【30話】デパートに動物園!?
なんとか、ハイカラも30話まで作れました。皆さんのお陰です。
両親が外国へ戻るまで、あと数日。
その日の朝――。
朝食を終えたミアが居間でくつろいでいると、母親が声をかけた。
「ミア、今日は私たちと一緒に出かけない?」
「え?」
ミアが顔を上げる。
「どこ行くの?」
「銀座へ行きましょう」
「銀座?」
「ええ。あなたに新しい服を買ってあげたいの」
母親が微笑む。
「外国へ戻る前に、何か欲しいものがあれば買ってあげようと思って」
父親も頷いた。
「せっかくだから、ミアの好きなものを選ぶといい」
「本当に!?」
ミアの顔がぱっと明るくなる。
「うん。何でもいいの?」
「何でも、というわけにはいかないけどね」
父親が苦笑する。
「でも、遠慮しなくていいよ」
「やったー!」
ミアは嬉しそうに立ち上がった。
「じゃあ、どこのお店に行くの?」
母親が答える。
「銀座の松坂屋よ」
「松坂屋……」
ミアは少し考える。
「どんなところ?」
「銀座にある大きな百貨店よ」
父親が答える。
「洋服だけじゃなくて、いろいろなものが売っているそうだ」
「へぇー!」
ミアの目が輝く。
「大きなデパートなんだ!」
「ええ。きっとミアも楽しめると思うわ」
「楽しみ!」
ミアはさっそく出かける準備を始めた。
「どんな服にしようかな~」
そんなミアを見て、両親は顔を見合わせて微笑んだ。
ミアは出かける準備を終えると、玄関へ駆けてきた。
「お父さん、お母さん、まだー?」
「はいはい、今行きますよ」
母親が笑いながら玄関へ向かう。
「そんなに急がなくても大丈夫だよ」
父親も続いて外へ出る。
「だって、銀座のデパートなんでしょ?」
ミアは待ちきれない様子だった。
「どんな服があるのかなぁ」
「気に入ったものが見つかるといいわね」
「うん!」
三人は屋敷を出ると、銀座へ向かった。
街を歩いていると、ミアは周囲を眺めながら楽しそうにしている。
人力車が通りを走り、その脇を洋装の人々や着物姿の女性たちが歩いている。
「銀座って、やっぱり人が多いね」
「東京でも特に賑やかな場所だからな」
父親が答える。
「お店もたくさんあるし、外国の品物も多いそうよ」
母親も説明する。
「へぇー。じゃあ、珍しいものもいっぱいありそう!」
ミアは目を輝かせる。
しばらくすると、通りの向こうに大きな建物が見えてきた。
「あっ!」
ミアが足を止める。
「もしかして、あれ?」
父親が頷いた。
「ああ。あれが松坂屋だ」
「うわぁ……!」
ミアは建物を見上げた。
大きな建物に、たくさんの窓。
入口には多くの人が出入りしている。
「わあ、大きい!」
ミアは思わず呟いた。
母親が笑う。
「さあ、行きましょう」
「うん!」
ミアは両親の間を歩きながら、松坂屋の入口へ向かった。
そして――。
ミアにとって初めての、銀座の大きなデパートへ足を踏み入れるのだった。
松坂屋の店内に入ると、ミアは思わず目を輝かせた。
「うわぁ……!」
店内には、たくさんの商品が並んでいる。
洋服を扱う売り場には、色とりどりのワンピースや洋装が並べられていた。
「こんなにいっぱいあるんだ……」
ミアは棚やハンガーに並ぶ服を一着ずつ眺めていく。
「ミア、気に入ったものがあったら言ってね」
母親が声をかける。
「うん!」
ミアは楽しそうに売り場を歩き回った。
「これはちょっと大人っぽいかな……」
一着を手に取って眺める。
「こっちは……かわいいけど、ちょっと地味かも」
そして、別の服へ。
しばらく物色していたミアの足が、ふと止まった。
「……あっ」
目の前に、一着のワンピースがあった。
淡い色合いの生地に、胸元と袖に可愛らしい飾りが施されている。
派手すぎないのに、どこか華やか。
「かわいい……」
ミアはそっと手に取った。
「これ、すごく可愛い!」
母親が隣から覗き込む。
「まあ、本当ね」
「ねえ、お母さん。これ着てみてもいい?」
「もちろんよ」
ミアは嬉しそうに店員へ声をかけた。
「すみませーん。これ、試着してもいいですか?」
「はい、どうぞ」
ミアはワンピースを抱えて、試着室へ向かった。
父親はその様子を微笑みながら見ていた。
「気に入ったものが見つかったようだな」
「ええ」
母親も嬉しそうに頷く。
しばらくして――。
試着室のカーテンが開いた。
「どう?」
ミアが少し照れながら姿を見せる。
