【48話】ミア、縁談相手に会う!?
さて、伊集院の相手はどんな人でしょうか。
コンコン。
「どうぞ」
扉がゆっくりと開く。
そして――
一人の男が部屋へ入ってきた。
軍服をきちんと着こなし、背筋を伸ばしている。
年齢は二十代後半ほどだろうか。
整った顔立ちに、落ち着いた雰囲気。
「お待たせいたしました。伊集院さんですね」
「は、はい……」
伊集院が立ち上がる。
その隣で、ミアも立ち上がった。
そして西園寺の顔を見た瞬間――
「……え?」
ミアの目が大きくなる。
「イケメンじゃん……」
そしてミアは、ゆっくりと隣を見る。
伊集院の顔は――真っ赤になっていた。
「…………」
完全に硬直している。
「伊集院?」
「…………」
「おーい?」
それでも伊集院は動かない。
ミアは思わず笑ってしまった。
「……もしかして、伊集院ってこういう人がタイプ?」
「――っ!」
伊集院の顔が、さらに赤くなった。
伊集院は慌てて。
「も、申し訳ありません……」
西園寺が少し首をかしげる。
「……どうされました?」
「突然このように伺ってしまって……。急なお話でしたので、ご迷惑ではないかと思いまして……」
伊集院は深々と頭を下げる。
「いえ。こちらは構いません」
西園寺は穏やかに答えた。
「伊集院家からお話をいただいていることは、父から聞いております」
「そう……ですのね」
伊集院が顔を上げる。
すると隣から――
「ねえ、伊集院」
ミアが小声で話しかけた。
「やっぱりイケメンだよね?」
「ミアさんっ!」
伊集院は真っ赤な顔でミアを睨んだ。
「まあまあ」
ミアは慌てて伊集院をなだめる。
そして西園寺に向き直った。
「ごめんなさい。急に来たのは、あたしが言い出したんです」
「ミアさん……」
「だって、伊集院がこれから付き合う人って、どんな人なのかなって気になっちゃって」
ミアは悪びれた様子もなく笑う。
「だから、あたしも一度見てみたいって言ったんです」
伊集院は驚いたようにミアを見る。
西園寺は少し目を丸くしたあと、ふっと笑った。
「なるほど……そういうことでしたか」
「はい!」
ミアは元気よく答える。
「だから、伊集院が急に押しかけたわけじゃないからね」
「ミアさん……」
伊集院は少し困ったような顔をしながらも、どこかほっとしたように微笑んだ。
三人はしばらくの間、他愛のない話をしていた。
西園寺は思っていたよりも気さくな人物だった。
ミアもすっかり緊張が解け、いろいろと質問している。
「西園寺さんって、ずっと軍人なの?」
「ええ。今のところは、そのつもりです」
「じゃあ、毎日忙しいんだ?」
「そうですね。訓練もありますし、仕事もありますから」
西園寺はそう言ってから、少し苦笑した。
「実は、今回の縁談についても、私自身はまだ何も決めていないのです」
伊集院が顔を上げる。
「まあ……」
「親から話をされたので、そういう話があることは知っています。ただ――」
西園寺は少し考えてから続けた。
「まだ軍の仕事もありますから、結婚のことを考えるのはもう少し先でもいいのではないか、と親には言っているのですが」
「そうなんですのね……」
伊集院の表情が、少しだけ和らいだ。
それを見たミアは、二人の顔を交互に見る。
「じゃあ、伊集院だけが悩んでたわけじゃないんだ」
「ええ。私も少々困っていました」
西園寺が苦笑する。
「なんだ、二人とも同じじゃん」
ミアが笑う。
伊集院も、思わず小さく笑った。
「……そうですわね」
部屋の空気が、先ほどまでとは少し違っていた。
しばらく談笑したあと、西園寺は時計に目を向けた。
「……では、私は職務がありますので、そろそろ戻ります」
「あ、はい。お時間を取らせてしまって、申し訳ありませんでした」
伊集院が立ち上がる。
「いえ。こちらこそ、お会いできてよかったです」
西園寺は二人に軽く頭を下げる。
「伊集院さんも、今日はわざわざありがとうございました」
「こちらこそ……」
伊集院も頭を下げた。
ミアも慌てて立ち上がる。
「ありがとうございました!」
「では、失礼します」
西園寺はそう言うと、部屋を出ていった。
扉が閉まる。
「…………」
しばらく、二人とも黙っていた。
ミアが伊集院の顔を見る。
そして――
「ねえ、伊集院」
「……何ですの?」
「顔、まだ赤いよ?」
「……っ!」
伊集院は慌てて両手で頬を押さえた。
二人は駐屯地を後にし、並んで帰り道を歩いていた。
