【19話】大正の海で大はしゃぎ!?
もう。夏休みに入ってるのかな?
メイドに案内され、それぞれの部屋へ荷物を置く。
「ふぅ……」
ミアは荷物を下ろし、ほっと一息ついた。
窓を開けると、潮風が部屋の中へ吹き込んでくる。
「海の匂いだ……!」
遠くからは、波が寄せては返す音も聞こえてきた。
「もう待ちきれない!」
ミアは部屋を飛び出し、居間へ向かう。
そこには、琴音と伊集院がすでに待っていた。
「お待たせ!」
「準備はよろしいですか?」
伊集院が穏やかに尋ねる。
「もちろん!」
ミアは元気よく頷いた。
「それじゃあ、海水浴に行こう!」
三人は笑顔で別荘を後にし、夏の海へ向かって歩き始めた。
別荘を出ると、潮風が心地よく頬をなでた。
「海まで近いんだね!」
「ええ。この別荘は海水浴を楽しむために建てられたものですから」
伊集院が微笑みながら答える。
三人は水着の上に羽織った上着を脱ぎ、海水浴姿のまま浜辺へ向かった。
砂浜へ足を踏み入れると――
「わぁ!」
ミアは思わず声を上げた。
「思ったより人が多い!」
浜辺には家族連れや子どもたち、友人同士で訪れた人々が思い思いに夏の海を楽しんでいた。
黒い海水浴衣を着た女性たちや、水着姿で波打ち際ではしゃぐ子どもたちの姿も見える。
「夏休みですから、多くの方が海水浴に来られるんですよ」
琴音がそう言うと、ミアは辺りを見回した。
「へぇ……大正時代でも海水浴って人気なんだ!」
令和とは違う水着姿や海辺の風景に囲まれながら、ミアは目を輝かせるのだった。
浜辺へ出ると、琴音は持ってきたござを砂浜に広げた。
「ふぅ……気持ちいいね」
そう言うと、そのままごろんと横になる。
一方、伊集院は波打ち際まで歩いていき、静かに海へ足を浸していた。
「冷たくて気持ちがいいですわ」
その様子を見たミアは、きょとんと首を傾げる。
「……あれ?」
(泳がないの?)
令和の海水浴なら、海に来たらすぐ泳いだり、浮き輪で遊んだりするのが当たり前だった。
けれど、琴音はござの上でのんびりと潮風を楽しみ、伊集院も海に浸かるだけで満足そうにしている。
「二人とも、海に来たのに泳がないの?」
ミアが不思議そうに尋ねると、琴音は起き上がって笑った。
「海水浴は、海風を感じながらのんびり過ごすのも楽しみの一つなんだよ」
伊集院も頷く。
「長く海に入る方は、それほど多くありませんわ。景色を眺めたり、お話をしたりして過ごす方も大勢いらっしゃいますの」
「へぇ……」
ミアは辺りを見回した。
確かに、砂浜では家族や友人同士がおしゃべりを楽しみ、海に足を浸して涼んでいる人も多い。
(海水浴って、昔と今じゃ楽しみ方が全然違うんだ……)
「それじゃ、私は泳いでくるね!」
ミアは笑顔で駆け出した。
「えっ!? ミアちゃん!?」
琴音が声をかける間もなく、ミアは海へ飛び込む。
「わっ!」
大きなしぶきが上がる。
そのままミアは勢いよくクロールを始めた。
ザバッ、ザバッ――。
力強く腕をかき、水しぶきを上げながら、みるみる沖へ泳いでいく。
「す、すごい……」
琴音は思わず立ち上がった。
伊集院も目を丸くして、その姿を見つめている。
やがてミアは沖でくるりと向きを変え、再びクロールで浜辺へ戻ってきた。
「ぷはぁ!」
笑顔で海から上がるミア。
「気持ちよかったー!」
しかし、琴音と伊集院は言葉を失ったまま、ぽかんと口を開けていた。
「……ミアちゃん」
「はい?」
「そんな泳ぎ方……初めて見ましたわ」
「え?」
ミアは首を傾げる。
(あれ? クロールって普通じゃないの?)
