↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/18

顔合わせⅦ

「失礼します」


 学園長室へと続く、いかにも高級そうな扉を二度ノックする。


 中から返事が聞こえたのを確認してから、俺と憐矢は扉を開いた。


「…………うわ」


 一歩足を踏み入れた瞬間、思わず声が漏れた。


 生徒が学園長室へ入ること自体、赤城学園では滅多にない。


 当然、俺もここへ来るのは初めてだった。


「凄いな……この部屋」


「ああ。高級ホテルみたいだ」


 憐矢まで珍しく周囲を見回している。


 広い室内には、重厚な机や応接用のソファ、大きな本棚が整然と並んでいた。


 そして何より目を引くのが、部屋の奥一面を占める巨大な窓だ。


 そこからは赤城学園の校舎や訓練施設、さらにその向こうに広がる森林地帯まで一望できる。


「そんな大層なものじゃないわよ?」


 正面から声が飛んできた。


「私にとっては、これが普通だもの。それより二人とも、いつまで入口に立ってるの? 早く入りなさい」


 巨大な窓を背にして、高級そうな執務机に座っている女性。


 長い赤髪。


 赤い瞳。


 今日も赤を基調とした服装。


 この学園を管理する天使にして、赤城学園学園長――ミカエルだ。


 その表情だけを見れば、とても戦争に関わっている存在とは思えないほど柔らかい笑みを浮かべている。


 そして、窓際にはもう一人。


 枢木先生が腕を組み、外を眺めながら立っていた。


 いつものように不機嫌そうな横顔だったが、俺たちが入ってきても何も言わない。


「学園長」


「なあに?」


「なんで俺たち、呼び出されたんですか?」


 部屋へ入ってからずっと頭の中にあった疑問を、そのままぶつける。


 すると学園長は少しだけ楽しそうに笑った。


「それは全員揃ってから」


「今じゃ駄目なんですか?」


「駄目」


「即答……」


「同じ説明を何回もするの、面倒だもの」


「理由それですか?」


「大事なことでしょ?」


 いや、学園長としてそれでいいのだろうか。


「とりあえず、そこのソファに座って待ってて。二人が一番早かったから、まだ他の子は来てないの」


「……分かりました」


「一樹、座るぞ」


「ああ」


 俺たちは応接用の黒いソファへ腰を下ろした。


「…………」


 柔らかい。


 座った瞬間、身体が沈み込む。


 今まで座ったことのあるソファの中で、一番座り心地がいいかもしれない。


 いや。


 たぶん、一番いい。


「これ、絶対高いやつだよな……」


「多分な」


 小声で憐矢と話しながら待っていると、数分後。


 コンコン、と再び扉が鳴った。


「失礼します」


「どうぞー」


 ミカエルの返事と同時に扉が開く。


 入ってきたのは男子生徒が三人。


 制服の学年章を見る限り、三年生が二人。


 もう一人が二年生だった。


 その姿を確認した枢木先生が、初めて窓から視線を外した。


「勾坂と栖偽。それに斬時か。久しぶりだな」


「お久しぶりです、枢木先生」


 三人の中で、一番柔らかな雰囲気を持った先輩が笑顔を見せる。


「今年の一年生はどうですか?」


「昔のお前らより質が悪い」


「即答ですね」


「そこの二人がその代表だ」


「俺たち!?」


 突然巻き込まれた。


 三人の視線が一斉にこちらへ向く。


 けれど、馬鹿にしているような視線ではなかった。


 どちらかというと――。


 懐かしいものでも見るような目だった。


「なるほど」


 先ほど枢木先生と話していた三年生が、俺のところまで歩いてくる。


「噂は聞いているよ。君が絢兎部一樹君だね?」


「え?」


 いきなり名前を呼ばれた。


「俺ってそんな有名なんですか?」


「良くも悪くもね」


「悪い方が強そうなんですけど……」


「否定はしないかな」


