【17話】勉強会と夏の約束!?
夏は嫌いだ、暑い
ミアは大きく息を吸った。
(だめだ、だめだ)
立派な本棚に、美しい机。
見渡すたびに目を奪われてしまう。
(今日は遊びに来たんじゃない。勉強会なんだから!)
ミアは軽く頬を叩き、気持ちを切り替えた。
「よし!」
その様子を見て、琴音がくすっと笑う。
「ミアちゃん、緊張してるの?」
「してない……と言いたいけど、ちょっとだけ」
ミアは照れ笑いを浮かべた。
伊集院も穏やかに微笑む。
「どうぞ、お掛けになってください」
部屋の中央には、大きな机が用意されていた。
三人は席に着き、それぞれ教科書とノートを広げる。
「それでは、勉強会を始めましょう」
伊集院の言葉に、二人は元気よく頷いた。
「よろしくお願いします!」
三人は机を囲むように席へ着いた。
教科書とノートを広げると、琴音が優しく微笑む。
「それじゃあ、最初は国語から始めましょうか」
「お願いしまーす!」
ミアは元気よく返事をした。
伊集院も静かに頷く。
「よろしくお願いいたします」
琴音は教科書を開きながら話し始める。
「今回の試験では、文章を読んで意味を考える問題が多いそうです」
「読むだけじゃないんだ?」
ミアが首をかしげる。
「ええ。登場人物がどう思ったのかや、作者が何を伝えたいのかを考える問題も出るの」
「うわぁ……」
ミアは教科書を見つめた。
「英語なら答えがはっきりしてるけど、国語って難しいなぁ」
琴音はくすっと笑う。
「答えを探すというより、文章の中から理由を見つけるのが大切なのよ」
「なるほど!」
ミアは真剣な表情でノートを開いた。
「よーし、頑張るぞ!」
琴音は文章を指さしながら説明する。
「この問題は、登場人物の気持ちを考えることが大切なの」
「なるほど……」
ミアは真剣な表情でノートに書き込んでいく。
「こうやって教えてもらうと、分かりやすい!」
「ありがとうございます」
伊集院も小さく頷いた。
琴音は少し照れたように笑う。
「そう言ってもらえると嬉しいわ」
三人は和やかな雰囲気のまま、勉強を進めていった。
国語の勉強がひと区切りつくと、ミアが笑顔で立ち上がった。
「次は私の番だね!」
琴音と伊集院は頷く。
「英語なら、少しは教えられると思うよ」
ミアは教科書を開いた。
「この単語は、こう読むんだよ」
ゆっくり発音すると、琴音も伊集院も後に続く。
「……こうかしら?」
「うん、その調子!」
ミアは嬉しそうに笑った。
「発音は何度も声に出すと覚えやすいよ」
「なるほど……」
二人は感心したように頷き、もう一度英語の単語を声に出した。
和やかな笑い声が部屋に広がるのだった。
英語の勉強が終わると、伊集院が静かに教科書を閉じた。
「それでは、最後はわたくしの番ですわね」
ミアと琴音が頷く。
伊集院は姿勢を正して言った。
「作法は難しく考える必要はありませんの。相手を思いやる気持ちが一番大切ですわ」
「相手を思いやる気持ち……」
ミアは真剣な表情で聞き入る。
「例えば、お辞儀一つでも、感謝の気持ちを込めるだけで印象は変わりますのよ」
そう言って伊集院は、美しいお辞儀を見せた。
「なるほど……」
ミアも真似をして頭を下げる。
「うん、最初よりずっと上手になりましたわ」
伊集院に褒められ、ミアは照れくさそうに笑うのだった。
それから三人は、それぞれの得意な科目を教え合いながら勉強を進めた。
分からないところは質問し、教えてもらう。
そのたびに「なるほど」と笑顔がこぼれ、部屋には和やかな空気が流れていた。
気がつけば、窓から差し込む陽の光も少し高くなっている。
その時、廊下の方から静かな足音が聞こえてきた。
「お嬢様、お昼のご用意が整いました」
女中が扉の外から丁寧に声をかける。
「ありがとうございます」
伊集院は立ち上がり、二人に微笑んだ。
「ちょうどお昼ですわ。続きは、お食事のあとにいたしましょう」
「わぁ、お昼だ!」
ミアは嬉しそうに立ち上がり、琴音も微笑みながら頷いた。
しばらくすると、女中が昼食を運んできた。
白い皿には、きつね色に揚がったビーフカツレツ。
その横には、焼きたてのパンと彩り豊かな温野菜が添えられている。
香ばしい香りが部屋いっぱいに広がった。
「わぁ……」
ミアは思わず目を輝かせる。
「お昼からビーフカツレツ!?」
琴音も驚いたように微笑む。
「とても美味しそうですね」
伊集院は穏やかに頷いた。
「どうぞ、温かいうちに召し上がってくださいませ」
女中が昼食を並べ終えると、テーブルにはビーフカツレツと焼きたてのパンが並んだ。
「わぁ……!」
ミアは目を輝かせる。
「洋食なんて久しぶり! うちはいつも和食だから」
香ばしいビーフカツレツを見つめながら、思わず笑みがこぼれる。