母親は思わず笑顔になった。
「まあ……よく似合ってるわ」
「本当?」
「ええ。とても可愛いわよ」
父親も頷く。
「うん。ミアによく似合っている」
「じゃあ、これにする!」
ミアは鏡の前でくるりと一回転した。
ワンピースの裾がふわりと揺れる。
「えへへ……」
その顔は、とても嬉しそうだった。
ワンピースを買うことが決まり、ミアは着ていた服に戻るため試着室へ向かおうとした。
そのとき――。
「……あっ」
ふと、隣の売り場に並んでいる商品が目に入った。
靴売場だった。
その中に、ミアの目を引くものがあった。
ブーツ。
「かわいい……」
ミアは思わず足を止める。
少し高さのある靴に、細かな飾りが施されている。
ミアはショーケースの前まで近づき、じっと眺めた。
「これ、いいなぁ……」
すると、父親がミアの視線に気づいた。
「欲しいのか?」
「え?」
ミアは一瞬、ブーツを見つめる。
そして、少しだけ迷ったあと、首を横に振った。
「ううん。これは我慢する」
「どうして?」
父親が不思議そうに尋ねる。
ミアはブーツを見ながら答えた。
「だって、ちょっと高そうだし」
「それくらいなら――」
「違うの」
ミアは笑った。
「これは私のお金で買いたいの」
「ミアのお金?」
「うん」
ミアは胸を張る。
「喫茶店のお手伝いでもらったお給料で買うの」
父親は少し驚いた顔をした。
「自分で働いて貯めたお金で?」
「そう!」
ミアは嬉しそうに頷く。
「自分で働いて買ったほうが、絶対大事にするでしょ?」
母親が微笑む。
「そうね……」
父親もブーツを見つめ、それからミアを見る。
「そうか」
そして、優しく笑った。
「じゃあ、そのブーツはミアが自分で買えるようになるまで取っておこう」
「うん!」
ミアはもう一度ブーツを眺めた。
「よーし。お仕事頑張らなきゃ!」
そう言って、ミアは試着室へ戻っていった。
その後ろ姿を見ながら、父親は小さく笑った。
「……本当に変わったな」
母親も頷く。
「ええ」
二人の顔には、娘の成長を嬉しく思う気持ちが浮かんでいた。
服を包んでもらい、買い物を終えると、ミアは両親と一緒に売り場を離れた。
「ミア、買いたいものはもういいのか?」
父親が尋ねる。
「うん! ワンピース買ってもらったし!」
ミアは嬉しそうに紙袋を抱えている。
すると父親が、ふと思い出したように言った。
「それじゃあ、せっかくだから屋上へ行ってみようか」
「屋上?」
ミアは首を傾げる。
「ああ。デパートの屋上に行けるそうだ」
「えー……」
ミアは少し困ったような顔をした。
「屋上なんか行っても、つまらなくない?」
「そうか?」
「だって、屋上でしょ?」
ミアは紙袋を抱え直す。
「何もないんじゃないの?」
父親は苦笑する。
「まあ、行ってみれば分かるさ」
「うーん……」
ミアはあまり乗り気ではない。
しかし、母親が楽しそうに笑った。
「せっかくだもの。少しだけ見てみましょうよ」
「お母さんも行くの?」
「ええ」
「じゃあ、行ってみようかな」
ミアは渋々頷いた。
「でも、ほんとに何もなかったらすぐ戻ろうね?」
「ふふっ、そうしましょう」
三人は屋上へ向かうため、エレベーターへと歩き始めた。
エレベーターが屋上に到着する。
チン――。
扉が開いた。
「ほら、着いたぞ」
父親に促され、ミアはエレベーターから降りる。
「……」
辺りを見回す。
屋上だから、当然何もないと思っていた。
ところが――。
「……え?」
ミアの足が止まった。
「ええっ!?」
屋上には、いくつもの檻が並んでいる。
そして、その中には動物がいた。
「動物!?」
ミアは目を丸くする。
「なんで屋上に動物がいるの!?」
「ははは。驚いたか?」
父親が笑う。
「どうやら、ここには動物もいるらしいぞ」
「動物もいるらしいぞって……!」
ミアは檻の中を覗き込む。
小さな動物が動き回っている。
さらに奥から――。
「ガオォォ……!」
低い唸り声が響いた。
「えっ……!」
ミアはびっくりして振り返る。
「今の何!?」
そして、その声のした方向を見る。
「……ライオン!?」
大きな動物が檻の中を歩いている。
「うそ……」
ミアは思わず呟いた。
前世の記憶が頭をよぎる。
令和のデパートの屋上といえば、カフェだったり、庭園だったりする。
まさか、屋上に本物の動物がいるなんて――。
「すご……」