「否定してくださいよ!」


 先輩は楽しそうに笑いながら、右手を差し出した。


「でも、君みたいな生徒がここへ呼ばれているのは興味深い。枢木先生が僕たちと似ていると言うのなら、仲良くなれそうだ」


「先生はそこまで言ってませんけどね」


「細かいことはいいじゃないか」


「はぁ……」


「よろしく、絢兎部君」


「あ、はい。よろしくお願いします」


 差し出された手を握り返す。


 人当たりの良い人だ。


 少なくとも、初対面で緊張するような相手ではない。


「でも、すみません」


「うん?」


「俺、先輩たちのことよく知らなくて……誰が誰なのか分からないです」


「それは当然だよ」


 先輩は気にする様子もなく笑った。


「学年も違うし、授業もほとんど一緒にならないからね。じゃあ、せっかくだし自己紹介しておこうか」


 そう言って、後ろの二人へ視線を送る。


 三人が横に並んだので、俺と憐矢もソファから立ち上がった。


「まずは僕から」


 最初に口を開いたのは、先ほどから俺たちに話しかけていた三年生。


「勾坂優斗。三年だ」


 柔らかな笑みを浮かべながら、自分の胸へ軽く手を当てる。


「得意なのはアサルトライフルを使った中距離戦かな。暇があれば射撃精度を上げる訓練をしてる。あとは読書が好きだね」


「銃の訓練って趣味なんですか?」


「趣味だよ」


「赤城の人って怖いな……」


「君も赤城の生徒だよ?」


「そうでした」


 勾坂先輩が苦笑すると、隣の男子へ視線を送った。


「次、南斗」


「ああ」


 一歩前へ出てきた瞬間。


 空気が変わった。


「…………」


 なんだ、この人。


 年齢だけなら俺たちと二つしか違わないはずなのに、妙な圧がある。


 背格好そのものが特別大きいわけではない。


 顔だって、年相応の若さを残している。


 それなのに、立っているだけで周囲を黙らせるような存在感があった。


「栖偽南斗。三年だ」


 低く、よく通る声。


「得意分野は航空機の操縦。輸送ヘリ、戦闘ヘリ、それから航空機全般だ。操縦技術なら、この学園の生徒に負けるつもりはない」


「爆撃機もですか?」


「訓練機ならな」


 さらりと言っているけれど、高校生の会話じゃない気がする。


 すると栖偽先輩が、じっと俺を見る。


「それで」


「はい?」


「お前が噂の絢兎部か」


「…………はい」


 怖い。


 なんでだろう。


 何もされていないのに怖い。


「俺が絢兎部ですけど……何か?」


 少し身構えながら答える。


 すると栖偽先輩は俺の目の前まで来て――。


 右手を俺の肩へ置いた。


「…………」


「…………」


 怖い怖い怖い。


 何を言われるんだ。


 身構えていると。


「努力すれば、なんとかなる」


「…………え?」


「頑張れ」


「…………」


 励まされた。


 しかも、すごく真剣な顔で。


「は、はい」


 俺はそれしか言えず、とりあえず頷いた。


 すると栖偽先輩も満足そうに一度だけ頷き、元の位置へ戻っていった。


 なんなんだ、この人。


「じゃあ最後は斬時君だね」


 勾坂先輩が三人目へ話を振る。


 二年生。


 斬時燿平先輩。


 俺が最初に思ったことは――。


「…………憐矢みたいな目だな」


「聞こえてるぞ、一樹」


 細い。


 とにかく目が細い。


 憐矢と並べたら兄弟と言われても、一瞬なら信じるかもしれない。


 斬時先輩が一歩前へ出た。


 そして口を開く。


「…………………………………………」


「…………?」


 口は動いている。


 たぶん喋っている。


 だけど。


「…………聞こえない」


 俺が呟くと、憐矢が少し前へ身体を乗り出した。


「勾坂先輩」


「うん?」


「斬時先輩は今、喋ってるんですか?」


「喋ってるよ」


「やっぱりか……」


