように思えたのだ。

 猜はそのまま話を続ける。ミリアは静かに聞くことにした。


「あいつが天國人であることは間違いない。俺の過去を知っている天國の軍人が〝なんらかの理由〟でミリアを攫いに来た、という状況だろうな。ただあいつは……地國を襲うことや、戦争の再開が目的ではなさそうだった」

「なぁオレが答えてもいいか?」

「なんだよ赤虎」

「あの男、天國のトップだぜ。名前は忘れたが、終戦のとき和平条約締結のために来国したのはあいつだ。要は王様だよ!王様!」


 淡々と話を続ける猜の声を遮って、赤虎があっけらかんと言い放つ。軽々とした赤虎の様子に、銀はため息をつきながら補足を入れた。

 思いがけないところから事実を言い当てられたことに、ミリアは思わず動揺する。〝この赤虎という男は、本当にただの空賊の親玉なのだろうか〟という疑念が湧いた。


「まぁ……赤虎さんが時間稼ぎに尋問してくれているのはわかってましたよ。彼をどうこうしたら国際問題になる、と言っていたところでピンときました。でもどうして、彼の正体がわかったんです?彼は僕たちに名乗りもしなかったし、勲章の類も何もつけていなかった」

「……まぁ、色々」

「赤虎さんは、秘密が多いですから仕方ありませんね」

「それは皆そうじゃねーの?家族だって、なんだって、誰にでも秘密くらいあるさ」

「赤虎……」


 美美は不安な表情を浮かべながらも、ランプに照らされた薄暗いアジトを見回すようにして、全員の顔を確かめながらこう言った。明るくも、何かを決意したような声色で。


「皆……大丈夫よ。ミリアだって、あたしたちにとっては過去も何もわからない存在だけど、それでもあたしはもう大切に思っているもの。人の信頼は簡単に揺らぐものだけど、少なくともあたしたちの絆は簡単に消えたりしない。また何かピンチが起きたときには、皆で助け合いましょう。せっかく平和が訪れたんだから」

「美美……お前はいい女だなぁ」


 赤虎は笑いながら満足げに一杯の酒を煽る。古い革張りのソファがギシと鳴って、打ちっぱなしのアジトに響いた。美美は少し顔を赤くすると、ふいとそっぽを向いて再び掃除を始めた。


「ではまとめます。僕たちは引き続き、相模の街を見守りながら空賊業に勤しむ。天國の王がわざわざこんなところにやってきたことについては、きちんと然るべき機関に報告しましょう。自警団……いえ、老中に届くように、御所への連絡を視野に入れたほうがいいでしょうね」


 銀は手元の書類に目を通しながらそう言った。

 老中の許可を得て特別に空賊業をしている彼らにとって、その書類は連絡網のような役割を果たす重要な一枚。書面に記された暗号や連絡手段を用いて、空賊は老中に活動の定期報告をしているのだ。


「銀、待ってくれ」


 猜が挙手する。皆が彼に注目する側で、ミリアだけが彼の顔を見られずにいた。


「俺から一つ提案だ。実は……ミリアを京都に連れて行こうと思っている。訳ありでな。今回の件を梅処ばいしょや老中に報告するなら、そのとき彼らに俺から直接話をさせてほしい」

「京都??!遠いわね。電報じゃダメなの?」

「……すまない美美。どうしても、俺とミリアで京都に行く必要がある。悪いが理由は言えない。実はこの襲撃がある前から、ミリアにはもう話していたことだ」


 暗い表情で俯くミリアと、何かを決意したような猜の右目に赤虎は察するものがあったようだ。そのまま彼は、スムーズに助け舟を出すことにした。


「オレはいいと思うぜ。こういう言い方はアレかもしれんが、その手足を見りゃもうミリアが訳ありの存在だってのはわかる。猜……お前がミリアに自ら義肢を作ったのも、特別な事情を察したからだろう。俺はいちいち詮索しないよ。お前が、お前のいいと思うやり方で、ミリアのためになることをやればいいさ。俺はそれを、頭領として支えるだけだ」

「ありがとう、赤虎」

「……だが一つ言わせてもらうと、オレから見たミリアは京都行きに乗り気じゃねぇように見える」

「……」

「おたくらが直接御所に行くこと自体には賛成だ。天國の国王が出てきてる時点で、もう一介の空賊団に手に負えない事態が起きているんだろうしな。だが、行く前に二人でもっとゆっくり話せ。全部それからだ」

