【3話】わたし、悪くないもん!?
すいません、添付ミスで内容が前後してしまいました。
朝、目を覚ます。
「……夢じゃ、なかったんだ。」
昨日の出来事を思い出してため息をつく。
障子から朝日が差し込み、廊下から誰かの足音が聞こえる。
コンコン。
障子が静かに叩かれる。
「美亜。」
聞き慣れ始めた、おばあさんの声だった。
「朝でございます。」
「あっ、はい!」
慌てて返事をする。
「学校がありますゆえ、お早めにお支度を。」
「……学校。」
昨日の最後に言われた言葉を思い出し、ミアは少し緊張した。
「は、はい!」
ミアは布団から起き上がる。
「えっと……制服って、これ?」
昨日、脱ぎっぱなしの袴と着物を前に固まるミア。
「いやいや、どうやって着るの!?」
昨日は洋服に着替えたため、改めて見るのは初めてだった。
「えっと……。」
着物を広げる。
「……どうなってるの?」
袖は分かる。
でも、どこをどう合わせればいいのかさっぱり分からない。
「帯って、こんな長かったっけ?」
首をかしげながら何度も体に当ててみる。
「違う……。」
もう一度やり直す。
「これも違う……。」
五分ほど格闘した結果。
ミアは畳の上に座り込んだ。
「無理ぃ……。」
その時だった。
コンコン。
「美亜。」
再び、おばあさんの声が聞こえる。
「まだお支度がお済みではありませんか。」
「え、えっと……。」
ミアは慌てて返事をする。
「その……入ってもらってもいい?」
「失礼いたします。」
障子が静かに開く。
おばあさんは部屋へ入ると、着物に埋もれるように座るミアを見つめた。
そして事情を察したように、小さくうなずく。
「やはり、お召しになれませんか。」
ミアは照れくさそうに頭をかいた。
「ごめんなさい……。昨日は洋服だったから、今日はどうしていいか全然分からなくて。」
おばあさんは静かに首を横に振る。
「謝ることではありません。」
「昨日、お話を伺いました。」
「あなたには、この時代の常識がございません。」
「分からぬのは当然でございます。」
そう言うと、おばあさんは着物を手に取り、穏やかな口調で続けた。
「さあ、一緒に覚えてまいりましょう。」
おばあさんは慣れた手つきで襟を整える。
「着物は左前でございます。」
「右前になりますと、亡くなった方のお召し物になりますので、お気をつけください。」
「えっ!?」
ミアは思わず固まる。
「危なかった……。」
おばあさんは少しだけ口元を緩めた。
「最初は皆、そのようなものです。」
帯を締め、袴の紐を結ぶ。
「苦しくありませんか。」
「うん、大丈夫。」
「鏡をご覧なさい。」
鏡の前には、昨日よりもずっと女学生らしい姿のミアが映っていた。
「……すごい。」
「本当に大正の学生になっちゃった。」
おばあさんは、封筒を一通ミアに渡す。
「こちらを。」
「手紙?」
「学校の校長先生へお渡しください。」
封には丁寧な文字で校長であろう名前が書かれていた。
「昨日のお話について、私なりに事情を書いております。」
「先生方には、体調を崩されたこととしてお伝えいたします。」
ミアは封筒を大切に受け取る。
「ありがとう。」
続いて、おばあさんは畳んだ紙を広げた。
そこには町の道が手書きで描かれている。
「こちらは学校までの道でございます。」
「この屋敷を出ましたら、まっすぐ進み、大きな橋を渡ってください。」
「橋を越えますと、郵便局がございます。」
「その角を右へ曲がれば、女学校はすぐでございます。」
ミアは地図を見つめる。
「手描きなんだ……。」 (地図アプリがあれば、一発なのにな。)
さらに、おばあさんは
「迷いましたら、道行く方にお尋ねなさい。」
「この町の者で、美亜を知らぬ者はほとんどおりません。」
ミアは手紙と地図を鞄へしまい、小さくうなずく。
「……うん。」
「行ってきます。」
おばあさんは優しく微笑んだ。
「行ってらっしゃいませ。」
「うん!」
ガラガラッ。
玄関を開けると、ひんやりとした朝の空気が頬をなでた。
石畳の道を、人力車がゆっくりと通り過ぎる。
着物姿の人々が行き交い、遠くからは路面電車のベルが聞こえてくる。
「毎回思うけど……。」
ミアは周囲を見渡した。
「やっぱり映画のセットじゃないんだよね。」
鞄から地図を取り出す。
「えーっと……橋を渡って、郵便局を右。」
歩き始めると、近所の人たちが次々に声をかけてきた。
「おはようございます、美亜さん。」
「今日はもうお加減はよろしいのですか?」
「おはようございます。」
ミアはぎこちなく頭を下げる。
(やばい……。みんな知り合いなんだ。)
笑顔を返しながらも、誰が誰なのかまったく分からない。
(名前呼ばれたら終わる……。)
内心ひやひやしながら歩いていると、前からランドセルではなく袴姿の少女が駆け寄ってきた。
「美亜ちゃん!」
「一緒に学校へ行きましょう!」
ミアは思わず固まる。
(えっ……誰!?)
