学園生活
日本には、代理戦争に参加する人材を育成するための巨大な学園が九校存在する。
北海道・東北を管轄する一校。
関東、信越、北陸、東海、近畿、中国、四国にそれぞれ一校。
そして九州・沖縄を管轄する一校。
その九校の一つ――赤城学園。
広大な敷地を有する、代理戦争専門の教育機関だ。
学園を象徴する色は、その名の通り――赤。
校舎や制服、学園旗に至るまで至るところに赤が使われている。
なぜ赤なのか。
それにもいろいろと理由はあるらしいが……まあ、その話はまた別の機会でいいだろう。
赤城学園に在籍する生徒数は、約三万人。
だが、その全員が代理戦争の舞台に立てるわけではない。
実際に戦場へ出ることを許されているのは、およそ七千人。
つまり、ここに入学しただけでは何の保証にもならない。
授業、訓練、模擬戦、実戦成績。
あらゆる結果によって学内順位が決まり、その順位を奪い合いながら、生徒たちは戦場へ立つ資格を手に入れる。
そのための設備も当然、本物だ。
狙撃場。
広大な運動場。
各種武術を学ぶ道場。
実際の戦場を想定した指令訓練室。
教官室。
厳重な管理下に置かれた武器・弾薬保管庫。
そして、各種銃器を扱うための試射場。
他にも無数の施設が存在し、そのほとんどが戦うために作られている。
そんな学園で生き残るためには、当然、日々の訓練が必要になる。
必要になるのだが――。
「憐矢ぁ……これから狙撃訓練だよな?」
「ああ」
「嫌だなぁ……」
俺――赤城学園一年、絢兎部一樹は心の底からため息を吐いた。
隣を歩くのは同級生の鷹野目憐矢。
ちゃんと目が開いているのか疑いたくなるくらい細い目をしている男だ。
「そんなに嫌がる必要ないだろ。ただ狙って撃つ。それだけだ」
「その『狙って撃つ』っていう作業が嫌なんだよ」
「お前、本当にこの学校に何しに来たんだ?」
「俺が一番聞きたい」
「知らん」
即答された。
もう少し友達らしい反応をしてくれてもいいと思う。
俺とは違い、憐矢は銃を持たせればかなり強い。
特に得意なのが狙撃だ。
ハンドガンよりも自らスナイパーライフルを選ぶほどで、その集中力は学園全体でも上位に入る。
俺なんて五分も同じ場所を見続ければ別のことを考え始めるというのに。
どうしてこいつと俺が同じ授業を受けているのか。
世界というものは、どうにも不公平だ。
「そうは言ってもなぁ……」
そんなことを話しながら歩いていると、木々の向こうに建物が見えてきた。
入口の上には、大きく文字が刻まれている。
――第二狙撃場。
今日の授業場所だ。
「着いたぞ」
「見れば分かるよ」
「なら諦めろ。もう逃げられない」
「…………」
第二狙撃場。
主に長距離狙撃を想定した訓練施設で、校舎から東へ約一キロ離れた森林地帯に造られている。
赤城学園の狙撃訓練施設は、ただ射撃場に的が並べられているだけではない。
森林。
市街地。
荒野。
起伏の激しい山岳地帯。
実際の戦場を想定した環境が複数用意されている。
狙撃手が自分にとって都合のいい場所から撃てるとは限らない。
雨の中でも。
強風の中でも。
木々に視界を遮られていても。
必要なら数百メートル先の標的を、一発で撃ち抜かなければならない。
そのための訓練施設だ。
第二狙撃場の手前にある広場までやって来たところで、俺は立ち止まった。
「……うっ」
「どうした」
「急に……」
俺は腹を押さえる。
「急にお腹が痛くなってきた……!」
「…………」
「ちょっとトイレ行ってくる!」
踵を返した。
完璧だ。
我ながら自然な演技だった。
「待て」
「じゃあな憐矢! 授業頑張れよ!」
「そう言って逃がすと思うか、この馬鹿。授業始まるぞ」
「嫌だぁぁぁぁぁぁ!」
憐矢が俺の肩を掴もうとする。
だが遅い。
俺は全力で地面を蹴った。
こう見えて逃げ足には自信がある。
このまま校舎まで逃げ切って――。
パァァンッ!!
