【31話】思い出のハンバーグ!?
今回は短めです。
朝食を終えた頃。
父親が時計に目を向けた。
「そろそろ時間だな」
母親も頷く。
「ええ」
ミアはその言葉を聞いて、少しだけ表情を曇らせた。
今日、両親は外国へ帰る。
それは、ミアも祖母も分かっていることだった。
テーブルの脇には、すでに両親の荷物がまとめられている。
「……もう、出る時間なんだね」
ミアがぽつりと言った。
「そうね」
母親が優しく答える。
祖母も静かに立ち上がった。
「忘れ物がないか、もう一度確認しておきましょう」
「うん」
ミアは頷いた。
そして、両親の荷物へ目を向ける。
昨日までは、まだ一緒にいられるという気持ちがあった。
けれど――
こうして荷物がまとめられているのを見ると、いよいよ本当に別れの時が来たのだと実感する。
母親は荷物を一つずつ確認しながら、ミアに声をかける。
「これで全部かしら……」
「たぶん大丈夫だと思うよ」
ミアも荷物を覗き込む。
母親は確認を続けながら、ふと思い出したようにミアを見る。
「そうそう、ミア」
「ん?」
「もし寂しくなったら、いつでも連絡してね」
「うん」
ミアは素直に頷いた。
「手紙でもいいし、電話でもいいからね」
「分かった」
母親は少し笑う。
「遠慮しなくていいのよ。私たちは外国にいるけど、ミアのお母さんとお父さんなんだから」
「うん」
ミアは笑って答えた。
その様子を、少し離れたところから祖母が静かに見ていた。
母親は再び荷物に目を戻す。
「それから、ちゃんとご飯を食べるのよ」
「食べてるよー」
「本当に?」
「本当だってば」
「ふふっ」
母親が笑う。
いつもと変わらない親子の会話。
けれど――。
ミアの胸の奥に、ふっと別の記憶が浮かんだ。
――前の世界のお母さん。
「……」
ミアは俯いた。
今の母親とは違う顔。
違う声。
けれど、優しく自分を心配してくれたことだけは、なぜか鮮明に思い出せる。
「……お母さん」
思わず、小さな声が漏れた。
「どうしたの?」
目の前の母親が顔を覗き込む。
「ううん……」
ミアは慌てて首を振った。
けれど、目には涙が浮かんでいた。
「……なんでもない」
「ミア?」
母親が心配そうに近づく。
ミアは袖で目元を拭った。
「ごめん……」
「どうして謝るの?」
「なんか……ちょっとだけ、寂しくなっちゃった」
母親は何も聞かず、そっとミアを抱きしめた。
「そう……」
ミアは母親の胸に顔を埋める。
そして、心の中でそっと呟いた。
――前のお母さんも、こんなふうに心配してくれてたな。
その記憶を思い出すと、また少しだけ涙がこぼれた。
――
いよいよ、出発の時間だった。
父親が荷物を持ち上げる。
「それじゃあ、行くか」
「ええ」
母親も頷いた。
ミアは玄関まで二人についていく。
祖母もその後ろから見送るために出てきた。
父親がミアの前に立つ。
「ミア」
「うん」
「元気でな」
「お父さんもね」
ミアは笑顔で答えた。
父親は少し照れたように笑うと、ミアの頭を優しく撫でた。
「ちゃんと勉強するんだぞ」
「分かってるって」
「それから、無理をしすぎないようにな」
「うん」
次に母親がミアの前に立つ。
「ミア」
「お母さん……」
母親はミアをそっと抱きしめた。
「ちゃんと笑って過ごすのよ」
「……うん!」
両親を見送った後、二人は並んで、静かに屋敷へ戻っていった。
隣に立つ祖母も、両親が去っていった道を見つめていた。
「……行っちゃったね」
「そうですね」
少しの間、二人とも黙っていた。
