【6話】バレーボール対決!?
エンジンかかってきました。
朝。
障子から差し込む柔らかな光で、ミアは目を覚ました。
「……んー……」
布団の中で伸びをする。
一瞬だけ、いつもの癖でスマホを探そうとして――
「あ……」
手が空を切る。
「そっか……ここ、大正時代だった」
最初は信じられなかったこの世界。
でも、今では朝の光や、廊下を歩く足音さえ少しずつ当たり前になってきていた。
「……不思議」
ミアは小さく笑う。
「前はスマホないと無理って思ってたのに」
鏡を見る。
女学校の制服を着る。
「よし!」
最初は戸惑っていたこの生活も、少しずつ慣れてきていた。
そんな時。
コンコン。
障子を叩く音がする。
「美亜」
聞き慣れた声。
「朝食が出来ていますよ」
「あ、おばあちゃん」
ミアは起き上がる。
「今行くー」
食卓には、炊きたてのご飯と味噌汁。
焼き魚と漬物が並んでいた。
「いただきます」
ミアは箸を持つ。
(朝からちゃんとご飯って、久しぶりかも)
現代では、時間がない朝はコンビニで買ったパンやおにぎりで済ませることが多かった。
でも、ここでは毎朝、温かい食事が用意されている。
「……美味しい」
思わず呟く。
おばあさんは少し微笑んだ。
「口に合いますか?」
「うん。最初は慣れなかったけど……今は好き」
朝食を終えると、ミアは鞄を持って玄関へ向かった。
「行ってきます」
「気をつけて行ってらっしゃい、美亜」
おばあさんの声に、ミアは笑顔で振り返る。
「うん!」
屋敷を出ると、朝の街には人々の声が響いていた。
しばらく歩いていると――
「ミアちゃん!」
後ろから声がする。
振り返ると、琴音が笑顔で駆け寄ってきた。
「おはよう」
「おはよ、琴音ちゃん」
二人は並んで歩き始める。
「昨日のエビフライ、美味しかった?」
琴音が尋ねる。
「うん! おばあちゃんも喜んでくれたよ」
「あとね、お手伝いの件。いいって言ってもらえた!」
ミアは嬉しそうに笑う。
「本当?」
「うん。ただ、学校をちゃんとすることと、家の名前に恥じないようにって」
琴音は安心したように微笑む。
「よかったね、ミアちゃん」
「うん!」
そんな会話をしながら歩いていると、やがて学校が見えてきた。
大きな門の前には、今日も多くの女学生たちが集まっている。
ミアは校門を見上げる。
「よし、今日も頑張ろう」
琴音と一緒に、二人は学校の門をくぐった。
教室には、すでに多くの女学生たちが集まっていた。
「おはようございます」
「おはよう」
朝の挨拶が飛び交う。
やがて先生が教室へ入ってくる。
「皆さん、おはようございます」
全員が席につき、朝の時間が始まる。
出席の確認や連絡事項が伝えられる。
「本日は午前の授業に体育があります。着替えを忘れないようにしてください」
先生の言葉に、教室が少しざわめいた。
「体育……」
ミアは首をかしげる。
現代の学校でも体育はあった。
でも、大正時代の女学校で行われる体育は、どんなものなのか少し興味があった。
そして――
体育の時間。
校庭には女学生たちが集まっていた。
先生が用意したものを見て、ミアは目を丸くする。
「え……」
そこにあったのは、大きなボール。
「今日はバレーボールを行います」
「バレー……?」
ミアは思わず声を漏らした。
(まさか、この時代に?)
