第三章-3
夕食の食卓には彩りも鮮やかな料理が並んでいた。
「さぁ、ダーリン。待望の愛妻の初手料理よ。たくさん食べてね」
アッシュの隣に座ったジゼルが上機嫌で料理を勧める。ちなみに、泥棒猫疑惑を掛けられたカテジナはアッシュから一番遠い席に追いやられていた。だがつまりそれは、テーブルを挟んでアッシュの正面になる一番顔がよく見える席ということだ。ジゼルはそのことに気付いていないらしい。
ジゼルの言葉に、アッシュはほとんど反射で突っ込む。
「あ、ああ。ていうか、ダーリンって言うの止めろ」
意外なことに、それらの料理は見た目は悪くないようだ。なかなか食欲をそそる匂いもしている。
(そうだよな。見るからに魔女の鍋みたいな料理とか、ましてや料理が爆発するとか、マンガだけの話だよな)
アッシュは少し安心した。完全に機嫌が直ったらしいジゼルが楽しげに言う。
「ちょっと火加減間違えてオーブンが爆発するところだったけど無事だったし」
「するのかよ!?」
「なにが?」
思わず突っ込むアッシュに、ジゼルが不思議そうな顔を向けた。だが、すぐに気を取り直したように料理を示す。
「それより、この料理はこの星の特産品とあたしの故郷の料理をコラボしてみたの。さ、食べて食べて」
「そ、そうか……」
否。やはり嫌な予感がした。そういう余計なことをするとろくなことにならないと相場が決まっている。
アッシュは食卓を見回してみた。この惑星リューガの主食は米らしく、自分の国でも見慣れたようなご飯が茶碗に山盛りに盛られている。これは普通に炊飯器を使ったのだろう。失敗するほうが難しい。大きさは違えど刃物を使うのは慣れているのか、綺麗にカットされた野菜が盛り付けられたサラダも掛けられたドレッシングが市販のものなら問題なさそうだ。アッシュは様々な食材が具沢山に入った緑色のスープを指して聞いてみる。
「これは、どういう料理だ?」
「いろんな野菜と塩漬けのお肉なんかを煮込んだフトロ・ジルコーっていう料理よ。あたしの故郷では一般的な家庭料理なの」
「これが!?」
ジゼルの答に、珍しいことにマークが大きな驚きの声を上げた。ジゼルが不満そうな目を向ける。
「なによ?」
「い、いえ。僕の知っているのとは少し違っていたもので。失礼しました」
マークが取り繕うようにぎこちなく頭を下げた。アッシュは、ジゼルとは逆隣の彼に小声で聞いてみる。
「どのへんが違うんだ?」
「――まず、スープはこんな色をしていません。普通は澄んだブラウンです。それから、キノコや魚の切り身などの普通のものには入っているのを見たことがないような食材がいくつか見当たりますね。それにこのキノコ自体、あまり見慣れないもので――」
「待て、もういい。それ以上聞くと、食べる勇気がなくなりそうだ」
普通のものとの相違点を説明するマークをアッシュが止めた。その密やかな会話を聞きとがめてジゼルが頬を膨らませる。
「聞こえてるわよ。もう! マークは細かいのよ。小姑みたい! ――あれ? これって、結婚後の予行演習?」
なにやら勝手に機嫌が直るジゼル。
「――いただきます」
アッシュは意を決して、竹のような材質の匙でその緑色のスープと微妙に警戒心を煽る赤紫色のキノコ、白身の魚らしき切り身を掬い、口に入れた。
「ん?」
少し香辛料が効き過ぎて舌を刺激するが、食べられないほどまずいということはない。具材もきちんと火が通っていて柔らかかった。固唾を飲んで見守っているジゼルを除いた一同を見回すと、一人余裕顔のクラリッサがウィンクしてくる。どうやら火の番をしにジゼルと入れ替わりでキッチンに入ったときに味見をして味を調えておいてくれたようだ。
(さすが姉御! そこに痺れる憧れるぅ!)