「――っ!?」
乾いた音が響いた。
ほぼ同時に、右脚へ焼けつくような痛みが走る。
「いっ――!?」
足がもつれた。
勢いを殺せないまま地面へ突っ込み、盛大に転がる。
「いったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
だが。
分からないはずがない。
この学校で毎日のように聞いている音なのだから。
――銃声。
「いってぇ……! 待って待って待って! 撃った!? 今、絶対俺のこと撃ったよな!?」
慌てて脚を見る。
制服のズボンが裂け、その下から血が滲んでいた。
弾丸はふくらはぎの表面を掠めただけらしい。
直撃ではない。
それでも、痛いものは痛い。
「誰だよ! 俺を撃った奴!」
涙目になりながら、銃声がした方向へ顔を向ける。
右側。
広場の端。
そこに――見覚えのある女子生徒が立っていた。
黒く長いストレートヘア。
整った顔立ち。
そして、その手には一丁の拳銃。
銃口からは、僅かに煙が立っていた。
…………最悪だ。
知ってる。
ものすごく知ってる。
というか、できることなら今一番会いたくなかった。
「一樹ぃ?」
「…………」
「これから授業だっていうのに、どこに行くつもりなのかしら?」
笑っている。
だけど目が笑っていない。
「トイレだよっ!」
俺は叫んだ。
「ただトイレに行こうとしただけだろ! なんで撃つんだよ!」
「あら。ちゃんと外したじゃない」
「掠ってんだよ! 血出てんだろ!」
俺は傷口を指差した。
「一歩ずれてたら普通に脚に穴開いてるからな!? 実弾だぞこれ! 分かってんのか!?」
「分かってるわよ」
「じゃあ撃つなよ!」
俺の目の前にいる女子。
名前は――天野明日奈。
乱暴。
短気。
怒りっぽい。
そして何より、俺に対してやたら容赦がない。
正直、性格だけを挙げれば最悪だ。
ただし――。
見た目だけなら話は別だった。
本人は「自分は可愛くない」なんて言っているが、俺たちからすれば十分すぎるほど整っている。
下手をすればアイドルに混ざっていても違和感がない。
そして何より。
こいつは――銃が上手い。
走っている俺の脚を狙い、しかも直撃させず、わざと表面だけを掠めさせた。
偶然なんかじゃない。
明日奈なら、それくらいのことを狙ってやる。
学園の中でも上位に入る射撃技術。
そんな奴が俺の友達なのだから、世の中分からない。
ちなみに俺の学内順位はというと――。
かなり上位だ。
もちろん。
下から数えて。
「明日奈! なんで俺を撃った!」
「いやぁ、私もこれから狙撃の授業なんだけどね」
明日奈は悪びれる様子もなく拳銃を下ろした。
「ちょうど目の前を一樹が走っていったから」
「うん」
「ついつい」
「ついついで人を撃つな!」
「出来心よ、出来心」
「殺人未遂を出来心で済ませるな!」
「大袈裟ね。ちゃんと当たらないように撃ったでしょ?」
「当たってるって言ってんだろ!」
俺が怒鳴っても、明日奈はまったく気にしていない。
むしろ楽しそうですらある。
「まあ、別に許してくれなくてもいいわよ?」
「は?」
「一樹に嫌われたところで困らないもの。それに、どうせ私の方が強いし」
「何の話だよ!」
「全部」
「ウゼェェェ!」
「ウザくて結構」
こいつ……。
本当に一発くらい撃ち返してやろうか。
いや。
多分返り討ちに遭うからやめておこう。
「明日奈」
それまで黙っていた憐矢が口を開いた。
「さすがに今のはやりすぎだ」
「そうだそうだ!」
「お前は黙ってろ」
「なんでだよ!」
憐矢は俺を無視すると、広場の上部へ視線を向けた。
「学内で許可のない発砲は禁止されてる。しかも実弾だ」
憐矢が指を差す。
そこには複数の監視カメラが設置されていた。
レンズはしっかりとこちらへ向けられている。