「今日は二組に分かれて試合を行います」
先生の声に、女学生たちは少しざわめいた。
「それでは、こちらの組から――」
次々と名前が呼ばれていく。
「如月さん」
「はい」
ミアが前へ出る。
そして――
「伊集院さん」
「はい」
伊集院も静かに前へ出た。
偶然にも、二人は別々の組に分かれることになった。
「ミアちゃん、頑張ろうね」
琴音が声をかける。
「うん!」
ミアは頷いた。
向かい側には伊集院の姿がある。
姿勢は綺麗で、立っているだけでも隙がない。
「伊集院さん、運動も得意なんだよね?」
ミアが尋ねる。
琴音は少し頷いた。
「うん。伊集院さんは体育もお得意だよ」
「勉強だけじゃないんだ」
ミアは少し驚く。
「何をやっても上手で……みんなから憧れられてるんだよ」
琴音の言葉に、ミアは改めて伊集院を見る。
財閥令嬢で、勉強もできる。
それだけではない。
運動までこなす。
「じゃあ、負けないように頑張らないとね」
ミアは笑った。
先生が試合前の説明を始める。
「この競技は、相手の陣地へ球を返すものです」
「ただし、球を持ってはいけません。手で打ち返してください」
「そして、三回以内に相手へ返すこと」
ミアは頷きながら聞いていた。
(基本的なところは同じだ)
しかし――
「なお、今回は一組九人で行います」
「九人……?」
ミアは思わず目を瞬かせた。
(あれ? バレーって六人じゃなかったっけ?知ってるスポーツなのに、ちょっと違うんだ)
ミアは小さく笑う。
「面白いじゃん」
女学生たちは、それぞれ決まった場所に立つわけではなく、全員が自由に動けるように並んでいた。
(ポジションもないんだ……)
試合開始の合図が響く。
「お願いします!」
相手チームからボールが打ち込まれた。
「きゃっ!」
「そちらです!」
女学生たちは一斉にボールを追いかける。
ミアは一瞬、目を丸くした。
(全員で追うんだ……)
ボールが来れば、近くにいる者が拾う。
「えいっ!」
一人の女学生が腕でボールを打ち上げる。
「まだです!」
別の女学生が続けて拳で返す。
ボールはふらふらと上がり、なんとか相手コートへ戻っていく。
「なるほど……」
ミアは思わず呟いた。
綺麗な連携というより、全員でボールを追いかける。
でも――
「楽しそう」
自然と笑顔になる。
その時、相手から強いボールが飛んできた。
「伊集院さん!」
声が上がる。
伊集院は迷いなく前へ出た。
「はっ!」
腕を使って、綺麗にボールを受ける。
ボールは高く上がり、相手側へ返っていった。
「すごい……」
周囲から声が漏れる。
試合は徐々に伊集院のチームが流れをつかんでいた。
「はい!」
伊集院が打ち返したボールは、綺麗な弧を描いて相手側へ飛んでいく。
「きゃっ!」
ミアのチームは必死に追いかけるが、なかなか思うようにつながらない。
「また取られた……」
「伊集院さん、すごいですわ」
周囲から声が上がる。
伊集院のチームは、全員が迷いなく動いていた。
一方、ミアのチームはボールが来るたびに、
「私が!」
「いえ、私が!」
と譲り合ったり、逆に同時に追いかけたりしていた。
(やっぱり……)
ミアは状況を見る。
(みんな、ボールを追いかけるだけになってる)
技術の差だけじゃない。
チームとして動けていない。
その時――
「タイム!」
ミアは思わず声を上げた。
先生が少し驚いた顔をする。
「タイム?」
まだ一般的ではない言葉だったのか、周囲も少しざわめく。
ミアは慌てて言い直す。
「あ、えっと……少し作戦を話しませんか?」
先生が頷く。
「よろしいでしょう」
ミアたちはコートの端へ集まった。
「どうしたの?」
琴音が尋ねる。
ミアはみんなの顔を見る。
「まず、ボールが来た時に全員で追いかけるのをやめよう」
「え?」
女学生たちが顔を見合わせる。
「誰が取るか決めるの」
ミアは続ける。
「声を出して。『任せて』って言った人が取る」
「それだけで変わると思う」
みんなは少し不安そうだった。
でも――
「やってみよう」
琴音が笑う。
ミアも頷いた。
「あと、ボールが来たら無理に手で叩こうとしなくていいよ」
ミアは自分の腕を見せる。
「こうやって、両手を合わせて、手首の少し上で受けるの」
「そうすると、ボールが上に上がるから」
女学生たちは真似をする。
「腕で受ける……?」
「うん。力を入れすぎないで、受け止める感じ」
そして、笑顔で言った。
「さあ、頑張ろう!」
「はい!」
チームの雰囲気が少し変わった。
試合再開の合図が響く。
最初のうちは、まだ慣れない動きに戸惑いもあった。
「ごめんなさい!」
ボールを取り損ね、悔しそうに声を上げる女学生。
「大丈夫!」
ミアはすぐに声をかける。
「次、取ればいいよ!」
少しずつ。
本当に少しずつだった。
今までなら、誰が取るか迷っていたボールも、
「私が!」
「お願いします!」
声を掛け合うことで、繋がるようになっていく。
「すごい……」
琴音が驚いたように呟く。