 憐矢が何故か少し残念そうな表情を見せた。


 何に残念がっているんだ。


「燿平は元々ほとんど喋らないからね」


 勾坂先輩が苦笑する。


「別に人見知りとか恥ずかしがり屋ってわけじゃないんだけど、とにかく無口なんだ。たまに喋っても声が小さすぎて聞こえないことがある」


「そうなんですか……」


「じゃあ僕が紹介するよ」


 勾坂先輩が斬時先輩の肩へ手を置く。


「斬時燿平。二年生。無口で無表情。得意分野は狙撃だ」


「狙撃……」


 その言葉を聞いた瞬間、憐矢の反応が変わった。


「かなり強いんですか?」


「強いよ」


 勾坂先輩が即答する。


「集中力と冷静さは学園でもトップクラス。長時間の狙撃任務でもほとんど集中が切れない」


「…………」


 憐矢が斬時先輩を見る。


 斬時先輩も憐矢を見る。


「…………」


「…………」


 細い目同士が見つめ合う。


 なんだこれ。


「お前ら、似てるな」


「そうか?」


 憐矢が首を傾げる。


 そのタイミングで枢木先生が口を挟んだ。


「ついでに教えておいてやる」


 先生が三人を見る。


「そいつらは学園内でも最高ランクに位置してる連中だ」


「最高ランク?」


「勾坂が総合二位。斬時が三位。栖偽が四位」


「…………え?」


 俺は改めて三人を見る。


 二位。


 三位。


 四位。


「上位独占してるじゃないですか!」


「だからそう言ってる」


「いや、そんな人たちがなんで俺と同じ場所に呼ばれてるんですか!?」


「それを今から聞くんだろうが」


「あ、そうでした」


 すると勾坂先輩が困ったように笑った。


「そんなに大したことじゃないよ。普通に授業を受けてたら、いつの間にかそこにいただけだから」


「よく言う」


 枢木先生が呆れた声を漏らした。


「俺の授業を受けてた頃に何をやったか、忘れたとは言わせないぞ」


「ははは……何のことでしょう?」


「とぼけるな」


 どうやら、この二人も昔からかなり色々あったらしい。


 勾坂先輩と枢木先生は、そのまま部屋の隅へ移動して昔話らしきものを始める。


「ほら、あなたたちも座って」


 ミカエル学園長がソファを指差した。


「あと三人来るから、それまで待っててね」


 栖偽先輩と斬時先輩は顔を見合わせると、俺たちの向かい側にあるソファへ腰を下ろした。


 勾坂先輩は枢木先生と話を続けたままだ。


「じゃあ」


 隣に座っていた憐矢が口を開く。


「俺たちも自己紹介した方がいいか?」


「そうだね」


 勾坂先輩がこちらを振り返る。


「お願いできるかな?」


「ああ」


 憐矢が立ち上がった。


「鷹野目憐矢。一年。隣にいる一樹とは中学から一緒だ」


 簡潔だ。


「得意分野は狙撃。俺も斬時先輩と同じ、スナイパー志望です」


「…………」


 斬時先輩が僅かに憐矢を見る。


「よろしく」


 今度は聞こえた。


「…………!」


 俺は思わず斬時先輩を見る。


 声、格好いいな。


 少し高めで、落ち着いた声。


 あれだけ無口だと、余計に印象へ残る。


「次、一樹」


「ああ」


 俺も立ち上がった。


「絢兎部一樹。一年です」


 少し考える。


 何を言えばいいんだ。


「さっきから『噂の』とか言われてるんで、多分その噂の絢兎部です」


 勾坂先輩が笑う。


「それで……」


 少しだけ言葉が詰まった。


「現在、学園最下位。天使の力は使えません」


 口にすると、やっぱり胸の奥が痛む。


「なんで俺がここに呼ばれたのかは、正直自分でも分からないです。以上」


 そのまま座ろうとした時。


「……やはり、使えないのか」


 栖偽先輩が呟いた。


「え?」


 見ると。


「…………」


 栖偽先輩の表情が明らかに曇っていた。


 そして――。


 目尻から、一筋の涙が流れた。


「ええ!?」


 なんで泣くんですか!?