アッシュは心の中で彼女に感謝のエールを送っておいた。わくわくした顔でジゼルが聞いてくる。
「どう?」
恋愛シミュレーションゲームでは、明らかにまずくても無理して、おいしいよ、と言うのが定番の選択肢だな、などという考えが頭を過ぎった。アッシュは一瞬迷ったが、この後本人も食べるのだ。変に褒め過ぎるのもよくない。
「初めてでこれなら、まぁ、上出来なんじゃねぇか?」
「なんか、微妙な評価ね……」
ジゼルは少し不満そうだが、それは贅沢というものだろう。
「ま、いいわ。皆も見てないで、冷めないうちに食べて」
ジゼルの言葉に、一同はそれぞれ食前の挨拶をしたり、食前の祈りを捧げたりして食事を始めた。ジゼルも自分でもスープを口に運んで、
「やだ。ちょっと辛い」
などと言っている。味見しろよ、と心の中で突っ込んだ。
「で、こっちは?」
テーブルの真ん中にドーンと鎮座している、大皿に乗った体長八十センチメートルくらいありそうな黒々とした太った鰹を焼いたような料理を指して聞いてみる。ジゼルが嬉しそうに答えた。
「それは自信作よ。今朝この近海で獲れたばかりのトトロモっていう魚に香草を詰めてオーブンで照り焼きにしたの。あたしの故郷では鳥を一羽丸ごとこうやって料理するんだけど、この辺りでは魚が特産だからアレンジしてみました」
「ふーん」
新鮮な魚なら単純に塩焼きするだけでも美味いのに、と思いながら、ジゼルが取り分けてくれたその焼き魚の身を口に運ぶ。変に凝ったことをやりたがるのは初心者が陥りがちな罠だろう。
「っ!?」
苦い。おそらく香草の詰め込み過ぎだ。しかも、火力が強過ぎたのか、表面からかなりの深度まで炭化していた。黒いのは魚の体色ではなかったようだ。香草と焦げのハーモニーのおかげで、魚本来の味など全く判らない。先ほどのスープが意外と食べられたので油断した。なんとか咀嚼して飲み込む。思わずクラリッサに視線を向けると、目を閉じて首を振っていた。こちらは味の調整が不可能だったようだ。
(姉御ー! あんたにはがっかりだ!)
アッシュは心の中で彼女に理不尽な怒りをぶつけておいた。わくわくした顔でジゼルが聞いてくる。
「どう? どう?」
「……十点」
「えー? やだもう、褒め過ぎよー」
ジゼルが両手を頬に当てて身をくねらせた。どうやら十点満点と勘違いしているらしい。勿論、アッシュが言ったのは百点満点での評価だ。
そんな風にして、和やかに食事が進む。食卓にはジゼルの実家から送られてきたというワインも用意されていた。先日エリカから聞いた話が本当なら、それは結構高級なワインなのではないだろうか。アッシュも一杯貰ってみる。
「エリカから聞いたぜ? おまえの家って、有名なワイナリーらしいじゃん。このワインも高いんじゃないのか?」
「これはそれほどでもないわよ。ていうか、むしろ半端な余り物ね。そういうお高いのはお金持ちのところに回っちゃって、娘のところに送ってきてくれるほど余らないわ」
ジゼルは相変わらず、くぴくぴと結構なペースで飲んでいる。先日の豪華客船でのパーティのときに自称していた通り、アルコールには強いらしい。それにしても、やはりジゼルには自分の家も金持ちだという自覚はないようだ。
「そうですね。頂いている身で言うのもなんですが、それほど高いものだったらこう気軽には飲めませんよ」
マークもジゼルの台詞に同意する。彼とクラリッサの前にもワイングラスが置いてあるが、クォンとカテジナの前に置いてあるのはミネラルウォーターのグラスだった。カテジナはさすがにまだアルコールが飲める年齢ではないのだろう。クォンは連邦の法では年齢的には問題ないはずなので下戸なのかもしれない。
「まぁ、そういうもんか」
相槌を打って、そのワインを一口飲んでみる。しかし、正直あまり酒の味は解らない。
ふと思い付いて、食事中の雑談ついでに少し情報収集を図ってみることにした。
「そういえばさ、この前の海賊退治のとき、任地を留守にしたろ? この星ではなにもなかったか?」
「ええ、特に何事も。そちらはたいへんだったようですね」
マークが答える。さすが、大隊内の他の小隊の仕事もチェックしているようだ。
「アッシュの星、なにかあったの?」
マークの上官であるはずのジゼルが聞いてきた。マークが嘆息する。
「小隊長。報告書くらいはちゃんと読んで下さい」