しばらく無言で歩いていたが、ミアが口を開く。
「ねえ、伊集院」
「何ですの?」
「西園寺さん、悪い人じゃなさそうで良かったね」
伊集院は少し驚いたようにミアを見る。
「……ええ。私もそう思いますわ」
「話しやすかったし、ちゃんと仕事もしてるみたいだし」
「そうですわね」
伊集院は少し考えるように前を向く。
「お会いするまでは、どのような方なのか全く分かりませんでしたもの」
「うん。やっぱり、会ってみないと分からないよね」
ミアは笑った。
「だから、来て良かったじゃん」
「……そうですわね」
伊集院も小さく笑う。
夕暮れの道を、二人は並んで歩いていった。
すると、伊集院がふと思い出したように口を開いた。
「そういえば……ミアさん」
「ん?」
「ミアさんも、名家のお生まれですわよね?」
「まあ、一応ね」
ミアが笑う。
「それなら……ミアさんにも、そういう縁談のお話はないのですの?」
「えっ?」
ミアは少し驚いた顔をする。
「あたし?」
「ええ」
伊集院は少し首をかしげる。
「今回の私のように、ご両親からお話があったりは……?」
「うーん……」
ミアは腕を組んで考える。
「まだ興味がないよ。」
「まあ……そうですの?」
ミアは何気なく答える。
「そもそも、あたしまだ学生だし」
伊集院は少し考えてから、微笑んだ。
「ふふ……ミアさんらしいですわね」
「何それ?」
「いえ、何でもありませんわ」
二人は顔を見合わせて笑いながら、再び帰り道を歩き始めた。
ミアが家に帰ると、おばあさんと二人で夕食を囲んでいた。
しばらくすると、ミアが今日のことを思い出したように口を開いた。
「ねえ、おばあちゃん」
「ん?」
「今日ね、伊集院に縁談の話が来てるって聞いたの」
おばあさんの箸が止まる。
「まあ……そうなのかい?」
「うん。それでね、相手の人に会いに行ってきた」
「相手の人に?」
「そう。陸軍の少佐なんだって」
「ほう……」
おばあさんは興味深そうにミアを見る。
「それで、どんな人だったんだい?」
「それがさ――」
ミアは少し身を乗り出す。
「めっちゃイケメンだった!」
「ふふっ」
おばあさんが思わず笑う。
「美亜は、そこを見るのかい?」
「だって本当にカッコよかったんだもん」
ミアは楽しそうに話を続ける。
「でも、悪い人じゃなさそうだったよ。話しやすかったし、軍の仕事も忙しいみたい」
「そうかい」
おばあさんは頷く。
「それなら、伊集院さんも少し安心したかもしれないね」
「うん。帰り道では、ちょっと嬉しそうだったよ」
ミアはそう言ってから、ご飯を一口食べる。
「……あ」
「どうしたんだい?」
「そういえば、伊集院に聞かれた」
「何を?」
「あたしには縁談とかないのかって」
おばあさんは、一瞬だけミアを見る。
「……それで、ミアは何て答えたんだい?」
「まだ興味がないよって」
おばあさんは、しばらく黙ってお茶を飲んでいた。
そして、ふっとミアを見る。
「ミア……」
「ん?」
「これからは、結婚も家で決めるのではなく、自分で相手を決める時代になるのかもしれないね」
ミアは少し考えてから、にっこり笑った。
「うん。やっぱり、自分が好きな人と結婚したいよね」
おばあさんは、そんなミアを見て微笑む。
「そうだねぇ。ミアがそう思うなら、それでいいんじゃないかね」
「うん!」
ミアは嬉しそうに笑って、箸を動かした。
「だって、好きでもない人とずっと一緒にいるなんて、絶対つまんないじゃん」
「ふふ……ミアらしいね」
「でしょ?」
二人は顔を見合わせて笑った。
窓の外では、夜の街に明かりが灯り始めていた。
今回は、伊集院さんの縁談のお相手、西園寺少佐が登場しました。
「名家の息子が軍人?」と思われた方もいるかもしれません。
大正時代には、軍人は社会的な地位のある職業の一つで、特に陸軍の将校には、士官学校などを経て軍務に就く人たちがいました。
そのため、名家の子弟が軍人になることも、当時としては特別珍しいことではありません。
もちろん、名家の子どもがみんな軍人になったわけではなく、官僚や実業家など、さまざまな進路がありました。
今回の西園寺少佐も、家柄だけでなく、本人が軍人として仕事をしている人物として登場させています。
そしてミアは、そんな肩書きより先に――
「イケメンじゃん」
……でした(笑)。
伊集院さんの縁談は、これからどうなるのでしょうか?