「映像が教官に確認されたら、停学じゃ済まないかもしれないぞ」
「ああ、それ?」
明日奈は監視カメラを見上げた。
そして何でもないことのように答える。
「別に大丈夫でしょ」
「何がだ」
「由愛に頼んで消してもらえばいいもの」
「…………」
「映像をちょっと編集してもらうだけよ。こういう時、優秀な友達がいると便利よね。本当にいい友達を持ったわ」
「お前……」
憐矢が珍しく言葉を失った。
「犯罪の証拠を犯罪で消そうとしてるぞ」
「細かいこと気にしたら負けよ」
「絶対違う」
俺もそう思う。
「それより!」
俺は地面に手をつきながら立ち上がった。
脚は痛むが、歩けないほどではない。
「お前のせいで授業どころじゃなくなったんだけど!」
「え?」
「え? じゃねぇよ!」
「授業、受けたくなかったんじゃないの?」
「それとこれとは話が別だ!」
俺は明日奈を指差した。
「今ので俺の中の何かが切れた!」
「血管?」
「違う!」
「じゃあ何よ」
「やる気だ!」
「さっきまでゼロだったじゃない」
「今生まれたんだよ!」
明日奈が呆れたような顔をする。
癪に障る。
ものすごく癪に障る。
だから決めた。
「明日奈」
「何?」
「俺と勝負しろ」
「……勝負?」
「次の狙撃訓練」
俺は第二狙撃場を指差した。
「狙撃で勝負だ」
明日奈の眉が僅かに上がった。
「一樹が? 私と?」
「そうだよ」
「狙撃で?」
「何回言わせるんだよ!」
明日奈の口元がゆっくりと吊り上がる。
完全に馬鹿にしてやがる。
「いいわよ」
「お?」
「面白そうだし。で、何を賭けるの?」
乗ってきた。
俺は少し考える。
「そうだな……」
金なんて面白くない。
昼飯を奢らせる?
いや、それも普通すぎる。
なら――。
「俺が勝ったら、ちゃんと謝れ」
「…………それだけ?」
「それだけ」
「そんなことでいいの?」
「ああ」
明日奈は少し考えたあと、あっさり頷いた。
「いいわよ」
「よし!」
「じゃあ――」
明日奈が人差し指を立てる。
「私が勝ったら、一か月間、私を『明日奈様』って呼びなさい」
「…………」
嫌だ。
想像しただけで嫌だ。
でも――。
「いいよ」
「即答なのね」
「どうせ俺が勝つからな」
「へぇ?」
明日奈が笑う。
「言ったわね?」
「言ったよ」
「後悔しないでよ。一か月間、毎朝ちゃんと『おはようございます、明日奈様』って言わせてあげるから」
「誰が言うか! お前が俺に頭下げるんだよ!」
「結果なんてもう見えてるけどね」
「奇遇だな。俺もだよ」
二人で睨み合う。
そんな俺たちの横から――。
「それ、俺も混ざっていいか?」
憐矢が何気なく聞いてきた。
「「ダメっ!」」
声が綺麗に重なった。
「…………」
俺と明日奈が顔を見合わせる。
「真似しないでよ」
「お前がだろ!」
「…………仲良いな、お前ら」
「「どこが!」」
また重なった。
憐矢が小さくため息を吐く。
そして心の中で思った。
――こいつら、本当に仲がいいのか悪いのか分からないな。
こうして俺と憐矢、そして明日奈の三人は第二狙撃場へと向かった。
もっとも、このまますぐ訓練が始まるわけではない。
第二狙撃場へ入る前に、待機室で訓練用の迷彩服へ着替える必要がある。
男子更衣室と女子更衣室は当然分かれているため、入口で一度明日奈とは別れることになった。
「逃げるんじゃないわよ、一樹」
「逃げねぇよ」
「さっき逃げようとしてた人が言っても説得力ないんだけど」
「今の俺は違うんだよ!」
「はいはい」
明日奈は軽く手を振り、女子更衣室へ入っていった。
その背中を見送りながら、俺は小さく息を吐く。
「…………憐矢」
「何だ」
「狙撃って、どうやったら上手くなる?」
「今から聞くのか?」
「今から」
「諦めろ」
「まだ勝負始まってないだろ!」
俺の叫び声が、第二狙撃場の待合室に虚しく響いた。




