【46話】ミア、香水を作る!?
意外と大正にも香水文化あったんですね。
いつものように、放課後の喫茶店。
「いらっしゃいませー!」
ミアは今日も元気に店内を動き回っていた。
そこへ、カランカランとドアベルが鳴る。
「こんにちは、ミアちゃん」
「あっ、記者さん!」
入ってきたのは、以前から何度も取材で顔を合わせている女性記者だった。
「こんにちは。今日も忙しそうね」
「うん! 最近、お客さん増えてるんだよ」
「それは何よりね」
記者はいつもの席に腰を下ろす。
「今日は何にする?」
ミアがメニューを差し出す。
「そうね……今日は紅茶にしようかしら」
「はーい!」
ミアが注文を受けて厨房へ向かおうとすると、記者が声をかけた。
「あ、ミアちゃん。実はね……」
「ん?」
「今日は、ちょっとお願いがあるの」
ミアは足を止めて振り返った。
「お願い?」
「ええ。今度、女性向けの雑誌で香水の記事を書くことになったの」
「香水?」
ミアの目が輝く。
「うん。いくつか香水を用意して、実際に試してもらおうと思っているのよ」
「へぇー! 面白そうじゃん!」
「それでね、ミアちゃんにも協力してもらえないかと思って」
「もちろん!」
ミアは即答した。
「香水って、どんなのがあるの?」
「それはこれから見てもらう予定よ」
記者は鞄から、小さな香水瓶をいくつか取り出した。
テーブルの上に並べられた色とりどりの瓶を見て、ミアは身を乗り出す。
「うわぁ……かわいい!」
「まずは、香りを比べてみましょうか」
「うん!」
ミアは一本目の香水を手に取った。
「どんな匂いかな?」
シュッ。
ふわりと、甘い花の香りが広がった。
「わぁ……いい匂い!」
記者が笑う。
「じゃあ、これは星五つのうち、いくつ?」
「え?」
ミアは香水をもう一度嗅いだ。
そして、少し考え込んだ。
「うーん……」
ミアは並べられた香水を一つずつ試していった。
「こっちはちょっと甘いかな」
シュッ。
「これは……なんか大人っぽい!」
そして、最後の一本を試す。
「……あっ」
ミアはもう一度、香りを確かめた。
「うん。あたし、これかな!」
ミアは一本の香水を指差した。
「これが一番好き!」
「そうなの?」
女性記者も同じように香りを確かめる。
「私は……こっちね」
記者が選んだのは、ミアが選んだものとは別の香水だった。
「えっ、そっち?」
「ええ。私はこっちのほうが好きだわ」
「でも、あたしはこっち!」
二人は顔を見合わせる。
「……好みって違うんだね」
「そうね」
ミアは並んだ香水を見つめる。
「じゃあ、これってどうやって星を付けるの?」
「そこなのよね……」
記者も少し困ったように笑った。
「私が五つ星を付けても、ミアちゃんが好きじゃなければ意味がないでしょう?」
「うーん……」
ミアは腕を組んだ。
そして、しばらく考えたあと――
「……だったらさ」
ミアが顔を上げる。
「自分で作ればいいんじゃない?」
ミアはテーブルに並んだ香水を見つめていた。
どれも綺麗な瓶に入っている。
でも、すでに一つの香りとして完成されている。
「うーん……」
ミアは腕を組んだ。
「これってさ、もう完成してる香水なんだよね?」
「ええ。そうね」
「じゃあ、これとこれを混ぜても……なんか違う気がする」
「どうして?」
「だって、それぞれ作った人が『これが一番いい』って思って作ってるんでしょ?」
記者は少し考えてから頷いた。
「確かに、そういうことになるわね」
ミアはもう一度、香水の瓶を眺める。
「だったら、もっとシンプルな匂いがあればいいんじゃない?」
「シンプルな匂い?」
「うん。バラならバラ、スミレならスミレって、一つの匂いだけのやつ」
ミアの顔がぱっと明るくなる。
「デパートなら、そういうの売ってるかも!」
「デパートに?」
「うん! 行ってみようよ、記者さん!」
ミアは記者の手を取る勢いで立ち上がった。
「自分の好きな香りを、自分で組み合わせてみよう!」
「ちょ、ちょっとミアちゃん。今日は香水の記事の取材だったはずなんだけど……」
「そうだよ!」
ミアはニッと笑った。
「だから、自分だけの香水を作るの!」
二人は喫茶店を出ると、デパートへ向かった。
「記者さん、こっちこっち!」
ミアは楽しそうに先を歩いていく。
「ミアちゃん、ずいぶん張り切ってるわね」
「だって、自分だけの香水だよ? なんかワクワクするじゃん!」
やがて二人は、街の大きなデパートへと到着した。
店内に入ると、ミアは辺りを見回した。
「香水って、どこにあるのかな?」
「化粧品売り場じゃないかしら」
二人は化粧品の並ぶ一角へ向かった。
そこには、色とりどりの小さな瓶が並べられていた。
「あった!」
ミアが駆け寄る。
「すみませーん!」
店員が振り返る。
「はい。何かお探しでしょうか?」
「香水なんだけど、ちょっと聞きたいことがあるの」
ミアは並んだ瓶を眺めながら尋ねた。