ミアの顔が、みるみるうちに笑顔になっていく。
「お父さん! お母さん! 見て!」
「ふふっ。そんなに驚くものなの?」
母親が笑う。
「だって、屋上に動物がいるんだよ!?」
ミアは興奮したように答える。
「こんなの、初めて見た!」
「それなら、ゆっくり見ていきましょうか」
「うん!」
ミアは嬉しそうに頷く。
「屋上なんてつまらないと思ってたけど……」
ミアは目の前の動物たちを見つめる。
「全然つまらなくないじゃん!」
ミアはすっかり屋上の動物たちに夢中になっていた。
「かわいい~!」
檻の中の動物を眺めたり、餌を食べる姿を見たりしているうちに、時間がどんどん過ぎていく。
「ミア、あっちにも何かあるぞ」
父親が指差す。
「ん?」
そこには、子供たちが遊んでいる遊戯場があった。
「わぁ!」
ミアの目が輝く。
「遊べるの!?」
「そうみたいね」
母親が微笑む。
ミアはさっそく遊戯場へ向かった。
簡単な遊具で遊んだり、他の子供たちと一緒になって楽しんだりする。
「お父さん、見てー!」
「おお、気をつけるんだぞ」
「大丈夫だって!」
ミアは笑いながら遊び続ける。
動物を見て、遊戯で遊んで――。
気がつけば、ミアは汗ばむほど夢中になっていた。
「ふぅ……!」
ベンチに腰を下ろしたミアは、少し息を弾ませながら屋上を見渡した。
「楽しかったぁ……」
隣に座った母親が笑う。
「そんなに楽しかった?」
「うん!」
ミアは満面の笑みを浮かべた。
「服も買ってもらえたし、動物も見られたし、遊べたし……」
そして父親を見る。
「今日、最高!」
父親はそんな娘を見て、嬉しそうに笑った。
「それなら、連れてきた甲斐があったな」
ミアは空を見上げた。
銀座の街並みを見下ろす屋上。
その景色を眺めながら、ミアは今日という日を心から楽しんでいた。
松坂屋を出る頃には、空が少し赤く染まり始めていた。
三人は銀座の街を並んで歩き、帰路につく。
ミアは今日買ってもらったワンピースの入った紙袋を、大事そうに抱えていた。
「今日は楽しかったなぁ」
「そうね」
母親も嬉しそうに笑う。
しばらく歩いたところで、父親がふと口を開いた。
「ミア」
「ん?」
「お前は……寂しくないのか?」
「え?」
ミアが父親を見る。
「私たちが外国へ戻ったら、一人になってしまうだろう?」
父親は少し心配そうな顔をしていた。
「昔のお前なら、私たちと離れるのを嫌がったんじゃないかと思ってな」
ミアは少し考えた。
そして、笑った。
「大丈夫だよ」
「本当に?」
「うん!」
ミアは元気よく頷く。
「だって、おばあちゃんがいるもん」
母親が優しく微笑む。
「それにね――」
ミアは少し得意そうに続けた。
「友達もいるから!」
「友達?」
「うん。琴音ちゃんもいるし、学校には他にも友達がいるし」
ミアは楽しそうに話す。
「それに、喫茶店のおじさんもいるし、毎日けっこう楽しいよ」
父親は黙ってミアの横顔を見つめた。
「だから大丈夫」
ミアは笑顔で言った。
「お父さんとお母さんが外国にいても、ちゃんと元気にやっていけるよ」
母親は少し目を細めた。
「……そう」
父親も、ゆっくり頷く。
「そうか」
そして、少し寂しそうに笑った。
「それなら、私たちも安心して帰れるな」
「うん!」
ミアは大きく頷いた。
「だから、お仕事頑張ってね!」
「ミアもな」
「もちろん!」
夕暮れの銀座を、三人は並んで歩いていった。
ミアの手には、新しいワンピース。
そしてその胸の中には――。
この街で見つけた、大切な居場所があった。
今回は、ミアが両親と一緒に銀座の松坂屋へ出かけるお話でした。
大正時代の百貨店は、現在のデパートとは少し違った楽しみ方ができました。
松坂屋銀座店では、大正14年(1925年)に屋上動物園が開設され、ライオンや虎、ヒョウなどの動物が飼育されていたそうです。
銀座のデパートの屋上に本物の動物がいる――。
現代の感覚で考えると、ちょっと驚いてしまいますね(笑)
現在のデパートの屋上というと、カフェや庭園などを思い浮かべますが、当時の百貨店は買い物だけではなく、屋上の遊戯施設や動物園なども含めて、家族で一日楽しめる場所だったようです。
ミアも現代の感覚で「屋上なんてつまらない」と思っていましたが、実際に行ってみたら大興奮。
大正時代のデパートには、令和のミアが見ても驚くような楽しみがあったのでした。