それでも顔には笑顔を浮かべる。
「あ、うん!」
(こういう時は……話を合わせるしかない!)
少女は何も疑う様子もなく、ミアの手を引いて歩き出した。
「今日は先生も安心なさいますわ。」
「昨日は急にお休みになられたから、皆さん心配しておりましたのよ。」
ミアは苦笑いを浮かべる。
「そ、そうだったんだ。」
やがて、大きな門が見えてきた。
「ここが……学校。」
立派な木造校舎が朝日に照らされている。
「すご……。」
ミアは思わず見上げた。
「本当に大正時代なんだ。」
深呼吸をひとつして、門をくぐる。
その時だった。
「――美亜さん。」
後ろから、凛とした声が響く。
ミアが振り返る。
そこには、一人の女学生が立っていた。
美しく整えられた髪。
着こなしも姿勢も、誰よりも隙がない。
その後ろには、数人の女学生が控えるように並んでいる。
(……取り巻き?)
ミアは思わず心の中でつぶやいた。
先頭の少女は、まっすぐミアを見つめた。
「お加減は、もうよろしいのですか。」
「え?」
突然声を掛けられ、ミアは戸惑う。
少女は小さく微笑む。
「昨日は急なお休みと伺いましたので、少々案じておりました。」
その微笑みは上品だった。
だが、どこか相手を値踏みするような鋭さも感じられる。
「……あ、うん。もう大丈夫。」
ミアが答えると、少女は静かに頷いた。
「それは何よりです。」
「ですが――」
少女はミアから視線を外し、その隣に立つ友人へ目を向けた。
「美亜さん。」
「お付き合いになるお友達は、お選びになった方がよろしいですわ。」
その一言に、周囲の空気がぴんと張る。
ミアは思わず目を丸くした。
「……え?」
少女は穏やかな笑みを崩さない。
「人は交友によって品格も見られるもの。」
「どうか、ご自身のお立場をお忘れになりませんよう。」
そう言うと、少女は優雅に一礼し、取り巻きたちを連れて校舎へ向かって歩き出した。
ミアはその後ろ姿を見送りながら、口を尖らせた。
「何よ、あの娘。」
「しーっ!」
隣の友人が慌ててミアを止める。
「伊集院さんに聞こえちゃうわよ!」
「え?」
友人は声を潜めて続けた。
「財閥のご令嬢から見たら私なんて、ただの一庶民だもんね。」
ミアは目をぱちぱちさせる。
「ざい…ばつ?」
(何それ? 社長の娘みたいな感じ?)
