【23話】大正時代の肝試し!?〜時代を越えた怪談話〜
やっぱり夏は怪談ですね。
別荘のリビングでは、三人がお茶を飲みながらくつろいでいた。
伊集院は湯のみを置き、ふと口を開く。
「せっかくですから、三人で怪談話をしませんか?」
ミアの目がきらりと輝く。
「いいね! 夏だし!」
琴音は少し顔をこわばらせる。
「わ、私はあまり得意ではありませんけれど……」
「では、最初は私からお話ししましょう」
伊集院は静かに湯のみを置いた。
「私がお話しするのは、『牡丹灯籠』です」
「おお、有名な怪談だ!」
ミアが身を乗り出す。
伊集院は静かな口調で語り始めた。
――伊集院は、牡丹灯籠の怪談を語った。
しばらくして話し終えると、部屋には静かな空気が流れる。
「……やっぱり何度聞いても怖いです」
琴音が小さく肩を震わせる。
「うん、有名だけどゾクッとするね」
ミアも苦笑いを浮かべた。
伊集院は湯のみを手に取り、穏やかに微笑んだ。
「さて、次はどなたがお話しされますか?」
すると、琴音がふと思い出したように口を開く。
「そういえば……怪談とは少し違うのですが、最近、不思議なお話を耳にしましたの」
「不思議な話?」
ミアが興味を示す。
「はい。千里眼を持つと言われる方のお話です」
「千里眼?」
「遠くの出来事を見たり、普通では知ることのできないことを言い当てたりする力だそうです」
琴音は静かに続けた。
「その方は、あまりにもよく当てるため、多くの人々から注目を集めているそうですわ」
「すごいね……本当にそんな人がいるんだ」
ミアは驚いたように呟いた。
「ですが……」
琴音の表情が少し曇る。
「本当の力なのか確かめようとした方々もいました」
「確かめる?」
「はい。大学の先生方が実験を行ったそうです」
琴音は話を続ける。
「厳しい条件の中で、本当に見ることができるのか調べたそうですが……その結果をめぐって、大きな騒ぎになったそうです」
「騒ぎ?」
「ええ。一部では、その方の力は本物ではないのではないか、と批判する声が広がりました」
琴音は少し寂しそうに言った。
「それまで多くの人から注目されていた方が、一転して偽物だと言われるようになったそうです」
ミアは黙って聞いていた。
(千里眼……)
(これって、もしかして……)
「ちなみに、その人の名前は?」
ミアは尋ねた。
琴音は少し考えるようにしてから答える。
「確か……御船千鶴子さん、という方だったと思います」
「……え?」
ミアの表情が一瞬止まった。
「どうしましたの?」
琴音が不思議そうに尋ねる。
「あ、いや……」
ミアは慌てて笑った。
「聞いたことがある名前だったから」
(御船千鶴子……)
ミアはその名前を聞いて、少し考え込んだ。
(千里眼……超能力……大正時代……)
頭の中に、令和で知っているある怪談の名前が浮かぶ。
「もしかして……」
ミアは思わず口にしかける。
「貞――」
「?」
琴音と伊集院が不思議そうにミアを見る。
「あ、いや……なんでもない!」
ミアは慌てて笑った。
「急に変なこと言っちゃった」
琴音は首を傾げる。
「ミアさん、時々不思議なことをおっしゃいますね」
「そ、そうかな?」
ミアは誤魔化すようにお茶を飲んだ。
いつもなら、怪談は本や映画の中の話だった。
でも今は違う。
自分がその時代にいて、その人物が実際に生きている。
そう考えると、さっきまで楽しんでいた怪談話とは別の怖さがあった。
「じゃあ、次はミアさんの番ですわね」
琴音が微笑む。
「えっ、私?」
ミアは少し驚いたあと、楽しそうに笑った。
「じゃあ……私が知ってる不思議な話をするね」
ミアは少し考えてから口を開いた。
「昔、電車に乗っていた人が、いつもとは違う場所に着いたことがあったんだって」
「違う場所?」
琴音が首を傾げる。
「うん。そこは、どんな地図にも載っていない、不思議な駅だったんだって」
ミアは声を少し落とした。
「その人は、そこで起きた出来事を人に伝えたんだけど……その後どうなったのかは、誰にも分からないんだって」
「誰にも……」
琴音が小さく呟く。
「だから、今でも人々の間で語り継がれている不思議な話なんだ」
ミアは二人を見る。
「その駅の名前は……如月駅」
部屋に静かな空気が流れた。
「地図にない駅……ですか」
伊集院が興味深そうに呟く。
