顔合わせⅩ
「いい加減にしてください、二人とも!」
学園長室に勾坂先輩の声が響いた。
「僕たちに話があるから、学園長はわざわざ八人を呼び出したんですよね? だったら、その話を先にしてください」
「…………」
「…………」
ミカエルと狩亜先輩が互いに睨み合ったまま沈黙する。
さっきまで二人の間で散っていた火花も、ようやく消えた。
勾坂先輩はそれを確認すると、深く息を吐いた。
「……疲れた」
心底疲れ切ったような声だった。
「本当なら、この二人を同じ部屋に入れたくなかったんだけどな……」
「何か言った?」
「何も言ってません」
ミカエルに睨まれ、勾坂先輩は即座に視線を逸らした。
それから気を取り直すように咳払いを一つする。
「それで、全員揃いましたよね?」
「ええ」
「なら、そろそろ教えてください。僕たち八人を呼んだ理由を」
その一言で、部屋の空気が変わった。
さっきまでの騒がしさが嘘のように消える。
由愛も俺の膝の上で動きを止めた。
明日奈も。
憐矢も。
先輩たちも。
全員の視線が、ミカエルへ集まる。
「そうね」
ミカエルは机からゆっくりと立ち上がった。
「全員揃ったことだし、そろそろ本題に入りましょうか」
声色が変わる。
さっきまで狩亜先輩と子供のように張り合っていた人物とは思えない。
赤い瞳が、部屋にいる八人を順番に見つめていく。
「まず最初に言っておくわ」
ミカエルは窓際まで歩き、そこから広大な赤城学園を見下ろした。
「赤城学園は、強い」
誰も口を挟まない。
「設備もある。教師もいる。生徒数も多い。優秀な人材だって、毎年何人も入ってくる」
そこで一度、言葉を切る。
「それでも――世界で勝ち切れない」
俺は僅かに眉を動かした。
「日本はここ数年、代理戦争において上位には入り続けている。でも、頂点には届かない」
世界中で行われている代理戦争。
各国の学生たちが、それぞれの国を背負って戦う。
その結果が国家間の交渉力にも直結する以上、順位は単なる学校同士の勝敗では済まない。
「赤城だけの問題ではないわ。日本全体としてもそう」
ミカエルは振り返った。
「強い。でも、決定的に足りない」
「何がですか?」
勾坂先輩が問う。
「突出した力よ」
「突出した……?」
「ええ」
ミカエルは頷く。
「今の教育は、優秀な生徒をたくさん育てることには向いている。射撃、戦術、能力、情報処理、操縦。どの分野にも一定以上の人材が揃ってる」
その赤い瞳が、狩亜先輩へ向く。
「でもね」
次に勾坂先輩。
斬時先輩。
栖偽先輩。
憐矢。
明日奈。
由愛。
そして――俺。
「規格から外れた人間を育てるのには向いていない」
「…………」
胸の奥がざわついた。
「普通の授業では伸ばし切れない才能がある」
ミカエルが続ける。
「普通の評価方法では測れない人間もいる」
また、俺を見る。
「……」
なんとなく、嫌な予感がした。
「だから私は、これまでのやり方を変えることにした」
ミカエルは机の前まで戻ってくる。
「今まで私は、学園そのものを管理する立場に徹してきた。授業へ助言することはあっても、一部の生徒だけを直接育てるようなことはしてこなかった」
そう。
だからこそ、今日の全校放送が異常だった。
「特定の生徒だけを優遇すれば、不公平だと言われる。それは分かってる」
ミカエルはあっさり認めた。
「きっと今日の時点で、あなたたち八人は他の生徒から色々言われるでしょうね」
「でしょうね……」
俺は思わず呟いた。
すでに放送直後から視線が痛かった。
「でも、それでもやる」
ミカエルの声が少し強くなる。
「今までと同じことを続けて、同じ結果を繰り返すくらいなら、私は責任を取って新しい方法を試す」
その表情には、さっきまでの軽さが一切なかった。
「日本を代理戦争の頂点へ押し上げる」
赤い瞳が強く光る。
「そのために、私自身が動くことにした」
「学園長自身が……?」
憐矢が小さく呟く。
「そう」
ミカエルが笑った。
「あなたたち八人を、通常のクラスとは別の特別育成枠へ移す」
「特別育成……?」
「簡単に言えば――特別クラスね」
一瞬。
誰も言葉を発しなかった。
「待ってください」
最初に反応したのは明日奈だった。
「私たち八人を、一つのクラスにするってことですか?」
「そういうこと」
「学年も違うのに?」
「関係ないわ」
「授業はどうするんです?」
「通常科目は今まで通り。専門訓練だけ別枠にする」
ミカエルは即答する。
「射撃、能力、戦術、情報処理、連携訓練、実戦想定。それぞれの得意分野を伸ばしながら、八人で一つの部隊として動けるようにする」
「部隊……」
その言葉に、勾坂先輩の表情が少し変わった。
「つまり、代理戦争への投入を前提にしたクラスなんですね?」
「その通り」
さらりと言った。
だが、内容はかなり重い。
「そして」
ミカエルが人差し指を一本立てる。
「そのクラスは、私が直接見る」
「…………は?」
思わず声が出た。
「学園長が?」
「ええ」
「毎回?」
「可能な限り」
「天使が直接授業をするってことですか?」
「そういうことになるわね」
周囲を見る。
明日奈も驚いている。
憐矢ですら目が僅かに開いていた。
勾坂先輩たちも、事前には知らされていなかったらしい。
狩亜先輩だけが、さほど興味なさそうに腕を組んでいる。
「……なんで俺まで?」
気づけば、口に出していた。
ミカエルがこちらを見る。
「何?」
「だって」
俺以外は分かる。
勾坂先輩は学園二位。
斬時先輩は三位。
栖偽先輩は四位。
狩亜先輩に至っては学園一位。
憐矢は狙撃。
明日奈は射撃。
由愛は情報処理。
全員、何かしら突出したものを持っている。
でも。
「俺だけ学園最下位ですよ」
「知ってる」
「能力だって使えない」
「それも知ってる」
「じゃあ、なんで……」
ミカエルは少しだけ微笑んだ。
「それを確かめるためでもあるの」
「……?」
「あなたが本当に『何も持っていない』のか」
胸が僅かに跳ねた。
「私はまだ、そうだとは思ってない」
「…………」
「だから呼んだ」
それ以上、ミカエルは説明しなかった。
俺も何も聞けなかった。
「さて」
ミカエルがパンッと手を叩く。
「少し話が逸れたけど」
そう言って、俺たち八人の中央へ歩いてくる。
「あなたたちは今日から、この赤城学園で新しく設立する特別育成クラスの第一期生になる」
一拍。
「クラス名は――」
部屋の中が静まり返る。
ミカエルは胸を張った。
そして、はっきりと言い放つ。
「――『ANGEL-CLASS』」
「ANGEL……CLASS?」
「そのまま。天使のクラス」
ミカエルが笑う。
「天使である私が、あなたたちを直接育てる」
その言葉が、不思議なくらい強く耳に残った。
「目的は一つ」
赤い瞳が、八人全員を見据える。
「赤城学園を――そして日本を、代理戦争の頂点へ連れていくこと」
ふざけた様子はない。
冗談でもない。
本気だった。
「そのために、あなたたち八人には」
ミカエルは楽しそうに。
けれど、どこか挑戦的に笑った。
「私が、本気で強くしてあげる」