友人は小さくため息をついた。
「美亜ちゃん……本当に今日は様子がおかしいわ。」
教室へ入ると、生徒たちはすでに席についていた。
ミアも空いている自分の席へ座る。
ガラガラ。
先生が教室へ入ると、生徒たちは一斉に立ち上がった。
「起立。」
「礼。」
「よろしくお願いいたします。」
ミアも慌てて周りに合わせる。
「着席。」
先生は出席簿を閉じると、教室を見渡した。
「美亜さん、本日は登校できて何よりです。」
「まだ病み上がりですので、無理はなさらぬよう。」
「はい。」
ミアが小さく返事をする。
「それでは、一時間目、国語です。」
先生は教科書を開き、古い言い回しの文章を読み始めた。
生徒たちは静かに耳を傾け、次々と指名されて音読していく。
ミアも教科書を見つめる。
(何て書いてあるの……。)
聞き覚えのない言い回しに頭が混乱する。
気が付けば、一時間目はあっという間に終わっていた。
キーンコーン。
休み時間を知らせる鐘が校舎に響く。
キーンコーン。
鐘が鳴り次の授業、先生が教室へ入ってくる。
「それでは、二時間目は英語です。」
生徒たちは教科書を開いた。
先生は黒板にアルファベットを書いていく。
「では、こちらを読んでみましょう。」
生徒たちが少しずつ英単語を読み上げる。
ミアは思わず小さくつぶやいた。
「……英語だ。」
国語とは違い、少しだけ肩の力が抜けた。
「それでは、二時間目は英語です。」
先生は黒板に英文を書き、生徒を指名する。
「では、美亜さん。」
ミアは立ち上がる。
「はい。」
教科書を見つめ、自然な発音で読み始めた。
教室が静まり返る。
読み終えると、先生は目を丸くした。
「……美亜さん。」
「見事な発音ですね。」
教室のあちこちから驚きの声が上がる。
ミアは首をかしげる。
(え? そんなにすごかった?)
三時間目は裁縫だった。
先生は布と針を配り、生徒たちは黙々と縫い始める。
ミアも見よう見まねで針を持つ。
(着物は初めてだけど、縫うのは同じか。)
制服をアレンジしていた頃を思い出しながら、手を動かしていく。
針は迷うことなく布の上を進んだ。
「……美亜さん。」
先生が思わず声を上げる。
「とても丁寧な縫い目です。」
周りの生徒たちも手を止め、ミアの作品を見つめる。
「すごい……。」
ミアは照れくさそうに笑った。
「えへへ。」
午前中の授業は、あっという間に終わった。
国語では頭を抱え、英語では先生を驚かせ、裁縫では思いがけず褒められる。
「ふぅ……。」
ミアは大きく息をつく。
「学校って、こんなに疲れるんだ。」
その時――。
キーンコーン。
昼休みを知らせる鐘が校舎に響いた。
教室のあちこちで椅子を引く音が鳴り、生徒たちは楽しそうに弁当を広げ始める。
「美亜ちゃん、お昼にしましょ!」
友達が笑顔で声をかけた。
ミアは友達に手を引かれ、窓際の席へ移動した。
畳まれた風呂敷をほどくと、小さな弁当箱が出てくる。
蓋を開けた瞬間、ふわりと湯気の残り香が立った。
(おにぎりに、卵焼き……それに煮物?)
「わぁ……。」
思わず声が漏れる。
「普通のお弁当だけど?」
友達が不思議そうに首をかしげる。
「いや、なんか……めっちゃ丁寧。」
ミアは箸を手に取り、卵焼きを口に入れた。
「……甘い。」
「え? 卵焼きは甘いものよ?」
「マジで?」
(こっちの常識、やっぱ違うな……。)
その様子を見て、友達がくすっと笑う。
「美亜ちゃん、やっぱり今日はちょっと変よ。」
ミアは苦笑いしながら、ご飯を口に運んだ。
その時、教室の空気が少しだけ静かになる。
「……ねえ。」
友達が声を潜めた。
「さっきの伊集院さん、見た?」
「え?」
ミアは箸を止める。
「やっぱり、今日も凄い威圧だったわね。」
「あの人……ちょっと怖いのよ。」
「怖い?」
友達は少し視線を落とした。
「誰にでも優しいわけじゃないの。」
ミアはふと、朝の門でのやり取りを思い出した。
(あの人……何かムカつくな。)
その時だった。
ガラッ、と教室の戸が静かに開く。
一瞬、教室の空気が引き締まる。
立っていたのは伊集院だった。
その後ろに、二人の女学生が控えるように並んでいる。
取り巻きは言葉を発さず、ただ静かに視線を落としていた。
伊集院はまっすぐミアを見たまま、淡々と言う。
「美亜さん。」
「校長先生がお呼びですわ。」
教室がざわつく。
「校長……?」
ミアは思わず箸を止めた。
伊集院は表情を変えない。
「今すぐ、校長室へ来るようにとのことです。」
その言い方は威圧的で逆らえない重さがあった。
ミアは戸惑いながら立ち上がる。
(朝のおばあさんの手紙かな?)