ミアは首を傾げた。
「二人はどんな泳ぎをするの?」
琴音と伊集院は顔を見合わせる。
「どんな泳ぎ……と言われても」
琴音は少し考えてから答えた。
「私は足が着くところで、ゆっくり水に浸かったり、手足を動かしながら進むくらいかな」
伊集院も頷く。
「泳ぐというより、水遊びを楽しむ方が多いですわ。沖まで泳ぐようなことは、まずいたしません」
「えぇ!?」
ミアは思わず声を上げた。
「クロールとか平泳ぎで競争したりしないの!?」
「きょうそう……ですか?」
二人は不思議そうに首を傾げる。
ミアは「あっ」と口を押さえた。
(しまった……また令和の感覚で話しちゃった)
二人にとって海水浴は、泳ぎを競う場所ではなく、涼んだり景色を楽しんだりする場所なのだと、ミアは少しずつ理解するのだった。
ミアはふと二人を見る。
「ねぇ、二人は泳げる?」
琴音は少し困ったように笑った。
「実は……私、泳げないんです」
「えっ!?」
ミアは驚いて目を丸くする。
伊集院も静かに頷いた。
「私も、泳ぎを習ったことはありませんわ」
「そうなんだ……」
ミアは改めて周りを見渡す。
確かに、浜辺にいる人たちも海に深く入る人は少なく、波打ち際で遊んだり、浮かんで楽しんだりしている人が多かった。
その時――
「あれ?」
ミアは砂浜の端に置かれた物に気づいた。
そこには、子どもが使っていたコルク製の浮き具が置かれていた。
「これって……浮き輪の代わり?」
近くにいた子どもの親に尋ねると、
「ええ、よろしければお使いくださいな。子どもは少し休ませていますので」
と笑顔で貸してくれた。
ミアはコルクの浮きを手に取る。
「へぇ……軽い!」
琴音と伊集院も興味深そうに眺める。
「これなら、泳げなくても海を楽しめるよ!」
「じゃあ、二人も一緒に海行こう!」
三人はゆっくりと波打ち際へ向かって歩き出した。
「わっ……!」
琴音は思わず声を上げた。
足元を揺らす波の感覚に、少し緊張している。
「大丈夫だよ。まずはこのコルクにつかまってみて」
ミアはコルクの浮きを差し出す。
二人は恐る恐る掴む。
「……浮いてる」
琴音が小さく呟いた。
「本当ですわ……」
伊集院も驚いたように海を見つめる。
最初はただコルクにつかまり、波に揺られているだけだった。
けれど、しばらくすると――
「なんか慣れてきたね!」
ミアが笑う。
「じゃあ、次は足を動かしてみよう!」
「足を?」
「そう! こうやって!」
ミアはコルクを掴んだまま、足をバタバタと動かす。
すると、少しずつ前へ進んでいく。
「わぁ……!」
琴音の顔が明るくなる。
「進んでいます!」
伊集院も驚いたように笑った。
「水の上を歩いているみたいですわ」
ミアは得意げに笑う。
「でしょ? こうやると楽しいんだよ!」
二人は初めて、自分の力で海を進む楽しさを知るのだった。
しばらく海で遊んだ三人は、浜辺へ戻ってきた。
「はぁ……楽しかった!」
ミアは砂浜に座り込み、大きく息を吐く。
琴音もござに腰を下ろした。
「海で遊ぶというのは、思った以上に体力を使うんですね」
伊集院も微笑む。
「でも、とても楽しい時間でしたわ」
三人は顔を見合わせて笑った。
すると、ミアが。
「……なんか喉乾いたね」
「確かに、暑いですものね」
琴音が頷く。
そこでミアは周囲を見回した。
「何か飲み物売ってないかな?」
浜辺の近くには、海水浴客向けの店が出ていた。
そこには――
「ラムネだ!」
ミアの目が輝く。
瓶の中でビー玉が揺れる、昔ながらのラムネ。
「これ、飲んでみたい!」
三人は店へ向かう。
「三本お願いします」
店の人からラムネを受け取ると、ミアは瓶を眺めた。
「すごい……本当にビー玉入ってる」
琴音と伊集院も興味深そうに見つめる。
その時――
「……あっ!」
ミアが声を上げた。
店の横に、大きなスイカが並べられていた。
「スイカ!」
夏の太陽を浴びた大きな緑色の果実。
「これも食べようよ!」
「ふふ、ミアさんらしいですわ」
伊集院が笑う。
三人はラムネと一緒にスイカも買うことにした。
「スイカも一つくださいな」
店のおじさんは大きなスイカを持ち上げた。
「はいよ。じゃあ、切ってあげようかね」
するとミアが慌てて手を上げる。