「この中に、バラならバラ、スミレならスミレみたいな、ひとつの香りに近いものってある?」
店員は少し考えるように商品を見渡した。
「そうですね……こちらなどはいかがでしょう」
店員がいくつかの瓶を取り出してくれる。
「こちらは花の香りを中心にしたものです。こちらは少し爽やかな香りですね」
「へぇー!」
ミアは瓶を一つずつ眺める。
「これなら、組み合わせられるかも!」
女性記者も瓶を覗き込む。
「本当に自分で作るつもりなのね」
「もちろん!」
ミアは笑った。
「だって、あたしの好きな香りなんだから、あたしが決めたいじゃん!」
ミアは、店員が用意してくれた香りを並べてみた。
「これがバラで、こっちがスミレ。こっちは柑橘系かぁ」
「じゃあ、まずバラとスミレ!」
二つの香りを合わせてみる。
「……うーん、違う」
「お花が強すぎる!」
今度はバラに柑橘系を合わせてみる。
「……あっ、こっちはいい!」
「甘いけど、ちょっと爽やか!」
ミアが嬉しそうに笑う。
その様子を、店員も興味深そうに眺めていた。
「もうちょっとだけ何か欲しいな」
「まだ足すの?」
「もちろん!」
ミアは別の香りを手に取る。
「これを少しだけ……」
香りを確かめる。
「……これだ!」
「決まったの?」
「うん! これが、あたしの好きな香り!」
店員も思わず微笑んだ。
ミアが別の香りに手を伸ばした、その時だった。
「お嬢さん、面白いことをやってるね」
「え?」
振り返ると、そこには一人の男性が立っていた。
年配の紳士というほどではないが、落ち着いた雰囲気の男性だった。
「香りを組み合わせているのかい?」
「うん! 自分の好きな香りを作ってるの!」
ミアが笑顔で答える。
すると店員が男性の姿を見て、突然背筋を伸ばした。
「ふ、福原様……!」
「え?」
ミアと記者が同時に振り返る。
男性は少し笑った。
「そんなに畏まらなくてもいいよ」
ミアは首をかしげる。
「……誰?」
ミアは男性をじっと見る。
「おじさんも香水つけるんだ?」
「ん?」
「だって、香水売り場にいるじゃん」
男性は思わず笑った。
「ああ、そうだね。私も香りは好きなんだよ」
「へぇー!」
ミアは興味津々で男性を見る。
「じゃあ、おじさんはどんな香りが好きなの?」
店員は固まった。
「お、お客様……!」
しかし男性は楽しそうに笑っている。
「そうだねぇ……私は、少し落ち着いた香りが好みかな」
「なるほどね!」
ミアはまた香水の瓶に目を戻した。
「じゃあ、おじさんの好きな香りも作ってみる?」
「ほう。それは面白そうだ」
店員は、さらに目を丸くした。
福原と呼ばれた男は、並んでいる香りを眺めると、いくつかを手に取った。
「では、私も少しやってみようか」
福原は慣れた手つきで香りを組み合わせていく。
「ほら、お嬢さん。これはどうかな?」
ミアは差し出された香りを嗅いでみる。
「……なんか、渋い匂いだね」
福原は一瞬きょとんとしたあと、声を出して笑った。
「渋い匂いか!」
「うん。なんか大人っぽい!」
「ははは。なるほど。君にはそう感じるのか」
福原は楽しそうに笑いながら、もう一度香りを確かめた。
ミアが嬉しそうに笑う。
記者は手帳を閉じた。
「これは記事にできそうね。今日はもう帰りましょうか」
「うん!」
ミアは店員にお礼を言うと、福原のほうを振り返った。
「じゃあ、おじさん。またね!」
「ああ。また会おう」
福原は笑顔で手を振った。
ミアと記者が店を出ていく。
店員は二人を見送ったあと、福原に向き直る。
「……社長、よろしかったのですか?」
福原は笑いながら答えた。
「なかなか面白いお嬢さんじゃないか」
デパートを出ると、二人は並んで歩いた。
「今日は面白かったわね、ミアちゃん」
「うん! 自分の好きな香りを作れるなんて思わなかった!」
しばらく歩いたところで、記者が足を止める。
「私はこっちだから。それじゃあ、またね」
「うん! またね、記者さん!」
記者と別れ、ミアは一人で家への道を歩き始めた。
ミアは鞄から、自分で調合した香水を取り出す。
「ふふっ……やっぱ、いい匂い!」
もう一度、香りを確かめる。
「これが、あたしの香りかぁ」
ミアは嬉しそうに笑いながら、香水を鞄にしまった。
そして、そのまま家へと帰っていった。
――ミアの初めての香水作りは、こうして終わった。
今回は香水のお話でした。
今回、香水売り場の描写を考える際に参考にしたのが、現在も続いている資生堂です。
資生堂は1872年(明治5年)に東京・銀座で創業した化粧品会社で、大正時代には香水も販売していました。
当時、資生堂を率いていたのが福原信三です。
作中の福原は、この福原信三をモデルにしています。
ちなみにミアは最後まで「おじさん」扱いでした(笑)。
香りの好みは人それぞれ。
だからこそ、自分の好きな香りを組み合わせて、自分だけの香水を作る。
今回は、そんなミアらしい発想のお話でした。