「うん。昔からある幽霊や妖怪の話とは少し違って、もっと新しい時代に生まれた怪談なんだ」
ミアはそう言って笑った。
(まさか、大正時代の人に令和の怪談を話すことになるなんて……)
ミアが話し終えると、しばらく三人の間に静かな時間が流れた。
窓の外からは、夏の虫の声だけが聞こえている。
すると、伊集院がふと微笑んだ。
「……これで、怪談話は三つ揃いましたね」
「え?」
ミアが首を傾げる。
伊集院は立ち上がると、窓の外へ視線を向けた。
「では……肝試しをしてみませんか?」
伊集院の言葉に、ミアは目を輝かせた。
「肝試し!?」
「はい。せっかく怪談の話をした夜ですから」
琴音は少し不安そうな表情を浮かべる。
「でも……夜の神社ですか?」
「ええ。この近くに小さな神社があります」
伊集院は穏やかに説明した。
「簡単な遊びです。三人で番号を書いた石を用意します。そして、一人ずつ順番に神社へ向かい、賽銭箱の前へ石を置いてくるのです」
「一人で?」
琴音が思わず聞き返す。
「はい」
伊集院は頷く。
「そして朝になったら、三人で確認しに行きます」
「何を?」
ミアが尋ねる。
「置いたはずの石が、ちゃんと残っているかを」
一瞬、部屋に静かな空気が流れた。
「もし……無くなっていたら?」
琴音が小さな声で聞く。
伊集院は少し笑った。
「その時は……不思議なことが起きた、ということでしょうか」
「面白そう!」
ミアはすぐに乗り気になる。
「やろうよ!」
琴音は少し迷ったあと、小さく頷いた。
「……分かりましたわ」
こうして三人は、大正の夏の夜に小さな肝試しをすることになった。
三人は別荘を出ると、伊集院の案内で神社へ続く小道を歩いていた。
昼間は木々の間から光が差し込み、穏やかな雰囲気だった道。
しかし、夜になると印象は大きく変わっていた。
月明かりに照らされた道。 風で揺れる木の葉の音。
「……同じ場所なのに、全然違って見えるね」
ミアが周囲を見渡しながら呟く。
琴音も少し緊張した表情で歩いていた。
やがて、暗闇の中に小さな鳥居が見えてきた。
三人は静かに神社へ向かっていった。
鳥居の前に着くと、三人は足を止めた。
伊集院は用意していた三つの石を取り出した。
それぞれの石には、一番、二番、三番と番号が書かれている。
「この石の番号の順番で、神社へ向かいましょう」
ミアと琴音は頷いた。
琴音が最初に一つの石を手に取る。
「私の番号は……」
石を確認すると、そこには――
「一番……ですわ」
琴音は少し驚いた表情を浮かべた。
「琴音が最初だね」
ミアが声をかける。
「はい……少し緊張しますけれど、行ってまいります」
琴音は小さく息を吸うと、一人で鳥居をくぐった。
静まり返った境内に、自分の足音だけが静かに響く。
「大丈夫……大丈夫ですわ」
そう呟きながら、賽銭箱の前まで歩いていく。
琴音は握りしめていた「一番」と書かれた石を、そっと賽銭箱の前へ置いた。
「これで……終わりですわね」
もう一度軽く頭を下げると、琴音は振り返り、ミアたちの待つ鳥居へ向かって歩き出した。
その頃、鳥居の前ではミアと伊集院が静かに待っていた。
「……」
夜風が木々を揺らし、葉の擦れる音だけが聞こえる。
「琴音、遅いね……」
ミアは暗い参道の奥を見つめた。
「ええ……そろそろ戻ってきてもよい頃ですが」
伊集院も腕時計に目を落とし、小さく呟く。
境内の奥は暗く、人影は見えない。
「何かあったのかな……」
ミアは少し不安そうな表情を浮かべた。
静かな夜の神社に、二人の緊張だけが少しずつ高まっていった。
「……探しに行きましょうか」
伊集院がそう言って一歩踏み出そうとした、その時だった。
「お待たせしました」
暗い参道の奥から、琴音の声が聞こえた。
「琴音!」
ミアは思わず駆け寄る。
琴音は少し息を整えながら、二人の前で立ち止まった。
「ごめんなさい。少し時間がかかってしまいましたわ」
「心配したよ」
ミアは胸をなで下ろした。
伊集院も穏やかに微笑む。
「ご無事で何よりです」
琴音は小さく頷くと、ほっとしたように笑みを浮かべた。
「では、次は私ですね」
伊集院は二番の石を握りしめ。
「行ってまいります」
そう言うと、迷うことなく鳥居をくぐり、暗い参道を歩いていく。
その落ち着いた後ろ姿を、ミアと琴音は静かに見送った。
