【25話】大正時代の花火大会!?
夏の一大イベント花火です。
夜の江ノ島。
昼間まで多くの人で賑わっていた参道も、いつの間にか少しずつ静かになっていた。
それでも、海辺には花火を待つ人々が集まっている。
「すごい人……」
ミアは周囲を見渡した。
「昼間とは全然違うね」
「皆さん、花火を楽しみにしているのでしょうね」
琴音も人々の様子を眺める。
浴衣姿の女性。
家族連れ。
友人同士で談笑する若者たち。
皆、これから始まる夏の夜を楽しみにしていた。
伊集院が二人に声をかける。
「こちらへ。少し離れた場所の方が、よく見えるでしょう」
「うん!」
三人は人混みを抜け、海の見える場所へ移動した。
目の前には、夜の海が広がっている。
波が静かに打ち寄せる。
昼間とはまるで違う江ノ島だった。
ミアは海を眺めながら、ふと思う。
(令和の江ノ島とは、全然違う……)
同じ場所。
同じ海。
だけど、ここにはまだ自分の知っている時代の建物も、車も、電灯もない。
聞こえてくるのは、人々の話し声と波の音。
そして、遠くから聞こえる祭囃子。
「……なんか、いいな」
ミアがぽつりと呟く。
「何がですの?」
琴音が尋ねる。
「こういうの」
ミアは笑った。
「みんなで花火を待ってる感じ」
琴音も微笑む。
「ええ。私も好きですわ」
その時だった。
遠くから、
ドン……
という低い音が響いた。
「!」
三人が一斉に夜空を見上げる。
次の瞬間、夜空に大きな赤い花が開いた。
「わあ……!」
ミアが思わず声を上げる。
花火は赤一色。
夜空に大きく広がったかと思うと、ゆっくりと消えていった。
「綺麗……」
琴音が呟く。
だが、次の花火はなかなか上がらない。
ミアは夜空を見上げたまま待っている。
「……あれ?」
「どうしましたの?」
「次、まだかな?」
琴音はくすりと笑う。
「急いで打ち上げるものではないのでしょうね」
やがて――
ドン……
今度は黄色い花火が夜空に咲いた。
「わぁ……!」
周囲から歓声が上がる。
「たまやー!」
そんな声も聞こえてきた。
ミアは夜空を見上げながら、ふと気づく。
(令和の花火大会とは全然違う……)
次々と連続して打ち上がるわけではない。
一発上がっては、しばらく待つ。
そしてまた一発。
色も一つの花火の中で何色も輝くのではなく、赤や黄色、白など、一色の花が夜空に大きく咲く。
キラキラと細かく輝き続ける花火もない。
ミアは、静かに次の花火を待った。
すると――
ドンッ!
今度は大きな白い花が夜空いっぱいに広がった。
「……綺麗」
ミアは思わず呟いた。
(こうやって、一発を待つのも……いいかも)
現代なら、次々と打ち上がる花火に歓声を上げる。
けれど今は、一発の花火が上がるたびに、観客がその一瞬をじっくり見つめている。
ミアはそんな夜の江ノ島を、黙って眺めていた。
(百年前の江ノ島……)
(私、こんなところにいるんだ)
少し前まで、自分は令和の普通の女の子だった。
スマホを持って。
電車に乗って。
コンビニで買い物をして。
友達と笑っていた。
それなのに今は――
大正時代の江ノ島で、花火を見ている。
「……不思議」
「どうしましたの?」
琴音が隣を見る。
ミアは小さく笑った。
「ううん。なんでもない」
そして再び夜空を見上げる。
大きな花火が、夜空いっぱいに広がった。
その光に照らされながら、ミアは思った。
(この時代に来たのも……悪くないかもね)
夜空に咲いた花火は、しばらくして静かに消えていった。
花火が終わった。
余韻の残る夜空を眺めながら、三人は江ノ島駅へ向かって歩き始めた。
「綺麗でしたわね……」
琴音がぽつりと呟く。
「うん!」
ミアもまだ興奮が冷めない。
「思ってたよりずっと良かった!」
伊集院が懐中時計を見る。
「そろそろ急いだ方がよさそうですね」
「え?」
「江ノ電の時間がありますから」
「あっ!」
ミアは慌てて歩き出した。
「終電なくなったら大変じゃん!」
「終電……?」
琴音が首を傾げる。
「えっと……最後の電車!」
「なるほど」
三人は少し早足になる。
夜の江ノ島に、三人の足音だけが響いていた。
三人が別荘へ戻ると、玄関にはメイドが立っていた。
「お帰りなさいませ」
「ただいま!」