「だって、忙しかったんだもん」
ジゼルは言い訳するが、その忙しかった理由はアッシュの星に行く準備の為だろう。褒められたものではない。
「密入星者が三人も入り込んでたんだよ。全部捕まえるのに、星中飛び回って丸一日掛かったんだぜ?」
「ふーん。たいへんだったのねー」
アッシュが簡単に説明してやると、ジゼルは完全に他人事の口調で暢気な感想を漏らした。アッシュは呟くように独白する。
「そうか……。他の星にも来てたんなら、なんか共通点でも見付かるかと思ったんだけどな。うちの星だけか」
しかし考えてみれば、このくらいのことは既にエリカも調査済みだろう。たかが民間協力員の自分が気を回すことでもないのかもしれない。そう考え直し、今度は自分の興味を優先した質問をしてみる。
「ところで、話は全然変わるんだけどさ、この第七小隊で一番低い階級ってカテジナの兵長だろ? 俺は軍隊のことなんて詳しくないんだけど、その下にも一等兵とか二等兵とかいるんだよな? 全然見掛けないけど、そういうもんなのか?」
アッシュの協力する第八小隊の小隊長以下のメンバーは、アリーセ=フィアリス軍曹にサーニャ=ストラビニスカヤ伍長だ。いずれも兵卒より上の下士官だった。マークが少し思案するような顔をしてから確認してくる。
「それにお答えするには、この辺境警備隊の特殊性をご説明しなければなりませんね。少し長くなりますけど、いいですか?」
「ああ、構わないよ。ていうか、興味があるな。聞きたい」
アッシュはそう応じた。では、と前置きしてからマークが話し始める。
「アッシュは以前本星の陸軍本部へ行かれたそうですが、そのとき首星防衛隊の小隊を見掛けませんでしたか?」
「ああ、見たけど」
彼らの連邦の首都セレストでテロ事件に巻き込まれた際に、エリカやジゼルと士官学校で同期だったというアマーリア=ウィルナー=クァトロロッソ=ロスロレンツィ少尉率いる首星防衛隊の小隊と共闘したことを思い出して、簡単に返事をした。
「なにか気付いたことはありませんか?」
「ん? ――そういえば、人数が随分多かったな」
マークの質問にそう答える。確か、一小隊に二十人ほどもいたような記憶があった。
「ええ。首星防衛隊の小隊の構成人員は、小隊長、副官と一般隊員が二十名で成り立っています。その一般隊員は皆、先ほど君の言った一等兵や二等兵です」
アッシュの答に頷いて、マークが説明する。
「それに対して、辺境警備隊の小隊は、小隊長を含めても三から六名ほどしかいません」
「確かに、そんな感じだったか」
先日の海賊からの豪華客船の護衛任務で軽巡洋艦ディートガルトに乗り組んだとき、大隊全体のブリーフィングで全小隊が集合したところを見たのだが、そのときにも、随分小隊の人数が少ないし小隊毎にバラバラだな、と感じたものだ。
「これは何故かというと単純な話で、辺境警備隊は人気がないんです。誰だって、勤めるなら便利な都会のほうがいいでしょう?」
「まぁ、そうかもな」
「辺境警備隊は常に人手不足で、極少人数で一つの惑星を警備しなければならない為、隊員には一つの技能に特化したスペシャルか、多岐に亘る技能を修得したマルチな人材が求められています」
スペシャルの典型がアリーセで、マルチの典型がサーニャだろう。とても納得出来る。
「その対価として、辺境警備隊は一般隊員の昇進が早いんです。入隊したときは勿論二等兵ですが、辺境警備隊の任期である三年の間に、半数ほどの隊員が下士官――伍長まで昇進出来ます」
「ふーん、なるほどな。人数が少ない上に皆昇進が早いから、一等兵とか二等兵とかを全然見掛けないのか」
マークの説明で疑問が解けた。彼は更に話を続ける。
「ここからは余談になりますが、階級が上がれば当然給料も上がります。その為、昇進の早い辺境警備隊には貧しい地方や家庭の出身者が志願することが多いんです。ちなみに、僕の家もあまり裕福ではなく弟妹が多いので、仕送りを増やす為に少尉に昇進したいという気持ちもあるんですよ?」
そのマークの言葉は、想い人であるエリカと対等になる為に少尉を目指していると皆に思われていることに対する言い訳だろう。しかしそういえば先ほどカテジナも、自分の故郷は貧しい、と言っていた。その説明は真実ではあるらしい。
それから、マークは少し慌てたように言い足す。