「さすが伊集院さん……全然怖がってないね」
ミアが感心したように呟く。
「ええ。堂々としていらっしゃいますわ」
琴音も小さく頷いた。
やがて伊集院の姿は、夜の境内へと消えていった。
伊集院の姿が暗闇の中へ消えると、鳥居の前にはミアと琴音だけが残った。
「待ってるだけだと、なんだか落ち着かないね」
ミアは苦笑いを浮かべる。
「そ、そうですわね……」
琴音は参道の奥を気にしながら答えた。
「そういえば、他にもこんな怪談もあるよ」
「まだあるのですか?」
琴音は少し身を縮める。
「夜道を走る人面犬とか、『私、きれい?』って聞いてくる口裂け女とか」
「人の顔をした犬ですの!?」
琴音は目を丸くした。
「それに、口が耳まで裂けた女の人が追いかけてくるって話もあるんだ」
「ひっ……」
琴音は思わず自分の口元を押さえる。
「わ、私はそんな妖怪、一度も見たことがありませんわ……」
「ははっ。私も見たことはないよ」
ミアは笑った。
「でも、みんな怖がってたんだよね」
琴音は参道の暗闇を見つめながら、小さく呟く。
「今夜は……現れませんように」
ミアはそんな琴音を見て、思わず苦笑いした。
二人が話していると、やがて参道の奥から足音が聞こえてきた。
「お待たせしました」
暗闇の中から、伊集院が静かに姿を現す。
「伊集院!」
ミアはほっとした表情を浮かべた。
伊集院は二人の前まで来ると、穏やかに微笑む。
「大したことはございませんでしたわ」
「よかったぁ」
琴音は胸に手を当てて安堵の息をつく。
「では、最後はミアさんですね」
「よし! いっちょ行ってくるか!」
そう言って石を握りしめる。
「ミアさん、お気を付けくださいね」
琴音が心配そうに声をかけた。
「大丈夫、大丈夫!」
ミアは軽く手を振ると、鳥居をくぐり、夜の神社へ向かって歩き始めた。
やがて、その姿は静かな暗闇の中へと消えていった。
鳥居をくぐったミアは、ゆっくりと参道を歩き始めた。
「思ったより暗いな……」
昼間に歩いた道とは、まるで別の場所のようだった。
令和なら街灯があり、夜でもある程度は周りが見える。
けれど、大正の夜道を照らすのは月明かりだけ。
「これは……雰囲気あるわ」
ミアは三番の石を握りしめながら、静かに賽銭箱へ向かって歩いていった。
ミアは暗い参道を進み、ようやく賽銭箱の前へたどり着いた。
「ここか……」
ミアは握っていた三番の石を取り出す。
そして、そっと賽銭箱の前に置いた。
「よし、完了!」
手を合わせて軽く頭を下げると、ミアは振り返った。
来た道を戻っていく。
暗い神社の雰囲気に少し緊張はしたものの、思っていたほど怖いことは起きなかった。
「なんだ、余裕じゃん」
ミアは少し笑いながら、二人の待つ鳥居へ向かった。
鳥居の前まで戻ると、ミアを待っていた二人の姿が見えた。
「ミアさん!」
琴音がほっとした表情を浮かべる。
「おかえりなさいませ」
伊集院も穏やかに迎えた。
「ただいま! ちゃんと置いてきたよ」
ミアは笑顔で答える。
「では、あとは明日の朝に確認しましょう」
伊集院が言う。
「三つの石が、ちゃんと残っているかですね」
琴音が少し不安そうに呟いた。
「楽しみだね!」
ミアは夜の神社を振り返る。
こうして三人の肝試しは終わり、別荘へ戻ることになった。
別荘へ戻ると、玄関の明かりがまだ灯っていた。
扉を開けると、待っていたメイドが慌てた様子で近づいてくる。
「お帰りなさいませ。ご無事でしたか?」
心配そうな表情で、三人の姿を確認する。
「はい、大丈夫です」
伊集院が穏やかに答える。
「少し夜の散歩に出ていただけですわ」
琴音も微笑んだ。
メイドは安心したように胸をなで下ろす。
「よかったです……夜道は暗いですから、何かあったのではないかと心配しておりました」
「ごめんなさい。心配かけちゃったね」
ミアが申し訳なさそうに笑う。
「いえ、ご無事なら何よりでございます」
「琴音さんも心配しておりましたよ」
メイドがそう言った。
「琴音が?」
ミアは首を傾げる。
「はい。皆様がお戻りになるのが遅かったので……」
その時だった。
「ミアさん」
ドアが開き、そこには琴音が立っていた。
「あれ?」
ミアは目を丸くする。
「琴音……?」
「どうしましたの?」
琴音は不思議そうに尋ねる。
ミアは少し考えた。
(あれ……?)