「やっぱり、いいところのお嬢さんは違うなぁ」
伊集院は少し照れたように微笑んだ。
「そんなことはありませんわ。ただ、我が家では洋食をいただく機会が少し多いだけですの」
琴音も興味深そうに料理を眺める。
「私も、こんな立派な洋食をいただくのは初めてです」
「それでは、いただきましょう」
三人は手を合わせ、穏やかな昼食の時間が始まった。
食事を楽しみながら談笑していると、伊集院がふとミアに目を向けた。
「ですが……」
「ん?」
「いいところのお嬢様とおっしゃるのでしたら、ミアさんのお家も名家ではございませんか」
「えっ、うちが?」
ミアは思わず目を丸くする。
「だって、うちは普通のお家だよ?」
伊集院は穏やかに微笑んだ。
「ですが……」
伊集院が静かに口を開いた。
「いいところのお嬢様とおっしゃるのでしたら、ミアさんのお家も名家ではございませんか」
「えっ、うちが?」
ミアは目を丸くする。
「我が伊集院家は財を成した家ではありますが、その歴史はまだ浅いのです」
伊集院は穏やかに続けた。
「ですが、ミアさんのお家は江戸の頃より、お殿様に仕えたご家柄だと伺っております」
「そんな昔から?」
ミアは驚いて琴音を見る。
琴音も小さく頷いた。
「ええ。おばあ様から少しだけお話を聞いた事があるよ。」
「だから、おばあ様のお振る舞いがとても自然で品があるのですね」
伊集院は微笑んだ。
ミアは少し照れくさそうに笑う。
「そんなこと、考えたことなかったなぁ……」
昼食を終えた三人は、再び机に向かった。
分からない問題を教え合いながら、勉強は順調に進んでいく。
気がつけば窓から差し込む日差しも少し傾き始めていた。
「これで今日の勉強は終わりですわね」
伊集院が教科書を閉じる。
「ふぅ……」
ミアは大きく伸びをした。
「思ったより勉強できたかも!」
琴音も嬉しそうに微笑む。
「三人で勉強すると、一人でするより分かりやすいですね」
その時、扉が静かにノックされた。
「お嬢様、おやつのご用意ができました」
女中の声が聞こえる。
伊集院は微笑みながら立ち上がった。
「ちょうど三時ですわ。少し休憩にいたしましょう」
「やった、おやつだ!」
ミアは思わず笑顔になり、琴音も小さく笑うのだった。
女中がお茶の用意を運んできた。
テーブルの上に置かれた皿を見て、ミアの目が輝く。
「えっ……!」
そこには、きれいに切り分けられた黄色いカステラが並んでいた。
「文明堂のカステラですわ」
伊集院が説明する。
「文明堂……?」
ミアは思わず固まった。
(えっ、文明堂ってこの時代からあるの!?)
令和でも有名なお菓子。
まさか大正時代で出会うとは思っていなかった。
「どうかなさいました?」
琴音が不思議そうに尋ねる。
「あ、ううん! ちょっとびっくりしただけ!」
ミアは慌てて笑う。
(まさか、こんな昔から食べられてたなんて……)
伊集院は首を傾げながら微笑む。
「昔から評判のお菓子ですのよ」
ミアは一口食べる。
「……美味しい!」
ふわりとした甘さが口いっぱいに広がった。
(やっぱり、昔も今も美味しいものは変わらないんだ)
三人は紅茶を飲みながら、文明堂のカステラを味わっていた。
「美味しい……」
その言葉に、琴音がくすっと笑う。
「ミアちゃん、本当に気に入ったみたいね」
「うん!」
そんな穏やかな時間の中、伊集院がふと思い出したように尋ねた。
「そういえば……もうすぐ夏休みですわね」
「夏休み!」
ミアの表情が明るくなる。
「お二人は、どこかへ行くご予定は決まっていらっしゃいますの?」
琴音は少し考えるように首を傾げた。
「私は、まだ決まっていないです」
「私も!」
ミアは元気よく答える。
「でも、海とか行ってみたいなぁ」
伊集院は微笑む。
「海ですか……素敵ですわね」
「でしたら……」
「え?」
「よろしければ、わたくしたちと一緒に鎌倉へいらっしゃいませんか?」
「鎌倉?」
ミアが目を輝かせる。
「はい。我が家では夏になると、鎌倉の別荘で過ごしますの」
「別荘……!」
ミアは思わず声を上げる。
「海も近く、毎年海水浴を楽しんでおります」
伊集院は優しく微笑んだ。
「お二人にも、ぜひ来ていただきたいですわ」
琴音は驚きながらも嬉しそうに笑う。
「素敵ですね」
ミアは胸を躍らせる。
(大正時代の鎌倉……どんな景色なんだろう)
夏休みの話で盛り上がったあと、三人は再び机に向かった。
「あと少しだけ、確認しておきましょう」
琴音が教科書を開く。
ミアと伊集院も頷き、それぞれノートを広げた。
今日教え合った内容をもう一度確認し、分からないところを整理していく。
「これなら、試験も頑張れそう!」
ミアは満足そうに笑った。