「あっ、切らなくて大丈夫です!」
「ん?」
おじさんは不思議そうな顔をする。
「その代わり……そこの棒、貸してもらえますか?」
「棒?」
おじさんは首を傾げながら、店の横に置いてあった木の棒を見る。
「これかい?」
「はい!」
ミアは嬉しそうに頷く。
琴音と伊集院も顔を見合わせた。
「ミアちゃん、その棒で何をするの?」
「ふふ、見てのお楽しみ!」
ミアはスイカを抱え、砂浜へ向かう。
浜辺へ戻ると、ミアはスイカを砂の上に置いた。
「じゃあ、始めようか!」
「始める……?」
琴音と伊集院は不思議そうに顔を見合わせる。
ミアは手拭いを取り出した。
「琴音ちゃん、目を閉じて」
「え?」
琴音が言われた通りに目を閉じると、ミアは手拭いで目隠しをする。
「よし、これで見えないね」
「はい……」
琴音は少し不安そうに答えた。
するとミアは木の棒を渡す。
「今から説明するね!」
ミアは二人を見る。
「目隠ししたまま、この棒でスイカを割るの!」
「スイカを……割る?」
伊集院が首を傾げる。
「うん! でも勝手に歩いたら危ないから、私が言う通りに動いてね」
ミアは指を立てて説明する。
「右って言ったら右に、前って言ったら前に進むの。もし危なかったらすぐ止まって!」
「なるほど……」
琴音は頷く。
「声だけを頼りに、スイカを探す遊びなのですね」
「そういうこと!」
ミアは笑顔で答えた。
伊集院は感心したように微笑む。
「面白い遊びですわね。海水浴に来て、このような楽しみ方があるとは思いませんでした」
周りの海水浴客たちも、珍しそうに三人の様子を眺めている。
「じゃあ、いくよ!」
ミアは少し離れた場所から声をかける。
「琴音ちゃん、まずは……右前!」
「右前ですね」
琴音は慎重に一歩ずつ進む。
砂の感触を確かめながら、ゆっくりと前へ進んでいく。
「そのまま、そのまま!」
ミアの声を頼りに、琴音は進む。
「もう少し右!」
「はい」
琴音が少し方向を変える。
「そこ!」
ミアが声を上げた。
「そのまま真っ直ぐ!」
琴音は緊張しながら歩く。
やがて――
「止まって!」
琴音の足元には、大きなスイカがあった。
「今、目の前にあるよ」
「本当ですか?」
琴音は目隠しをしたまま、少し驚いた声を出す。
ミアは笑顔で頷いた。
「うん! じゃあ、棒を振って!」
琴音は両手で棒を握る。
「えいっ!」
勢いよく棒を振り下ろす。
――バシッ!
砂浜に大きな音が響いた。
周りで見ていた人たちからも、小さなどよめきが起こる。
「どうなりました?」
琴音は目隠しを外そうとする。
ミアはスイカを確認して――。
「どうなりました?」
琴音が目隠しを外す。
ミアはスイカを確認した。
「おお!」
スイカの表面には、ほんのわずかだがヒビが入っていた。
「琴音ちゃん、すごい! ちゃんと当たってるよ!」
「本当ですか?」
琴音は嬉しそうに笑う。
「初めてなのに、すごいですわ」
伊集院も感心したように頷いた。
するとミアは次の人へ視線を向ける。
「じゃあ、次は伊集院さん!」
「私ですか?」
伊集院は少し驚いた表情をする。
「はい! 今度は伊集院さんの番!」
伊集院は少し迷ったあと、微笑んだ。
「では、挑戦してみますわ」
ミアは手拭いを取り出し、伊集院の目を優しく隠す。
「見えないですよね?」
「はい。何も見えませんわ」
「大丈夫。私がちゃんと声で案内するから!」
伊集院は棒を握りしめる。
普段は落ち着いている財閥令嬢が、子どものように真剣な顔をしている。
ミアは少し離れた場所から声をかける。
「伊集院さん、準備はいい?」
「はい。よろしくお願いいたします」
伊集院は棒を握りしめ、静かに立っている。
「じゃあ……左前!」
「左前ですね」
伊集院は慎重に一歩踏み出す。
砂の感触を確かめながら、ゆっくりと進んでいく。
「そのまま真っ直ぐ!」
ミアの声だけを頼りに、伊集院は進む。
琴音はその様子を見ながら微笑んだ。
「伊集院さん、真剣ですね」
「えへへ……」
ミアも楽しそうに笑う。
「もう少し!」
伊集院の足が止まる。
「そこです!」
ミアが声を上げた。
「スイカは目の前!」
伊集院は一度深呼吸する。
「では……参ります」
そして――
「えいっ!」
勢いよく棒を振り下ろした。
――バキッ!