そして、ゆっくりと後ろを振り返った。
そこには、さっきまで一緒にいたはずの琴音の姿はなかった。
ミアと伊集院は、しばらく言葉を失っていた。
さっきまで一緒に歩いていた琴音。
肝試しをして、暗い神社から戻ってきた琴音。
それが、本人ではなかったのだと気づいた瞬間――
二人の背筋に、冷たいものが走った。
「……」
ミアは思わず自分の腕をさする。
(え……じゃあ、あの時一緒にいたのは……)
伊集院も珍しく表情を固くしていた。
「まさか……」
ミアは青ざめながら、心の中で呟いた。
(私、さっきまで……)
(幽霊に怪談話してたってこと……?)
(幽霊に幽霊の話をしてたの……?)
伊集院はしばらく黙っていたが、やがていつもの穏やかな表情に戻った。
「……いろいろ考えるところはございますが」
そう言って、二人を見る。
「今夜はもう遅いです。まずは休みましょう」
ミアと琴音は頷いた。
「そして……明日の朝、もう一度神社へ確認に行きましょう」
「石を……ですか?」
琴音が尋ねる。
「はい。実際に確かめてみなければ分かりませんから」
伊集院は静かに答えた。
翌朝。
ミアたちは昨日の神社へ向かった。
「本当に石は残っているのでしょうか……」
琴音が不安そうに呟く。
ミアも少し緊張していた。
昨夜の出来事が、本当に起きたことなのか確かめるために。
三人は静かな道を歩き、再び神社へ到着した。
そして、賽銭箱の前へ着く。
しかし――
「……あれ?」
そこにあったのは、置いたはずの石ではなかった。
代わりに、三つの饅頭が並べられている。
「これは……?」
琴音が驚いたように目を丸くする。
伊集院も静かに饅頭を見つめた。
ミアは少し考えたあと、ふっと笑った。
「きっと……お礼だよ」
「お礼?」
琴音が首を傾げる。
「うん。昨日、一緒に肝試ししてくれたお礼」
ミアはそう言って饅頭を手に取った。
「せっかくだし、いただこうよ」
三人は顔を見合わせると、静かに笑った。
朝の神社で、不思議な出来事の名残を感じながら、饅頭を味わうのだった。
今回は大正時代の鎌倉を舞台に、怪談をテーマにしたお話でした。
作中に登場した御船千鶴子さんは、明治から大正にかけて「千里眼」で注目された実在の人物です。
また、後の有名な怪談作品に登場する「貞子」という存在は、御船千鶴子さんを含む、当時の超能力や怪異にまつわる話から影響を受けたと言われています。
当時の人々が怖いと感じたものは、幽霊や妖怪だけではありませんでした。
千里眼や透視など、現在でいう超能力のような不思議な力にも、多くの人が関心を持っていました。
科学が発展していく一方で、まだ解明されていない現象への興味も強かった時代です。
怪談とは、ただ怖い話ではなく、その時代の人々が感じた「未知への不思議」なのかもしれません。




