【22話】大正の夏祭り!?〜ハイカラ少女が出会った飴細工〜
家の近所でも町内会の祭りをやり始めました。
祭りの会場へ足を踏み入れたミアは、目を輝かせながら辺りを見渡した。
「わぁ……屋台がいっぱい!」
提灯の明かりに照らされた通りには、さまざまな屋台が並んでいる。
甘い飴の香り。 焼き団子の香ばしい匂い。 楽しそうに笑う子どもたちの声。
「何から見ようかな!」
ミアはあちらこちらへ視線を向けながら歩き始めた。
「そんなに慌てなくても、お店は逃げませんわ」
琴音がくすりと笑う。
「でも、全部見たいんだもん!」
その様子を見た伊集院も、穏やかに微笑んだ。
「では、今日は心ゆくまで楽しみましょう。」
三人は賑やかな屋台の並ぶ通りをゆっくりと歩き始めた。
提灯の明かりに照らされた屋台。 楽しそうに行き交う人々。 賑やかな話し声。
しかし、ミアは何かを探すように周囲をキョロキョロしていた。
「あれ……ないなぁ」
「ミアさん、どうしたの?」
琴音が不思議そうに尋ねる。
「え?」
ミアは振り返った。
「さっきから何か探しているように見えるけど」
「あー、うん」
ミアは少し困ったように頭をかいた。
「お祭りといえば、まずアレかなーって思ったんだけど……」
「アレ?」
琴音が首を傾げる。
ミアは屋台が並ぶ通りを指差した。
「焼きそば屋さん!」
一瞬、琴音と伊集院の動きが止まった。
「やき……そば?」
琴音「そばを焼くのですか?」
ミア「えっ!?」
伊集院「聞いたことがありませんね」
「じゃあ、たこ焼きは?」
ミアはもう一度、屋台を見回した。
「たこ……やき?」
琴音は聞き慣れない言葉に目を丸くする。
「はい。タコを焼くのですか?」
「えっ、うん……そうだけど?」
「イカではなくて?」
琴音は本気で不思議そうな顔をした。
「なぜ、わざわざタコを……?」
ミアは屋台をもう一度見渡した。
焼き団子。 甘酒。 焼き餅――。
見慣れた祭りの屋台はあるのに、探していたものだけが見当たらない。
「……そっか」
ミアは小さくつぶやいた。
「どうしましたの?」
琴音が尋ねる。
ミアは苦笑いを浮かべる。
(ここ、大正だった……)
その一言で、すべてを悟った。
(焼きそばも……)
(たこ焼きも、まだないんだ……)
令和では当たり前だった祭りの定番は、まだこの時代には存在していなかったのだ。
「そういうことかぁ……」
ミアは少しだけ残念そうに笑った。
焼きそばもたこ焼きも諦めて屋台を眺めながら歩き始めた。
「せっかくだし、大正のお祭りを楽しもう!」
そう気持ちを切り替えたその時だった。
「あっ!」
ミアの足がぴたりと止まる。
「どうしましたの?」
伊集院が尋ねると、ミアは一軒の屋台を指差した。
「見て、あれ!」
屋台では、職人が小さな鋏を器用に動かしながら、透き通った飴を次々と形作っていた。
鳥や兎、金魚――。
まるで生きているような飴細工が、提灯の明かりを受けてきらきらと輝いている。
「わぁ……すごい!」
ミアは思わず目を輝かせた。
「飴細工ですわね。」
伊集院も感心したように見つめる。
「食べるのがもったいないくらいきれい……!」
「どれにしようかな……」
ミアは屋台に並ぶ飴細工を眺めながら、真剣な顔で悩んでいた。
鳥や動物、花の形をした色とりどりの飴。
その中で、ミアの目に留まったものがあった。
「これ!」
指差した先には、小さな金魚の飴細工があった。
透明な飴で作られた尾びれは、まるで水の中で揺れているように見える。
「かわいい!」
ミアは嬉しそうに受け取った。
「ミアさんらしい選び方ですわね」
琴音が微笑む。
「琴音は何にするの?」
「私は……」
琴音は少し迷ったあと、一つの飴細工を手に取った。
「こちらにします」
そこにあったのは、可愛らしい兎の形をした飴だった。
「琴音っぽい!」
「そうでしょうか?」
琴音は少し照れながら笑った。
そして伊集院は、静かに屋台を眺めていた。
「伊集院は?」
ミアが尋ねる。
伊集院が選んだのは、凛とした姿の鶴だった。
「鶴ですか……素敵ですね」
琴音が感心する。
「長く続く縁起の良いものですからね」
三人は屋台の並ぶ通りから少し離れ、人の流れが少ない場所へ移動した。
祭りの賑やかな声が少し遠くなり、提灯の明かりだけが優しく周囲を照らしている。
「じゃあ……いただきます!」
ミアは金魚の飴細工を眺めた。
「本当に食べるのもったいないなぁ」
そう言いながらも、そっと口に運ぶ。
パリッとした甘い飴が、口の中で溶けていく。
「おいしい……!」
ミアの顔がぱっと明るくなる。
琴音も兎の飴細工を大切そうに眺めたあと、少しずつ味わう。
「見た目だけではなく、味も楽しめるね。」
「うん!」
伊集院も鶴の飴細工を手に取り、静かに味わった。
