【39話】元気が出るフルーツポンチ!?
まあ、創作だから勘弁してください。
観劇の翌日。
ミアは、いつものように喫茶店でバイトをしていた。
「いらっしゃいませ~!」
注文を聞きながら、ミアの頭には昨日のことが浮かんでいた。
「……宝塚、結構よかったなぁ」
思わず、ぽつりと呟く。
昨日初めて観た宝塚少女歌劇。
最初はどんなものかと思っていた。
けれど、いろいろな衣装。
音楽。
踊り。
そして、最後の華やかな舞台。
「また見てもいいかも……」
ミアはそう呟きながら、テーブルを拭いていた。
すると――
店の入口から、若い女性二人組が入ってきた。
「いらっしゃいませ~!」
ミアが声をかける。
二人は店内を見渡すと、空いている席へと向かっていく。
「二名様ですね。こちらへどうぞ~」
ミアが席まで案内する。
二人の女性を見ながら、ミアはふと思った。
(……あれ?)
どこかで見たことがある。
初めて会うはずなのに、なぜか見覚えがあった。
ミアは首を傾げる。
(誰だっけ……?)
二人の女性は、メニューを開いて話している。
ミアは少し考えたあと、
「……まあ、いっか」
ミアは二人のテーブルへ注文を取りに向かった。
「ご注文、お決まりですか~?」
そう声をかける。
一人の女性はメニューを見ていたが、もう一人は――
どこか神妙な顔をしていた。
「……」
女性は少し考えたあと、メニューを指差した。
「では……アイスコーヒーをお願いします」
「はい!」
ミアが注文を書き留める。
すると女性は、もう一度メニューを見る。
「それと……このコーヒー寒天も」
「あ、コーヒー寒天!」
ミアが顔を上げる。
「珍しいので、ちょっと食べてみたくて」
「なるほど~!」
ミアは笑顔で頷いた。
「じゃあ、アイスコーヒーとコーヒー寒天ですね!」
「はい」
ミアは注文を確認すると、厨房へ戻ろうとする。
その途中で、ふと振り返った。
(やっぱり……どっかで見たことあるんだよなぁ)
しばらくして、ミアは注文されたものをトレイに載せ、二人の席へ向かった。
「お待たせしました~!」
テーブルにアイスコーヒーを置き、続いてコーヒー寒天をそっと置く。
「こちらがコーヒー寒天です」
「ありがとうございます」
女性はそう答えた。
しかし――
ミアは、ふと女性の顔を見た。
(……あれ?)
さっきまで神妙な顔をしていた女性の目元が、少し赤い。
よく見ると、目には涙が浮かんでいた。
「……?」
ミアは少し驚いた。
「大丈夫ですか?」
思わず声をかける。
女性は慌てて目元を拭った。
「えっ……あ、すみません」
「いや、謝らなくていいけど……」
ミアは心配そうに女性を見る。
隣に座っていた友人も、女性の様子を気にしているようだった。
「……」
ミアは何か事情があるのだろうかと思いながら、二人のテーブルを離れた。
ミアは厨房へ戻りながら、何度も二人の席を振り返った。
(なんだろ……)
泣いていた女性。
隣にいる友人も、どこか心配そうな顔をしている。
(聞いちゃいけないよね……)
そう思いながらも、やっぱり気になる。
ミアは仕事をしながら、二人の会話にそっと耳を傾けた。
「……大丈夫?」
友人の声が聞こえる。
「うん……大丈夫」
女性はそう答えたが、声には元気がなかった。
「でも……」
「……」
ミアは思わず手を止めそうになる。
(何があったんだろ?)
聞いちゃいけない。
そう思っているのに、ミアの耳は二人の会話を追っていた。
「私……自信がないの」
女性の声が、かすかに震えていた。
「私がいると、みんなに迷惑をかけちゃうから……もう脱退したい。」
「そんなこと言わないでよ」
もう一人の女性が、すぐに引き留める。
「あなたがいなくなったら、みんな困るよ」
「でも……私なんか……」
「そんなことないって」
女性はそう言って、友人の手をそっと握った。
ミアは少し離れたところで、その会話を聞いていた。
(脱退……?)
その言葉に、ミアは首を傾げる。
(何から脱退するんだろ……?)
二人の様子を見ながら、ミアはますます気になってしまうのだった。
すると――
「……うっ……うぅ……」
女性の目から、突然涙が溢れた。
「うわぁぁぁん……!」
店内に響くほどの大泣きに、ミアはびっくりする。
「えっ!?」
思わず手にしていた布巾を置く。
(ちょ、ちょっと!)