伊集院はふと視線を落とす。
ミアの弁当へ。
「……あら。」
わずかに目を細める。
「お食事中でしたの?」
そして、そのさらに隣。
友達の弁当に目を留める。
「……随分と質素なお弁当ですのね。」
静かな声だった。
教室の空気がぴんと張る。
友達が小さく肩を揺らす。
伊集院は表情を変えず、続けた。
「家柄というものは、こういうところにも表れますのね。」
ミアの友達が顔を伏せる。
「……」
伊集院はそれ以上何も言わない。
ただ静かに視線を外し、淡々と続ける。
「美亜さん。校長先生がお呼びですわ。」
一礼。
それだけ残して、背を向けた。
ミアは一瞬、目を細めた。
(は? 今の言い方、普通にムカつくんだけど)
一歩、前に出る。
「ちょっとさ。」
伊集院の前に立つ。
周囲の空気がぴりっと固まった。
「そういう言い方、やめたほうがいいよ。」
伊集院がわずかに視線を上げる。
「……何か?」
ミアは肩をすくめる。
「別に偉そうに言いたいわけじゃないけどさ。」
「友達の弁当とか、家柄とか、そういうの関係なくない?」
静かに言い切る。
教室がしんとする。
伊集院は少しだけ目を細めた。
「……美亜さん。」
「今のあなたは、少々礼を失しておいでですわ。」
ミアは一歩踏み出し、伊集院の肩を掴んだ。
「ちょっとさ、それ——」
言いかけた瞬間、ミアの手がぐっと上がる。
空気が張り詰める。
その時だった。
「美亜ちゃん!」
友達の声が鋭く飛ぶ。
ミアの腕を、後ろから強く引いた。
「やめて!」
ミアは一瞬バランスを崩す。
「えっ……」
友達は顔を青くしながら、ミアの腕を押さえたまま伊集院を見る。
「私の事はいいの。」
教室がしんと静まり返る。
伊集院の表情が、ほんのわずかに揺れた。
いつもの冷静さが、かすかに乱れる。
「……失礼いたしましたわ。」
静かにそう言うと、視線を逸らす。
だがその声は、ほんの少しだけ硬かった。
伊集院は一礼し、踵を返す。
「校長先生がお待ちですので。」
そのまま取り巻きと共に廊下へ消えていった。
友達は大きく息を吐く。
「……はぁ。」
肩から力が抜けるようにして、ミアを見る。
「よかった……本当に。」
「ミアちゃん、さっきはどうなるかと思ったわ。」
ミアはまだ少し納得いかない顔のまま腕を組む。
「だってさ、あれは普通にむかつくでしょ。」
友達は
「むかつく……?」と首を傾ける。
ミアは続けて
「やっぱさ、ああいうの普通にイラっとするじゃん。」
その様子を見て友達は
「やっぱり、いつものミアちゃんじゃないみたい。」
その言葉に、ミアは少しだけ言葉を詰まらせた。
「……そう、かな。」
友達と話している途中で、ミアはふと動きを止めた。
「あ。」
思い出したように声が漏れる。
「そういえば、校長に呼ばれてたんだった。」
友達も。
「そうだったね!」
ミアは弁当箱を慌てて閉じる。
「とりま行ってくるわ」
友達は少し不安そうにミアを見る。
「……大丈夫かな。」
教室の空気が、また少しだけ重くなるのを感じながら――ミアは校長室へ向かった。
当時の女学校では、国語や英語だけでなく、裁縫や礼儀作法なども大切な授業でした。また、お弁当も今のような冷凍食品はなく、家庭で手作りするのが一般的でした。
現代との学校生活の違いも楽しんでいただけたら嬉しいです。次回もよろしくお願いします!