ミアが元気よく答える。
「花火はいかがでしたか?」
「すっごく綺麗だった!」
ミアは興奮した様子で答えた。
するとメイドが、後ろに置いてあった箱を持ってくる。
「実は、お戻りになったらお楽しみいただこうと思いまして……」
「?」
メイドが箱の蓋を開ける。
中には、何本もの花火が入っていた。
「花火!?」
ミアの目が輝く。
琴音も驚いたように覗き込む。
「まあ……まだ花火があるのですか?」
「はい。こちらは皆様でお楽しみいただけるよう、準備しておりました」
伊集院が微笑む。
「それはいいですね。せっかくですから、少し楽しみましょう」
「やったー!」
今度は、自分たちの手で楽しむ花火だ。
夜の庭に、三人の笑い声が響き始めた。
ミアは一本花火を手に取った。
令和で見るものとは、少し形が違う。
(昔の花火って、こんな感じなんだ……)
三人は縁側から庭へ下りる。
まずは伊集院が一本の花火に火をつけた。
シュッ――
小さな火花が、細く静かに噴き出した。
「わぁ……!」
ミアが目を輝かせる。
大きな打ち上げ花火とは違う。
小さな火花が、手元でぱちぱちと弾けている。
「綺麗ですわ……」
琴音も嬉しそうに眺めている。
ミアは自分の花火にも火をつけた。
シュッ……
赤い火花が夜の庭に広がる。
「なんか、こっちはこっちでいいね」
「ええ」
琴音が頷く。
「先ほどの花火は皆で空を見上げて楽しむものでしたけれど、こちらは自分の手元で楽しめますもの」
「確かに!」
三人はそれぞれ花火を手に、しばらく夢中になった。
やがて火が小さくなり、最後の火花が消える。
ミアは燃え尽きた花火を眺めた。
「……今日、花火いっぱい見たね」
琴音が微笑む。
「ええ。とても素敵な一日でしたわ」
伊集院も夜空を見上げる。
三人は最後に、線香花火を一本ずつ手に取った。
先端に火をつけた。
小さな火が赤く灯る。
やがて、細い火花が静かにこぼれ始めた。
パチ……パチパチ……
昼間の江ノ島。
海の幸を食べたこと。
江島神社へ続く長い石段。
夕暮れの海。
そして、夜空いっぱいに咲いた花火。
今日一日の出来事が、ミアの頭の中を流れていく。
ミアは線香花火を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「……どんなことがあっても」
琴音と伊集院がミアを見る。
「私は今日のこと、忘れないからね」
小さな火花が、ぱちぱちと弾ける。
ミアは少しだけ寂しそうに笑った。
(もしかしたら……私はまた、令和に戻るかもしれない)
(そうなったら、ここで過ごしたことも、全部夢みたいになっちゃうのかな……)
けれど、忘れたくはなかった。
琴音はミアの横顔を見つめ、優しく微笑んだ。
「ええ……私も忘れませんわ」
「……琴音ちゃん」
伊集院も静かに頷く。
「私もです」
二人の言葉を聞いて、ミアは笑った。
「そっか……」
三人は再び線香花火へ目を戻した。
小さな火花が、夜の庭で静かに揺れている。
やがて――
最後の火花が、ひとつ。
また、ひとつ。
そして小さな赤い玉が、ぽとりと落ちた。
夜の庭に、静寂が戻る。
ミアは消えた線香花火を見つめた。
それでも、その夏の夜の記憶だけは、いつまでも消えなかった。
今回の舞台は、夏の江ノ島と花火です。
大正時代にも、花火は夏の楽しみの一つとして親しまれていました。
現在の花火大会のように、次々と連続して打ち上げる「スターマイン」などはまだ一般的ではなく、一発ずつ間を置いて打ち上げる花火が中心でした。
また、現在のように一つの花火の中で何色もの光が変化したり、細かな光がキラキラと広がったりする花火も少なく、赤や黄色、白など、比較的単純な色合いの花火が夜空に大きく開く――そんな素朴な美しさがありました。
作中では、ミアが現代の花火大会との違いを感じながら、一発一発をじっくり眺める場面として描いています。
そして最後は、縁側で線香花火。
大きな花火を見た後に、手元で小さく弾ける花火を楽しむ。
そんな昔の夏の夜を、ミアたちと一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。
次回も、鎌倉編の続きをお楽しみください。