「――あぁ、誤解しないで下さいね。辺境警備隊の隊員皆が貧しいと言っているわけではありませんので。勿論、希望せずに辞令を受けて配属された者も大勢いますし」
「あたしなんか、その希望もしてないのに飛ばされてきちゃったケースね。ま、おかげでジゼルに逢えたわけだけど」
クラリッサが隣のジゼルに頬を寄せるようにして言った。
「俺も中央の戦略企画部門を希望してたんだけどなー。まぁ、俺の場合は僻地に飛ばされても当然かもしんねーけど」
クォンも同じようなことを言う。アッシュは彼の言い方に引っ掛かるものを感じたので、聞き返してみた。
「飛ばされても当然って?」
クォンはいつもとは違う皮肉げな笑みを浮かべる。
「名前の雰囲気が違うことでわかってもらえるかと思うけど、俺は本星系じゃなくてティエンリャン星系ってとこの出身だからよー」
「――どういう意味だ?」
それだけでは、さっぱり意味が解らない。クォンが逆に質問を返してくる。
「うちの連邦がセレストラル星系の三つの惑星と二つの星系の有人惑星で成り立ってるってことは知ってるか?」
「ああ。聞いたことある」
「その二つの星系ってーのは、今でこそ連邦政府の下本星系と平等ってことになってるけど、ぶっちゃけ昔星間戦争に負けて併合された星なんだよ」
「……そうだったのか」
「統一政府である連邦が樹立するよりも遥か昔のことです。とは言え、確かに誇れることではありませんが」
マークが言い添えてきた。クォンが説明を続ける。
「そんなわけで、未だに有形無形の差別意識が根強く残ってんだ。悪気がない人でも、その二つの星系のことを属領とかって表現したりすることあるし。それでも、軍なんかは随分マシなほうだぜ? 本星の一流企業の中には、就職試験さえ受けさせてくれねーようなとこもあるからなー」
「……そうか」
現在ではそういった差別のようなものが表面上はほとんどない国に生まれ育ったアッシュには、彼の気持ちなどは理解出来るものではないのだろう。沈んでしまった場の空気を感じ取って、クォンが手を振った。
「いや、悪ー。あんまり面白い話じゃなかったなー。とりあえず俺は今この小隊で楽しくやらせてもらってるから、気にしねーでくれよ」
「ああ……。皆、色々あるんだな」
考えてみれば当たり前の感想をアッシュは呟く。そこで思い出した。ジゼルに向き直って聞いてみる。
「そういえば、エリカも自分から辺境警備隊に志願したって聞いたんだけど、彼女の場合は家が貧しいからじゃないよな。軍人の家系だって言ってたし。ジゼルはエリカの後追いで志願したんだろうけど、彼女の動機についてなにか知ってるか?」
そのアッシュの質問に、ジゼルは珍しく真面目な顔をした。
「聞いてるけど、それをエリカが自分で話してないんなら、例え相手がダーリンと言えどもあたしが話すべきことじゃないわね」
「……もっともだな。済まん。軽率な質問だった」
アッシュは素直に謝罪する。それを聞いて少し心が動いたのか、ジゼルが言ってきた。
「エリカの家のことについてなら少し話してあげる。調べようと思えば簡単にわかるようなこ
とだし。――さっきダーリンは彼女の家を軍人の家系って言ってたけど、そんなもんじゃないわ。何百年も続く軍事の名門の家柄よ。元々は、連邦首都セレストの辺りにあった王国の王族から分かれた公爵家だったらしいわ」
「やっぱりそんな感じか。名家の出身っぽいとは思ってたけど……」
彼女の士官学校でのあだ名は『エリカ姫』だ。なんのことはない。そのままのあだ名だったわけだ。
「ブラウスパーダ家は伝統的に海軍と繋がりが深いんだけど、六年前に当時海軍少佐だったエリカのお母様が――、あ」
ジゼルが口を噤む。うっかり喋り過ぎたらしい。
「ごめんなさい。これ以上は彼女に直接聞いて」
「ああ、いいよ」
アッシュは宥めるように応じる。しかし、多分面と向かっては聞けないだろう。詮索されたくない家庭の事情は誰にだってある。アッシュ自身がそうだからこそ、土足で踏み込むような真似はしたくない。
「いつか、彼女が自分から話してくれるぐらいの信頼を勝ち取れたらいいな」
独り言のように発したアッシュの台詞はジゼルの嫉妬心を逆撫でしそうなものだったが、意外なことに彼女は珍しく考え深げな顔になって、そうね、と呟いただけだった。