先ほどより大きな音が響く。
「えっ!?」
ミアが駆け寄る。
スイカを見ると、大きなヒビが入っていた。
「すごい! 伊集院さん、かなり割れてる!」
「本当ですか?」
伊集院は目隠しを外し、驚いた顔でスイカを見る。
「偶然ですわ」
「いやいや、すごいよ!」
琴音も拍手をする。
「伊集院さん、初めてとは思えません」
普段は落ち着いた財閥令嬢。
しかし、遊びに夢中になっている姿は、いつもの雰囲気とは少し違っていた。
「じゃあ、最後はミアちゃんかな?」
琴音が言う。
「もちろん!」
ミアは笑顔で棒を受け取る。
「私が決める!」
三人の夏の遊びは、いよいよ最後の挑戦を迎えようとしていた。
ミアは棒を握りしめ、目隠しをする。
「よし……今度こそ!」
「ミアちゃん、頑張って!」
琴音が声をかける。
「ミアさんなら大丈夫ですわ」
伊集院も微笑む。
ミアはゆっくりと歩き出す。
「右……いや、少し左!」
「えっ、どっち!?」
ミアは思わず笑いそうになる。
周囲で見ていた人たちも、楽しそうにその様子を眺めていた。
「もう少し前!」
ミアは慎重に進む。
そして――
「そこ!」
琴音と伊集院が声を上げる。
ミアは棒を両手で握り直した。
「えいっ!」
思い切り振り下ろす。
――バキッ!
大きな音が浜辺に響いた。
一瞬、静まり返る。
そして……
「割れた!」
ミアが目隠しを外す。
そこには、見事に真っ二つになったスイカがあった。
「すごい!」
「おお!」
周りで見ていた海水浴客からも歓声が上がる。
初めて見る遊びに、子どもたちも目を輝かせている。
「面白い遊びだね!」
「もう一回見たい!」
そんな声まで聞こえてきた。
ミアは少し照れながら笑う。
「えへへ……楽しいでしょ?」
琴音と伊集院も笑顔でスイカを見る。
「じゃあ……食べようか!」
ミアは割れたスイカを見て笑顔になる。
「せっかく綺麗に割れたんだし、食べないともったいないよね!」
「ふふ、そうですわね」
伊集院も微笑む。
三人は砂浜にござを広げ、切り分けたスイカを並べた。
「いただきます!」
ミアは大きく一口かじる。
「甘い!」
冷たい果汁が口いっぱいに広がる。
「海で食べるスイカって、なんでこんなに美味しいんだろう!」
琴音も一口食べ、嬉しそうに笑う。
「本当ですね。暑い日に食べると、いつもより美味しく感じます」
伊集院も上品に食べながら頷いた。
「夏の海辺でいただくスイカ……素敵な思い出になりますわ」
三人は並んで座り、波の音を聞きながらスイカを味わう。
令和とは違う大正の夏。
けれど、海で遊んで、冷たいものを食べて、友達と笑う楽しさは変わらない。
ミアは青い海を眺めながら思った。
(昔も今も、夏って楽しいんだな)
読んでいただき、ありがとうございます!
今回は、ミアたちの大正時代の海水浴のお話でした。
現在では海水浴というと、泳いだり浮き輪で遊んだりするイメージが強いですが、大正時代の海水浴は、海で涼を楽しむことや、浜辺で家族や友人と過ごすことも大きな楽しみの一つでした。
当時の水着は、現在のように肌を多く出すものではなく、体を覆う形のものが一般的でした。 また、泳ぎを楽しむために、コルクなどを使った浮き具も利用されていました。
今回、ミアが行ったスイカ割りは、現代では夏の定番の遊びとして知られていますが、作中では令和の感覚を持つミアが、大正時代の浜辺で新しい遊びとして披露した形で描いています。
海で遊び、冷たいラムネを飲み、甘いスイカを食べる。 時代や道具が変わっても、夏を楽しむ気持ちは昔も今も変わりません。
大正の夏を、ミアたちと一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。
また次回もよろしくお願いします!




