【24話】江ノ島名物、しらすを味わう!?
鎌倉編もそろそろ終わりに近づいて来ました。
別荘の食堂には、朝の柔らかな光が差し込んでいた。
ミアは眠そうに目をこすりながら、席につく。
「おはよ……」
そこへ伊集院が来る。
「お二人とも、よく眠れましたか?」
「まあ、なんとか……」
朝食を終えた三人が、食後のお茶を楽しんでいると、伊集院が静かに口を開いた。
「そういえば、本日は江の島で花火が上がる予定です」
「花火!?」
ミアの表情が一気に明るくなる。
「行きたい!」
琴音も嬉しそうに頷く。
「夏の夜の花火……素敵ですわね」
すると伊集院は微笑んだ。
「ただ、花火は夜になりますので、それまで時間がございます」
「?」
ミアが首を傾げる。
「江の島は花火だけではありません。海の幸や名産品もございます」
「名産品?」
「はい。せっかくですから、少し早めに向かい、昼間の江の島も楽しんでみてはいかがでしょうか」
ミアの目が輝く。
「食べ歩きできるってこと?」
「ええ。そういう楽しみ方もございます」
「決まり! 早く行こう!」
別荘を出た三人は、駅へ向かった。
「今日は電車で行くのですか?」
琴音が尋ねる。
伊集院は頷いた。
「はい。江の島へ向かうなら、こちらが便利です」
やがて、小さな車体の電車がゆっくりと近づいてくる。
「わあ……!」
ミアは思わず声を上げた。
「また江ノ電に乗れる!」
車両に乗り込み走り出す。
ミアは窓の外を見る。
家々の間を抜け、やがて海が見えてくる。
「海だ!」
琴音も窓の外へ目を向ける。
「綺麗ですわ……」
電車はゆっくりと線路を進んでいく。
車窓から見える景色は、都会とはまるで違っていた。
やがて列車は、海沿いの狭い道へと入っていく。
左右には岩肌が迫り、まるで山と海の間を抜けていくようだった。
「わぁ……」
ミアは思わず窓に近づく。
「こんな場所を電車が走るんだ……」
琴音も驚いたように外を眺める。
「本当に、海のすぐそばですのね」
狭い岩の間を抜けると――
突然、視界が開けた。
青い海の向こうに、小さな島が姿を現す。
「……江ノ島」
伊集院が静かに呟いた。
ミアは目を輝かせる。
「すごい……」
令和で何度も見た景色。
でも今、自分が見ているのは百年以上前の江ノ島だった。
三人は江ノ島駅で電車を降りた。
駅を出ると、潮の香りを含んだ風が吹き抜ける。
「海の匂いがするね!」
ミアは嬉しそうに周囲を見渡した。
目の前には、江ノ島へ向かう人々の姿がある。 参拝に向かう人、観光を楽しむ人、家族連れ。 夏の江ノ島は、多くの人で賑わっていた。
三人は橋を渡り、島へ向かう。
「まずは、少し露店を見て回りましょう」
伊集院が言った。
「いいね!」
ミアはすぐに歩き出す。
参道には、さまざまな店が並んでいた。
焼き菓子、饅頭、海産物。 威勢のいい店員の声が響き、歩いているだけでも楽しい。
「こんなにお店があるんだ」
ミアは目を輝かせる。
琴音も珍しそうに眺めていた。
「こんなに人が集まる場所だったのですね」
「ええ。江ノ島は昔から多くの人が訪れる観光地です」
伊集院は穏やかに答えた。
露店を眺めながら歩いていたミアは、ふと足を止めた。
「ねえ……」
二人を振り返る。
「ちょっと早いけど、ご飯にしない?」
琴音が時計を見る。
「まだ少し早いような気もしますけれど……」
するとミアは、にこっと笑った。
「だって、江ノ島に来たんだよ?」
「?」
伊集院と琴音が首を傾げる。
ミアは店先に並ぶ海産物を見ながら言った。