「……そうですね、僕もそれがいいと思いますよ。ミリアさんは、猜さんに言いたいことがあるみたいですし」

「だな!……そいじゃぁ銀、美美、朝飲みに行くぞ!勝利の祝杯だ。邪魔者は退散しようぜ」

「バカじゃないの!?」


 赤虎はグラスを持ったままソファから立ち上がると、銀の肩を組んでアジトの外へと出ていった。その後をちょこちょこ追いながら、美美は小さな体を走らせる。

 彼女は心配そうに二人の顔を一瞥すると、アジトの重い鉄扉を開けて出ていった。


 途端に静まり返るアジトの空気感に、猜は耐えかねて口をひらく。静かだ。


「……もう、外は朝みたいだな。地國は暗いからわかりにくいだろう」


 三人がアジトから離れ街のほうへ消えたのを確認すると、猜は優しくミリアに話しかけた。〝正直気まずい〟というのが本音のようだが、悟らせないようになるべく穏やかな表情を作っている。

 ミリアはそんな猜の表情を目にした瞬間、緊張の糸が解けたかのように微笑んだ。


「ねぇ、猜。倒れてるときにあの男が言ったこと、聞こえてたんでしょ?」


 猜は思わずドキッとさせられる。ミリアの意外な勘の良さと、優美な笑顔に心を動かされたのだ。


「あぁ。……意識が朦朧としている中でも、ミリアとあの男の声が頭に流れ込んでくるような感覚があったんだ。もしあの言葉が本当なら、君は……」

「……赤虎たちには、知られないほうがいいと思って黙っててくれたんだね。わたしがノングラであることを、隠しているのと同じように」

「ミリア……」

「あの男……シンという人。あの王様は自分で〝死ぬ前のわたし〟の結婚相手だと言っていた。でもそれって、本当なのかな?わたし、記憶も何もないのに変だよね。急に現れて、気持ち悪い」


 薄暗いアジトの中は、二人きりになるととても広い空間のように感じられた。

 ジャンクまみれの伽藍堂の中で、ミリアは猜に寄り添いながらもたれかかる。ランプに照らされた二人の顔が、ラトゥールの絵画のように優しく赤らんでいた。


「猜……わたし、手足を作ってもらっているときからずっと、京都には行きたくないって思ってた」

「知ってるよ……そりゃ、知らない場所に行くのは不安だろう。大丈夫だよ、俺がついてるから」

「でも猜は、京都で魔女様にわたしを引き渡して、そのままお別れになるかもしれないとも言ったよね」

「……まぁ、その可能性はある」


 ミリアはもたれかかっていた頭を起こすと、思いっきり顔を寄せて、額と額を触れ合わせるようにぐいと近づいた。


「絶対に嫌なの。わたし、猜と離れたくない。京都に行きたくないんじゃないの。猜と、離れたくないの」


 そして力強く、ミリアは猜の目を見つめながら言い放つ。


「ずっと、わたしのそばにいて」


 今にも唇が触れそうな距離感で、ミリアが喋るたびに吐息がかかる。

 死者とは思えぬほどの優しく清純な風が、猜の前髪をかすかに揺らした。


「あの日、記憶も手足も、命さえも何もなくなったわたしを助けてくれたあなたは、わたしにとっての神様。大切で、大好きな人……」


 ミリアはそのまま、猜にキスをしようとする。猜は慌てて顔を引いた。


「ちょ、ちょっと待て」

「ごめんなさい、猜。嫌だった?」

「なぁ、急にどうしたんだ?俺にそんなこと言うなんて、どうかしてる」


 ミリアの大きな瞳は、ただまっすぐに猜だけを映している。

 猜は瞳に映る自分の顔が、思った以上に赤くなっていることに気がついた。

 だがミリアは、動揺中の猜に畳み掛けるかのように自分の気持ちを吐露し始めている。そんなミリア自身の顔が赤いことも、薄暗いアジトの中で猜には気がつけないことだった。


「本当は黙っているつもりだったけど、さっき襲われたときに思ったの。人はいつ、何で死んでしまうかわからないんだって。仮に死んでなくても、記憶がなくなってしまうことだってある。大好きな人のことだって、いつ忘れてしまうかもわからない。自分が元気でいられても、相手が死んでしまうかもしれない」

「まぁ……そうだな」

「だから……言わなきゃいけないことは、言うべき人に、言えるときに言わなきゃいけないって思ったの」


 もしも今空気がわずかに振動したら、それだけで唇が触れてしまいそうなほどの距離にお互いの顔がある。猜は冷静にミリアを制して、頭をかいた。 


「……でも、キスはダメだよ」

「……そう?大切で、好きな人にするものじゃないの?」

「あのな……地國では、そういうことは恋人にやるもんなんだ」

「ふふ、天國レグノム……ううん、天國あまつくにでもそうだよ。確かにわたしは猜の恋人ではないけど……こんな気持ち、初めての体験なの。これは恋じゃないの?猜は、わたしが好きじゃない?」