「職人技ですわね。」
三人は人々の笑い声を聞きながら、夜の鎌倉の祭りを楽しんでいた。
金魚の飴細工を食べ終えたミアは、満足そうに笑った。
「おいしかった!」
すると、次の瞬間――。
ミアの視線が、再び屋台の並ぶ通りへ向いた。
「……」
「ミアさん?」
琴音が不思議そうに尋ねる。
ミアはゆっくりと立ち上がった。
「まだ見てない屋台、いっぱいあるよね?」
その目は、先ほどまでとは違っていた。
好奇心に火がついたミアを、もう誰にも止められない。
「行こう!」
「え?」
琴音が驚く。
「せっかく、お祭りに来たんだもん! 全部見たい!」
ミアは屋台から屋台へと歩き始めた。
焼き団子。 お煎餅。 甘い菓子。 昔ながらの飴。
「これ何?」
「こっちは?」
次々と興味を示すミア。
琴音は思わず笑ってしまう。
「先ほどまで焼きそばがないと残念がっていた方とは思えませんわ」
伊集院も穏やかに微笑む。
「ミアさんは、本当に食欲旺盛ですわね。」
大正の夏祭り。
ミアの食べ歩きは、まだ始まったばかりだった。
屋台を眺めながら歩いていたミアは、ふと周囲を見渡した。
「……あれ?」
「どうしましたの?」
琴音が尋ねる。
ミアは屋台の店主たちを見ながら首を傾げた。
「いや……なんか思ってたのと違うなって」
「何がですの?」
「もっと怖そうな人が多いのかなって思ってた」
ミアは小声で呟く。
けれど、目の前にいるのは――
飴を器用に細工する職人。 笑顔で菓子を売るおじさん。 子どもに優しく声をかける店主。
そこにいたのは、祭りを支える普通の商売人たちだった。
「なんだ……普通にお祭りを楽しませてくれる人たちなんだ」
ミアは少し感心したように笑った。
珍しい屋台を眺めながら歩いていると、人混みの中で誰かが近づいてきた。
祭りの賑わいに紛れるように、男はそっとミアの後ろへ回る。
ミアは飴細工や屋台に夢中で、まったく気付いていない。
「次はあれ食べてみたい!」
そう話している時だった。
「おい!」
突然、低い声が響いた。
ミアが振り返ると、近くの屋台のおじさんが一人の男の腕を掴んでいた。
「何してやがる」
男の手には、ミアの財布が握られている。
「えっ……?」
ミアは驚いて自分の鞄を見る。
「あれ……?」
いつの間にか取られそうになっていたことに気付く。
「祭りはみんなが楽しむ場所だ。そんなことをする場所じゃねえぞ」
男は屋台のおじさんに腕を掴まれ、一瞬ひるんだ。
「ちっ……!」
周囲の視線が集まったことに気付くと、男は慌てて手を振りほどいた。
「待て!」
おじさんが声を上げる。
しかし男は人混みの中へと紛れ、そのまま逃げていった。
「大丈夫かい?」
屋台のおじさんがミアに声をかける。
「え……?」
ミアは状況が飲み込めず、きょとんとしていた。
「今、財布を取られそうになってたんだよ」
「えっ!?」
ミアは慌てて鞄を確認する。
「全然気付かなかった……」
琴音も心配そうにミアを見る。
「危ないところでしたわね」
屋台のおじさんは苦笑した。
「祭りは人が多いからな。楽しい場所だけど、気を付けな」
「はい……ありがとうございます!」
ミアは頭を下げた。
さっきまで怖いイメージを持っていた屋台の人たち。
けれど目の前のおじさんは、祭りを楽しむ人たちを守る、優しい商売人だった。
その後、ミアたちは再び祭りの中へ戻っていった。
飴細工の次は、焼き団子。 香ばしい匂いに誘われて足を止めたり、珍しい菓子を見つけては目を輝かせたり。
「これも初めて見る!」
ミアの好奇心は、最後まで止まらなかった。
琴音も普段とは違う祭りの雰囲気を楽しみ、伊集院も二人の様子を穏やかに見守っていた。
提灯の明かり。 人々の笑い声。 夏の夜風。
令和では当たり前だった祭りとは違う。
けれど、そこには昔から変わらない、人が楽しむ温かさがあった。
「今日は本当に楽しかったね!」
ミアは満足そうに笑った。
大正の鎌倉で過ごす夏の一日は、忘れられない思い出になった。
――
こうして、三人の大正鎌倉の夏祭りの夜は終わった。
今回は大正時代の夏祭りを舞台にしました。
現在のお祭りでは定番となっている焼きそばやたこ焼きですが、これらが屋台で広く親しまれるようになるのは、もう少し後の時代になります。
そのため、ミアが探していた屋台が見つからなかったのも、大正時代ならではの出来事です。
当時の縁日や祭りでは、飴細工、菓子、玩具、お面など、現在とは少し違った屋台が並んでいました。
特に飴細工は、職人が目の前で飴を動物や花などの形に作り上げる、昔ながらの技でした。
時代が変わるにつれて、お祭りの屋台も少しずつ変化しています。
しかし、人が祭りを楽しみ、珍しいものを見つけて笑顔になるという部分は、昔も今も変わらないのかもしれません。