やがてミアは、ふっと顔を上げる。
「そうだ」
「ん?」
「晩ごはん、私が作るね」
祖母が少し驚いた顔をする。
「ミアが?」
「うん」
ミアは笑った。
「おばあちゃん、今日は座ってていいよ」
「ふふっ。急にどうしたんです?」
「何か急に作りたくなっちゃって。」
祖母は優しく微笑んだ。
「そうですか」
「うん!」
ミアは屋敷の中へ駆けていく。
「何作ろうかな~」
その後ろ姿を見ながら、祖母は小さく笑った。
ミアは台所へ向かった。
袖をまくり、玉ねぎを細かく刻む。
挽肉、卵、パン粉、炒めた玉ねぎをボウルに入れ、手早く混ぜ合わせる。
形を整え、フライパンへ。
ジュウッ――。
香ばしい匂いが台所に広がる。
両面を焼き、蓋をして火を通す。
やがて、ふっくらとしたハンバーグが焼き上がった。
ミアは焼き上がったハンバーグを皿に盛り付け、ソースをかけた。
「……できた」
ミアはそれをテーブルへ運んだ。
並べられた料理を見て、少し首を傾げた。
「これは……何ですか?」
「ハンバーグ」
ミアは笑顔で答えた。
祖母は、皿の上の料理をじっと見つめる。
「ハンバーグ……?」
ミアは頷いた。
「うん。」
二人は向かい合って食事を始めた。
祖母はハンバーグを一口食べる。
「まあ……美味しいですね」
「でしょ?」
ミアは嬉しそうに笑った。
二人は温かな夕食を、ゆっくりと味わった。
ミアはハンバーグを食べながら、ぽつりと呟いた。
「前の世界ではね、お母さんがよくハンバーグを作ってくれたの」
祖母は黙ってミアの話を聞いている。
「さっき、お母さんとお別れしたとき……思い出しちゃって」
「……ちょっと、泣いちゃった」
祖母は優しくミアを見つめた。
「でも、ここではたくさんの人と出会えたし、いろんな発見もあって……楽しいよ」
そう言って、ミアはもう一度ハンバーグを口に運んだ。
「ミアがこちらに来てから、私も毎日楽しいですよ」
ミアは少し驚いたように祖母を見る。
そして、嬉しそうに笑った。
祖母は穏やかに微笑んだ。
「元のミアがどうしているのかは分かりませんけれど……きっと、今のミアと同じように、どこかで楽しく過ごしていると思いますよ」
ミアは少し驚いたように祖母を見る。
「……そうだね」
そう言って、ミアは笑った。
祖母は少し間を置いてから言った。
「いつ、ミアが元の世界に戻れるのかは分かりません」
「……うん」
「でも、今はミアの好きなことを、一生懸命やりなさい」
ミアは祖母の言葉を聞いて、笑顔になった。
「うん!」
そして、残りのハンバーグを嬉しそうに頬張った。
その晩。
布団に入ったミアは、天井を見つめながら考えていた。
――こっちの世界に来たときも、突然だった。
「戻るときも……急なのかな」
ミアは小さく呟いた。
いつ戻れるのかも、そもそも本当に戻れるのかも分からない。
そう考えると、少しだけ不安になる。
けれど――。
「まあ、今は今を楽しもう」
ミアはそう呟くと、目を閉じた。
今回の晩ごはんはハンバーグでした。
では、大正時代にハンバーグはあったのでしょうか?
実は、ハンバーグの原型となる料理や、挽肉を使った洋食自体は当時の日本にも知られていました。
ただし、現在のように「家庭料理の定番」として広く食べられていたわけではありません。
今では子供から大人まで大好きなハンバーグですが、ミアが大正時代で作ったハンバーグは、かなり現代的な家庭料理だったのかもしれません。
前の世界のお母さんを思い出しながら作ったミアにとっては、ちょっと懐かしい味だったのでしょうね。