 猜は急いで咳払いをし、平静を装うために全力を注ぐ。あくまでも、なんともない風を装った。ミリアはわざと、猜の動揺を誘おうと意味深な言葉を投げかけている様子だ。


「好きとか嫌いとかの話じゃ……あのなミリア、俺を試しても意味はない」

「試してない……猜が、好き」


(これは、まずい。意識せざるをえなくなる)


 猜は手足のないミリアに初めて話しかけたときと同じように、なるべく落ち着いて言葉を発することにした。


「あのな……今のミリアはカルガモの子供と同じなんだ。地國で最初に助けた俺という人間に抱いた信頼を、恋愛感情と勘違いしているだけだよ。〝刷り込み効果〟ってやつ」

「……そう……かしら?カルガモって、昔いたっていう水鳥よね?カルガモは親子でもキスしたくなる鳥なの?」

「……た、例えが悪かったかもな。あと、カルガモはまだ絶滅していない。とにかく……女から男にキスなんて、簡単にするもんじゃないぜ。二度目の生を後悔しなくて済むように、俺はミリアに自分を大事にしてほしいと思ってる」

「……猜のばか」


 記憶の欠落はところどころあれど、猜も年相応に恋愛経験はある。

 ノングラとしても、そうなる前にも、女を抱いたことだって、大切に想う誰かと添い遂げる未来を夢見たことだってあったはずだ。


 だが、特別な感情を誰かにぶつけた経験などとうに昔の話。生前の話、と言い換えてもいいだろう。

 ノングラとして、〝猜〟として二度目の生を密やかに生きる今は、自分が女と特別な関係になるなんていっさい考えていなかった。ミリアはまだ、猜が彼女と同じノングラであることを知らない。


 ミリアは下を向いて俯いたまま、濁り水に住む魚でも見るかのような表情を浮かべている。猜の言葉に納得がいかないのだろう。そのまま不意に、左腕に雑に巻かれた包帯をほどき始める。


「ミリア、何してる?」

「見て」


 露わになった左腕の肌には、ところどころに赤い宝石のようなものが露出していた。

 まるで、皮膚の下に大きな石が埋まっていて、それが肌で覆われているような状態に見える。心臓の代わりに埋め込まれた宝玉に、状態としてはよく似ていたが……。


「……これは……」

「わたしの、心臓の宝玉に似てるでしょう。でも色が少し違う。形もね。わかったの、わたし。多分この左腕の中には、新しい宝玉が生まれたんだと思う」

「バカな。……一つの体に、二つの宝玉を宿すノングラなんてありうるのか?」

「わからない。でもあの男に抱きしめられた瞬間に、左腕がおかしくなって……うまく言えないけれど、〝腕が生えたっていうよりは、左肩に生まれた新しい宝玉が腕になってくれた〟って感じなの」

「……」


 ミリアは自分の歪な左腕を見つめながら、一つ一つの言葉を自分で噛みしめている様子だ。短期間のうちに目まぐるしく起こる体の変化を、懸命に受け入れようとしているようにも見えた。


「わたしだってこんな体がおかしいことはよくわかってる。京都に行って、わたしの存在をどうすべきか偉い人に考えてもらわなきゃいけないことも」

「……」

「だからね、猜。せめて京都に着くまでは、ずっとわたしの側にいてくれる?ううん……側にいさせて。大好きなあなたの隣にいることが、二度目の生で今、わたしが心から望んでいることだから」

「……ミリア。わかった。側にいる」


 ふふ、と微笑むミリアの笑顔は、河原で初めて出会ったときのそれよりも優しく穏やかだった。


「ねぇ……猜、守ってくれてありがとう。あのときわたしを、助けてくれてありがとう。この左腕で、これからはわたしが猜を守るからね。なんてったって、天國人の王様をシメた特別な腕なんだもの!」


 屈託なく笑い楽しそうな声でそう言ったミリアを、猜は黙って抱きしめた。

 そうしたい気持ちになったのだ。

 それが恋とか愛とか、ミリアの求める感情なのかは彼自身にもわかっていない。ただ、目の前で微笑む女性のことを守りたいと、心からそう思えたことは確かだった。


 ミリアは〝そういうところ!〟と小さく囁いてまた笑っている。鉄扉の外からは、真っ暗な朝を迎えた街の喧騒が聞こえてくる。新しい一日の始まりを思い、二人は手を繋いだまま外に出た。


 〝側にいる〟……その約束を果たすための、最初で最後の旅が始まろうとしている。

 二度目の生を送るふたりの死者が育む愛を、見守る朝日はどこにもなかった。






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