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第四章-1

 薄暗がりの中を、息を切らして少女が走っている。

 否。少女というより幼女と呼んだほうがいい年齢だろう。彼女の年齢は二桁に届いていないに違いない。

 幼女は、はぁはぁと荒い息を吐きながら分岐を適当な方向に曲がる。もう息が苦しくて走れそうになかったが、立ち止まるわけにはいかなかった。壁に手を突きながら、ほとんど歩くのと変わらない速度で走る。

「また分岐か。二手に分かれろ――」

 後方のさほど遠くない場所から声が響いてきた。複数の足音もだ。そちらの方角がうっすらと明るい。本来暗闇であるはずのこの地下下水道でおぼろげにでも周りが見えるのは、皮肉なことにその追っ手の持つ灯りのおかげだった。

 追っ手が近付いていることに恐怖し、幼女はまた駆け出そうとする。しかし、体力の限界にきていたその足がもつれて派手に転倒してしまった。ビタンッといっそコミカルにも思える大きな音が下水道内に反響する。

「――今、なにか音がしたぞ。どっちだ?」

 後方からのその声に、幼女は転んだそのままの姿勢で、ぎゅっと目を閉じて身を硬くした。もう見付かるのは時間の問題だ。そう思って全てを諦めかける。

 だがそのとき、先ほどの分岐で彼女が選ばなかったほうの先の暗闇からチャポッチャポンッという水音が上がった。

「こっちだ」

 追っ手たちはその水音のほうへ走って行く。彼らの身に着けた防具や装備類がガチャガチャと鳴った。次第にその足音と騒音が遠ざかっていく。

 なにが起こったのか解らないが、とりあえず助かったらしい。それを理解した幼女は立ち上がると、再び壁に手を突きながら当て所もなくただ前へと進み始めた。

「危ねぇ危ねぇ。せっかく檻の鍵を開けてやったんだ。逃げ切ってくれよ、仔兎ちゃん」

 暗闇の中で少年は呟いて、右手の中の小石をもてあそぶ。先ほどの水音はこの小石が投げられて水面に落ちた音だろう。

 彼の存在は幼女にもその追っ手にも気付かれていなかったが、不可視結界を展開しているわけではないのは小石が遠くに投げられたことからも明らかだった。なんらかの別の手段でその存在を隠蔽しているようだ。その姿は薄暗がりに紛れて全く見えない。

「鍵開けたのはあたしじゃん。あんたが威張るな」

 彼の背後から少女の声がする。

「あと、独り言とかキモイし。なにが、仔兎ちゃん、だよ」

 奇妙なことに、全く同じ声が少しずれた位置からも聞こえてきた。

「うるせぇな。こういうときはそういう台詞を呟くもんだろうが。――もう少し、後を()けるぞ」

「はいはい」

 少年の指示に、同じ少女の声がステレオで返される。彼らは幼女の後を追って移動を開始した。先ほどの追っ手のような騒音は立てない。静かに、十分な距離を置いて、万が一にも気付かれないように後を()ける。

 追っ手が離れたことで光源がなくなり暗闇となった地下下水道を、幼女は壁に手を突きながら一心不乱に歩いた。その歩みは疲労と前が見えない恐怖とで、先ほどまでに比べて随分遅くなっている。

 そうして暫く歩いていくと、その壁に突いた手がなにかパイプのようなものに触れた。幼女は手探りでその形を確認する。どうやら壁面に取り付けられた金属製の梯子のようだった。つまりこの上には地上への出口があるのだろう。幼女はもう暗闇には耐えられなくなったのか、その梯子を慎重に一段ずつ上り始めた。

「じゃあな、仔兎ちゃん。いい人に拾われろよ。――辺境警備隊がベストだが、そんな偶然はありえねぇか……。まぁ、この星の官憲にでも保護されれば、そのうち情報も届くだろ」

「だから、独り言キモイし」

「うん。キモイキモイ」

 少年の呟きに、彼の後ろで二人の少女が頷き合う。少年は振り返った。

「だから、うるせぇっての。――適当に時間潰してから帰るぞ」

「はいはい」

 同じ少女の声がステレオで返される。姿の見えない三人は、そのまま地下の暗闇の中に消えていった。

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