ミアは慌てて二人の席へ駆け寄った。
「だ、大丈夫ですか!?」
女性は顔を伏せたまま、肩を震わせている。
隣の友人も驚いたように女性の背中をさすっていた。
「ご、ごめんなさい……」
「いやいや、謝らなくていいですよ!」
ミアはどうしていいのか分からず、オロオロする。
さっきまで「聞いちゃいけない」と思っていたことも、すっかり頭から飛んでいた。
「えっと……何かあったんですか?」
ミアが心配そうに尋ねる。
女性は涙を拭いながら、ゆっくり顔を上げた。
「……私、劇団にいるんです」
「劇団?」
ミアが聞き返す。
「はい……でも、周りの人たちはみんな上手で……」
女性は俯いた。
「歌も踊りも、私よりずっと上手で……。私なんかが一緒にいても、みんなの足を引っ張るだけなんじゃないかって……」
「だから、辞めたいって?」
ミアが尋ねる。
女性は小さく頷いた。
「……はい」
隣の女性が、すぐに口を挟む。
「でも、そんなことないよ。あなたはちゃんと頑張ってるじゃない」
「でも……自信がないの……」
また涙がこぼれる。
ミアは二人を見つめた。
(劇団かぁ……)
そこで、ミアの頭に昨日見た舞台が浮かんだ。
華やかな衣装。
舞台いっぱいに広がる踊り。
そして――天津乙女の姿。
ミアは少し考えると、
「……あっ!」
(この人……!)
ミアは、泣いている女性ではなく、その隣にいる女性の顔を見た。
「もしかして……」
昨日、舞台で見た人と同じ顔だった。
「天津乙女さん……?」
女性は少し驚いたように目を見開いた。
「……はい」
ミアは目を丸くする。
「やっぱり!」
昨日、あんなに華やかな舞台に立っていた人が、今、目の前にいる。
しかも――
泣いている友人を、心配そうに見つめていた。
ミアは昨日の舞台と目の前の光景の違いに、少し戸惑うのだった。
ミアは、泣いている女性のほうを見る。
そして、少し迷いながら尋ねた。
「ねえ……あなたも、昨日の舞台に出てたの?」
女性は涙を拭いながら、ミアを見る。
「……はい」
「やっぱり!」
ミアは驚いた。
「じゃあ、二人とも宝塚の人なんだ!」
天津は小さく頷く。
「ええ。私たちは同じ劇団におります」
ミアは二人を見比べた。
昨日は、舞台の上で華やかに輝いていた二人。
でも今は、その一人が涙を流している。
「そっか……」
ミアは少し考えて、泣いている女性を見つめた。
「でもさ……」
女性が顔を上げる。
ミアはニッと笑った。
「昨日、舞台でめっちゃ輝いてたじゃん!」
「……え?」
「歌って踊って、衣装もめっちゃ可愛くてさ!」
ミアは昨日の舞台を思い出す。
「少なくとも、あたしは楽しかったよ?」
女性は驚いたようにミアを見る。
「でも……私なんて、周りの人に比べたら……」
「そんなの関係なくない?」
「え……?」
ミアは首を傾げる。
「周りが上手いからって、自分がダメってことにはならないじゃん」
そして、笑顔で続けた。
「昨日の舞台、あたし初めて見たけど――」
ミアは胸を張る。
「めっちゃ楽しかった!」
女性は黙ってミアを見る。
「だからさ……」
ミアは少しだけ身を乗り出した。
「辞めるの、もったいなくない?」
その言葉に、女性の目が再び潤んだ。
隣にいた天津乙女も、少し驚いたようにミアを見つめていた。
ミアは少し考えてから、女性に言った。
「でもさ……あたしも、こっちに来てから最初は分かんないことだらけだったんだよね」
「……?」
「今までと全然違うことばっかりでさ。服も違うし、生活も違うし!」
ミアは笑う。
「最初は大変だったけど、分かんないことをずっと悩んでるより、今の状況を楽しんだほうがよくない?」
女性は黙ってミアを見る。
「だって、せっかく今ここにいるんだよ?」
そして、にっこり笑う。
「だったらさ、上手くできるかどうかなんて後で考えて、今は楽しんじゃえばいいんじゃない?」
女性は目に涙を浮かべながら、ミアの言葉を聞いていた。
天津も、静かにミアを見つめていた。
「じゃあさ!」
ミアは、ぱっと顔を上げた。
「元気が出るデザート、出すね!」
「え?」
二人が驚く間もなく、ミアは厨房へ駆け込んでいった。
「ちょ、ちょっとミアちゃん……?」
琴音の父が止めようとするが、もう遅い。
厨房では、ミアが楽しそうに果物の缶詰を開けていた。
「えーっと、みかんに、桃……これも入れちゃお!」
器に果物を盛り付け、そこへ冷やしたソーダ水を注ぐ。