「さっきまでとは違うね」
ミアは笑う。
「うん。みんな上手になってる」
一方、伊集院のチームも簡単には崩れない。
伊集院は落ち着いた動きでボールを返していた。
「まだまだですわね」
そう言いながらも、その表情には焦りの色が浮かんでいた。
しかし――
「一点!」
「やった!」
ミアのチームが得点を重ねる。
劣勢だった点差は、少しずつ縮まっていく。
そして――
「同点です!」
先生の声が響いた。
「やった!」
チームから歓声が上がる。
ミアは息を整えながら、伊集院を見る。
伊集院もこちらを見ていた。
試合は終盤に入っていた。
点数は並び、どちらも一歩も譲らない。
「あと一点……」
女学生たちの緊張が高まる。
相手から返ってきたボールを、ミアのチームが受ける。
「お願いします!」
一人が打ち上げる。
しかし――
「あっ!」
ボールは思ったより高く上がり、狙った場所へは落ちなかった。
「失敗……」
誰もが諦めかけた、その時。
「任せて!」
ミアが走り出した。
高く上がったボール。
普通なら、返すだけで精一杯。
でも――
(これなら……)
ミアはタイミングを合わせる。
「来る!」
伊集院が前へ出た。
ミアが強く打つと読んだのだ。
伊集院は両手を上げ、ボールを防ぐ構えを取る。
しかし――
ミアは一瞬、動きを変えた。
「え?」
伊集院の目がわずかに揺れる。
強く打つと見せかけて、力を抜く。
ボールは伊集院の手を避けるように、ふわりと落ちた。
「……!」
誰もいない場所へ。
ボールが床につく。
「得点!」
先生の声が響いた。
「やった!」
ミアのチームから歓声が上がる。
逆転だった。
「すごい……」
琴音が目を輝かせる。
ミアは息を整えながら笑った。
「危なかったー」
向かい側の伊集院は、落ちたボールを見る。
そして、ゆっくりミアを見る。
「……見事ですわ」
初めて見るような、少し驚いた表情だった。
体育の授業が終わると、女学生たちは教室へ戻った。
「疲れたねー」
琴音が席に座りながら笑う。
「うん。でも楽しかった!」
ミアも笑顔で答える。
午前の授業が終わり、昼休みになる。
教室には、お弁当を広げる音や楽しそうな声が広がっていた。
「ミアちゃん、お昼一緒に食べよ」
「うん!」
琴音と机を寄せる。
ミアは鞄から弁当箱を取り出した。
「今日はね、ちょっと楽しみなんだ」
「何?」
琴音が覗き込む。
蓋を開けると――
「え?」
琴音が目を丸くした。
そこには、小さなエビフライが入っていた。
「これって……」
「うん。昨日作ったやつ」
ミアは少し照れながら笑う。
「おばあちゃんに食べてもらったんだけど、今日は琴音ちゃんにも食べてほしくて」
「いいの?」
琴音は驚いた顔をする。
「もちろん!」
ミアはエビフライを一つ渡した。
琴音は少し緊張しながら口にする。
「……」
しばらくして、表情が明るくなる。
「美味しい……」
「本当?」
「うん。外はサクサクしてるし、中は柔らかい」
琴音は嬉しそうに笑う。
「ミアちゃん、本当に料理が上手なんだね」
ミアは少し照れる。
「そうかな?」
照れ笑いをするミア。
その時――
少し離れた席から、視線を感じた。
伊集院だった。
彼女はミアの弁当を見て、少し興味深そうにしていた。
その時、ミアはふと伊集院の方を見る。
「伊集院さん」
呼ばれて、伊集院が顔を上げる。
「はい?」
ミアは笑顔で弁当箱を持ち上げた。
「これ、昨日作ったエビフライなんだけど」
伊集院は少し驚いた表情をする。
「エビフライ……ですの?」
「うん。よかったら食べてみる?」
「え?」
周囲の女学生たちが少しざわめく。
財閥令嬢である伊集院に、気軽に料理を勧める人はあまりいない。
でも、ミアはいつも通りだった。
「私が作ったんだよ」
そう言って、小さなエビフライを差し出す。
伊集院は少し迷った。
普段なら、料理人が作ったものを食べることが多い。
けれど――
目の前のミアの表情は、とても自然だった。
「……では、いただきますわ」
伊集院は箸を取り、エビフライを口にする。
「……」
静かに味わう。
そして――
「……美味しいですわ」
ミアの顔が明るくなる。
「本当?」
「ええ」
伊集院はエビフライを見る。
「昨日のお弁当のものとは違いますわね」
「うん。小さいエビだけど、自分で作ったから」
ミアは笑う。
「料理って楽しいから」
伊集院は少しだけ目を細めた。
「……あなたは、本当に不思議な方ですわね。如月さん」
その言葉に、ミアは首をかしげる。
「そう?」
琴音は横で笑っていた。
大正の学校生活は、少しずつミアの日常になっていた。
今回登場したバレーボールですが、日本では大正時代に女学校などで広まり始めたスポーツでした。
現在の6人制バレーボールとは違い、当時は9人制が主流で、ポジションも現在ほど明確ではありませんでした。
時代によって、同じスポーツでもルールや楽しみ方が変わる。そんな違いも楽しんでいただけたら嬉しいです。