「能力が使えないとは……辛いだろう」


「いや、まあ……辛いですけど」


「そうか……」


 また涙が流れる。


 怖そうなのに。


 めちゃくちゃ感情豊かだ。


「…………気にすることじゃない」


 その隣から、小さな声が聞こえた。


 斬時先輩だ。


「使えないなら……別のものを磨けばいい」


「…………」


 今度はちゃんと聞こえた。


「ありがとうございます」


 俺が答えると、斬時先輩は小さく頷く。


 勾坂先輩は爽やかで話しやすい。


 栖偽先輩は威圧感が凄いのに、妙に涙もろい。


 斬時先輩はほとんど喋らないけれど、声はやたら格好いい。


 なんというか。


 個性が強い人たちだな。


 そんなことを考えながら、さらに数分。


 再び扉がノックされた。


「失礼します」


「遅れちゃったのよさー! ごめんなさい、ミカエル先生!」


 聞き覚えのある二つの声。


「…………」


 今、一番会いたくない相手。


 そして。


 逆に、久しぶりに会う相手。


 扉から入ってきたのは――。


 天野明日奈と、氷川由愛だった。


「天野と氷川か」


 部屋の隅にいた枢木先生が二人を見る。


「本当に癖の強い連中ばかり集めたな」


「失礼ね、葬鬼」


 ミカエル学園長が頬を膨らませる。


「明日奈ちゃん、由愛ちゃん。こっちに座って自己紹介でもしてて。あとは二年の揮移狩亜ちゃんを待つだけだから」


「学園長」


「なあに?」


「どうして私まで『ちゃん』付けなんですか?」


 明日奈の声が低い。


「可愛いから」


「やめてください」


「駄目?」


「駄目です」


「明日奈ちゃん、可愛いのに」


「だからやめてください!」


 すると隣にいた由愛が、羨ましそうに明日奈を見上げた。


「いいなぁ、明日奈は」


「何がよ」


「ちゃん付けされても普通に可愛いのよさ」


「意味分からないんだけど」


「私はこんなに小さいから、ちゃん付けされても違和感なさすぎて嫌なの。明日奈みたいに格好いい子が『明日奈ちゃん』って呼ばれる方が、絶対可愛いのよ!」


「褒めてるの、それ?」


「褒めてるのよさ!」


 昔と変わらない。


 妙に語尾が跳ねる喋り方も。


 小さな身体も。


 あれから全然変わってないな。


 そう思っていると。


「…………あっ!」


 由愛と目が合った。


 次の瞬間。


「イッキがいるぅー!」


「うおっ!?」


 こちらへ走ってくる。


「由愛、走るな!」


「イッキー!」


 止まる気配はない。


 そのまま勢いよく俺のところまで来ると――。


「よいしょ」


「…………」


 当然のように。


 俺の膝の上へ座った。


「いやいやいや」


「久しぶりなのよさ!」


「それよりお前、相変わらず俺の膝に座るんだな」


「うん!」


「お前も十六歳だろ? もう少し年頃の女子として恥じらいを持った方が――」


「いらなーい」


「即答するなよ……」


 由愛は中学時代から、昔と変わらない距離感で俺へ接してくる。


 小柄だから座られてもそこまで重くはないのだが。


 問題は――。


「由愛!」


 やっぱり来た。


「一樹の膝から降りなさい!」


「嫌っ!」


 明日奈だ。


「なんでよ!」


「ここがいいの!」


「良くない!」


「いいの!」


「降りなさい!」


「いやなのよさー!」


 由愛が俺の膝の上で暴れ始める。


「ちょっ、待て由愛!」


 ぶんぶん振り回された細い腕が――。


 バシッ!


「痛っ!」


 俺の頬に直撃した。


「由愛! 暴れるなら降りろ!」


「嫌ぁ!」


 バシッ!


「また!?」


 今度は反対側。


 そして、次に振り回された腕が隣にいる憐矢へ向かう。


「…………」


 ひょい。


 憐矢は僅かに上半身を傾けただけで、華麗に回避した。


「なんでお前だけ避けられるんだよ!」


「見えてたから」


「俺は見えてても避けられねぇんだよ!」


「膝に乗せてるからだろ」


「好きで乗せてるわけじゃない!」


「イッキの膝は私の特等席なのよさ!」


「いつ決まった!?」


「昔から!」


 当然のように答える由愛。


「由愛、降りなさい!」


「嫌!」


「降りろ!」


「嫌なの!」


「お前ら、学園長室で何やってんだ……」


 呆れ切った枢木先生の声が響く。


 その横では、ミカエル学園長が楽しそうに笑っていた。


 そして俺は。


 数日前からずっと胸の奥に引っかかっていた重苦しいものが、ほんの少しだけ軽くなっていることに気づいていた。


 久しぶりに会った由愛が、昔と何一つ変わらず俺へ接してくれたからなのかもしれない。


 少なくとも。


 さっきまでよりは少しだけ――息がしやすくなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。