シュワシュワと小さな泡が弾けた。
最後に赤いさくらんぼを一つ。
「よしっ!」
ミアが完成した器を持って戻ってくる。
「お待たせ~!」
テーブルに置かれたのは、色とりどりの果物が浮かぶ、涼しげなデザートだった。
「なに……これ?」
天津が目を丸くする。
「フルーツポンチ!」
ミアは胸を張った。
「甘くて、シュワシュワしてて、見た目もかわいいでしょ?」
泣いていた娘は、涙を拭いながら器を見つめた。
「……いただきます」
スプーンですくって、一口。
そして――
「……おいしい」
ミアはニッと笑った。
「でしょ? 元気出た?」
「……うん」
その返事に、ミアは満足そうに頷いた。
「じゃあ、もう一個!」
「え?」
「人生、楽しいほうが絶対いいじゃん!」
天津が、思わず小さく笑った。
女性は、フルーツポンチをもう一口食べると、ようやく落ち着きを取り戻した。
そして、ふとミアの姿を見る。
「……あの」
「ん?」
ミアが振り向く。
女性は、ミアの服装をじっと見つめていた。
「その……お召し物」
「これ?」
ミアは自分の服を見る。
手首につけた見慣れないアクセサリー。
そして足元のブーツ。
ただし――普通に履いているわけではない。
ミアはブーツの上部を半分ほど折り返していた。
「……その飾りも、靴も」
女性は不思議そうに首を傾げる。
「見たことがありません」
「え? そう?」
ミアは自分の胸元を見下ろす。
「かわいくない?」
「いえ……かわいいですけど」
女性は少し困ったように笑った。
「なんだか、とても不思議な格好ですね」
「やっぱり?」
ミアはケラケラ笑う。
すると天津も、ミアのブーツに目を向けた。
「確かに……その履き方は珍しいですね」
「これ? こうするとちょっと可愛くなるんだよ」
ミアはブーツの折り返しを指で軽く叩く。
女性はしばらくミアを眺めていた。
さっきまで泣いていたことも忘れたように。
「……あなたって、本当に面白い人ですね」
「そう?」
ミアは笑って答えた。
「よく言われる~!」
女性の顔に、ようやく笑顔が戻った。
「ふふ……」
ミアはほっとしたように笑う。
「よかった~!」
そう言うと、ミアは空になった皿を下げた。
「じゃ、あたし仕事戻るね!」
ミアは店のほうへ戻っていく。
しばらくして、注文を取り終えたミアが二人のところへ戻ってきた。
「そういえばさ」
ミアは、ふと思い出したように女性を見る。
「まだ名前聞いてなかったよね?」
女性は少し照れたように笑った。
「……小夜福子です」
「小夜福子さんかぁ」
ミアは名前を繰り返すと、ニッと笑った。
「じゃあ、あたし推すね!」
「……え?」
小夜福子が目を丸くする。
「推す?」
「うん!」
ミアは当然のように頷いた。
「昨日の舞台、すっごく良かったし!」
「でも……私は……」
「大丈夫だって!」
ミアは笑顔で言った。
「今日からあたし、小夜福子さん推し!」
「……ふふっ」
小夜福子は、思わず笑ってしまった。
天津も、そんな二人を見ながら微笑んでいる。
「推し……ですか」
「そうそう!」
ミアは胸を張る。
「応援するってこと!」
小夜福子は少し照れながら、フルーツポンチを見つめた。
「……ありがとうございます」
その顔には、もう涙はなかった。
「ミア!」
厨房から琴音の父の声が飛んできた。
「勝手に作るんじゃない!」
「あ……ごめんなさい!」
ミアがペコッと頭を下げる。
琴音の父は、二人のテーブルに置かれたフルーツポンチを見る。
「……まあ」
少し考えてから、ため息をついた。
「お客さんが喜んでくれたなら、今回はいいだろう」
「ほんと?」
ミアの顔がぱっと明るくなる。
琴音の父は、器を眺めながら小さく笑った。
「しかし……これも、また新しいメニューになりそうだな」
「やった!」
ミアが嬉しそうに声を上げる。
店の中に、笑い声が響いた。
――こうして、この喫茶店にまた一つ、新しいメニューが生まれようとしていた。
今回登場した小夜福子さんは、宝塚歌劇団の初期を代表するスターの一人です。
そして、ミアが二人に出したのは「フルーツポンチ」。
果物をシロップや炭酸水などで合わせたデザートで、大正時代にも楽しまれていました。
ミアにとっては、落ち込んでいる人を元気にするための一品。
そして喫茶店にとっては――
また新しいメニューが増えることになりそうです(笑)
今回は、ちょっとだけ宝塚の舞台裏に触れるお話でした。