「食べたいものがあるの!」
「食べたいもの?」
「うん!」
ミアは元気よく頷く。
「しらす!」
琴音が目を丸くする。
「しらす……ですか?」
「そう! 江ノ島と言ったら、しらすでしょ!」
伊集院は少し微笑んだ。
「よくご存じですね」
「えへへ……まあ、ちょっとだけね」
ミアは慌てて誤魔化す。
(令和じゃ、江ノ島の名物って言ったら有名だもんね)
こうして三人は、少し早めの昼食を取ることにした。
三人は参道沿いにある小さな食事処へ入った。
木の引き戸を開けると、店内には潮の香りが漂っている。
「いらっしゃいませ」
店員が笑顔で迎える。
三人は窓際の席に座った。
しばらくすると、店員が手書きの品書きを持ってきた。
「こちらをどうぞ」
ミアは興味津々で覗き込む。
「どれどれ……」
そこには、
・釜揚げしらす
・焼き魚定食
・貝料理
・刺身
・うどん
・甘味
など、江ノ島らしい料理が並んでいた。
「やっぱりある!」
ミアが嬉しそうに声を上げる。
琴音が首を傾げる。
「何がございますの?」
「しらす!」
ミアは指を差した。
……
ミアは品書きを眺めながら、もう一度隅々まで目を通した。
「……あれ?」
「どうしましたの?」
琴音が尋ねる。
ミアは店の主人に声をかけた。
「あの、おじさん」
「はい?」
「生しらすって……ないの?」
店主は少し驚いた顔をする。
「生しらす?」
「うん。獲れたばかりのやつ」
すると店主は、感心したように笑った。
「お嬢ちゃん、よく知ってるねぇ」
「え?」
「生で食べられるほど新しいしらすがあることを知ってる人は、そう多くないよ」
店主は少し考える。
「ただね、普段は店には出してないんだ。傷みやすいからね」
「そうなんだ……」
ミアは少し残念そうな顔をする。
すると店主は小さく笑った。
「でも今日は朝一番で良いものが入ってる」
「!」
「せっかくだ。特別に少し出してあげよう」
「本当!?」
ミアの顔がぱっと明るくなる。
琴音は不思議そうに首を傾げた。
「ミアさんは、どうしてそんな珍しいものをご存じなのですか?」
「えっ……」
ミアは一瞬固まる。
「え、えっと……勘!」
伊集院はそんなミアを見て、静かに微笑んだ。
しばらくすると、店の主人が料理を運んできた。
「お待たせしました」
目の前に並べられたのは、湯気の立つ白いご飯、味噌汁、漬物、そして釜揚げしらすがたっぷり乗った小鉢。
「こちらが、しらす定食です」
そして、もう一つ小さな器が置かれる。
「それと……これが生しらすです」
ミアの目が輝いた。
「きた!」
琴音が驚いたように見る。
「本当に生でいただくのですね……」
伊集院も興味深そうに器を見る。
「新鮮だからこそできる食べ方ですね」
ミアは箸を持つ。
まずは釜揚げしらすを一口。
「……おいしい」
思わず声が漏れる。
「ふわふわしてる」
令和で食べたことのある味。
でも、目の前にあるのは百年以上前の江ノ島で獲れたものだった。
続いて、生しらすを口にする。
「……!」
ミアは目を丸くした。
(これが、大正時代の生しらす……)
新鮮な海の味が、口いっぱいに広がった。
ミアは少し考えたあと、釜揚げしらすと生しらすを一緒にご飯の上へ乗せた。
そして、醤油を少し垂らす。
「何をしているのですか?」
琴音が不思議そうに尋ねる。
「ふふっ、こうした方がおいしい気がする!」
ミアは箸を持ち、ご飯としらすを一緒に口へ運んだ。
「……!」
思わず目を輝かせる。
(やっぱり……)
(しらす丼は神だ……!)