「今日は本当にありがとうございました」
琴音が伊集院に頭を下げる。
「こちらこそ、楽しい時間でしたわ」
伊集院は微笑んだ。
気がつけば、外は夕方の色に染まり始めていた。
「そろそろ帰る時間ですね」
「うん」
ミアは少し名残惜しそうに部屋を見回す。
「今日は楽しかった!」
「また一緒に勉強しましょうね」
琴音が笑う。
伊集院も頷いた。
「鎌倉のことも、楽しみにしておりますわ」
「うん!」
ミアは元気よく返事をした。
三人は女中に見送られながら、伊集院家を後にするのだった。
伊集院家を出た二人は、夕暮れの道を歩いていた。
「今日はすごかったね……」
ミアが振り返る。
「伊集院さんのお屋敷、本当に広かった」
琴音は微笑む。
「私も驚きました。でも、一番楽しみなのは……」
「鎌倉?」
ミアが笑顔で言う。
「うん!」
琴音は頷いた。
「海水浴なんて、今から楽しみですね」
(大正時代の海って、どんな感じなんだろう)
ミアは青い海を想像する。
「きっと、今とは違う景色が見られるわね」
「うん!」
二人は夏休みへの期待を胸に、楽しく話しながら歩いていった。
やがて、ミアの家の前に着く。
「じゃあ、また明日ね」
「うん、琴音ちゃん。またね!」
琴音と別れ、ミアは家の戸を開ける。
「ただいまー!」
「おかえり、ミア」
おばあさんがいつものように優しく迎える。
ミアは嬉しそうに笑った。
「今日ね、すごいことがあったんだよ!」
「ほう、何があったんだい?」
ミアは伊集院家での出来事と、鎌倉へ行く話を楽しそうに話し始めるのだった。
「今日ね、伊集院さんのお家で勉強会をしてね!」
ミアは嬉しそうに話し始めた。
「それでね……夏休みに鎌倉へ行かないかって誘われたの」
おばあさんは優しく頷く。
「鎌倉かい。いいところだねぇ」
「でも……行ってもいい?」
ミアは少し遠慮するように尋ねた。
すると、おばあさんは穏やかに笑った。
「ああ、いっといで」
「え?」
ミアは少し驚く。
「せっかくのお誘いだろう? 友達と過ごす時間は大切だからねぇ」
「でも、迷惑にならないかな……」
「ミアなら大丈夫だよ」
おばあさんは優しく言った。
「伊集院さんも琴音さんも、ミアと一緒に過ごしたいと思ってくれているんだろう?」
「うん……!」
ミアは嬉しそうに頷く。
「じゃあ、行ってくる!」
「楽しんでおいで」
ミアは少し首を傾げた。
「ねぇ、おばあちゃん」
「なんだい?」
「うちって……名家なの?」
おばあさんは少し驚いたように目を丸くした。
「急にどうしたんだい?」
「だって、伊集院さんのお家ってすごかったんだよ。大きなお屋敷で、女中さんもいて……」
ミアは部屋を見回す。
「でも、うちはそんなに大きくないし」
すると、おばあさんは優しく笑った。
「そうだねぇ」
「うちは豪華なお屋敷ではないよ」
「でもねぇ」
おばあさんは静かに続ける。
「家というのは、大きければ良いというものじゃないんだよ」
「必要なものがあって、家族が安心して暮らせる。それで十分なんだ」
ミアは黙って聞いていた。
「昔から、この家はそうやって守られてきたんだよ」
「派手さはなくても、大切なものを忘れない。それが我が家の形なのさ」
ミアは少し考える。
(伊集院さんのお家とは違うけど……これも大事なものなんだ)
「そっか……」
ミアは小さく笑った。
「伊集院さんのお家も素敵だけど、うちも素敵なんだね」
おばあさんは嬉しそうに頷く。
「そう思ってくれるなら、ばあちゃんも嬉しいよ」
外では、夏の風が静かに吹いていた。
もうすぐ始まる夏休み。
ミアにとって、大正で過ごす初めての夏が始まろうとしていた。
読んでいただき、ありがとうございます!
今回は伊集院家のお屋敷と、ミアの家柄についてのお話でした。
作中に登場した「財閥」と「名家」について少し説明します。
財閥とは、明治から大正にかけて大きな事業を成功させ、銀行や会社などを持つようになった一族のことです。 経済力や社会的な影響力が大きく、広い屋敷に住み、多くの使用人を雇う家もありました。
一方で、名家とは、長い歴史や伝統を持つ家柄のことです。 武家や旧家など、何代にもわたって続いてきた家も含まれます。
財閥は「財力や事業の力」、 名家は「歴史や伝統」。
どちらも違った形で、その家の価値や誇りがあります。
伊集院家は財閥としての力を持つ家。 そしてミアの家は、古くから続く家柄としての誇りを持つ家。
それぞれ違う魅力を持つ二つの家が、これからどのように関わっていくのかも楽しみにしていただければと思います。
次回はいよいよ、夏休みのお話です。 鎌倉での海水浴を、ミアたちはどのように過ごすのでしょうか?
また次回もよろしくお願いします!