令和で有名になった江ノ島の味。
それを今、自分はまだ誰も「名物」と呼んでいない時代で味わっている。
「これは……すごいね」
ミアが呟く。
琴音も一口食べ、優しく微笑んだ。
「素朴ですけれど、とても美味しいですわ」
伊集院も頷く。
「江ノ島が長く愛される理由が分かる気がします」
夢中で食べるミアを見て、店の主人が笑った。
「お嬢ちゃん、通な食べ方知ってるねぇ」
ミアは顔を上げる。
「え?」
「しらすはな、そのまま食べても旨いが、こうやって飯と一緒に食べると格別なんだ」
店主は嬉しそうに頷いた。
「しかも釜揚げと生を合わせるとは、なかなか分かってるじゃないか」
「へへ……」
ミアは少し照れる。
琴音が不思議そうに尋ねた。
「ミアさんは、本当に食べ物のことをよくご存じですのね」
「そ、そうかな?」
伊集院は静かに微笑む。
「ミアさんは、本当に美味しいものを見つけるのがお上手ですね。」
「……!」
ミアは慌てて箸を動かした。
食事を終えた三人は、店を出て再び参道を歩き始めた。
潮風が心地よく吹き抜け、人々の賑わいが島全体を包んでいる。
「次はどこへ行くの?」
ミアが尋ねると、伊集院は穏やかに微笑んだ。
「江島神社へ参りましょう。江ノ島を代表する名所の一つです」
「神社かぁ!」
ミアは元気よく頷く。
三人は参道の先へ進み、大きな鳥居をくぐった。
その先には、上へと続く長い石段が伸びている。
「えっ……」
ミアは思わず立ち止まった。
「これ、全部登るの?」
琴音がくすりと笑う。
「はい。神社は島の高い場所にございますの」
「うそでしょ……」
ミアは肩を落とした。
「令和なら絶対エスカレーター探してるよ……」
「えすかれえたあ?」
琴音が首を傾げる。
「あっ、何でもない!」
ミアは慌てて笑ってごまかした。
伊集院は二人を見ながら静かに微笑む。
「昔から多くの参拝客が、この石段を登ってお参りしてきました。ゆっくり参りましょう」
「よーし!」
ミアは気合いを入れ、石段を一段ずつ登り始めた。
長い石段を登り切ると、三人の前に立派な社殿が姿を現した。
「着いた……」
ミアは小さく息をつく。
「ここが江島神社です」
伊集院が静かに言う。
境内には参拝客の姿があり、穏やかな空気が流れていた。
琴音は社殿を見上げ、感心したように呟く。
「とても立派な神社ですわね」
「古くから多くの人々の信仰を集めてきた神社です」
伊集院の言葉に、二人は静かに頷いた。
三人は手水で手と口を清めると、拝殿の前へ進む。
「まずは、お参りしましょう」
伊集院に続き、三人は賽銭を納める。
鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼。
それぞれ胸の内で静かに願い事を思い浮かべた。
参拝を終えたミアは、小さく息をつく。
「なんだか気持ちが落ち着くね」
琴音は優しく微笑む。
「ええ。不思議と心が静かになりますわ」
伊集院も穏やかに頷いた。
「神社には、そうした力があるのかもしれませんね」
参拝を終えた三人は、境内を後にし、江ノ島をゆっくりと散策した。
土産物屋をのぞいたり、美しい海を眺めたり、島のあちこちを歩きながら、思い思いの時間を過ごす。
気がつけば、西の空は茜色に染まり始めていた。
潮風は昼間よりも涼しくなり、島には花火を待つ人々が少しずつ集まり始める。
「もうすぐだね」
ミアはどこか落ち着かない様子で海を見つめた。
「ええ。いよいよですわ」
琴音も期待に胸を膨らませる。
伊集院は静かに海の向こうを見つめ、微笑んだ。
「間もなく、夏の夜を彩る花火が始まります」
夜空には、ぽつりぽつりと星が輝き始める。
三人は花火がよく見える場所へ向かい、静かに足を進めた。
ミアは期待に胸を膨らませながら、夜空を見上げた。
今回の舞台は江ノ島です。
江ノ島は大正時代にも多くの人が訪れる人気の観光地でした。参道には土産物店や食事処が並び、今と変わらず多くの参拝客や観光客で賑わっていたそうです。
また、江ノ島の名物として知られる「しらす」ですが、生しらすは鮮度が非常に重要なため、当時も漁師や地元の人が味わうことはあっても、一般の食堂で提供されることは珍しかったと言われています。そのため作中では「特別に出してもらう」という形で描いています。
次回はいよいよ江ノ島の花火です。




